RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.39>ARTICLE

>
空間構造に見る構造合理主義の系譜──近代から現代への変容 | 佐々木睦朗
A Genealogy of Structural Rationalism in Spatial Composition: Transformation from the Modern to the Present Age | Sasaki Mutsuro
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間, 2005年06月発行) pp.208-219

今日は構造家の立場から、主に空間構造の歴史と私が現在考えている構造の方向性について話をしたいと思います。
空間構造にみる構造合理主義の系譜というテーマをもとにして、それがどのように近代から現代に変容していったのか、というようなことをきちっと言うのはなかなか難しい。もう少し緩い感じで空間構造の歴史を通じて、どのように空間構造の技術が歴史的に変容してきたのか、それがどのように現代につながっていて、今の僕自身にどういう新しい視座を与えているのか、そんな話をしたいと思います。
アントニオ・ガウディの話から始めます。何度も壊れているフランスのゴシック建築、ボーヴェの大聖堂ですが、ゴシック特有のフライングバットレスも見えます。ヴィオレ・ル・デュクはゴシック建築が──フライングバットレスもそうなんですが──すべて構造の原理から作られているとして構造合理主義で説明しようとしたわけですが、必ずしもそうではなかったということが後でわかります。ガウディは当初デュクに深く傾倒していたけれど、晩年はゴシック建築の構造合理主義というのは必ずしも正しくなく、例えばフライングバットレスは非常に中途半端な構造で、あれはやっぱり斜めに地面まで着かなくてはいけない、とかそんなことを言い出します。彼は若い頃からエンジニアリングが好きだったようで、マジョルカ島のパルマ大聖堂の構造をものすごく綿密に調査して構造的なひび割れがどこに発生しているか、それはなぜなのかそういうことを研究しています。ガウディには二人弟子がいて、一人はジュジョールで、意匠、有機的な表面のデザインが非常にうまい人でした。もう一人はルビオで、この人は非常に構造力学に強かった。ガウディはルビオと一緒にずいぶん構造調査して、ついにゴシックの構造は合理的ではないという結論に達します。それではどうしたらいいのか。そこで彼は有名な三次元逆さ吊り模型実験をしました。
これが非常に面白いと思うのは、これも形態抵抗型ですが、構造家のトロハやネルビー、キャンデラとはまったく系譜が違うことです。こういう逆さ吊り実験そのものは昔から知られていて、チェーンを空間である長さで吊り下げてやると、それが自重でカテナリーになって、広げてやるとそれなりのカテナリーになる。そういう形で形態を作ることはドームでは前からやっていたことです。それを複雑な建築物に適応したことがガウディの功績だと思います。それで彼独特の構造物を作り上げた。重力に対しての形態抵抗では最も合理的です。ただ彼の文書を読むと、実際には空間にはいろいろな機能があって複雑なことがあるから、また少し形を変えてということを一〇年間かかって気の遠くなるようなことをやっているんですね。
「ガウディのフニクラ」(一九九六)という展覧会で松倉保夫さんがそれを再現されました。コロニアルグエル教会でやった時の実験で、その模様と類似の内部空間を映像におさめました[図1]。言い忘れていましたが、チェーンは純引張りですから天地を逆にしてやると純圧縮になります。これはひっくり返した状態のものです。今は地下室だけができていて、上部がないのですが、上を載せた状態で模型実験をしていた。図2が今できているもので、地下室内部と入口部分の斜めの柱。この実験の成果はその後サグラダファミリアに連続してつながっていく。『GA』で連載をしていた「モダンストラクチャーの原型」第八回「石とガウディ建築の構造合理性」(二〇〇二年三月号)でかなり詳しく説明していますので、後で読んでおいていただければと思います。
ガウディの何がすごかったかと言うと、先ほどお話したエンジニアとはまったく違い、模型実験という実験手法に着目して、しかもこれだけ複雑なことをやっていたことです。建築や構造の考え方において、ある意味ではずっと先へ行ってしまったようなことをやっていたのではないかと思っています。この後でお話しする最近の僕の研究や設計活動につながっているのは基本的にはガウディからの影響です。
それからもうひとつガウディの実験手法の考え方の延長上に、スイスのハインツ・イスラーという構造家による自由曲面のRCシェルがあります。これはダイティンゲンのガソリンスタンド(一九六八)です[図3]。今でもずっとこんなのばかり作り続けている人です。これはガーゼみたいなものに石膏を含ませておいて、支点を適当に選んで吊り下げることによって模型の形を作り、石膏が固まったらそれを反転してやるとこういう自由曲面ができる。当然応力は純圧縮だけですから、中央で一番薄くて根元にくるとそれ相応の厚みになっていますが、均質な応力度になるように重力にみあった形態を作ろうという、それを模型実験を通してやっている例です。これも非常に合理的な考え方だと思います。ただ、実物を作るとなると仮枠など大変だろうと思うのですが、スイスでは仮枠が安いのでしょうか、ずいぶんこの手のコンクリートシェルを作っているようです。

