アレグザンダー ツォニス
鹿島出版会、2007年、240ページ
ISBN=9784306044661
[インタヴュー]
...おける近代建築史のストーリーとして、例えばル・コルビュジエのアトリエに前川國男さんや坂倉準三... ...の論文を引用しました。 私はかつてギリシャのパルテノンの傍に立ったことがあった。(…中略…)ギ...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.187-197
[論考]
...フィンドレイ・パ−トナ−シップ《トラス・ウォ−ル・ハウス》1993 内部と外部が連続したかのような、... ...−の賜物である例えば、小さな家には古い暖炉とブルーの絨毯と子犬と〈あなた〉が存在せねばならな...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.130-145
[インタヴュー]
...げられますが、むしろ重要なのは都市をアイロニカルに見ていく視線がここにまとめられたいくつかの... ...され、モダニズムの英雄的な建築家像とは異なるオルタナティヴな建築家像がそこで模索されていたわ...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.169-176
[インタヴュー]
...では、「間(イマジナリー・スペース)」「シンボル」「見えない都市」といったそれ以降の思考に連... ...ばしていて、それはとうていサンプリングやフィールドワークという枠にとどまるものではありません...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.187-199
[建築の還元 1]
...の破片がしみ込んでいる。二〇世紀の初めに、マルセル・デュシャンがその一角を鮮やかにひき剥がし... ...マルクスがその問題を先取りした。マルクスは都市と農村との分離から交通Verkerを見出したが、マルク...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.2-12
[オルタナティヴ・スペース 3]
...問題。テラーニやル・コルビュジエにあって、ミースに無いものなんだ? ……答えは屋上。 九八年水... ...り、明かり採りのために突き出した五つの階段ホール塔屋、それらを繋ぎ日陰を提供するキャノピーと...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.32-34
[建築の解體新書 4]
...る試みでした[註参照]。不思議なことに、ヘーゲル的美学を援用した井上充夫氏よりも、さらにはそ... ...にも包み込まれた入れ子、懸詞の変転によるロジカル・タイプの違犯などなど。これらにほぼぴたりと...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.13-26
[建築の還元 2]
...了解は、近代を価値づけている関係主義的なベクトルに広く包含されうるものである。その最も分かり... ...持ちすぎているように感じられることなのだ。 エルンスト・カッシーラーは関係(関数)という概念を...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.2-12
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 3]
...ぎ神戸に近づくにつれて、雨漏りを防ぐ青いビニールシートをかけた屋根が増えるのが見え、電車の窓... ...コンストラクションへの批判として、それがリテラルに建物を傾けたり、歪めているというのがあった...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.243-253
[都市の傷痕とRe=publik 4]
...つれた表情。携帯電話から恋人に待ち合わせのメールを送る。恋人のオフィス。デスクの上のパソコン... ...の場所は夕刻の繁華街(「梅田」なので関西ローカルのCMかもしれない)。J-PHONE「スカイウォーカー」...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.28-29
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 1]
...ようになった。 当時まだ一〇代の少年だったポール・ヴィリリオは、この夏にそれまで近づくことの禁... ...ャン・ヌーヴェルはフランスで生まれた。 パリは燃えていた 一九六八年、パリのカルチェ・ラタンで...
『10+1』 No.13 (メディア都市の地政学) | pp.213-224
[論考]
... 共同の署名「ル・コルビュジエ・ソニエ」:オザンファンの証言 1-2 「ル・コルビュジエ・ソニ... ...れ」から「私」への変更:「ル・コルビュジエ・ソニエ」から「ル・コルビュジエ」への序章 2-3 改...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.199-220
[インタヴュー]
...まえに、まずは『カレール・ド・ラ・シウタ』誌のことを含めて、あなたのバルセロナでの活動につい... ...(以下BC)──わたしが研究に興味を持ったのはバルセロナ時代だったのね。わたしの実家は建築家なの...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.41-46
[連載 7]
...ネ憲章」がCIAMの内部での総決算などではなく、ル・コルビュジエ個人のヴィジョンとしての側面が強か... ...たものとしてのCIAMの格子を取り上げた。そしてル・コルビュジエの思想のなかに存在する二重性につい...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.177-190
[論考]
...1 ミース・ファン・デル・ローエの作品を美術のミニマリズムと関連づけて論じることはしばしば行なわ... ...方があるという。この論理を敷衍するとK・マイケル・ヘイズのポスト・ストラクチャリスト的な読み、...
『10+1』 No.12 (東京新論) | pp.191-200
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 6]
...野蛮ギャルドの住宅 それは大地に「映える」のではなく、大地から「生える」建築だった。数年前、建... ...る復古主義ではない。 設計者はインターナショナル・ヴァナキュラーという言葉を使っていたように思...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.205-216
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 2]
...変えていくことになるだろう。 一九三五年、リカルド・スコフィディオ誕生。 一九五四年、エリザベ... ...とめて、新世界に高層ビルのプロトタイプを根づかせたミース・ファン・デル・ローエも、同じく、一...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.249-260
[非都市の存在論 11]
...年七月二三日の深夜、オーストリアのザンクト・ペルテンで屋外展示されていたジョン・ホワイトマン... ...シカゴから移設されたものであった。ザンクト・ペルテンは一九八六年にウィーンに代わってニーダー...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.15-26
[都市の傷痕とRe=Publik 7]
...今から七〇年前(一九三〇年)、エルンスト・カッシーラーは「形式と技術」という論文のなかでこう... ...一。 前回取り上げた山陽新幹線のトンネル剥落事故とトルコ大地震以降も、「どうしてまた、そんなこ...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.35-36
[CONCEPTUAL 日本建築 5]
...ではないか。 箱根の山麓を掘りぬいた丹那トンネルが難工事の末に開通し(一九三一)、特急「燕」が... ...かかった卒業後、欧米に建築行脚する。イタリア・ルネサンス建築にいたくうたれ、さて、日本人にと...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.306-319
[連載 3]
...の必要があった★一。前回に取り上げたクレマンテルは彼の商務省に技術部を新設し、そこに鉱山技術... ...介者でもあったアンリ・ル=シャトリエ(後にコレージュ・ド・フランスやソルボンヌ大学で教鞭も執...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.291-305
[景観の視学/史学/詩学 5]
...市のレ・アール地区再開発は、歴史と物語を過剰なまでに背負った住民と行政と建築家グループの、思... ...二年に、整備された中央市場にする目的で、バルタールの設計による鋳鉄建築の一〇のパヴィリオンが...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.28-30
[都市とモードのフィールドノート 4]
...ば建築やモダン・デザインを特集するライフスタイル雑誌があふれている。 これまで建築とファッショ... ...」の順番に進むという。彼はDCや欧米ブランド、グルメのブームに続いて、つぎは住空間がトレンドにな...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.34-36
[現代住宅論 1]
...』 (彰国社、1999)実験住宅「アルミエコハウス」 本年九月から「アルミエコハウス」[図4・5]の解体... ...調査が実施されることになった。この住宅はアルミニウム合金を主構造とする実験住宅として一九九九...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.200-209
[現代建築思潮]
...フォールディング・アーキテクチャー──その実践の系譜 ソフィア・ヴィゾヴィティ 日埜直彦|訳 ... ...おけるまったく新しい建築を求める議論からフォールディングは登場した☆一。ここで簡潔にその系譜...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.47-62
[現代建築思潮]
...在、例えば世界的なファッション・ブランドであるルイ・ヴィトンやプラダなどのショップの設計を有... ...uter Williamsonが、例えばフランク・ロイド・ライトやルイス・カーンなどの建築家が有名性を獲得する与...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.27-44
[1990年代以降の建築・都市 16]
...訪れた人が少ないからではない。もともとは、ワールドカップの予選で日本×北朝鮮の試合が平壌で開催... ...裏を勝手に歩くことはありえない。市内はすべてクルマで移動し、不測の事態が起きないよう、一般市...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.23-25
[建築の還元 3]
...応答は、次のようなものだった。新しさ。ディテール。プロポーション。社会性。快適性。有用性。環... ...、もっとも強い純粋化への意志=強度を持つベクトルの磁場がそこに発現する。諸々の事態の単純化は...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.189-199
[建築とイマージュ 7]
...とだ。 2 我々が参照した辞書の編者であるエミール・リトレが一八八〇年に、『言葉の病理学、あるい... ...いるというかのように。言語(ヴェルブ)の代わりに言葉(パロール)を語ること自体がすでに病的(...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.30-32
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 8]
...カのディズニーワールドでは、マイケル・グレイヴスの設計した《スワン・ホテル》がオープンした★... ...計者による《ドルフィン・ホテル》も登場する。いずれも名前の通りに巨大な白鳥やイルカが付随した...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.200-212
[論考]
...、《アルジェ総督府庁舎》(設計ジャック・ギオーシャン[Jacques Guiauchain]、アルジェリア・アルジェ... ...地」と呼ばれた)と乾燥地域向け(同様に「セネガル型植民地」と呼ばれた)にそれぞれ特化したもの...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.195-204
[循環する都市 2]
...堺を見たポルトガル宣教師の報告を通じて見るならば、当時の堺は、日本国中他にその右に出でるもの... ...部分に出て来る文章だが、まさにこのエクリチュールは、「輪郭(りんかく)の整った瓜実顔(うりざ...
