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高層高密都市に潜む──ホンコン・スタイル | 木下光
Living in a High-Rise,High-Density City:Hong Kong Style | Kinoshita Hikaru
掲載『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) pp.133-143

1都市を浮遊するように生活するーホンコン・スタイル

ノーマン・フォスターの新しい空港ができて、啓徳空港にジェットコースターのように降り立つスリリングさは二度と味わえなくなったが・香港ヘランディングする数十分間は、まさに都市の断面図を見る瞬間でもあった。空港は都市の心臓部に位置しており、飛行機の窓からは高密度な建物群を見ることができる。それらは日本のようにどこまでも建物が続くのではなく、超高密なル・コルビュジエの「輝く都市」★一を見るようであるが・最小の土地を使って最大の床面積を確保する郊外の高層住宅群[図1]や生活が町並みとして露出する市街地のペンシル・ビル群である。その高密さはカオスのようであるが、決してカオスではない。あくまでシステムとして成立している。
コンパクトでかつ高密な都市空間である香港は、人々にとって都市そのものが住居である。住居は生活の中心というよりは一部で、屋外での生活と住居でのそれは限りなく等価である。それはどんな建物にも住宅が含まれていることに表われている。アトリエ・ワンは〈メイド・イン・トーキョー〉★二あるいはダメ建築と命名して、東京という都市や社会が持つ高密度やダイナミズムが直接的かつ物質的に構成されている東京特有の高性能な建物、すなわち一般的にはありえない機能を複合させた歴史をもたない建築を「ダメ」という逆説的言語を用いて、愛着を持って評価しようとしたが、それはまさに香港という都市自体にも当てはまる。香港という高密度空間はあらゆる建物に住宅を複合させており、最近でこそ、ヴィクトリア湾沿いの香港島にはCBD(Central Business District)が形成されているが、それを除いてある高さで都市の平断面をとれば、そこには無数の住宅プランが密集してそこかしこに表われるはずである。東京大学大野研究室による都市のクロスセクションは、香港におけるさまざまな機能の立体的な組み合わせを明確に示している★三。〈メイド・イン・トーキョー〉では生コンアパート(生コンの製造プラントのそばに人が住むという構成)が常識的に考えられない組み合わせゆえにダメ建築として紹介されているが、香港は非常識的な職住近接を都市レヴェルで行なっている、ダメ建築の集合体、すなわちダメ都市とでも言ったほうがふさわしい。常識を先入観や偏見とほぼ同義なものとして取り外して見れば、香港の職住近接は衛生や健康という観点から異なった機能を分離して配置した近代都市計画の空間にわれわれが慣らされているがゆえに非常識と捉えてしまうだけで、膨大かつ急激な難民社会やショップハウスに代表されるよう職住一致を重んじる中国人の価値観、さらには東京以上である地価といった香港のさまざまな文脈からすれば、至極自然な結果なのでもある。