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建築におけるアルゴリズム的思考 | 柄沢祐輔
Algorithmic Thinking in Architecture | Yuusuke Karasawa
掲載『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築, 2007年09月30日発行) pp.70-71

アルゴリズム的思考と建築」という特集を組むにあたって、まず建築におけるアルゴリズムとは何かを正確に定義しなくてはいけないだろう。アルゴリズムとは言葉の正確な定義において算法、算術のことである。それでは、建築におけるアルゴリズムとは一体何を意味するのか。ここで誤解を恐れずに言うならば、それはかつてルイス・カーンが語ったフォームを意味すると言えるだろう。広く知られるように、ルイス・カーンはオーダー/フォーム/シェイプの三段階の建築論をその思想の中核に据えた。オーダーとは秩序を生み出す原動力を意味し、フォームとは建築の見えない形式的な本性を指す。そしてシェイプは表層的な形態を指しており、建築家は形態の背後の見えない論理であるフォームを把握することに努めなくてはならないとカーンは述べた。

このフォームに妥当するものが建築におけるアルゴリズムにほかならない。コンピュータにおけるアルゴリズムとはプログラムにおける見えないルール(関数系)であり、そこに多様なパラメータを入力することによって、変幻自在なアウトプットを生み出す。私たちはこのプログラムにおけるアルゴリズムと同様の位相が、ルイス・カーンによってフォームという言葉で説明されていることに気がつくだろう。多様な形態の背後にある論理、建築を建築たらしめる形式そのもの。建築と社会的条件との不可視の関連性。それらが建築におけるアルゴリズムの正体である。建築におけるアルゴリズム的思考とは、ひとえにこの建築を構成する見えない不可視の論理そのものを対象として制御しようとする思考である。

このアルゴリズム的思考が、コンピュータによって変化を遂げようとしている。広く知られるように、コンピュータの発展はそれまで解析不可能だった非線形力学の解析を可能とし、複雑系の世界観による自然科学のパラダイムの変更を私たちに促した。気象学者のエドワード・ローレンツが一九六〇年に発見したローレンツ・アトラクターは、気象現象におけるカオス系の振る舞いを説明する世界で最初の記述であるが、コンピュータがなければこの発見はありえなかった。私たちは通常気流や気象現象が複雑なものであることは無意識に理解している。前期ギリシアの唯物論哲学では世界の本性が川の水の流れや炎のゆらめき、ゆるやかに流れる風のそよぎ等々として記述されていることを持ち出すまでもなく、世界観として私たちは世界が複雑であることを理解してきた。しかし、その方法を記述するためにはコンピュータの発展という大きな技術的な進歩を必要としたのである。

いわばコンピュータとは非線形的な世界の解釈を可能とする人間が手にした初めての道具である。そのコンピュータによって生み出される建築とコンピューティングが浸透した社会の求める建築もまた、新たなフォームへと変更を促されている。コンピュータによって非線形力学が解析可能になったように、建築の世界でもまた、刻々と進化を遂げてゆくコンピュータの助けを借りて非線形的なフォームとアルゴリズムが生み出されている。それは現時点において建築を生み出す構造と幾何学における大胆な変革として現われている。構造設計家のセシル・バルモンドは世界で初めて非線形的構造解析を構造力学の世界へと導入し、そればかりではなく建築を生み出す不可視の構成ルールとしての幾何学のあり方を非線形的な様態へと刷新してしまった。それらの成果は現在の世界の先端的な建築家の活動に、彼の生み出す構造解析の斬新な手法と幾何学の刷新は深く刻印されている。

フォームが線形から非線形へ、アルゴリズムが線形から非線形へ。コンピュータの飛躍的な発達は、建築を生み出す不可視の形式的な論理を徹底的に変化させようとしていると言っていい。このような建築を生み出すフォームとアルゴリズムの大胆な刷新によって、私たちは建築と都市のまったく新しい姿とそれを導く創作の方法論を手に入れようとしているのだ。

では、このアルゴリズム的思考の進化がもたらす美学とは一体どのような特徴を持っているのか。それは自然の模倣あるいはシミュレーションに留まるものなのだろうか。ここでさしあたって指摘できるのは、アルゴリズムによる創作の方法論は、その本質上規範性と差異を共に可能にするということである。いわばアルゴリズムは関数として表現される規範性を持つとともに、パラメーターの入力によって多様な差異をもたらす。つまり多様な差異と規範がまったく矛盾しない形式で両立可能なのだ。

この事実は思想史・文化史とそれと接続する建築の歴史の流れのなかで極めて重大な意味を持っている。ミシェル・フーコーを持ち出すまでもなく、近代とは規範性を求めた時代である。近代的自我として定義された人間観はさまざまな社会制度を貫き、規律訓練型の権力によって私たちは規範性を純粋に生きることを余儀なくされた。その反響を私たちは機能主義や合理主義、人間的な価値を限りなく称揚するル・コルビュジエの建築論に見て取ることができる。一方でその近代が二〇世紀後半の後近代へと突入すると、そこではフーコーやジル・ドゥルーズ、ジャック・デリダらのさまざまな哲学者が近代の規範性の解体を唱え、人間的主体とそれに基づく価値観、あらゆる社会的正統性、理想的価値が雪崩を打って解体された。その代わりに現われたのは多様で微小な差異のヴァリエーションが乱舞するポストモダニズムの爛熟である。いうまでもなく、建築の領域でも空間の様態と形態の乱舞によるポストモダニズムという同様の事象が敷衍されるだろう。

二一世紀の初頭において、私たちが生きている時代とは、このモダンともポストモダンとも異なる時代である。モダニズムが否定され、そのモダニズムを否定したポストモダニズムも終焉し、しかし代わりに新しい時代を名指す概念が生み出されていない空白の時代。そこでアルゴリズム的思考は、モダンの規範性とポストモダンの求めた多様性をともに可能とする、まったく新しい文化的なフェイズへと私たちを導くだろう。もはや単純な規範性でもなく、複雑なだけの差異でもない。その両者がともに存在する時代へ。複雑な差異を孕んだシンプルなルールを知覚するための創作と思考の方法論。アルゴリズム的思考が可能とするドメインとは、一言でいえばそのようなパラドキシカルな地平である。それは同時に私たちを取り巻く複雑性と単純性が同時に求められるコンピューティング化とグローバル化が極度に進展してゆく社会における、きわめて今日的な建築のあり方を示唆することだろう。もし私たちが真に二一世紀的な建築へと取り組むならば、アルゴリズム的思考は私たちの時代の建築の姿を生み出すための確かな手がかりとなるだろう。

>柄沢祐輔(カラサワ・ユウスケ)

1976年生
柄沢祐輔建築設計事務所。建築家。

>『10+1』 No.48

特集=アルゴリズム的思考と建築

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>ルイス・カーン

1901年 - 1974年
建築家。

>セシル・バルモンド

1943年 -
構造家。ペンシルヴァニア大学教授、オブ・アラップ・アンド・パートナーズ特別研究員。

>ミシェル・フーコー

1926年 - 1984年
フランスの哲学者。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...