『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) | pp.193-200
[現代住宅研究 2-4]
...いて建設された《エスプリ・ヌーヴォー館》(ル・コルビュジエ、一九二五)[図1]は、集合住宅の一... ...ブの小屋として作られた、分譲マンションのモデルルーム、ということになろうか。《エスプリ・ヌー...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.21-25
[建築の言説、都市の言説 5]
...。そこでの教育は一般的なカリキュラム──ボザール、バウハウスの折衷──で充分間に合ったはずだ... ...点を導入することを決断した。というよりヴァールブルク研究所で修得した「正統的な」建築観を背景...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.26-28
[論考]
...光が当てられ、焼け野原というタブラ・ラサにル・コルビュジエを模して勝手気侭に引いたお遊戯的都... ...変貌を遂げる過程で、国土・都市・建築・ディテールを連関させた丹下研の手法と思想に迫った。 丹下...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.80-95
[論考]
...use》(二〇〇五)、妹島和世の《鬼石町多目的ホール》(二〇〇三)、これらの空間には近代建築の空... ...ロウは『マニエリスムと近代建築』において、ル・コルビュジエの建築に代表される近代建築の特質を...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.96-97
[鼎談]
... 藤村龍至──世界経済のグローバルな動きの反映として、高層ビルの林立のような現象が起こっている... ...ことはあると思います。しかし、そうしたグローバルな動きによって都市がドラスティックに変容しつ...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.62-75
[論考]
...Q──最近、六本木アート・トライアングルってよく聞くけど、あれって何のことなの? A──ここ数年... ...館が開館したじゃない? そのなかでも、六本木ヒルズの森美術館、乃木坂の国立新美術館、それに東...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.132-133
[論考]
...あった。 1 アーバンデザインの展開──フィラデルフィアvs.ボストン 五〇年代アメリカの建築・都市計... ...ラデルフィアのペンシルヴァニア大学は一九五〇年に、当時ハーヴァードで教鞭をとっていたホルムズ...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.161-172
[論考]
...・コールハースに対して磯崎新が「彼がもう少し長く生きていれば丹下健三の最大のライヴァルになっ... ...一三)年生まれだから丹下と同年であり、ライヴァル、友人として親しく交わったといわれる。内田の...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.114-120
[論考]
...のバベルの塔?(実際、早大の尾島俊雄研究室の、人口三〇〇〇万を収容する高さ一万メートルの構造... ...物の構想は「バベル」と呼ばれた[図3])。 私の研究室では、この数字の根拠を問うべく、くだんの長...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.62-76
[論考]
...クソン世界において一般的になっているだけで、ゲルマン世界、ラテン世界においてはまったく異なる... ...いては都市建設 Städtebauが、フランスにおいてはユルバニスムurbanismeが対応しているが★一、いずれも「...
『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.160-168
[インタヴュー]
...中谷礼仁──まずはタイトルの「トレーシング・ザ・藤森照信」について若干説明しておきます。私た... ...分野から自らの活動を始めました。あらゆるジャンルでもそうですが、そこには必ず先達者がいる。特...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.54-77
[論考]
...〇世紀という工業化の時代を生き抜いたジャン・プルーヴェ(一九〇一─一九八四)がコンストラクタ... ...レ・ステヴァンス、トニー・ガルニエ、ボードワン&ロッズ、ル・コルビュジエなどフランス近現代建...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.90-97
[論考]
...は、アンビルトの実験住宅について見ていくのだが、そもそも実体を持つ建築というジャンルにおいて... ...で、まずは住宅に限らず、建築全般におけるアンビルトについて考えてみる。 計画が頓挫してしまい実...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.98-104
[インタヴュー]
...あると主張します。この運動は戦前のアヴァンギャルドの運動の型を受け継いでいます。、政治と芸術... ...行大森支店襲撃事件(一九三二)──銀行をピストルをもって襲撃して、党の活動資金を奪った──と...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.149-158
[論考]
...人物の地位が居場所の高低へと翻訳され、超高層ビルに支配者、地下世界に労働者という、無声映画で... ...のまま息づいているからである。いまだに超高層ビルは成功者の場所であり、富と権力の在処である。...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.120-125
[インタヴュー]
...創平──ここ数年のことですが、表参道ヒルズや六本木ヒルズ、あるいは汐サイトなどができたことに... ...イラインが壊れるような場合ですね。唐突に高いビルなどが建つと、それまでのバランスを崩し、結果...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.82-93
[翻訳]
...いう古い中国信仰。 シンガポールのグリーンプラン:われわれはブルドーザを適正な場所に導きたい。 ... ...イムズ紙』一九九〇年五月二七日 私はシンガポール港で八歳になった。上陸はしなかったけれども、臭...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.173-197
[対談]
...始めるのはどうでしょうか。ドバイは、中近東のガルフ(湾岸地域)と呼ばれるエリアのなかにある、UA... ...が伝えています。またレム・コールハースのような人がかなりのエネルギーを割いてリサーチやプロジ...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.217-227
[建築とイマージュ 2]
...元した上でそこからさまざまな 隠 喩 (メタフオール)を読みとる、建築に対するそうした理解の仕方... ...は可能な限り禁欲的であること、われわれが〈スカルパの疑い(ドウト)〉と呼んだのはそうした姿勢...
『10+1』 No.06 (サイバーアーキテクチャー) | pp.31-33
[建築の言説、都市の言説 1]
...重層的で全体性のあるものに押し上げて行く。 ル・コルビュジエは一九二三年に『Vers une architecture』を... ...、それは六年後に早くも邦訳出版され、そのタイトルは『建築芸術へ』だった。磯崎新氏が六〇年代に...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.28-29
[翻訳]
...てそれは、マルチメタファーの形でこそ存在する。最も直接的にそれが示すのはハプスブルク帝国終焉... ...って、国内および国際レヴェルで同時にその反映を見た。したがって、マルチメタファーであることに...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.245-262
[建築の言説、都市の言説 4]
...一貫したラインで成立していたわけだが、そのレールの布設が一人の傑出した技能と直感力の持ち主の... ...能なザッハリヒでニュートラルなアングルが確立された。個別のスケールと性向を秘めた撮影対象──...