一般的住居は生活の中心に位置づけられ、私性を包む器であり、それと対峙する形で都市は公共性、すなわちパブリックな空間とされてきた。CIAMは広場あを都市核とし、その復権によって都市の再生を試みようとしたが、ヴェンチューリの「今日のさしせまった社会問題や建築的課題に対処するには、複雑な建築的表現主義とか、何らかの形態言語の枠外で建てようという誤った主張を放棄し、時代に即した形態言語を見いだす必要がある」といったモダニズム批判のように、時代に即応することなく失敗に終わった★四。しかしそのこと以上に、今日まで通底しているCIAMの主張は、都市とはそのような公的な空間というテーゼが前提として信じられているということを示唆している。ノリのローマの地図が屋内、屋外にかかわらず、公的な空間を白く残した地図であることはその端的な例である★五。しかしながら、香港の都市空間をしばし観察していると、都市とは、私性の集合体ではないかとノリの地図やCIAMの概念と正反対のことを思ってしまう。その一方で、自動車社会を意識したスミッソンのベルリン計画案やゴールデンレーン計画★六のように高層建築群に張り巡らされたペデストリアンデッキ[図2]が、自動車に依存しない公共交通がモビリティを支えている、ある意味で中世都市のような香港でのみ、成功を収めているというのは二重のアイロニーに満ちているが……★七。都市と住居における公私の関係が明確に逆転しているということは言い切れないが、住居から溢れ出す私性を受けとめるための空間、これこそが香港という都市の立脚点であり、都市空間を浮遊する私性を流したり、受けとめたりする仕掛けが建築やそれに類するものとなっている。流すものの代表がペデストリアンデッキであり、受けとめるものに市場や屋台や大小さまざまな商業空間などがある。村松伸は香港の建築家ロッコ・イムの代表作《シティ・バンク》を人々のアクティビティを巧みに操る建築と評しているが、その基壇部分は公共空間というより、人々の流れを調整する装置として機能している極めて端的な例と言えるだろう★八。香港大学の松田直則はこの都市と人々の関係を「浮遊と付着の文化」と呼んでいる★九。建物自体は何の変哲もないが、そこに付着するイリーガルラァサードやストリート・マーケットは貧乏ゆえの結果であり、貧乏は決して文化ではないかもしれないが、香港という場所性の存在を感じさせるものである★一〇。イリーガル・ラァサードやストリート・マーケットのような風景は減りつつあるが、人々は相変わらず都市を浮遊しながら、屋外で大半の時間を過ごしている。これはひとつのスタイルである。都市と個人の間に私たちが漠然と持っている公私の関係はその意味で逆転しているし、だからこそ香港のようなダメ都市の風景が生まれるのではないだろうか。一見、ほとんど建築的評価に値しないもので構成されているにもかかわらず、その景観が持つ特殊性は単に密度の問題だけでなく、「都市」が概念上の公的空間ではなく、プライヴァシーの縮図として存在しているからである★一一。