1──「ガウディのフニクラ」での模型実験部 写真撮影=佐々木睦朗

1──「ガウディのフニクラ」での模型実験部
写真撮影=佐々木睦朗

2──コロニアルグエル教会地下室内 写真撮影=佐々木睦朗

2──コロニアルグエル教会地下室内
写真撮影=佐々木睦朗


3──ダイティンゲンのガソリンスタンド 写真撮影=佐々木睦朗

3──ダイティンゲンのガソリンスタンド
写真撮影=佐々木睦朗

これから講義の後段になるのですが、一九九八年に北京のオペラハウスのコンペティションがあり磯崎新さんと一緒にやりました[図4─6]。最後まで残ったのですが採用されるに至らず、実現しませんでした。球やHPのような幾何学的曲面は単純な数式で表現できるのですが、重力によってできる自由曲面は数学的には表現できない。これは理論的にやる手前の段階だったのですが、任意形をしているのですから数式で表わせるはずがない。スプライン関数というのがありまして、これを使うと非常に微細な領域では、区間を無限に小さくしていくと直線になりますが、全体の集合体では滑らかで自由な曲線、曲面になってくる。そういう数学的な手法です。ベジェ曲線などと同じで車のボディのデザインに最初使われています。スプライン曲面を使って、とにかくまず任意形状を作り、その座標をもとに構造解析を繰り返し、試行錯誤的ですが構造的にも合理的な形にちゃんと収斂するようにということでやっています。
内部はかなり大きい一五〇×二二五メートルの大屋根で、大屋根を支える構造体として、オペラ、京劇、コンサートの各ホールの塊、ライトウェル、外周の列柱などがあります。それらを支持点に、大屋根を自由曲面のシェルとして設計できないか、そういうことをやっているのです。この段階の時には、まだ形態が本当に合理的であるかどうか、とにかくスプライン関数で曲面を与えて、それを数値解析、ナストランなどで通常の構造解析に持ち込んで、どうも力の流れがかんばしくないからまたちょっと形を変えるといった気の遠くなるようなことをやっていたのです。収斂したかどうかわかりませんが、例えば、こういうところで引張りが大きすぎるから小さくしようとか、曲げが大きいからなんとかしようとか、だいたい応力や変形を見て構造的に無理のない形態ではなかろうかというぐらいでやっていたんです。スプライン関数がいいのは、従来の古典的な数学で定義すると一カ所形を変えると全部変わってしまうのですが、もともと局所的な形状に対応して修正できるような数学だから非常に扱いやすい。ということで部分的にちょっと形(座標)を修正して構造解析を実行し、そうするとまた、どこかに応力や変形に問題が出るので、また若干形を変えてと、そういう試行錯誤を一〇回以上やって、ずいぶん苦労しました。そういうことでなんとか一見自由曲面の大屋根をデザインしました。いま振り返ると気の遠くなるような作業をやっていたわけですね。
一九九八年ですから、二〇世紀の線形的な考え方でやっていたからそうなったのかもしれません。でも、僕にとってはこの時の経験がその後に大きくジャンプする機会を与えてくれたわけで、一九九九年に名古屋大学に来てからはもう少し理論的にやりたいと思い出しました。つまり建築家がこういう形にしたいという要望に沿うために、本来非線形問題を線形領域の反復でただ試行錯誤でやっているのはあまりにも能がないし、また反復するのに大変なロスがかかるんです。それでもうちょっと楽をできないかということで、非線形理論による形態解析、形態デザインの応用を本格的に考えだしました。
形態解析手法、これは自由曲面をもう少し理論化して作れないかということを考え出したのです。先ほど話したように、これまでの自由曲面の形状を決定する手法として、ひとつはガウディ、イスラーのように模型を用いた実験的な手法で作るというのがある。もうひとつは北京のオペラハウスでやったように、建築家がイメージする曲面をスプライン関数で表現して、それを解析して応力変形をみて局部的に修正しながら気の遠くなるような試行錯誤による方法がある。それに対して、それをもう少し数理科学的に扱えないか、コンピュータを最大限に利用した構造形態の創生、そういうことを構造デザインに応用できないか、明らかにこれは非線形問題になるわけですが、そういうことを考えだしました。当然今までにない構造形態が創生されるので、どういう力学特性があるかを検証したりする、そういうようなことを大学でやってきたわけです。