『10+1』 No.08 (トラヴェローグ、トライブ、トランスレーション──渚にて ) | pp.28-31
[千年王国論(六)]
...、調和のイメージを築こうとしたユートピア・モデルと重なっている。ユートピアは計画の王国だが、... ...挿がある。あるいは飛躍がある。それは未知のモデルに基づいているが故にユートピア(無場所)なの...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.216-226
[グローバリズム 5]
...江デルタ):スーパーバブル=一九七八以降 PART 2 前回に引き続いてハーヴァードの「珠江デルタ」の... ...部分はあるのでお断りしておく。 もともと珠江デルタは両端に香港とマカオを抱えている。返還に備え...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.190-206
[論考]
...『10+1』No.49の拙論「アルゴリズム的思考とは何か」のなかで、「アルゴリズム的思考」とは「建築に限... ...。そこで本稿では本特集の形式を踏襲して、シンプルながらしかし建築において本質的な問いを複数用...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.102-103
[インタヴュー]
...つかあります。そのうちのひとつ、『朝日ジャーナル』(一九六五年一月三日号)に「空からの視角」... ...かじめ計画も情報もまったくないから、まずはホテルに行って、フロントでいろいろ聞いて、それから...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.167-175
[インタヴュー]
...ほか訳、東大出版会、一九七三)、テイヤール・ド・シャルダン『Le Phénomène Humain』(邦訳=『現象と... ...トムソンにひそんでいます。むしろテイヤール・ド・シャルダンの人類の宇宙意識への生長溶解のイメ...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.72-81
[リード]
...「アルゴリズム的思考と建築」という特集を組むにあたって、まず建築におけるアルゴリズムとは何か... ...アルゴリズムとは言葉の正確な定義において算法、算術のことである。それでは、建築におけるアルゴ...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.70-71
[インタヴュー]
...セシル・バルモンドとのコラボレーション 柄沢祐輔──伊東さんはロンドンの《サーペンタイン・ギャ... ...》などのセシル・バルモンドさんとのコラボレーションを経て以来、構成に独特のルールを与える方法...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.82-93
[インタヴュー]
...──アルゴリズムとは、建築の文脈でいうと、建築の構成に明示的なルールを与えて、そのルールを積... ...グさせて建築を設計する立場のことです。なにかルールを発見したときに、それを広く提示し、同時に...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.94-102
[翻訳]
...計画を連続したフィールドとして捉える方法を発見したことであり、そのフィールドのなかで彼らはさ... ...さまざまなレヴェルについて、さまざまなコンテクストのなかで、さまざまなスケールにおいて、建築...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.136-148
[非都市の存在論 7]
...1 都市と死──記憶のエクリチュール 建築家であり、かつてユーゴスラヴィアの首都ベオグラードの市... ...クリチュールの概念とは大きく重複しており、都市とは強力な〈超=言語的エクリチュールのシステム...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.16-27
[技術と歴史 1]
...プリントのうち一枚目は、《ガラスの家》と 《アルミネア》という二つの住宅をセットにしてあります... ...のです──とピエール・コーニッグがやった《ケーススタディハウスno.22 スタール邸》という非常に有...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.180-193
[一九九〇年代以降の建築・都市 13]
...壁という既成概念から組み立てるのではなく、エネルギーの流れを反映して、まったく異なる構造を考... ...メタボリズムを唱え、社会の「動民」化と、カプセル建築の到来を予言していた。未来に対する楽観的...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.37-39
[視覚の身体文化学 2]
...なかったこと。それどころか、世界の表面はカラフルであり、色はわれわれが生きていくための情報で... ...ソン『視覚世界の知覚』(一九五〇)と同時期のオルダス・ハクスリー『知覚の扉』(一九五四)が描...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.33-34
[現代建築思潮]
...ヘルツォーク&ド・ムーロン『Natural History』を読む 佐々木一晋+田中陽輔 佐々木──今日は「素材の... ...コンテクスト」と題して、ヘルツォーク&ド・ムーロンの『Herzog & De Meuron: Natural History』(Lars M殕ler, 2002...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.49-56
[CONCEPTUAL 日本建築 2]
...祠後(うしろ)の待合[まちあい=当時のラブホテル]岡目に往きて復び飲む。秀梅欷戯[ききょ=す... ...衷、中廊下式間取りのハイカラな家だ。建て主はベルギー系帰化人。谷崎は『陰翳礼讃』を書く一方、...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.208-221
[技術と歴史 7]
...ことができず、人類文化という点では何平方メートルかの土地を意味するにすぎなかった。アメリカ、... ...ギリスの小説家ディケンズは一八四二年にフィラデルフィアを訪れ、その感想を述べています(『アメ...
『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.213-224
[連載 8]
...17 機能主義という抽象モデル ル・コルビュジエの一連の都市計画のモデルは機能主義的ともいわれるわ... ...ろん、機能主義モデルは彼の専売でもオリジナルでもなく、彼は普遍化できるモデルとして構想してい...
『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.198-212
[現代住宅研究 6-2]
...やリテラルな透明性は、「敷地」、「量塊」の持つ避け難さへの抵抗だと言えるし、ル・コルビュジエ... ...窓から、ミースのガラス壁、そしてカーテンウォールに至るまでの展開は、壁をなくすというよりは、...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.23-28
[1990年代以降の建築・都市 6]
...た[図3]。わずかな変更はあるものの、オリジナルの最小限住宅と同じサイズ、同じ構成である。建築... ...ではなく、九坪の家に暮らすという、ライフスタイルそのものなのだ」と述べている。前述のシンポジ...
『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ) | pp.184-193
[CONCEPTUAL 日本建築 7]
...すれば、「豆砂利入りモルタルの流い出し」仕上げだ。 そもそも、モルタルとはセメントと砂(細骨材... ...わざ「豆砂利入りモルタル」という。これを打って、乾くまえに、ハケでモルタルを洗い出して豆砂利...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.186-200
[連載 4]
...ロシア・アヴァンギャルドの文章であったら、そう訳さねばならないが、ル・コルビュジエはそれに「... ...この読みは否定される。二〇世紀建築の革命児ル・コルビュジエの文章としてみてしまうと、この読み...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.159-176
[現代建築思潮]
...ルセロナの成長と発展を取り上げることにします。その理由としては、バルセロナが一九九二年のバル... ...に評価されていることが挙げられます。今回は、バルセロナの都市誕生から現代に至るまでの都市史を...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.64-72
[連載 6]
...ること(名付けること)と配置すること 15-3 バベルの塔としてのCIAM 近代都市計画の原点ないし聖典の... ...イツ語圏の(主に左翼的な)建築家/計画家とル・コルビュジエたちとの間の綱引きがあった。全般的...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.198-211
[CONCEPTUAL 日本建築 8]
...色の濃い画風。P・セリュジェ、A・オーリ、J・ヴェルカット、M・ドニなど)、ナンシー派、ラファエロ... ...州立大学などの客員もつとめた。最初のバイリンガル書だった『日本建築図集』はいまも相模書房から...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.222-237
[技術と歴史 5]
...と思います。 最近の建築の特徴として、ディテールのつくり方が少し変わってきていると感じています... ...、その変曲点、つまりエッジやコーナーでディテールは発生してきました。それをうまく納めるのが建...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.212-221
[現代住宅論 2]
...今回はサステイナブル・デザインの理論的根拠について考えてみたい。そのために、まず建築を総合的... ...ることから始めよう。 ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは、建築を三つの条件によって定義してい...
『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.225-233
[連載 9]
...17─4 アパルトヘイト都市? 近代都市計画の最も基本的な構成要素を、面と線、つまりゾーニングの画... ...まで小さなコミュニティ・モデルの域を出ず、後者はイメージとスタイルを出るものではない(それに...
『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) | pp.182-199
[現代住宅論 7]
...前回の「建築的無意識」では、ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」からヒントを得... ...ことなのだ。 ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」 『ボードレール他五篇』(野村修編...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.277-285
[技術と歴史 12]
...山名善之──ジャン・プルーヴェは、家具デザイナー、エンジニア、プレファブの始祖という言い方が... ...によって生み出されたものであります。しかし、プルーヴェに対する私の興味はそこだけに留まらず、...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.252-262
[図版構成4]
...実に現実化しました。エベネザー・ハワードやル・コルビュジエなどの建築家は、二〇世紀のために都... ...うな未来都市を描いて見せました。 その後、オイルショックを挟んで、先進諸国が新自由主義的政策を...
『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) | pp.168-171
[会議2日目「福利更正」]
...園都市、レッチワース(一九〇三)[図3]とウェルウィン(一九一九)。これらはともに田園的居住や... ...るロンドンに懸念を抱き、都市の規模はコントロールされるべきであると考えていたのだ。均質なグリ...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.108-109
[福岡]
...研究室とのコラボレーションプロジェクトのタイトルである[図1─10]。プロジェクトは「GAO:ゴース... ...ユニット(アトリエ・ワン)に変換しているサンプルを探し出し、「FLC」としてカタログ化したもので...
『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ) | pp.156-171
[会議4日目「国土改造」]
...ン手法について議論し、その後、最も大きいスケールの問題提起である四日目の会議「国土改造」で提... ...これはそれぞれに閉じた生活単位が勝手にスプロールしていくような、アメーバが増殖するようなダイ...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.146-161
[インタヴュ―]
...ますが、それがモダニズムと結合した不思議なアマルガム状の指向性となってこの時期を牽引しました... ...で書かれた『日本建築愚作論』(一九六一)はベルトルト・ブレヒトに重なって見えるし、「都市破壊...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.263-276
[現代建築思潮]
...している。ここで提案する計画は、それに対するオルタナティヴとして、千駄ヶ谷の国立競技場から青... ...ならば、むしろ縮小を見据え、成熟した都市のモデルを示す必要がある。前回より圧倒的に都市化が進...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.41-56
[現代住宅論 3]
...「アルミエコハウス」の開発・実験プロセス 伊東豊雄を座長として「住まいとアルミ研究会」が発足し... ...者が参加を要請され、アルミニウム構造に造詣の深い構造家・飯嶋俊比古とアルミニウムのデザインを...
『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) | pp.209-221
[インタヴュー]
...ル・コルビュジエとミース・ファン・デル・ローエ受容をめぐって 磯崎新──いわゆるモダニズムの受... ...のです。その手がかりとして、ル・コルビュジエとミース・ファン・デル・ローエがそれぞれどんな具...