1──高層集合住宅 九龍、Sceneway Garden

1──高層集合住宅 九龍、Sceneway Garden

2──連続するペデストリアンデッキ

2──連続するペデストリアンデッキ

2キュービクルから星形超高層までーースケルトンのかたち

住居を数世帯が分割して住む、このひとつをキュービクル(CUBICLE=房)という。これが長らく、香港の住居単位であった。香港には大別して三種類の集合住宅の型がある。ひとつは一九六〇年代くらいまでにつくられている一般的に唐楼と呼ばれるもので、これは現在、香港では数少なくなってしまったが、東南アジアの華人街に広く点在している。歩廊が印象的な町並みを形成するショップハウスか、あるいはそれが香港の人口急増によって更新され中層化し、コンクリート技術の発達によって歩廊の柱がギャンティレバーによってなくなったビルディング・タイプを意味する。ショップハウスにしろ、中層化したそれにしろ、スケルトンのみ、すなわち水回り+ワンルームで供給され、それを間仕切壁で分割して住むことでキュービクルはできあがる[図3]。香港はイギリス植民地でありながら、政変のたびにおきる人口の急激な増加によって形成された中国人の都市であり、このキュービクルという住居単位が突然かつ大量の中国からの難民を吸収しながら、ヘクタール当たり二〇〇〇人といったカオスではない史上まれにみる高密度空間を可能にしたのである。
二つ目は公共住宅である。これは一九五三年から供給が開始され、現在では香港の六〇〇万人以上の人口のうち、半分以上が公共住宅に住んでいる。公共住宅は歴史的にさまざまな形がある。最も初期のものは、かつて唐楼が路地を持たずに背中合わせ(BACK TO BACK)であったように外廊下を周囲にまわしただけで、かつ水回りをも共有する部屋だけであった。これは水回りを内包しながら、外廊下から中廊下となり、今日のようなセンターコアの形が代表的なものとなる。これは民間でも同じであり、最も効率よく共用面積をおさえ、かつ採光や通風に優れたプランニングが今日、確立されている。公共の場合にはその面積効率よりも吉野屋的にいかに早く安くつくれるかがテーマであるため、一階当たり二四住戸にもなるが、民問の場合、土地の取得も困難であるため、一階当たり八戸というのがスタンダードである[図4]。すべてがこの形態とはならないが、香港が生んだ高層住宅の型と呼ぶことができるだろう。都心部における猫の額のような土地では、八住戸による星形の完全な平面にはならずに、四住戸あるいは二住戸となる場合が多い。しかし、住戸それ自体の平面はどれも似ている。これらは、基本的にはnLDKの間取りと言えなくないが、壁式であるためそのインフィル(住戸の間仕切・内装を含む内部空間)の変更は比較的容易であり、日本のように玄関やそれに伴う廊下などはなく、直接リヴィングにアクセスするというのが特徴である。現在は星形超高層が住居単位であり、それは唐楼あるいはキュービクルに取って替わって久しい。そのスケルトンはけっして多様ではなく、極めて均質である。古い公共住宅は唐楼と同じで、水回り+ワンルームであり、新しいのは民間でも公共でも星形高層住宅と二種類しかない。やや暴力的に言えば、耐力壁がインフィルと切り離されている星形高層住宅は仮りの間仕切りが入った水回り+ワンルームとも言え、実は一種類なのかもしれない。これは日本と対照的である。日本の住宅は一見、スケルトンは多様である。しかし、インフィルというか、平たく言えば家の中はどこも似たり寄ったりである。これは統計にも表われている。日本と香港の世帯構成を比較すると★一二、核家族は日本が五八・七パーセントに対して香港は六三・六パーセントと多いが、単身者が日本は二五・六パーセントと香港の一四.九パーセントに対して非常に高い割合を示す。東京ではさらに顕著で、東京都は核家族五四パーセント、単身者三八・一パーセントであり、世帯構成は核家族かあるいは単身者という傾向を示している。これに対して香港は三世代に代表されるような拡大家族が一九・三パーセント(東京七・四パーセント〕や非親族世帯(非血縁関係にある人たちによる世帯)が二・ニパーセント(東京〇・五パーセント)となっている。すなわち、日本は世帯の形、あるいは家族の形にヴァリエーションがなく、香港は核家族以外における世帯の形が非親族世帯の高い数値に代表されるように複雑であり、その結果香港のインフィルはスケルトンと対照的に多様である。それは、スケルトンというシステム・レヴェルに住居デザインをとどめ、いかなる世帯構成でも対応できるようにしているとも言える。日本は一九二〇年の時点ですでに核家族が五四パーセントを占め、その統計上の平均的家族という幻想かもしれない核家族に対する空間を計画したが、近年における単身者世帯の増加や核家族においても夫婦のみの世帯の急増は夫婦と子供からなる核家族世帯が今や家族構成の典型ではないことを示している。渡辺真理+木下庸子はこうした単身者世帯を「孤人」と呼んだが、その集合体としての非核家族の住まいの考察・提案もこの状況を踏まえたものである★一三。香港はわれわれの社会に示唆的なインフィルを持っているかもしれない。以下に多様な実例を紹介したい。

3──キュービクル

3──キュービクル

4──Sceneway Garden 基準階平面 著者作成

4──Sceneway Garden 基準階平面
著者作成

3事例にみる多様なインフィル(一)孤独の共有ーケージホーム(cage home)