4──北京オペラハウス模型 写真撮影=佐々木睦朗

4──北京オペラハウス模型
写真撮影=佐々木睦朗

5──北京オペラハウス構造システム図 作成=佐々木睦朗構造計画研究所

5──北京オペラハウス構造システム図
作成=佐々木睦朗構造計画研究所

6──北京オペラハウス構造システム図 作成=佐々木睦朗構造計画研究所

6──北京オペラハウス構造システム図
作成=佐々木睦朗構造計画研究所

次に紹介する形態解析手法は一種の感度解析手法です。そのまま座標を与えて解くのではなくて座標そのものを未知量にしたらいい。この場合はたまたま、本当はXYZ方向三次元ですから全部未知量にしてもいいんだけど、そんなことシェルでやってももともと面内方向は剛体に近いのだから意味がないので、Z方向だけ設計変数として形状を変化させていく。これは基礎方程式で、それと歪みエネルギーである内力仕事とポテンシャルエネルギーである外力仕事が等しいという原理式ですが、これらの式をもとに基準量である歪みエネルギーをZで微分していく。例えば一〇〇〇個の要素で成り立ったある一〇〇番目の節点をdZだけ少し変化させた時に、その影響で構造物全体の歪みエネルギーCがどんなふうに変化していくか。その変化の度合いを表わすもの──その節点での感度係数と言うのですが──で理論を定式化して、すべての節点について感度係数を求め、歪みエネルギーの変化の動向を定量的に調べていく。つまり基礎方程式をそのまま解くのが今までの構造解析だったのですが、設計変数であるZ座標について歪みエネルギーを微分してどっちに変化の傾向が向かっていくのか、非常に微細な変化を順次追いかけていく。微小区間の各ステップでは線形ですけども、非線形問題として扱うにはそういうものを順次反復してやればいいんです。あるローカルな構造要素の変化が、全体構造にどういうふうな力学的影響を与えるか、それを理論的に評価してあげる。それを追っかけてやればいいんですね。その時にどのように修正していくかというと、仮に一〇〇番目の節点の感度係数が正だったらその節点のZを少し下げてあげる、負だったら逆に少し上げてあげるという風にしていくわけです。そういうことを修正パラメーターを使いながらやっていく。これをコンピュータの中でやらせていくんですね。目で見てやっていたのを、今度は理論化してどういう条件を収束判定のクライテリアにするかということを押さえておけば、目だけで試行錯誤的に何日もかかって延々とやっていたものをあっという間にやってくれます。そういう操作を通してやると、最後には形態抵抗型として力学的に非常に合理的な構造形態を得られる。この手法はそういうことがベースになっている。
初期形状について、どこに解が落ち着くかわからないという問題がひとつあります。ですからもしも自分がこういう形に近づけたいなと思ったら、初期形状は最初から自分が願望する形に近い初期形状に設定しておいてあげれば、だいたいその辺に近い形状に、ある程度高性能のコンピュータであれば一〇分か一五分で収斂していきます。
例えば非常に単純な例ですが、五〇メートルくらいの正方形モデルで、少しだけ上側に、つまり下ではなく上に進化しなさいという命令を与える。実際にこんなものはないのだけど、原広司さんが青森でやった《しもきた克雪ドーム》はたぶんこれに近い形です。あれは理論的に求めた形ではないようですが、理論的には本当はこうならなくてはならないのです。こうした時に最も安定した小さなシェルとして効率のよいものになります。実際の設計をするときは、原さんの例であれがスパン一〇〇メートルくらいだとすると、野球をやる時球が当たらないところまでは上げてあげないと困ります。ここまで上げると、確かに力は均一に分散されますが、こんなに上げてしまうと表面積は増えるし、こんなに高く上げる必要もないわけですから、じゃあこのへんにしましょうかとそういう判断をしたらいいわけです。われわれがやっているのは力学の話ですから、あくまで力学モデルとしてやっているわけです。ステップ四〇くらいで歪みエネルギーにはほとんど変化がなくて、実際にはステップ二五くらいでほとんど変化していませんからもう十分合理的な形になっています。
さっきの単純なモデルがありますが、基本的には形状が五〇メートル四方、五センチ厚のシェルです。周辺が単純支持で、平米一トンの荷重をかけた時にどんなふうに進化していくか。一番単純なのが上にただぼこっと上がっていく形、その他、どういうふうに設定してもいいのですが、とりあえず一次モード、二次モード、三次モードと、平板の振動のモードに合わせて形を進化させるとどうなるかをやっている。これは直感的にわかるように、一次モードは初めからわりと安定した形で、最後は変形の生じないとても固い曲面になっている。二次は二次モードの形に、三次は三次モードの形に進化させることができる。これは別の初期形状を選べば、もっと違ったモードの形が得られるわけですが、今のところは一次、二次、三次と進化させるとこうなるという話をしました。この主応力分布図からもわかるように、一次モードのときはほぼ均一な圧縮応力で主応力が流れているようなかたちです。曲げは非常に小さい。二次になってくると主応力の流れが全然違って黒潮、親潮みたいに、凹凸の境界線に沿ってはっきり圧縮、引張りが接しながら流れていきます。そこには同時に曲げが発生している。三次になると二次と似たようなものですが、もう少し複雑になります。
大雑把な力の流れはわかるのですが、今度は現実問題として非常に薄いものですから、座屈が問題になる。幾何学的な非線形と材料非線形と両方の弾塑性座屈がどうなるか。後でリダンダンシーの話をしたいと思いますが、リダンダンシーが最もないのは、ユニフォームストレス、均一に応力分布するシェルです。これは非常に座屈耐力は高いのだけど、ぼこっと一部が壊れた瞬間に、シェル全体が一瞬にして壊れちゃう。最初にこのあたりが壊れだしてあっというまに壊れる。こういうのは非常にリダンダンシーがない。先ほどガウディやイスラーがやっていた、圧縮力だけで全部均一に流れていくやつは基本的にはこれで、リダンダンシーがまったくない。つまり無駄がない。そういう意味では確かに合理的なんだけれども壊れたときが怖いわけです。今度は二次モードで変化したやつは、先ほどのと比べて座屈耐力自体は低いんだけど、じわじわと最終耐力が伸びていく。このへんで壊れだしてもじりじりと上がって、ちょうど骨組みの梁が降伏してエネルギーが吸収されるのと同じで、応力の再配分が起こってエネルギーが吸収されていく。最初の一発目でドンとやられてもそれからまだ一・五倍は平気です。さっきの一次モードとは対照的にリダンダンシーを持っています。これがその時のメカニズムです。最初に圧縮がまず発生して、それから引張り領域が少し増えていって、徐々に最後はじわじわと壊れだし、崩壊にいたる。大空間で一番パニックになって怖いのは、例えば飛行機などがぶつかって穴が開いて瞬間的に壊れるのが一番怖いので、それに対して多少ぐちゃぐちゃにしといたほうが壊れなくていいという理屈です。これはモード三です。モード二と一の中間ぐらいの感じです。システムの信頼性という点で、リダンダンシーの概念はこれからとても重要な問題となってくると思います。