『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) | pp.172-181
[連載 10]
...六〇年の東京世界デザイン会議はメタボリズム・グループの旗揚げとなったことでも知られているが、... ...の空中写真が掲載されていた。カスバはもともとトルコ人やアラブ人等がつくった城塞都市を指すが、...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.176-192
[現代住宅論 5]
...れた展覧会「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」において、ル・コルビュジエの《... ...トリエ》、《小さな休暇小屋(カップ・マルタン)》、マルセイユの《ユニテ・ダビタシオン》の住戸...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.226-233
[『日本の民家』再訪 7]
...とときの勢いは落ち着いている。 異星のようなカルデラの三原山、セライと呼ばれる定期的に方向を変... ...東京の有名大学を卒業して帰ってきた。島ではサルトルの小説を取り寄せて読んでいたという。家は裕...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.12-27
[現代建築思潮]
...議論の新しいスタイル? 10+1──「現代建築思潮研究会」はこれから三年目に入りますが、月例で研究... ...築における「部分的/離散的」、No.35での「フォールディング・アーキテクチャー」、No.39での「建築/...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.24-28
[部屋の文化研究 4]
...衝撃が記憶にあったからかもしれない。究極のワンルームを見たと思った。建築も印象的であったが、... ...前回カンガルーハウスとのつながりは、子ども中心という生きた仕掛けだろうか。カンガルーハウスの...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.34-36
[現代建築思潮]
...し始めた。僕は彼のことをいつもインターナショナルな画家だと思ってきたが、彼がオランダ人の画家... ...のレンブラント(一六〇六─六九)およびフェルメール(一六三二─七五)、哲学者のスピノザ(一六...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.39-46
[トキョー・建築・ライナーノーツ 5]
...する生活を始めた。南北一八キロメートル、東西六キロメートル。山の手線の内側とほぼ同じ大きさの... ...パスといい、スイス、チューリッヒ郊外のヘンケルベルクにある、スイス連邦工科大学チューリッヒ校...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.55-58
[グローバリズム 2]
...T1 前回「ペキン 二〇〇三」の冒頭で引用したコールハースのテクストは、「日本に関して」という箇... ...てではなく日本の都市についてのものだった。コールハースはそれを「カオス」と形容した日本人建築...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.230-238
[ポストモダニズムと建築 2]
...ある。 例えば近代主義における機能主義の規範のルーツをたどれば、ソクラテス(B.C.470─B.C.399)やプ... ...言えるだろう。美学の歴史においてこうした意識のルーツは、ソクラテスよりさらにさかのぼるピタゴ...
『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) | pp.40-42
[ポストモダニズムと建築 3]
...接近して見てみたい。 思想家・詩人であったポール・ヴァレリーの一九二一年のテクスト『ユーパリノ... ...り初期に、私を恐慌状態に陥れたのはたとえばポール・ヴァレリーが『エウパリノスまたは建築家』で...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.42-44
[都市とモードのフィールドノート 3]
...いし着こなしが難しいので、活動的なライフスタイルには向いていないと考えられている。対して洋服... ...飾様式である。マーク・ウィグリーによると、ル・コルビュジエが発表したマニフェスト『建築へ』は...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.37-39
[現代住宅研究 5-3]
...器タイルが全面的に用いられている。曲面はさまざまな太陽入射角を受け止めることで、タイルと目地... ...るやり方は、偏執狂的な草間彌生やジャン=ピエール・レイノーのインスタレーションを彷佛させる。...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.39-43
[大島哲蔵追悼]
...ェ 今日はタイポロジーをめぐって、アルド・ロッシからドナルド・ジャッドまでお話する予定です。ま... ...めましょう。 私はかつて、イタリアの建築家、アルド・ロッシの主著である『都市の建築』(福田晴虔...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.181-191
[都市観測者の手帖 7]
...がった道が嫌いだ。ル・コルビュジエがまずそういう思想の持ち主だった。ル・コルビュジエは書いて... ...するのはろば的なのだ。私はろばです。 さらにル・コルビュジエは書く。「直線は、都市の魂にとって...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.37-39
[ルポルタージュ]
...パネルという木製積層パネルに内外の左官仕上げをしただけの壁で作られており、それはセルフビルド... ...実際には建物の軽量化にも役立っている(このパネルによる壁面で簡単に組み立てるという発想は、お...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.52-63
[1990年代以降の建築・都市 4]
...近代都市のアール・ヌーヴォー 今から一〇〇年前、地下鉄が近代都市のシンボルだった頃、パリのメト... ...ロの入口が、エクトール・ギマールの設計によって華麗に飾りたてられた[図1]。鉄がのたうちまわり...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.156-166
[都市表象分析 7]
...1 非正規性のグローバル化 二〇〇一年九月一一日、アメリカ合衆国を襲った同時多発テロは、六〇〇〇... ...させられた都市の姿は、広島・長崎やベルリンから近年のベイルートやサラエヴォにいたるまで、数多...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.2-11
[大島哲蔵追悼]
...インド圏でのルイス・カーン(一九〇一─一九七四)の足跡は、アーマダバードの経営大学(一九六二... ...る。前者はグジャラードの州都で、この地域はル・コルビュジエのパトロンでもあったサラバイ家に象...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.172-180
[1990年代以降の建築・都市 1]
...に船は漂っていた。朝靄のなかから海に迫る高層ビル群と山が現われる。感動的な風景だった。もとも... ...銀行のプロジェクトに採用し、資本主義のカテドラルを建設した。これらの銀行は香港の紙幣のデザイ...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.177-187
[都市表象分析 18]
...1 建築の「情念定型」 アルド・ロッシの『学としての自伝』(邦題『アルド・ロッシ自伝』)は、この... ...体現するかのようなイメージとして、ロッシは「エルバ島の木小屋」と題したドローイング(一九七五...
『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.2-12
[ミュージアム・テクノロジー随想 1]
...ずお目にかかれない。既設博物館の増改築のコンサルティングの話があるといった程度で、日常的には... ...の活動を行なっている。 ところで去年のゼミナールで数人の学生を分担した際、さて何をやろうかとじ...
『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.41-42
[ミュージアム・テクノロジー随想 4]
...触れた「メディアとしての建築」展の図録に、ル・コルビュジエの絶筆「思考のほかに伝えうる何もの... ...急速に広まる時期に、新しい技術が可能にするリアルタイム処理というのが、ずいぶんと喧伝されたよ...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.39-41
[モノとマチの向こうに見えるもの 4]
...に 最近、身の回りで愛好者が増えているポータブルミュージックプレイヤー「iPod mini」の裏面にある「D... ...ア、プロダクトのフォルムをデザインするプロダクトデザイナーなど、アップル社お抱えのさまざまな...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.29-31
[現代建築思潮]
...告 I─吉村靖孝 吉村──今回の研究会はビョルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』(... ...ボルグの著作も、テーマは違うけれども同じような問題提起の仕方をしていると言えます。 ロンボルグ...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.48-56
[集中連載 2]
...4 人文地理学的空間 前回にル・コルビュジエが「フランスの植民地事業への支持を隠さなかった」とい... ...八一年、安南=ヴェトナム一八八三年、マダガスカル一八八五年、チャド一九〇〇年、モロッコ一九一...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.194-207
[都市の傷痕とRe=publik 8]
...築業界のドン。このドキュメンタリーに関するパネル・ディスカッションでも彼はこう述べる。 わたし... ...かってなかったのです。空間についても、ディテールについても、人がどう感じるかも、人がどうやっ...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.31-32
[技術と歴史 2]
...有のフライングバットレスも見えます。ヴィオレ・ル・デュクはゴシック建築が──フライングバット... ...ンジニアリングが好きだったようで、マジョルカ島のパルマ大聖堂の構造をものすごく綿密に調査して...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.208-219
[技術と歴史 4]
...中がアメリカに亡命した歴史、それからオフィスビルの歴史とロケット開発、宇宙飛行物体の開発の歴... ...きたいと思います。一九一九年に始まったワイマール・バウハウスと、飛行物体の歴史が同じ歴史をた...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.175-185
[連載 5]
...のは偶然ではない★一。コンペに参加していたル・コルビュジエは既にその状況を知悉していたわけだ... ...に、このプロジェクトに関わっていた際にも、ル・コルビュジエは国際連盟本部のプロジェクトの方は...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.158-174
[現代建築思潮]
...。この例のように、明治の早い時期から民間レヴェルではどん欲に西洋建築を取り入れ、キッチュとも... ...は明治も四〇年近く経っていた。しかし現場レヴェルでは西洋建築の導入は先んじてどんどんやってい...
『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.47-54
[ポストモダニズムと建築 5]
...真正さを求めない。極端な場合にはそれはモンテカルロ・シミュレーション★一における乱数に似たも... ...フローを条件の複雑さに対応してフィードバック・ループ化したものと考えられる。計画に関わる当事...
