1967年生まれ。建築家。アトリエ・アンプレックス主宰、国士舘大学理工学部准教授。
(最終更新:2009年3月31日)
[フィールドワーク]
...〇年のパラレル・ワールドへ向けての覚え書き|南泰裕 二〇〇七年、ヴォイドの喪失から多数性の中心... ...る、トリエンナーレの日本セクション全景6──南泰裕+国士舘大学南研究室による リサーチ+プロジェ...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.181-192
[インタヴュー]
...もらってから話を進めていきたいと思います。 南泰裕──八〇年代の終わりに、磯崎さんは多木浩二さ... ...うかね。 五十嵐──そうですね。 五十嵐太郎氏南泰裕氏現代美術のコンテクストをはみ出す二つの美術...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.54-67
[建築の還元 2]
...か訳、青土社、一九九二)一一三頁。 ★七──南泰裕「構成と批評──建築に内在する他者をめぐって... ...ン「テクトニック、という視座をめぐる省察」(南泰裕訳、『10+1』No.16、INAX出版、一九九九、一二九...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.2-12
[対談]
八束はじめ南泰裕八束──今回の南さんの論文を読んで、かなりの部分で見解が共有されているな、という気がしました。特に南さんが、湾岸で起きているさまざまな現象を必ず...八束はじめ南泰裕八束──今回の南さんの論文を読んで、かなりの部分で見解が共有されているな、と...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.86-91
[対談]
1 コンパクトシティ論の背景 南——最初に、なぜメガロポリスやメトロポリスという大都市ではなく、コンパクトシティやスモール・シティといった中小規模の都市を...ようになったかな、という感じがしています。 南泰裕氏3 都市の均質性と多様性 太田——僕はフラー...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.58-72
[キーワード]
連続と切断の言語風景── 1990年代の都市と建築をめぐって 南泰裕 たったいま終わりを告げたばかりの、1990年代の都市と建築を切り出して、「何かが確実に変わ...の言語風景── 1990年代の都市と建築をめぐって 南泰裕 たったいま終わりを告げたばかりの、1990年代の...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.68-87
[鼎談]
なぜ「技法」なのか? 今村──今回の「建築の技法」という特集は、建築について語る時、建築家によるコンセプトにそのまま寄り掛かるのではなく、また建築の技術について...い。 南──あるいはどこからでも取り出せる。 南泰裕氏制度とテクノロジー 山本──今回の特集では...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.72-87
[都市表象分析 14]
...「都市(シテイ)」として描き出すのだが★六、南泰裕はこうした関係性に響き合うものを、中心性・... .../ハート『〈帝国〉』四八九頁参照。 ★七──南泰裕「都市に抗する都市──小都市の多数性と可能性...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.2-11
[都市/メディア]
...同人、1991─1996) 東京大学原広司研究室出身の南泰裕と太田浩史が大学院時代に始めた建築同人誌。最... ...太郎、石崎順一、大川信行、槻橋修、奈尾信英、南泰裕、山中新太郎の7人。 6 『造景』(建築資料研究...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.116-119
[論考]
...の作動を通じて反復的に構成され維持される。 南泰裕は東京湾岸という場所が自然/人為という安定し... ...ム』(青土社、一九九五)一九四頁。 ★二──南泰裕「極限都市論──東京湾岸、あるいは未在の空間...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.156-164
[批評]
...都市を抹消し、交通開放系の裸体を想像せよ』(南泰裕+槻橋修+五十嵐太郎+石崎順一+奈尾信英)... ...イン:槻橋修)199622──1:10000から1:1000の都市(南泰裕)1996 1:10000の一部が拡大されて1:1000のモデルにな...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.154-167
[論考]
1 メガロポリスの外部 世界的な人口増加や交通手段の発達などにより、二〇世紀が都市化の世紀となるだろう、ということは、多くの識者によって早くから予測されていた。それらは優れて精確な予測であったものの、一方で二〇世紀の諸思考は、世界が都市化することの意味を、うまく言い当てられずに終わったのではないか、との感触がある...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.109-122
[建築の還元 1]
1 〈交通問題〉としての近代、および建築 ひとつの表現をなすことの、恐らくはきわめて現在的で共同了解的な認識であるに違いないのだが、長い間、私は自らを建築について語る資格がない、と感じ続けてきた。それは例えば、建築が文化の表象や権力の象徴、あるいは科学技術の現代的表現であるといった記述が、すでに言葉の実効力を失っている...
『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.2-12
[論考]
新東京タワー計画の経緯 来る二〇一一年、東京東部の隅田川沿いに、高さ六〇〇メートルを超える超高層タワーが建ちあがる計画が進んでいる。東京の再開発として最も注目を集めているもののひとつである、第二東京タワー計画である。未曾有の高みを望むこの新東京タワーが完成すれば、港区に位置する現存の東京タワーを凌ぎ、日本一の高さを持つ...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.108-109
[書物 2]
その本を手に取ると、今もその奔放な情念の輪郭がくっきりと蘇ってくるほどに、「書を捨てよ、町へ出よう」、というフレーズはひどく魅惑的だった。家を下着のように脱ぎ捨て、ホームドラマを唾棄すべき対象として切り捨て、ただただひたすら、速さに憧れる。寺山修司のこの本を、たしか高校生のときに初めて読んだのだが、そのとき、「書」は現...