もうちょっと今度は形の自由なモデルで、今のと同じ五〇メートルでも、例えばさっきの北京の劇場を想像して、ここがオペラの大空間で、これがぐっと下がってくると、小さいのに当てはめてみるとどうなるかやったものです。このようなぐちゃぐちゃな布団から抜け出したような形もつくることができるわけです。結論から言うと、こういうような理論的デザイン手法を現実の構造デザインに使ってみたいと思ったわけで、たまたま磯崎さんに声をかけたらそれは面白いねということで二年ほど前にやりだしたものです。これは岐阜の北方町の生涯学習センターです[図7]。これから現場が始まるところです。初期条件として、どれくらいの高さにしたいとかどれくらいのヴォリュームにしたいとか、それは僕ではなく建築家が決める話ですが、それさえ設計条件としていただければ、厳密な力学的理論のもとに、コンピュータの内部で設計変数をバリアブルに変化させて、その中から面白い形を見つけてあげればいい、その中から設計者が面白いと思った形を適当にチョイスすればいいわけです。どの形がよいかはいろいろ設計条件を変えた時にどうなるかをいくつかやってみればわかります。ここではよりダイナミックなほうが面白いからこちらを採用したのです。そういうデザインツールとして使える。ということで、このような一五センチのRCシェルで布のように自由な形をしたペラペラの屋根で今現場が進んでいます[図8]。
伊東豊雄さんも自由曲面をやりたいと言い出したので、別なアプローチからやった自由曲面のシェルです。福岡のアイランドシティ中央公園の中にある施設で、同じようなのが三つ並んでいますが、全体で一五〇メートルくらいのRCではかなり大規模なシェルです。そこで自由に形を作っていったらどんなことができるか。一回反転して着地して、こういってと……ともかくねじったものがまた反転しながら、屋根がどこかで地面になって、また反転して変わっていく、実にへんてこりんな形です。伊東さんは形にこだわるところがあるから、先になんでもいいから、多少原理はこうだと教えておいたのですが、とにかく模型を作ってこんな形にしたいというのがある程度決まってきて、少し修正してもらって、それから実際さっきの作業に入りました。それをだいたいこんなもので、大きくは崩れないというところをベースに、初期形状としています。これは半分しか作っていないのですが、似たようなものが繋がっていると思えば同じですので、一五〇メートルくらいのものを半分に切って、さっきの手法で形を決めていきました。これが初期形状です。今ぼこっと形が変わったのがわかりましたよね。これは逆にローカルなかたちで、これにやや近い形にするために、六〇メートルくらいでしかもものすごい形をしていますから、丹下健三さんが昔《愛媛県民会館》でやった、球形シェルで、スパンが五〇メートルくらいで根元が六〇センチ、トップで二〇センチで、足して二で割ったら四〇センチになるからそのくらいにしておきなさいということで、四〇センチ厚の設定条件です。これも曲げ、引張り、圧縮全部が生じるシェルです。ただし引張りに対しては引張りひび割れが起きないようにコントロールするわけです。これはその時のどう形が変わっていったかというものです。初期形状があんな変な格好をしているわけですから最初、X、Y方向ともに二センチずつくらい動いています、Z方向においては一四センチ、これは少しコントロールした段階ですが、これでも規模としては六〇メートルで一四センチというのはRCシェルではありえない大きな変形量です。次のステップでは六センチくらいまで形を変えてきている。最後のステップでは二センチぐらいになっています。これは、上に土を載せて人が歩ける荷重をかけていますから、平米一・五トンというとんでもない積載荷重をかけています。それでこのくらいの最大変形量であれば、このシェルはもう問題のない形態に収束したんだ、と工学的に判断できます。平均変位はミリの世界です。この場合、進化数が六ステップくらいで、ほとんどいいねというところまできている。
ですからここからここまで形を変えることによって、最大変形で最初一四センチも変形していたのが二センチくらいの変形しか起きない硬いシェルに変わっていったのですね。ですから、もともとの形状から少し形状変化させることによって、こういう形が欲しいというところまでちゃんと合理的に変化させてあげている。各部分の変化が全体の構造挙動と有機的に連動し、全体の歪みエネルギーを最小化するような形でやっていますから、あらゆる部分はコントロールされている、そういう形へと全体が進化しているわけです。
もうひとつ面白いのは、もしもこれを五センチ厚でやったらどうなるかということです。六〇メートルでぐにゃぐにゃなやつを五センチのRCシェルでやるとどうなるかというと、一発目で形はこういう大変化をする。つまりもうかなわんと、建築家がアホな形を出すからかなわんと言っているわけですね。つまりこれくらい形を変えてやるとなんとかメンブレインで五センチでいく。さっきは四〇センチ厚を与えていましたから、ジャンプすることなく少しずつ対応できた。このへんはちゃんとシェルを知っている人で、厚みをどれくらいにしたらいいかわかってないとできないことです。僕はいくつかシェルをやっていますから、四〇センチくらいだと割と建築家が望んでいる形に近い形でデザインすることができます。今一回目でここまで来ていますから、二回目以降はあまりびっくりしないですね。するめかなんかが焼かれた時みたいに、そんなびっくりしたことが起こっているのだけど、その後はたいしたことはない。ここまで来ると最後にやったのと同じくらいある程度シェルとして合理的な形になる。
これは最初のびっくりした形のときには七〇センチ近くの大変形を起こしている。とんでもないとばかりにぎゃっと驚いている。ぎゃっと驚いて次にこの形に変化しているんです。それからは割と穏やかに変化している。これはどういうことを説明している図かというと、こっちが進化させたステップ数で、いろんな局所的な解形状の可能性があるわけです。もしもあらかじめこのへんに収斂させたいなと思ったら、初期形状をなるべくそこに近いようなものにしておいてやると収斂していくわけです。違う初期値を設定してやればそっちにしか行かない。これが非線形解析の面白いところで、非常にいろんな局所解の可能性があるところで、どこに収斂させるかという、初期値を設定するのが面白いし、また読みがないとできないわけです。ある程度ちゃんと読んでいるとそのへんに収斂させることができるんですね。どちらかというと希望する局所的な形状に収斂させる時に使う手法です。こういう利用の仕方もある。一度形ができれば構造物の座標も定まるわけだから、後はナストラン等、もう今ではどこでも利用できると思いますが、通常の座標を与えて、それに対して通常の順解析(構造解析)で応力や変形をチェックするという、今までとまったく同じ手続きをすればいいわけです。通常の順解析です。僕も以前はこれだけに頼っていたのですが、リニアな演繹的手法にすぎず、完璧に旧式です。これは結果的に先ほど得られたものに基づいて、伊東さんのほうでもう一回最終的に模型を作ったものです。図面にするのは大変です。模型だと非常によくわかるのだけど、図面化すると平面で表現しなければいけないから大変なんですけど、これももう着工します。