『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.43-44
[都市の傷痕とRe=publik 3]
...人波に包まれながら、新宿駅に向かって運ばれる。ルミネの角の広い横断歩道。風に吹かれて舞う、砂... ...ある。名古屋でなら、一も二もなく、車というシェルターでもって移動してしまうところだ。 それにひ...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.32-33
[インタヴュー]
...》、そして《桂》と切っても切れない関係にあるブルーノ・タウトについてお話しいただければと思っ... ...います。実はこの『KATSURA』はフランチェスコ・ダル・コーがElecta社の編集長的な立場にいることから作...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.147-157
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 4]
...二人のチャールズ 一九七二年七月一五日午後三時三二分、アメリカのセントルイスでモダニズム建築は... ...死亡した。 チャールズ・ジェンクスの著書『ポスト・モダニズムの建築言語』(一九七七)は、このよ...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.226-236
[集中連載 1]
...たがう疲れを知らぬ職人である。 ポール・ヴィダル・ブラーシュ 一つの国際的な言語が、白色人... ...。 ル・コルビュジエ 0 国際主義 上に引用したル・コルビュジエの一節が述べているのは、ル...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.169-179
[対談]
...んど社会改良的な関心からきていますねよね。ル・コルビュジエのドミノもそうだし、トロッケンバウ... ...見ると、近代のなかでどうやって人々の生活レヴェルを上げるかという社会改良的な流れです。土浦亀...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.38-51
[論考]
...兄弟の問題は、身近な問題としてつねにアクチュアルなものである。しかし、個別の問題はそのままで... ...いかと。住宅はビルディングタイプのひとつに過ぎないのだからと★四。住宅がビルディングタイプの...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.111-120
[批評]
...展に際して公刊された『国立バウハウス・ワイマール1919-1923』★二の冒頭に収録されたグロピウス★三... ...画の「国立バウハウス展1923の一家族住宅(アムホルンの住宅)」[図1]とグロピウス設計、バイヤー★...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.185-195
[論考]
...都市を浮遊するように生活するーホンコン・スタイル ノーマン・フォスターの新しい空港ができて、啓... ...にどこまでも建物が続くのではなく、超高密なル・コルビュジエの「輝く都市」★一を見るようである...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.133-143
[論考]
...ームズ自邸》は生まれた。それはまったくオリジナルで、まったくアメリカ的だ。 ピーター・スミッソ... ...つであった。一九七〇年にチャールズは、ハーヴァード大学のチャールズ・エリオット・ノートン詩学...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.166-181
[論考]
...高級住宅地の代名詞みたいな場所です。そこにはブルジョワの子弟が大勢いる。私の家は戦前からのボ... ...鵠沼の連中と付き合うようになって、彼らのスタイルやインテリアもいじわるに観察していました。 芹...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.40-55
[批評]
...、且つそれがイデアでもあるのである」。 ——マルティン・ハイデガー「技術への問い」一九五五年 イ... ...。文字通りの足場、すなわち建設中のアーチやヴォルトを支えるようなものがある。産業の足場、すな...
『10+1』 No.06 (サイバーアーキテクチャー) | pp.76-89
[インタヴュー]
...が問題なのではなくて、民衆の内面にうごめくエネルギーのもつリアリティを引き出し、ひとりの建築... ...るもの──の文脈で位置づけられ、その後、そのオルタナティヴとして、白井晟一の荒々しい農民と武...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.166-180
[論考]
...を対象とした研究成果を発表している★三。フィールドワークと史料読解に基づいて、大家族制度を中... ...歴史の範疇です」と答え★八、自らの通史のタイトルを(おそらく意識的に)同名にした藤森照信は「...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.149-163
[対談]
...すね。 五十嵐──日本の近代建築を言説のレヴェルで読み直すことは興味があって、大学院の頃、論文... ...築沿革略」の連載を開始し、「未来ノ方針ヲ指示スル」ことを述べているものの、デザイン的な細部に...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.62-76
[批評]
...ール国立バウハウス」開校八〇周年を記念し、本年ワイマール市と同市のバウハウス大学ワイマール及... ...デッサウ市のバウハウス・デッサウ財団、ベルリン市のベルリン・バウハウス資料館では、数々の記念...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.66-80
[論考]
...識されていた点も見のがせない。ヨーロッパにアール・ヌーヴォーという新様式が登場したことはこの... ...意識は、国家的事業として建設されるモニュメンタルな建築に象徴的に投影されることになる。黒田が...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.77-86
[論考]
...案した。ここで彼はル・コルビュジエの「パリ改造計画」を参照している。ル・コルビュジエの計画は... ...』2──ル・コルビュジエの構想した現代都市 出典=ル・コルビュジエ『ユルバニスム』ル・コルビュジ...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.119-129
[論考]
...これは最近の意見ではなく、早くも一九三六年にブルーノ・タウトが述べたものである★一。日本の都... ...のような認識をもっていた。トマス・J・ウォートルスによる銀座煉瓦街(一八七二)やベックマン&エ...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.143-148
[論考]
...座をもっていた。また、普遍的(インターナショナル)な理念としての「モダニズム」を超えて、日本... ...年の「ラトー」、「メテオール」、そして二七年の「インターナショナル建築会」など、多様なる運動...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.130-142
[批評]
...っとも強力なコンピュータを使ってもいまだにモデル化できないほど複雑なプロセスなのである。私た... ...との対話を成立させるために、それを具体的なフォルムに転換しようと苦闘する。デザインとは、曖昧...
『10+1』 No.06 (サイバーアーキテクチャー) | pp.120-133
[批評]
...サンゼルスのように見える、と言った時以来★一、コンピュータ・ネットワークのヴァーチュアル・ス... ...のないメガロポリス、スプロール都市であると同時に都会のジャングルだったのである★二。この比較...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.92-108
[論考]
...・ヨルンの《コペンハーゲンの終わり》[図1・2]を見たときのことは忘れない。『スペクタクルの社会... ...』の著者であるギィ・ドゥボールとの協働で作られたその作品はポップ・アートの出現に先立つことお...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.54-66
[論考]
...しい社会単位をジェネレートする施設タイプのモデルを考察しようとするこのプロジェクトは、施設を... ...周辺に形成されたメタボリズム・グループが、既存の都市へのオルタナティヴとして建築化された巨大...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.16-28
[論考]
...とも呼ぶべきものを讃えること。 ──ボードレール、『赤裸の心』☆一 最近出版されたリガとウラジ... ...て少しずつ集められたオブジェ群によるカーニヴァル旅団の一座は、いまや無限に膨張してゆくかに見...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.67-73
[論考]
...三年八月四日夜、アテネ、理工科大学構内野外ホール。オーストリアの社会学者にして統計学者オット... ...近代建築国際会議(CIAM)に名を連ねる各国一六グループの代表者を前にしたノイラートに託された課題...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.107-125
[論考]
...連鎖は尽きないかもしれない。 ──J・L・ボルヘス『コウルリッジの夢』 しみ──不可視の連続体 一... ...フランス革命期の建築家(?)ジャン・ジャック・ルクー(LEQUEU)(もっとも実現した作品は極めて少...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.172-184
[論考]
... ヴァーチュアル・リアリティ・システムのヘッド・マウンテッド... ...ッチン・メーカーが作る、多色の〈リアル〉なヴァーチュアル・キッチンよりも、この素朴な画像のな...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.126-135
[千年王国論(四)]
...ことを考え出す必要はない。 ミース・ファン・デル・ローエ ハリウッドの映画セットと同様、この都市... ...は、毎週明け、新しく作り直される。 レム・コールハース 前回でも書いたように、メトロポリスは単に...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.168-175
[批評]
...ロアティア社会主義共和国政府によって、ヴコヴァルのドゥディクにモニュメントを設計することを委... ...ウスタシャ〔クロアティアのファシスト組織〕がセルビア人やその他の政治的敵対者、つまり、抵抗運...
『10+1』 No.08 (トラヴェローグ、トライブ、トランスレーション──渚にて ) | pp.161-177
[インタヴュー構成]
...写真を意識するようになったのは《パレスサイドビル》の撮影でしたね。日建設計の林昌二さんが従来... ...お壕端の丸の内ビル街の三〇メートルに揃った水平のラインと、《パレスサイドビル》の丸型のコアの...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.62-82
[論考]
...に維持するという計画。そしてもうひとつは、ル・コルビュジエに代表されるように、反対に、人口集... ...る。したがって、たとえば、八〇年代の泡沫(バブル)経済の出現もまた、住宅問題と深くかかわって...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.146-153
[論考]
...象を秘めているのだ。 ──ジャン・ボ─ドリヤ─ル★一 フレドリック・ジェイムソンが「近年、最悪... ...を必要としない。 政治上、芸術上のアヴァンギャルドが活躍したハイモダニズムの時期の様々な試みを...