『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.50-52
[建築の還元 3]
1 純粋さ、または他者という与件 おそらく多くの建築家や建築をなす者が問うてきたのと同じように、私もまた、「建築にとって何がもっとも重要か」ということを繰り返し問い、考えてきた。この問いはいつも、自身がかかわり、試行している建築的実践への懐疑や内省と交叉するかたちで不意にせり上がり、それぞれの文脈で、おりおりに答えを...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.189-199
[プロジェクト]
スキャンデータあり 未アップ ...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.73-88
[プロジェクト]
スキャンデータあり 未アップ ...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.139-154
[プロジェクト]
スキャンデータあり 未アップ ...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.89-108
[論考]
「私」の複数性 ここ近年の、メディア・テクノロジーの進展と変容によって、わたしたちのコミニュケーションのかたちは大きく変わったように見える。あまりにも手垢にまみれた記述だが、それはおそらく事実だろう。電話、ファックス、電子メール、携帯電話、携帯メール等々。コミニュケーションのチャンネルが豊富化し、それぞれに異なったコミ...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.145-157
[建築の還元 4]
1 判断と知覚、およびその審級 二〇世紀の終わりを締めくくる最後の一〇年は、建築が、レイト・モダンの波をも受けてミニマルなものへの志向を発現させ、ひとつの表現の磁場を作ってきたように見える。それらの多くは、形態上の新しさという可能性を自ら断念し、プライマリーな立体のみを空間の母胎(マトリクス)として抽出し、皮膜としての...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.210-220
[ラディカリズム以降の建築1960s-1990s 6]
野蛮ギャルドの住宅 それは大地に「映える」のではなく、大地から「生える」建築だった。数年前、建築史家の藤森照信氏が設計した《神長官守矢史料館》を見に行ったとき、...ン「テクトニック、という視座をめぐる省察」(南泰裕訳、『10+1』No.16、INAX出版、一九九九)。 ★九...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.205-216
[翻訳論文]
バルセロナは数十年に及ぶ衰退から回復した産業都市であり、それは「アーバンスペース」という概念により市民を活気づけつつ、成し遂げられた。一九七九年、四〇年間、二世...ものである。 なお、本書は樫原徹+太田浩史+南泰裕+桑田仁の翻訳により、鹿島出版会から二〇〇三...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.155-164
[論考]
...MVRDV "PIG CITY" 出典=『10+1』No.245——太田浩史+南泰裕「PopulouSCAPE」6——Digital Earth のホームページ3 ...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.123-128
[論考]
構成、形態、機能という条件を超えて 不連続統一体 八王子の丘陵地帯の一角、野猿峠の西側にあたる約二万坪の敷地に、吉阪隆正とU研究室によって設計された大学セミナー...に関しては、現在、アトリエ・アンプレックスの南泰裕氏、デザイン・ヌーブの太田浩史氏、樫原徹氏...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.120-128
[論考]
ネイション・ステートを懐疑的に見なくてはいけない今日の状況下では、もはや首都という存在すらユートピアになりかねない。幸田露伴が「一国の首都」で説いたモラルたっぷ...一国の首都』岩波文庫、一九九三)。 ★二──南泰裕「国家的デザイン、という欲望の行方」(『20世...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.210-220
[素材─構造]
スティーヴン・ホールの設計による《サルファティストラート・オフィス》は、外観を構成する銅板のパンチングメタルと、ところどころに穿たれた、大小さまざまな開口部が印象的な建築である。こうした特徴から、この建築を読解する手がかりとして、まず始めに素材へと目が向かうのが一般的なアプローチとして妥当であるかに見える。しかし細かく...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.104-107
[建築を拓くメディア]
跳躍台としての言葉 建築は、言葉では建たない。 千言万語を華麗に費やしてみても、建築が現実につくられゆく情況のなかで、言葉はモノの具体性に対して塵ほどの力も持ちえない。いかな理論の糊塗も、モノとしての建築を前に、ことごとくはじき飛ばされる。建築という現実態において、言葉は重ねれば重ねるほどその訴求力を減じてゆき、モノが...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.106-110
[批評]
自覚的に、というよりは自意識的に、と記述する方が正確なのだが、批評という形式のもつ危うさと困難さを最もきわだった形で素描し続けたのは言うまでもなく小林秀雄である。批評家は作品を前にして怯える他ない、というような突き詰めた彼の認識は、いずれ批評が作品の周囲を旋回し続けてそこにたどり着くことはない、という事実に対する反語的...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.88-89
[批評]
1語り得ぬ都市へのまなざし 〈すでに明らかな前提として深く了解されているのにもかかわらず、その全体性を不確かな手触りにおいてしか問えないでいる〉──都市の現在性へのまなざしは、何よりもまずこのような認識のもとで開かれるより他ないだろう。都市を、今のわれわれはもはや違和の環境として対他的に読み下すことはできない。都市とい...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.74-85
[批評]
現代建築の歴史は必然的に多様なものであり、雑多ですらあるだろう──建築そのものから離れた、人間的な環境を形成するための構造の歴史。そしてそれらの構造を統制し方向づけようとする歴史。そうした試行の政策や方法を考案しようとした知識人たちの歴史。完全で明確な言葉へと辿り着くことを断念した、新しい言語についての歴史。これらの歴...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.129-154
[批評]
1 いま、ここにある現実にたしかな違和を感覚する者が、そこを超え出ようと意志し、おのれの可能性を彼岸に向かって投企しようとするならば、その意志はおしなべて境界の横断へと向かうだろう。境界はいずれ、彼岸の可能性をはばみ、交通を阻害し、意志と自由を脱力させる鉄壁として了解されている。制度の壁、集団の壁、国家の壁、言葉の壁、...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.188-191