ケージホームは、部屋に整然とケージ(鉄製のかご)が三段(現在は行政指導で二段)に積まれて並んでいる家(home)を指す[図5]。法的な定義ではケージホームとは一二人以上がフラットを共有するbedspace apartments(ここでのbedspaceとは、個人が寝るために使用する空間、ベッドを指す)である★十四。したがって、これとキュービクルとは同義ではない。キュービクルがさらに高密になった状態であり、住居が限りなくベッドのようなというのがキュービクルであり、ケージホームはまさにベッドしかないのである。さらにキュービクルは家族で入る場合もあるが、ケージホームは必然的に単身者となる。これゆえ、ケージホームは身よりのない孤独な男たちの住まいである。男に限られているわけではないが、結果そうなっている。したがって、杜会福祉の対象であり、香港ではSoCO(The Society For Community Organization)という非営利団体がその支援活動を行なっている。SoCOの報告書によれば、政府報告では一九九七年で一一三カ所のケージホームに三〇〇〇人が居住しており、一九九三年の調査では九七パーセントが男性ということであった★王。SoCO独自の調査では、六〇パーセント以上が単身者であり、結婚している人でも約六六パーセントが配偶者を中国本土に残している。あるケージホームでは約八O平方メートルに三〇人が暮らしているが、これは比較的改善されており、かつては約七〇平方メートルに一〇五人が住むというような過酷な状況もあった。したがって、ケージホームは限りなく貧困であるがゆえの孤独の共有なのである。

5──ケージホーム "Hard to earn a living!" Photo Album of Cages, Society for Community Organization, 1993

5──ケージホーム "Hard to earn a living!"
Photo Album of Cages, Society for Community Organization, 1993

(二)暫定的な場のシェア
〈唐楼1:Reclamation St. 油麻地〉
九龍の古い街区、すなわち油麻地や旺角といった地区では唐楼が背中合わせに林立し、一街区を形成する。唐楼は階段室を挟んで二住戸というのが典型的プランであるため、言ってみればバブル期に日本でも雨後の竹の子のごとくつくられたペンシル・ビルが長期にわたって町並みを形成したようなものだと言えなくない。日本では短期問でそのような土地神話は終わったが、不動産業が主力産業と言える香港では継続的に建物の更新がなされるため、古い市街地ではまとまった土地開発を見る方が珍しい。香港島のヴィクトリア湾岸には高層建築が林立しているが、これと唐楼による街区はスケールの差こそあれ同類項でまとめられるのではなかろうか。やや話は横道にそれたが、この唐楼のプランは極めてシンプルであり、路地側に水回りが用意され、道路側に一部屋あるだけ、すなわち水回り+ワンルームである[図6]。これは見ようによっては大きなワンルーム・マンションといえる。だいたいこのような唐楼は四〇ー五〇平方メートルというのが相場であるから、日本のワンルームの三ー四倍程度の面積である。これを住み手が自由に問仕切って住むのである。このようなスケルトンだけが供給されるのは、唐楼に限ったことではなく、最近の高層住宅でもできる限り最終的なインフィルの仕上がりは居住者自身に委ねられており、その間取りですら居住者が勝手に変更するケースが多い。したがって、図7─10は基本的にほぼ同じスケルトンなのであるが、極めて多様なインフィルを生み出すことが一目瞭然であろう。図7は典型的なキュービクルであり、ニメートル以下のパーテーションによって一部屋は五つの空間に区分けされている。玄関近くに生じる空問は水回りやキッチンに通じる通路なのであるが、ここにもベッドが置かれ、おじいさんがひとり住んでいる。五世帯による共同生活は相互扶助というものではなく、淡々とそれぞれの生活が営まれているというべきである。それを示すように火元も世帯数だけあり、居住者の入れ替わりも激しいらしい。香港という都市がかつて永住するための都市ではなかったことを象徴するようにまさに寓居であり、現在は単身者や欠損家族、あるいは低所得層のための住居として活用されている。かつて、イギリス人はこのようなキュービクルを衛生的観点から止めさせようとしたことがあるが、中国人の不動産所有者の「キュービクルは中国人の居住における慣習である」という反対によって阻止された経緯がある。図8は核家族が住んでいるケースであり、この家族は不動産として所有し住んでいる。それをいわゆる2DKとしているのであるが、こうなると極めて一般的な住まいとなるから不思議である。通りからではまったくこの差異を見出すことができない。図9は拡大家族、合計六人が住んでいるケースである。この住居では通り側、路地側に現在では不法となっているケージを増築させ[図11]、それぞれベランダとして利用している。さらに唐楼の特徴でもあるが、三メートルを越える天井高をうまくロフトとして立体的な効率のよい空間利用を行なっている[図12]。図8や図9を、われわれはnLDKと見てしまう側面がある。しかしながら、水回り+ワンルームのワンルームを家族の形に合わせて問仕切った際に残った空間こそがDあるいはLDのようなものであり、われわれの住居のようにダイニングあるいはリヴイングまずありきではないのである。そして、家族の形に合わせて間仕切りを入れる場合、それはわれわれが言うところのプライヴァシーを包む空間H個室をつくるのではなく、ベッドスペースを人数分つくるのである。したがって、ワンルームから人数分のベッドスペースによって島のように残された空間は、共有空間ではなく、残余空間なのである。その使われ方は食事をとったり、テレビを見たりということになるのであるが、これだけをとらえてリヴィング・ダイニングだというのは部分的には合っているのだが、本質的な空間の派生レヴェルにおいて、まったく異なるものと言うべきであろう。
6─10──唐楼におけるインフィルの多様性
著者作成