『10+1』 No.04 (ダブルバインド・シティ──コミュニティを超えて ) | pp.21-32
[批評]
...の冬、ナダールは飛んだ。操縦士のゴダールと気球に乗って。雨まじりの空を八〇メートルほど上昇し... ...紀から実験されていたのだし、すでにブランシャールがドーバー海峡を横断していたのだから、さして...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.154-167
[論考]
...、モルモン教徒の放浪の末、ブリガム・ヤングが「ここがその場所である」と宣言し、現在のソルトレ... ...したように。あるいはホフマンの小説、『クレスペル顧問官』の主人公が、敷地の庭をうろうろしなが...
『10+1』 No.04 (ダブルバインド・シティ──コミュニティを超えて ) | pp.90-109
[スタディ]
...る。彼は近代建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887-1965)やミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)より... ...ラーは「住宅は住むための機械である」というル・コルビュジエのテーゼに共感して文字通り機械のよ...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.155-166
[批評]
...AAスクールといった建築教育機関と関わりをもつことの多い、いわゆるネオ・アヴァンギャルドと呼ばれ... ...オロギーはさまざまだが、おおむね二つの大きなグループに分類できる。一方は建築の脱 構 築(デコン...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.188-205
[批評]
...。 マンフレッド・タフーリ、フランチェスコ・ダル・コー “L′architettura contemporanea” 1976 フランスの卓... ...築理論家であるウージェーヌ=エマニュエル・ヴィオレ=ル=デュクは一八七二年に彼の傑作である『...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.129-154
[日本]
...ザイン』(彰国社、1985)、A・ツォニス+R・ルフェーブル『古典主義建築——オーダーの詩学』(SDライ... ...していたのだった。つまりロウはパラディオとル・コルビュジエの平面に同一の幾何学的形式を見出し...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.170-171
[日本]
...彼はなかなかの偉丈夫(身長は一八〇センチメートルを超えるのではないか)で、それでもやはりつく... ...周囲に不思議な感覚を送り届ける。私の場合はル・コルビュジエが最初に描いた《暖炉》(一九一八)...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.162-163
[論考]
...る(一階一九九・〇四平方メートル、四階四二六・四八平方メートル)。実際に近寄るにしたがって、... ...めている何かというものも感じさせる。それはル・コルビュジエ的な造形言語かもしれないし、プラン...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.120-128
[鼎談]
...頁「建築の技法──解題」の原案)に付けたタイトルは「リアライズの技法」でした。例えば敷地にき... ...きたいという思いがあります。パーソナルな問題をパーソナルに解いた部分ではなく、それなりに一般...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.72-87
[生産─技術]
...めしく思ったことがあるのではないだろうか。ル・コルビュジエは近代建築の原則として「自由」を提... ...行なわれてきた感があり、建築における「一般ツール」にはまだまだなりえていない。しかし私自身が...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.116-119
[素材─構造]
...ールの設計による《サルファティストラート・オフィス》は、外観を構成する銅板のパンチングメタル... ...完成した《サルファティストラート・オフィス》は、オランダの首都アムステルダムのサルファティ通...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.104-107
[香港]
...タン Aaron H. H.Tan:1963年シンガポール生まれ。1994年、レム・コールハースとともにOMAアジアを設立し、... ...テーマ・ワールド》(中国)、《SKタワー》(韓国)、《メガ・ホール》(シンガポール)、《シドニー...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.128-129
[トルコ]
...1956年トルコ生まれ。イスタンブル工科大学建築学科修士課程修了。1982年からトルコの老舗新聞『ジュム... ...著作は多数あり、トルコ、ドイツ、日本などで出版される。1994年撮影の映画『トルコ映画の検閲史──...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.120-121
[都市史/歴史]
...権力論 一九三七年に書かれたジョージ・オーウェルの『ウィガン波止場への道』★二には、イギリスの... ...ていた。このような都市権力論は、八〇年代のバブル経済下を経ることで新都市権力論、社会的権力構...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.120-123
[キーワード]
...、とわれわれは言うことができるだろうか。ミシェル・フーコーにならってエピステーメーの変容を、... ...においては、自己自身を主張しない禁欲的でミニマルなデザインが主要な潮流を作り、ライトネスが好...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.68-87
[論考]
...ったことはよく知られているわけだし、レム・コールハースはもはや存在しない職能の代理=表象者と... ...は、東京湾岸埋め立て地四四八ヘクタールに、高度情報通信ビル「テレコムセンター」や国際展示場、...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.156-164
[論考]
...opolitan Architecture)は、著作・建築・都市などジャンルを超えた創造活動を行なう建築家組織だ。彼らは... ...ワークに焦点を当てて、九〇年代のOMA/レム・コールハースの都市プロジェクトへの取り組みを見つめ...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.165-172
[スペイン]
...タヴォ・ジリ(Gustavo Gili)から、1997年にアクタール(Actar)からそれぞれモノグラフが出版されている... ...数多くの展覧会に出展し、2000年7月にはバルセロナのカタルーニャ建築家協会で個展が開催された。代表...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.110-111
[翻訳]
...クラーク★一 イデアは、否定を知らない。 ジル・ドゥルーズ★二 ニュースペースへむけての公 理(... ...再建する。 9 建築とは、居住可能(インハビタブル)な空間を仕上げていくアートであり、単なる居住...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.192-203
[鼎談]
...る。またそれとは裏腹に、本を書くことが営業ツールになって、その本をみて仕事を頼んでくる人がい... ...じゃないかな(笑)。その一番典型的なのが、ル・コルビュジェの『エスプリ・ヌーヴォー』に連載さ...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.54-70
[建築家的読書術]
...の内装と屋上部をセルフビルドする建築の現場である。教育と言っても、セルフビルドとは何か、クロ... ...ー・デヴィッド・ソーローの『森の生活──ウォールデン』(神吉三郎訳、ワイド版岩波文庫、一九九...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.96-97
[建築を拓くメディア]
...建築会の作品』(岩波書店、1920)2──『バーチャルアーキテクチャー——建築における「可能と不可能... ...、ベアトリス・コロミーナが指摘したように、ル・コルビュジエは『エスプリ・ヌーヴォー』誌上で、...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.146-149
[建築を拓くメディア]
...で、より「空間」に近づこうとする試みである。 ルイザ・ランブリの小写真集『Luisa Lambri』★一を手に... ...しつつ連続感のある写真を続ける手法は、ディオール・オムのデザイナーであるエディ・スリマンがカ...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.140-141
[インタビュー]
...を含め改めて見直したのですが、一九八四年の《シルバーハット》[図1]の頃から「建築を消したい」... ...を消す」ためのディテールがあるのではないか。あるいは伊東さんのディテールの決定作業をうかがう...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.70-79
[批評]
...細部・ディテール・納まり 塚本由晴──OMA/レム・コールハースのディテールは、安っぽいとか、素人... ...をそこに感じることもできる。彼の場合、ディテールというものの捉え方がいままでの建築家と違うの...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.80-89
[批評]
...今回の特集において、ル・コルビュジエの階段にどのような位置づけが期待されているのかは不明だが... ...プトに「リアルヘの回帰の九〇年代におけるミニマリズム」とあるからには、まずはハル・フォスター...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.112-114
[批評]
...のモットー、ミシガン湖に沈みゆくクラウン・ホールを描いたスタンリー・タイガーマンのフォトモン... ...るということだ。ミースが創設したのは、語のドゥルーズ的な用法での、〈マイナー言語〉なのであり...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.102-109
[建築を拓くメディア]
...性を与えられた「建築作品」群が、地図というツールによって都市を再描写する。けれどそのなかには... ...取り上げたガイドブックのうち、ル・コルビュジエやアルヴァ・アアルトなどの巨匠の作品群を対象に...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.136-139
[建築を拓くメディア]
...建築系の映像といえば、デルファイ研究所からリリースされた「現代建築家シリーズ」が基本的なビデ... ...リとデニス・スコット・ブラウンの夫妻が、サンマルコ広場で発見したことを語ったり、「ディコンス...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.134-135
[建築家的読書術]
...屋のあるホテルの無限の宿泊客の話は非常に印象的で、それ以来、ゲオルグ・カントールは僕のなかで... ...。そしてたぶん、その無限の話との繋がりから、ボルヘスと出会うことになる。その話はまた別の機会...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.102-103
[建築家的読書術]
...集成』、二〇〇〇)。 演劇論だが、ピーター・ブルックの『なにもない空間』(高橋康也+喜志哲雄訳... ...しれない。 都市論として、ジャン・ボードリヤールの『象徴交換と死』(筑摩書房、今村仁司+塚原史...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.100-101
[建築を拓くメディア]
...ン社屋》でのグロピウス案や《国際連盟》でのル・コルビュジエ案がそうであったように、むしろ敗者... ...れた落選案は《フランス国立図書館》でのR・コールハース案であろう。空間体とも呼ぶべきそのアイデ...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.111-113
[建築を拓くメディア]
...経験は、ハウスメーカーのモデルハウスや、新築マンションのモデルルームで営業マンの職業的笑顔に... ...第三者として聞いているだけでは、モデルハウスで職業スマイルと向き合うのと大差なくなってしまう...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.126-127
[建築を拓くメディア]
...と九〇年代以降を媒介するものとして森川は渋谷パルコ的な都市戦略を取り上げているのだが、ここで... ...、ミース・ファン・デル・ローエに範をとったスカイスクレーパーや、ル・コルビュジエの《ユニテ・...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.132-133
[対談]
...、一方で松岡さんは、そういうふうな論述のスタイルをむしろ切っている。つまりグリッドの問題を終... ...ギュスタン・ベルクの定義でした。この二分法が適切かどうかはともかくとして、ベルクの言うように...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.58-67
[批評]
...ことはなかった。都市計画学のような巨大なスケールを扱うところでは公園の規模や機能をあれこれと... ...はり無条件に美しくあるべきだったのである。ル・コルビュジエはそうであった。それ以降の建築家や...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.100-111
[図版構成]
...して、人間と共に存在する。 今回のタイトルに掲げた「ウルバノ─フィリア」という語は『ポリフィリ... ...のような解釈に基づいて理解される。ここから、ウルバノフィリアのさまざまなイメージを都市と人間...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.214-225
[批評]
...うした室内の隅々──例えば書籍資料庫、写真用アルバム、ラジオ受信機──へと入り込ませている。... ...形)、さらに第三に上空、円蓋(ガレリアやトンネルにおけるような)、あるいは並木道に見られる葉...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.128-139
[Yellow Page1]
...アトリエ・ワン&リサイクル・エクスプロージョンズ Atelier Bow-Wow & Recycle Explosions 塚本由晴、貝島桃代 ... ...用方法を提案すること。それは都市空間のリサイクルによる都市へのゲリラ的介入であり、都市に隠さ...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.65-79
[論考]
...義は社会的世界を、観察者に提示されるスペクタクルとして構築する。観察者はアクションに対する「... ...。この視点は、社会的世界がひとつの表象=上演(ルプレザンタシオン)(観念論的哲学においての意...