7──岐阜北方生涯学習センター構造デザイン 作成=佐々木睦朗構造計画研究所

7──岐阜北方生涯学習センター構造デザイン
作成=佐々木睦朗構造計画研究所

8──岐阜北方生涯学習センター屋根の形態モデル 作成=佐々木睦朗構造計画研究所

8──岐阜北方生涯学習センター屋根の形態モデル
作成=佐々木睦朗構造計画研究所

以上で今日のテーマである空間構造の話はだいたい終わったと思うので、後は番外編で植物にみる構造の原理についてざっと話していきます。これは竹林の様子で《せんだいメディアテーク》のころのイメージです。単なるメタファーがインチキだという話のついでに言いますと、《TOD'S》では結局植物の生成というのを形の上だけのイメージ的なメタファーとしてやっている。植物本来の環境適応のメカニズムだとか、どういうふうな自己組織化で作られているかだとか、そういう生物の形作りのうえでの本質的な話を全部抜きにしているから、ああいう生成論というのはなんの力学的根拠もないものだと思っています。それから柳というのは構造的にすごく面白い。柔構造で制震もやっているし被害制御型もやっている。それと、最近一番面白くて仕方ないのは、植物の信じられない環境適応能力です。何年か前に沖縄の名護市にあるガジュマルの木が台風が来て倒れてしまった。当局があわててつっかえ棒を一本設けたんだけど、それだけではガジュマルは不安になったんでしょうかね、自分でつっかえ棒みたいにして、気根で支柱を何本か作り出した[図9・10]。ガジュマルの親戚でバーヤンという亜熱帯植物ですが、これも同じです。傾斜しているところに気根による支柱が数本見られるように、傾斜していくなかで自分の主幹を支えている。これは非常に面白い。
この植物の形作りから、僕らも力学的メカニズムをきちっと明らかにして形を作っていくというのが本当だと思ったので、そんなことを考えながらやったのが磯崎さんとの《フィレンツェ新駅》です[図11─13]。でも、こんな形態にしたいということは最初からあったのですが、きちんと力学的根拠をもつようにやってみた。通常二〇〇メートルぐらいあると見馴れた普通のアーチ形になってしまう。それではつまらないのでいろいろとやりました。これはその進化、ちょうどまん中のところを切り出してきて、その部分がどう形を進化させていったかというものです。これは本当にユニフォームストレス、樹木の進化と同じです。大スパンのメカニズムにおいて、自分自身が使用材料が最小になるように形を進化させていって、最終的にこの形がいいと、それをコンピュータで作っていくわけです。これはさっきの手法とは少し違います。三次元の拡張進化論的構造最適化手法という、もう少し難しい力学理論によるものです。
スペインのブラーネスというところで、岐阜でやった自由曲面の感度解析手法、今のフィレンツェで用いた進化論的手法、それらを重ね合わせたらどうなるかと考え、応用したものです。北京の自動車博物館は《フィレンツェ新駅》と一緒の手法です。
最後は、沖の島のゴムの木です。これがすごく面白い。それと大湖石という石があるのですが、これがまた悠長で面白い[図14]。石灰岩でできた五メートルくらいある石で、石工がちょっとだけ穴を開けた、初期形状を作ったのでしょうね。そうやって一五〇年間大湖という湖に沈めて、子孫が一五〇年後に引張りあげた。この話を磯崎さんから聞いて、これは面白いと思いましたね。こういうゴムの木や大湖石のようなものをどうやったら作れるかというところに、僕の興味が時間を含めた四次元のまったく別な世界に入ってきています。これがそのひとつでまだプリミティヴで全然面白くないのですが、これではだめだなということで、これがもっと動きのある形に変化するような試行を今やっています。結局、最後は能の演者やダンサーの動きの軌跡をたどって作られるような、不安定と安定の隙間にある、ダイナミックな生命体のような空間構造とは一体どうなるのか、それをこれからやりたいと思っています。本当は、近代から現代にかけて、構造合理主義の有り様がリニアなものからノンリニアなものに変容し始めている、ということをお話ししたかったのです。だから今日はまずどんなことをしているのかということを具体的にお話しして、それをもとにお考えいただければと思いました。