6──基本的なスケルトン

6──基本的なスケルトン

7──建物:reclamation st. 64-66/住居:reclamation st. 64 5F 居住者構成:5世帯共同(血縁なし) トイレ・シャワー・キッチン共用 複数世帯による居住〈キュービクル〉 約2mのパーテーション 1世帯:約4.5m2 ベッド=居住

7──建物:reclamation st. 64-66/住居:reclamation st. 64 5F
居住者構成:5世帯共同(血縁なし)
トイレ・シャワー・キッチン共用
複数世帯による居住〈キュービクル〉
約2mのパーテーション
1世帯:約4.5m2 ベッド=居住

8──建物:reclamation st. 60-62/住居:reclamation st. 60 4F 居住者構成:夫婦、息子2人 1世帯・核家族による居住 nLDK的な使い方

8──建物:reclamation st. 60-62/住居:reclamation st. 60 4F
居住者構成:夫婦、息子2人
1世帯・核家族による居住
nLDK的な使い方

9──建物:reclamation st. 64-66/住居:reclamation st. 66 4F 居住者構成:夫婦、兄、妹2人、叔母(6人) 拡大家族による居住 バルコニー→不法構築物→illegal cage ロフト→空間の立体的活用(m2→m3)

9──建物:reclamation st. 64-66/住居:reclamation st. 66 4F
居住者構成:夫婦、兄、妹2人、叔母(6人)
拡大家族による居住
バルコニー→不法構築物→illegal cage
ロフト→空間の立体的活用(m2→m3)

10──建物:Queen's Road East 23 Wanchai/住居:Queen's Road East 23 5F 居住者構成:8人(カップル2組、男4人) 友人同士によるシェア 若い世代による住居の共同使用 家賃7000香港ドルを分担

10──建物:Queen's Road East 23 Wanchai/住居:Queen's Road East 23 5F
居住者構成:8人(カップル2組、男4人)
友人同士によるシェア
若い世代による住居の共同使用
家賃7000香港ドルを分担

〈唐楼2:Queen's Road East 灘仔〉
この家は、男女合わせて八人が共同で生活している[図-〇]。共同生活というと食事を中心として運命共同体的においがするが、八人のなかにあるルールは、週に一回掃除をするということしかないから、いわゆるシェアしていると言うほうが正確である。八人の内訳は男六人、女二人であり、組み合わせで言うと二組のカップルと四人の男たちということになる。彼らはまったく知らない者同士ではなく、ある舞踏集団の一員である。正確な年代はわからないが、一九六〇年代以前に建てられたこの建物はクイーンズロード、すなわち香港に最初に引かれた主要道路沿いに建ち、ショップハウスを中層化(五、六階)したビルディング・タイプ(唐楼)である。特徴は油麻地の事例同様、天井高がそれ以後のものより高く三メートル以上あり、水回り+ワンルームとなっていることである。それに付け加えると床の仕上げが一〇〇角のモザイクタイルのチェック柄になっていることであろうか。