『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) | pp.156-175
[論考]
...くれないか? と尋ねる英国人建築家へ返信のメール。 君もよく知っている妹島和世さんの集合住宅は... ...るのだ。家を作ることにおいてはプロフェッショナルな建築家であれ、普通のヒトであれ、作る側と住...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.108-115
[対談]
...ズム建築の二面性を象徴的に表わしている特別なビルディング・タイプだと思います。モダニズムの二... ...強くて、モスクワに建つギンスブルグのナルコムフィンやコルのマルセイユに建つユニテダビタシオン...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.54-65
[批評]
...基本原理の定式化を試みた著作『ユルバニスム』の中で、ル・コルビュジエは自らの都市計画の主眼を... ...ぐな街路を新たに切り通すことが必要であるとル・コルビュジエは説く。そのようにすることで、「街...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.119-127
[批評]
...い。しかし、それこそモデュロールなのだ。(…中略…)モデュロールはろばの耳を長くのばす(ここ... ...たのとは別のろばである)。 ──ル・コルビュジエ 本書のタイトル、もしくはその一部を説明してお...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.104-118
[批評]
...ネールI』 「フロイトの技法論」一九五三─五四 《サヴォワ邸》[図1]のエントランス・ホールのは... ...「では、この神殿にして住宅のエントランス・ホールへと入って行くとして」、とコーリン・ロウは思...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.100-119
[批評]
...でに七〇年代後半、デリダの弟子筋にあたるイェール学派の脱構築(ディコンストラクション)批評と... ...テヴァのテクスト至上主義に対して、晩年カリフォルニアに滞在したフーコーのインパクトのもとで、...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.84-85
[批評]
...無名の存在となってしまったが、彼の考えは、ウォルター・バジョット、イポリット・テーヌ、マリア... ...ト、そして退化論者のひとりであったマックス・ノルダウは、美術における生物学的退化についての書...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.155-160
[批評]
...ないだろうか。ひとつは、インターナショナル・スタイル・モダニズムのイコンであり、アメリカの企... ...ムワークのなかで発達したインターナショナル・スタイルは、明らかに、合理主義精神、官僚制、巨大...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.171-179
[批評]
...かの海」に軟着陸したアポロ一一号の着陸船イーグルから、人類は、「大いなる」一歩を踏み出した。... ...分というのは仮にアメリカ東部時間を採ったが、クルーの生きた時間は東部のそれではなく、もちろん...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.242-248
[批評]
...誌に表現された恍惚感に自らを委ねる。 ──ジョルジュ・バタイユ「美術館(ミュゼ)」 ジェームス... ...ガルトの新しい《市立美術館(スターツ・ギャラリー)》はあらゆる点から見て、シンケルの《アルテ...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.180-190
[翻訳]
...的な問題について次のように書くCh・ド・ポルツァンパルクにおいてのみ明確に示されるようなものであ... ...所を愛する人間によって行なわれている」★一。マルヌ=ラ=ヴァレの建物において、彼が特権化して...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.128-144
[論考]
...ックス、電子メール、携帯電話、携帯メール等々。コミニュケーションのチャンネルが豊富化し、それ... ...子メールを利用し、その一方でファックスによって文書を電送する。そのおのおのはチャンネル(次元...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.145-157
[翻訳論文]
...各時代の指導精神は、サント・シャペルからリヴォリ街に至る、その時代を記念するような建造物のな... ...ポレオン三世のもとでセーヌ県の知事を務めたジョルジュ・ユジェーヌ・オスマン(一八○九—九一)...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.125-136
[翻訳論文]
...かりと場所に固定されて不活発であるため、エーテルのように遍在する遠距離情報通信の嵐の閃光を耐... ...という凶悪なテクノロジー──見世物(スペクタクル)と監 視(サーヴェイランス)──を行使して...
『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) | pp.163-171
[翻訳論文]
...知っている宇宙は、宇宙の建築家デミウルゴスが、創造のモデル(paradigmata)として形相(イデア、エイ... ...質的宇宙を鍛造したときに生まれた★四一。デミウルゴスは宇宙の形成の際に、可能なかぎり最高の仕...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.171-185
[シンポジウム]
...アーキグラムとカウンターカルチャー 五十嵐──「アーキグラムの実験建築一九六一─一九七四」展は... ...イメージを反文化、すなわちカウンターカルチャーのエネルギーに結びつけ流動させていった。 磯崎新...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.174-184
[論考]
...1 ヴァーチュアル・ハウスと襞の形象 インターネット環境がパーソナルなレヴェルで普及していった... ...一九九〇年代に、さまざまな分野で「ヴァーチュアル・リアリティ(VR)」をめぐる議論が交わされてい...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.184-191
[論考]
...ったのである。そして、彼女が差し出す高尚なモデルにもかかわらず、彼は頑迷にも古いおのがやり方... ...彼、すなわち社会は、彼女が熱狂的に喧伝する新エルサレムの澄み切った可能性を思い描こうとするこ...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.100-107
[インタヴュー]
...1 伽藍とバザール 中西──山本理顕さんはあらかじめ決められたかたちで建築を作るのではなく、... ...た作った後にはユーザーに見せるといったスパイラル的な作り方をされている。山本さんがユーザーと...