9──ガジュマルの気根 写真撮影=佐々木睦朗

9──ガジュマルの気根
写真撮影=佐々木睦朗

10──ガジュマルの気根 写真撮影=佐々木睦朗

10──ガジュマルの気根
写真撮影=佐々木睦朗

11──フィレンツェ新駅 その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

11──フィレンツェ新駅
その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

12──フィレンツェ新駅 その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

12──フィレンツェ新駅
その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所


13──フィレンツェ新駅 その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

13──フィレンツェ新駅
その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

14──大湖石 写真撮影=佐々木睦朗 すべて写真撮影=佐々木睦朗 その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

14──大湖石
写真撮影=佐々木睦朗
すべて写真撮影=佐々木睦朗
その他作成=佐々木睦朗構造計画研究所

質疑応答

難波──ありがとうございます。どなたか質問はありますか?
佐々木──本当は今日リダンダンシーの話をしたかったのです。というのは、最近ワールドトレードセンターや朱鷺メッセがあんなふうに壊れてしまったからです。あれは脆性的な進行性崩壊というやつです。ようするに脆性的なものに対して、粘りがあるような構造形態とは一体なんなのだろうかということを、僕は空間構造でやってきたわけです。最適化というのは、リダンダンシーをまったくなくしてしまおうという概念です。だけど同じ感度解析手法で、今度は逆に、リダンダンシーを同時に双方向にやっていく時代になってきた、という気がするんです。エンジニアリングの最適化をすればするほど、ペラペラになって、薄くなってひ弱になっていく。力学現象というのはそんなに単純でなくて、ものすごく複雑でいろいろ未知の部分があるわけで、そうした時にどこか別の視座から安全性や信頼性をガードしていくというのか、そういうこともこれからものすごく必要になってくると思うので、本当はリダンダンシーの話までできればもっと面白かったのだけど。
難波──ちょっと突拍子もないことを聞いてもいいですか?  ガジュマルの木が斜めになって、自分で支えていくということでしたが、その時にガジュマルの木がそういう重力を感じて、多分センサー(ホルモン)があって、一個一個の細胞が細胞分裂してそっちに行きますよね、その細胞分裂がスプライン関数的なのですか?
佐々木──それはむしろユニフォームストレスの問題で、針葉樹か広葉樹によって違うらしいけど、幹から枝に分岐する根元ではアテ材といって、必ず下が膨らむか、上が膨らむかしている。そうするとあたり前だけど、キャンチレバーの根元では曲げ応力自体は大きいのだけど、応力度は同じという、そういう応力度の均質化を自己肥大化で勝手にやっているわけです。
難波──だから一個の細胞が耐えられる強度というのがあるから……。
佐々木──強度が一定の時には、均一な応力度になるように断面を増強しているわけです。それが今度は強度を変えてくる場合があって、なぜ強度や形を変えるのかわからないけど、でも現に骨折すると組織がどんどん高密度に増殖していったり、いらなくなったら消えたり戻ったりするわけで、それは生物の自己組織化能力だと思う。それはやっぱり与えられた環境に対して生き延びようとしているのです。だれが命令を出しているのかは知らない。それは植物ホルモンの一種らしくて、それが命令を出している。
あと、生物学でも研究がされていて、やっと僕みたいに力学的なところに着目しているグループがいるのと、もっと分子レベルでやっているグループがあって、それをもっと総合化していかないと多分解明できない。ただそれをメカニズムとして捉えていくことが必要だと思う。現に一番いいところからちゃんと腕を出しているのは確かだし、それは今まだ研究が始まったところで、細胞については僕にはちょっとわからないですね。
難波──なんとなくそんな感じがするのと、あとただその一番いいのはひとつじゃないよね。
佐々木──彼が多くの局所解の中から結果的に選択した解はひとつです。というのは全部倒れた側に根っこがでている。それは真直ぐに立っているときと違って、重心がこっちにきているから、しょうがないからこっちにつっかえ棒を出す。彼にとって一番の心配事は、根っこが抜けなくて倒れないようにということだから、それに対して一番効きがいいところを選んで幾つか足を出している。
難波──ぽこっと出るところにいろいろ選択肢がある。
佐々木──六本か七本ある。どれが一番効いているかはわからない。ただそういうことを、環境に適応するために、自分で形を変えて勝手にやってくという所が面白い。