11──イリーガル・バルコニー

11──イリーガル・バルコニー

12──拡大家族によるロフト

12──拡大家族によるロフト


13──唐楼2 外観

13──唐楼2 外観

14──唐楼2 内観

14──唐楼2 内観

この事例の場合、彼らがパーテーションを付けたわけではなく、彼らが住み始めたときにはすでにこの間取りになっていたが、ワンルームは四つの部屋+リヴィング・ダイニングらしき空間に仕切られている[図13・14]。道路側の二部屋をカップルがそれぞれ使い、四人の男たちは二人がひとつの部屋を一緒に使い、ひとりがもうひとつの部屋をひとりで使い、最後のひとりは共有空間にベッドだけをおいて生活している。これは、前述した油麻地の事例におけるおじいさんと同じである。ベッド=住居という極限の状態と言えるのだが、この男にはおじいさんのような孤独や悲壮感はない。キュービクルによる数世帯の共同生活はやむにやまれぬ状態に端を発しているのであって、この男女八人物語はある程度知っている者同士のコミュニティであるから、一緒というわけにはいかない。しかし、キユービクルが長らく香港の住宅における最小の基本単位であったからこそ、この若者たちのシェアは特異なこととしてではなく受け入れられるのである。この共同生活には家賃が東京並みである香港の住宅事情も大いに関係がある。この家賃は月七〇〇〇香港ドル、八人のうちリヴィング・ダイニングらしき共有空間を使っている男は居候であるため、単純計算をすればひとり当たり一〇〇〇香港ドル、約一万六〇〇〇円くらいである。日本でこのような若者が実家から離れて住む場合、ワンルーム・マンションが使われている。ワンルーム・マンションとは、いまではすっかりひとつのビルディング・タイプと呼ぶことができるが、その歴史はそれほど古いものではない(一九八三年にワンルーム・マンションブームがおきている。『CRI』No.250[長谷工総合研究所、一九九九])。香港にはワンルーム・マンションなどというものは当然、存在しない。しかし、都市には多くの単身者が住んでいる。かつては相互扶助によって貧困を共有し、その結果みんなで一緒に暮らした。コミュニティの形成にはそういった側面が見え隠れしていたのである。いまではそこから少し豊かになったことで、新しい空間の共有が始まっている。日本の住宅では家の中に個室が生まれ、個室群住居といった名前で個室と個室の間に共有空間が仕掛けられた。一般の住宅では個室と個室は居間、リヴィングという名前の座敷が緩衝帯となった。香港では、この緩衝帯は最初から都市側が受け止める前提になっている。住居内でおさめることはない。日本ではいつしか、住宅はシンボルにしかすぎないリヴィングという名前の空間を核としてつくられ始め、ワンルーム=マンションがその嘘を暴く矛盾に満ちた構造になっている。ワンルームとはわれわれ社会がそのようなものに五万円も六万円も払えるのだという豊かさの象徴であるとともに、血縁による家族以外の共同生活のあり方を実験させることなく、根こそぎ単身者を収容してしまう箱でもある。この箱がないという仮定を設定したとき、この八人の住まい方はスケルトンのあり方をも提示してくれるのである。図15・16は西環の高層住宅であり、若い男女によるシェアである。こういったシェアは唐楼に限ったものではなく、若い人々の間ではしばしば行なわれる。住宅を人と共有する、共同利用するという行為は、香港において特別なことではない。狭い土地に高密度に暮らすという条件に、持つものと持たざるものの格差が大きい植民都市の社会構造が加われば、必然的なことかもしれない。しかし、かつては貧困がそのべースにあった。いまはケージホームがそれを唯一示している。その代わりにシェアと言えるくらい、悲壮感は消えた。この空間の共有はスケルトンを選ばず、さまざまなかたちで今日も続いている。