『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) | pp.75-82
[論考]
...よう。一九六〇年代後半から「ネオ・アヴァンギャルド」(エリート・テロリスト)として位置づけら... ...建築家ピーター・アイゼンマンの「コンセプチュアル」建築である。 私の作品は、通常、構造と呼び慣...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.158-168
[論考]
...ャルド運動が変質し、消滅せざる をえなかったいきさつを次のように書いている。「アヴァンギャルド... ...でかつ自然発生的であると考え、局所的な進化とルールをフローネシス(賢慮)をもって分析していか...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.153-157
[対談]
...ブルがクラッシュしたということ。撮ったのは、八〇年代終わりから九〇年代の頭なのでまだバブルの... ...室内は全然変わってない。それはようするに、バブルの崩壊によって金持ちはヒットされたけど、貧乏...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.54-72
[column]
...設計した《中銀カプセルタワービル》か、渡辺洋治の設計した《第三スカイビル》にである。 そのころ... ...識されている唯一のものであった。《第三スカイビル》はメタボリズム建築の例ではないし、設計者の...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.130-134
[対談]
...という大都市ではなく、コンパクトシティやスモール・シティといった中小規模の都市を取り上げるの... ...人口も増え、さしあたり、人口一〇〇〇万人レヴェルの巨大都市に人口が集中していることはわかった...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.58-72
[論考]
...引き継いだルイス・マンフォードによっても確認され、制御不能な都市連続帯がスプロール的に世界を... ...れる、と考えてよい。これは、きわめて単純なモデル化ではあるものの、その汎用性は意外に強力であ...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.109-122
[批評]
...ポール・ド・マンはあるときアメリカ近代語協会から「文学の理論、その目的と方法」という主題の文... ...それは多くの場合理論が文学作品に対してメタレベルに位置することから引き起こされる抵抗なのだろ...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.82-83
[鼎談]
...すぎないという批判が出てきた。八一年のグリゼリルダ・ポロックの『女・アート・イデオロギー』は... ...識を述べておくと、まずルネサンス以降、人体と建築が調和するアンソロポモルフィックな、ヒューマ...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.62-81
[批評]
...イン邸と省略)は、ル・コルビュジエがキャリアの初期の段階で、自身のスタイルを探し求めていた時... ...に結実したプロジェクトとして知られている。ル・コルビュジエ本人も「一九一八年から一九二五年に...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.198-199
[批評]
...ウは、『アーキテクチュラル・レビュー』誌一九四七年三月号で、ル・コルビュジエの「スタイン─ド... ...ラ・マルコンテンタのそれを比較し、世界中の注目を集めた。そのことに刺激され、このル・コルビュ...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.191-197
[批評]
...ル・コルビュジエはその長い経歴をつらぬいて、イスラムの建築と都市形態とに魅了されつづけていた... ...クールにあっては曖昧な場で、中東から北アフリカにかけてのイスラム圏を漠然と指しており、コルブ...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.200-217
[批評]
...な白い家が、フランスのカップ・マルタン[マルタン岬]のロクブルンヌという人里離れた場所で、地... ...アルファベットの一○番目の文字)、2はB、7はGを意味している。グレイが自分の家をカステラールに一...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.218-226
[対談]
...1 空間と制度 多木…ビルディング・タイプという概念は、社会学的というよりむしろ建築論的な概念で... ...った建築の類型を作ってきたことから考えると、ビルディング・タイプは社会学や歴史学の言説のなか...
『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.26-49
[批評]
...こで取りあげるのは、シャルロット・ペリアンがル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレと共にデザ... ...女の影響である。彼女は第二次世界大戦の初めにコルビュジエのアトリエを離れたが、そのままアトリ...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.227-234
[批評]
...F・ド・ピエールフウは「五分間に一人の割合で、フランス人は結核のために死亡している」と一九四二... ...人間の家』で報告している。共同執筆者であるル・コルビュジエは、この本の挿絵として、小学生──...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.181-190
[批評]
...無視できないものであろう。 ここでの試みは、ル・コルビュジエ(以下「LC」と略記)によって構想さ... ...ヌ展に出展するために用意された。『ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ全作品集一九一〇─一...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.171-180
[批評]
...ル・コルビュジエが白い服をたえず褒めたたえたのはもちろん、色彩の過剰を攻撃していたからである... ...心に宣伝し始めたが、これは色彩をファッショナブルに使うことを批判し始めたのとちょうど同じ箇所...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.95-112
[批評]
...プ」と名づけられたこの絵画[図2]では、テーブルの上に、パイプ、グラス、本が置かれている。しか... ...れらの「空白」を主題とする絵画は、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレが、一九一八年に描いた「...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.77-94
[批評]
...アリストテレスもマルクスも、建築術について異口同音に述べている──「建築家は、まず、心のなか... ...する主体も、歴史的に形成されるものである。ル・コルビュジエの制作世界も、西欧の歴史に深く投錨...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.113-122
[批評]
...『ラ・ロッシュのアルバム』は、ル・コルビュジエの『全作品集』の一部であるともいわれている★一... ...れているのである。この画帳が『ラ・ロッシュのアルバム』と呼ばれるのは、所有者の名前に由来する...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.123-128
[批評]
...たとえばテラーニの初期の代表作である「カサ・デル・ファッショ」は、けっしてファシズムとモダニ... ...た世代間闘争だったと言えるのかもしれない。 ル・コルビュジエは当然ながら、新古典主義に転向する...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.154-170
[批評]
...画家ル・コルビュジエ 「オトゥーユの(忍耐強い研究にあてた)私の私的なアトリエは誰にも開かなか... ...時が経って今なお建築家ル・コルビュジエといえば、エコール・デ・ボザールに象徴される伝統的権威...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.129-137
[批評]
...イドルが浮かんできた。「夜感有り、コンラード・ゲスネルの伝を読む。吾れ欲くは日本のゲスネルと... ...そんなコミュニケーションについて、ミッシェル・セールは次のように述べている。 コミュニケーショ...
『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.122-131
[批評]
...の歩道が建てられ、そしてその下にはタイル張りのトンネルが掘られるといったように。 おもての街路... ...しい領域に一歩足を踏み入れてみよう。入口にはビルのロゴマークがある。これは、この孤立した帝国...
『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.147-169
[論考]
...つであった。二人のジェントルマン・サイエンティスト、ニエプスとタルボットの最初期の写真を想起... ...による窓から見える納屋と鳩舎の眺め[図1]、タルボットによる格子窓の映像は[図2]、写真の起源と...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.83-96
[ディスカッション]
...ましょう。 吉松…僕が多摩ニュータウンのフィールドワークでまず最初に感じたことは、建築家は快適... ...すが──つまり多摩で見られるようなライフスタイルが快適であるという指標が入り込んできているこ...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.76-103
[論考]
...と間違えて「小鳥がついばんだ」とされるほどリアルな描写術が完成していた。いかに眼を欺くかが絵... ...にしろ、スーパーリアルな描写に耐える構築物を保有する文明は、何らかのリアルな写像を制作する術...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.105-116
[論考]
...スターヴ・ル・グレイとその弟子メストラルは、トゥーレーヌとアキテーヌへ。アンリ・ル・セックは... ...ヌとアルザスへ。エドゥアール・バルデュスは、ブルゴーニュへ。イポリット・バヤールはノルマンデ...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.117-132
[論考]
...ない難題だ。多くの文化のフェーズにおいてジャンルの横断化が叫ばれている昨今、美術や建築もけっ... ...いた美術と、「インターナショナル・スタイル」や「ユニヴァーサル・スペース」以後を窺っていた建...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.132-141
[鼎談]
...らです。むしろいま言われている建築というジャンルのなかには、本来の建築としての活動がほとんど... ...界と置き換えてもいいんですが。もちろん、あのビルの場合には、あるキッカケで強度上弱まったから...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.54-72
[風景の修辞学 1]
...ンツェ=ドゥオモ、パリ=エッフェル塔、ベルリン=ブランデンブルク門……。そのイメージが情けな... ...のである。認識するためにどこかから似通ったモデルを借りてきたのか、それとも自分の内懐深く、い...
[翻訳]
...全に分裂したままであり、経済的拘束と技術のオールマイティ幻想、この二者の亀裂はすっかり固まっ... ...とに、歴史上ずっと努めてきた。思い出そう、デカルトをもってアリストテレスの伝統が終わったこと...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.301-316
[論考]
...じたいが過度の大衆化と商品化によってその近代ブルジョワ社会における巡遊(グランド・ツアー)と... ...な場になろうとしている。 たとえば、人類学者エルヴェ・ヴァレンヌが「アメリカで人類学する」(一...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.148-156
[論考]
...ニュータウンは人口約三〇万人の二九〇〇ヘクタール強の規模の街として一九六三年に計画が始められ... ...E・ハワードの《田園都市》に端を発しており、ル・コルビュジエの《輝く都市》もまた「緑地=人間」...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.52-58
[論考]
...ルネ・マグリットの一連のデッサン《これはパイプではない》を分析しつつ、ミシェル・フーコーはそ... ...る。 〈カリグラム〉とは、明らかにわれわれのアルファベット的伝統の対立項を消去しようとするもの...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.195-202
[対談]
...ル・コルビュジエというテーマ 米田──今日は、ル・コルビュジエを建築そのものというよりも建築を... ...況から広く捉えることによって、「近代建築=ル・コルビュジエ」という局面から抜け落ちている部分...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.64-76
[論考]
...アルビンに初めて会ったときのことをお話ししたいと思います。その時彼はシカゴについてのレクチャ... ...し、たいへんな毒舌家になりました。あのときのアルビンが、恐らく、私の潜在意識に影響を与えたの...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.224-230
[インタヴュー]
...、都市のことを考え始めたのですが、そのときモデルにしたのがちょうど三〇年前に磯崎さんたちがな... ...キントッシュを手にするようになった新しいデジタル・クリエーターの「九五年世代」という言い方が...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.54-67