結局ある外力の条件下、重力場なら重力場でどういう点で支えられたときに一番都合のいい形は何、というのを自分で探してくる手法なんです。植物は砂漠に行ったら砂漠で生き延びられる形になると思うし、マングローブのように足が伸びていて、万が一水がなくなっても生きていける、そういう形態を自分で作っている。それは環境に適応するように常に自分の形態を自分で考えだしているのではないかと思う。
難波──今日ひとつはっきりしたのは、ガウディもそうなんだけど、合理的な形を作った時に、今度はそれを実際に作る時にそれがまた難しい。連続的にやっていく時にガウディもそうだけど、やっぱり石をその形に積んでいったりしている。
佐々木──材料や工法のようなことになってくると、時代がずっと先になるまで対応できないかもしれない。僕が言っているのはあくまでも力学理論による構造形態の創生の話、ガウディの実験的な手法に替わる理論的手法を言っているわけで、工法はまた別の次元の話だと今のところは考えています。つまり現在は鉄とコンクリート、それからせいぜい木、膜などろくな材料がない。その中で工法として一番合理的なものは何かということなんだけど、所詮は経済効率の枠内でしかできないわけで、一番安く入手できて安全で確実に施工できなければいけない。
難波──そうするとリダンダンシーの問題と別の次元で、作り方の合理性ということに入っていくのでしょうか。
佐々木──いずれはそうなるでしょうね。サグラダファミリアでもプレキャスト化したりとか未だにいろいろやっている。もともとは石でできるようになっていたのです。石も下のほうでは非常に強い安山岩みたいなものから、上の方は砂岩とそういうことを考えていたのが、もう違って鉄筋コンクリートで、下の方は直径三メートルくらいで圧縮鉄筋がたくさん入っている。要するに現代の材料や工法でできることに置き換えているわけです。
僕が今具体的にやっているのは、RCなので仮枠を考えると、実際はあんなに滑らかにはならないと思う。多面体みたいになって。最後は左官仕上げでやっちゃえばいいんだけど。あとは、トラスウォールというのがありますよね。仮枠が対応できないところはトラスウォールを使う。そんないろいろな工法を使い分けて、とりあえずは対応している。全部とりあえずなんです。それと鉄板の接合に溶接ではなくて接着剤なんかが利用できるといい。あるいは自動車のボディみたいな鉄板で、鉄板は座屈さえしなければ強いのだから、ペラペラの布みたいな鉄板でできて、それにコンクリートを一体化させたら強くなる。だけどペラペラでも曲げていくのは結構大変なんです。石山さん、前にそんな話していましたよね。
石山──小さいのを実際作ったのだけど。
佐々木──小さいのでも大変だったでし
ょう。
石山──計算能力が過剰になっているから、何でもできちゃうんだけど、作るときは若い衆にできない。造船屋がプレスをかけるけど、ああいう形にできるのは、六〇歳すぎぐらいの熟練した知り抜いたやつしかできない。実際作り出すとじいさんが出てくる。
松村──便器なんですけど、かなり複雑な形をしていますが、さらに焼くと1/1・4ぐらいになる。縮み方が全部微妙に違うわけです。幾何学的な純粋な形態でないから。一番始めの一・四倍の石膏型を作るじいさんというのがいて、昔から一生懸命ロボットに教えようとしている。ロボットならなんとかやるんじゃないかと、ロボットを叩きながらやっている。
佐々木──やはり最後は人の手で作っていく工法だよね。
松村──まったく荒唐無稽な話ですが、今から十数年前に、二三〇〇年から見た人類の歴史という本があって、二一〇〇年にどこかの親父が突然ある工法を思いついて、今はそれで建物ができていると書いてあった。その工法はどういうものかというと、ある種の植物系の生命体で、ある初期条件を与えると勝手に育って、勝手にできちゃう。植物は種を撒くとできるということから思いついて、二三〇〇年の建築はほとんどそれでできているというものでした。お聞きしながら思い出しました。
佐々木──僕は力学的興味でやってきただけで、現実のコストの中でやっていこうと思ったら、うまい工法はなかなか思いつかない。さっきの伊東さんのでも結局、コンクリートだし、あれを鉄骨のラチスでやっても基本的には同じです。
松村──例えば、自動車の設計で耐衝撃性とかぶつかった時にこうなるというプレゼンテーションはよくありますが、最初の設計の時にどのように形を決めていくかという段階でこれに類する手法はあるのでしょうか?
佐々木──実際に応用したようなものはあまりないようです。ただ、機械屋さんの分野で均質化法という、ミシガン大学の菊池昇先生などが研究されている、われわれの手法と親戚のような構造最適化手法があります。機械の部品は小さいだけでなく外力が定常的であって設計条件も少なくて単純でしょ。そこではこちらから力がかかったときにどれが一番最適な形かという研究をやっています。
嘉納──リダンダンシーの話で、安定しながら大フレームができるという話があって、建設途中はすごく不安定です。代々木の国家プロジェクトの体育館などで関東大震災が来てもオリンピックは絶対開催しなければいけない。もうちょっと小型の地震が来て、普通の建物は生き残って、建設中のオリンピックの建物がつぶれちゃうとどうしようもなくなる。大フレームで地震が来ても崩れないようにするやり方はあるのでしょうか?