15──西環でのシェア、外観

15──西環でのシェア、外観

16──同内観

16──同内観

(三)時の共有ーShek Kip Mei公共住宅
図17・18はマークシリーズという最も初期の公共住宅であるShek Kip Meiの中庭を写している。お年寄りは麻雀で暇な一日を過ごしている。かつて、コミュニティは街坊と呼ばれ、人々を束ねる核であった。それは社会的・経済的な結束である。中国社会ではそれを封巾といって、ある意味において黒社会の結束と同根である。社会が豊かになれば、人は縁を頼らなくてもよくなるのかもしれない。しかし、利益を伴わないものとしてのコミュニティもあっていいだろう。それは本来の家族の姿かもしれない。毎日、明けても暮れても続く麻雀は、麻雀に意味があるのではなく、時を共有するということに意味があるように思えてならない。空間を共有するということは実は本来の目的ではなく、時を共有するためのひとつの結果として、空間の共有があるのだ。このShek Kip Meiの中庭は特別、何かが計画されているわけではない。この中庭で繰り広げられる麻雀と団地の計画はむしろ、前向きに何ら関係ないと言うべきである。

17──Shek Kip Mei 麻雀風景

17──Shek Kip Mei 麻雀風景

18──Shek Kip Mei 内観

18──Shek Kip Mei 内観

(四)アイデンティティの共有──Happy Valley
Happy Valleyは古くから高級住宅地として開けてきた所である[図19]。この家族は、アメリカ華僑と南アフリカ華僑との家族である。香港の友人が語るに華僑は華僑と結婚する場合が多いそうである。海外に移住した中国人を華僑と呼ぶようになったのは、一九世紀末になり、清朝政権が中国人の海外移住を解禁したため、広東・福建一帯から大量かつ組織的な移住が始まった際のことである★一六。東南アジアにおいては大半の経済を牛耳るまでの一大勢力であり、中国本土の人々とルーツは同じであっても、似て非なるというべき背景と現況をもっている。香港の人口の九五パーセント以上が中国人であるが、その民族的アイデンテコアは多様である。香港生まれという人々は人口の約六〇パーセントであり★一七、中国人ということはアイデンティティにおいては必要条件でしかないのかもしれない。中国人ということと華僑ということとは違うことのようだ。

19──Happy Valley

19──Happy Valley

(五)個の組み合わせ──So UK
この公団住宅はもともと、家族四人で生活されていた[図20・21]。父と母が使うベッド、姉と弟が使う二段ベッド。ひとつの典型とも呼べるインテリアである。古い公団の間取りの特徴であるが、水回りはすべて建物のファサード側に出されており、プランは中廊下をはさんで対称に部屋と水回りとなる。これも水回り+ワンルームである。いまでは姉と弟は、それぞれ別に暮らしている。夫婦二人であれば、約三〇平方メートルは問題のない広さである。家族四人にはちょっと狭いが……。香港は非常に公共交通のネットワークが密に確立されている都市である。極端な場所でなければ、一時間以内でどこにでも行ける。この家族も夫婦、姉、弟と別々ではあるが、みんなが一緒に集まることは容易なことである。香港的スープの冷めない距離である。かつてはこのネットワークを確立できるほど豊かではなかったが、それが可能になった時、家族の関係は新しいかたちを見せてくれる。定常的に一緒にいることと家族の建設的な関係とは決して比例するものではない。夫婦+子供という家族の形は、夫婦の長い関係から言えば非常に過渡的かつ一時の状態にすぎない。この公団の水回り+ワンルームはわれわれのイメージする家族が変化し続ける形態の一瞬の状態にすぎないという当たり前の事実を静かに表わしている。