佐々木──己釣り合的に下から積み上げていく方法だとたぶん大丈夫でしょうね。ただ今のは規模が大きすぎて、当たり前の話をすると、規模が倍になると応力が四倍になって、変形が一六倍になるわけです。何十メーター規模のときはいいんですが、何百メーターになってくると大変でしょうね。構造家の川口衛さんはパンタドーム構法といって、パンタグラフのようにヒンジをうまく利用した建て方の構法を考案してやっていますが、あれは施工時の時に起きる応力に耐えられるものになっていないとまずいから施工解析というのをやっていると思います。だけどその瞬間に大地震が来たらどうなるかということは多分やってないんじゃないか。何十年かに一回程度の確率の中地震に対しては検証していると思います。
鈴木──うかがっていて驚くことばかりなのですが、どこかで話がおかしくなっているんじゃないかという気がしました。力学的なイメージでいくとこうなっていくんだけど、これは果たして美しいのだろうかと素朴に思います。
佐々木──単なるイメージではない力学的な根拠があるのだから、やっているなかから美しいとか意外性があると思う形を適当にチョイスさえしていけばよいのではないかと伊東さんや磯崎さんと最近話しています。それが美しくなければ選択しなければよいわけで、最終的には建築家が自分の美意識や倫理で判断してもらわなければいけないわけです。
鈴木──例えば横浜の大桟橋がありますよね。あのねじれたイメージは今までのやり方でどうにかこうにか作っている。磯崎さんがあれがいいよと言ったもっと前からそういう兆しがあったのでしょうか。もうひとつうかがいたいのは、好き嫌いは別として坂茂さんがポンピドゥーセンターのブランチを計画していますが、それは彼流のパイプの格子みたいなのがべろべろと上にかかっている。ああいうのは佐々木さんからご覧になれば意味のない形なのでしょうか?
佐々木──一般的な骨組構造では決定的ではないけれど、シェルのような形態抵抗型の空間構造では形が命です。恣意的にやった形は構造的にもたなければ太い断面になっていき、自重が自重を呼ぶトートロジーに陥って、いずれ形や構造を誰かが直してやるしかない。それはもともと力学的に根拠のないことをやっているわけですから。そうなりたくてもなれない形を無理矢理やろうとするからです。そういう最近の傾向は、構造家としてどこかで乗り越えなければならないなと思っています。伊東さんともたまにぶつかるんだけれども、僕は論理的根拠というものを抜きにして構造の形態を考えるのはいやです。そんな構造は誰だってできる、それはせいぜい無理してこんな形の構造体をつくってあげたというだけです。そういうことはもうやりたくないと思い出してから、大学で生物学や人工生命を勉強するうちに、空間構造の形態創生という理論的な立場から、こんな植物や軟体動物のようなぐにゃぐにゃな形の構造をやり出したわけです。
難波──っぱり横浜のへんからでしょうか?
佐々木──あれは少し違うと思います。少なくとも今日話したようなこととはまったく似て非なるものだ思う。構造の考え方はまったく違うのだけど、でも形の上で空間が反転したりするというのはあの頃からではないでしょうか。
石山──ああいう形というかコンセプトはクセナキスではないかと思う。
佐々木──クセナキスもそうですね。あとイタリアのカスティリオーニもそうです。
石山──ル・コルビュジエとクセナキスの関係は面白いんだよ。数学的才能はクセナキスの方がはるかに上ですよね。《ラトゥーレット修道院》の窓割はクセナキスがやったところはル・コルビュジエの形じゃない。ル・コルビュジエはクセナキスが自分より明晰だから気に入らなかった。《フィリップス館》もクセナキスでしょ。クセナキスは数学的な形なんだと思う。
佐々木──あれは単純な線形数学で複雑な非線形力学ではない。
石山──ル・コルビュジエは飛行機や機械をちょっとなぞっただけだけど、クセナキスのほうが原理的なことをやっていた。磯崎さんはもう外のものをなぞることに飽きちゃったんじゃないかな。樹木もそうだけど病原菌とか顕微鏡の世界だと思います。
佐々木──伊東さんの《せんだいメディアテーク》もなんとなく原始生命体という感じがします。深海に生命がなぜ生まれたのかというテレビを見たときに、深海の海底火山の噴出流の孔の近くに白いエビやカニがいるんですが、さらに拡大していくとチューブ状の奇妙な生物がへばりついていて揺れている、あれも面白かった。

[二〇〇四年三月四日、東京大学工学部にて]

>佐々木睦朗(ササキ・ムツロウ)

1946年生
法政大学工学部建築学科教授。構造家。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間

>アントニオ・ガウディ

1852年 - 1926年
建築家。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>原広司(ハラ・ヒロシ)

1936年 -
建築家。原広司+アトリエファイ建築研究所主宰。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>丹下健三(タンゲ・ケンゾウ)

1913年 - 2005年
建築家。東京大学名誉教授。

>川口衛(カワグチ・マモル)

1932年 -
構造家。川口衞構造設計事務所主宰。

>坂茂(バン・シゲル)

1957年 -
建築家。坂茂建築設計主宰、慶応義塾大学環境情報学部教授。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。