20──So UK 外観

20──So UK 外観

21──So UK 内観

21──So UK 内観

本稿のタイトルにある「ホンコン・スタイル」とは、都築響一の『TOKYO STYLE』を意識しているのは言うまでもない★十八。『TOKYO STYLE』は東京における単身者世帯三八・一パーセントを見事に象徴している。都築は「(…中略…)それだったら気に入った本屋や洋服屋や、レストランや飲み屋のそばに小さな部屋を確保して、あとは街を自分の部屋の延長にしてしまえばいい。そっちのほうが気が利いているじゃないかと考える人間が、この都会にはたくさん、涼しい顔をして暮らしている」。あるいは「(…中略…)豪華な写真集や分厚い雑誌に出てくるようなインテリアに、いったい僕らのうちの何人が暮らしているのだろう。でも小さな部屋にごちゃごちゃと、気持ち良く暮らしている人間ならたくさん知っている。そして、『スタイル』という言葉を使うとき、それはたくさん、どこにでもあるから『スタイル』と言えるのであって、自分のまわりにひとつも見つからないようなものを『スタイル』と呼ぶことはできない」と巻頭で述べている。『TOKYO STYLE』はその世代が極めて限定されているという意味ではどこにでもあるスタイルとは言いにくい。しかし、街を自分の部屋の延長にしてしまえばいいというのは、香港と同じである。家族という幻想を追いかけるとリヴィングという蚕気楼のような空間をソリッドとしてつくってしまうが、実はリヴィングなど個室群というソリッドに囲まれたヴォイドにすぎないではないかというのが個虫毒併住宅の底流にあるものであろう。しかし、個室が群をなす必要性があるかとまで言ってしまえば、最初から群、すなわち群をなす、あるいは集まるという行為自体を住宅が背負う必要などないと香港は言っている。上野千鶴子は山本理顕を指して、空問帝国主義者という最高の名前を献上し★十九、それは建築家が住宅という箱を設計するだけでなく、家族関係まで設計する、すなわち「住宅とは、空間化された家族の規範である」という主張への命名であった。住宅にそれだけの能力が今日もあり続けているかという問題はあるが、少なくとも香港は家族、あるいは世帯の規範を空問化するのは決して住宅だけではなく、むしろ都市が受け持つべき内容であることを暗示している。

4都市にあるべき住居の器──香港の住宅が示す意味

香港の住宅と、われわれとの明確な違いは、高い地価、高い住宅費という状況は同様であるが、香港には戸建住宅というものがほとんど存在しないということである。存在する場合はきわめて明白でピンキリの両端、すなわち超がつくハイクラスの住居(ほとんどが香港島のピークにあるのだが)、その反対の郊外などに僅かにあるセルフビルドの家である。したがって、集合住宅にほとんどの人々が住んでおり、そのなかでどのような集合住宅なのかという話にある。われわれは集合住宅というカテゴリーにおいて、やや暴力的に言えばnLDKかワンルーム÷ンション以外のビルデイング・タイプを持ち合わせてはいない。ワンルーム・マンションとは一般的に学生や単身者である労働者、端的に言えば若いサラリーマンやOLが住んでいる賃貸集合住宅である。大阪や東京で言えば二〇平方メートル以下に六万円、七万円が支払われている★二〇。これに光熱費や電話代が上積みされるから大変である。また、電話の権利代金というものは非常に高い。しかし、現在のように携帯電話が発達し、インターネットが高い普及率を示すとなると、電話の活用状況は大いに違ったものとなる。香港の事例で見たように八人で一台の電話があれば十分かもしれない。現在のような景気低迷が続けば、ワンルームに住む経費というのは非常にライフスタイルを圧迫しかねない。しかしながら、すべての人が家族の元に帰ることもできなければ、急にシェアをしようとしても日本の集合住宅は内装までフィニッシュされた形で供給されており、nLDKに単身者の共同生活を当てはめることが困難である。建築家がつくる集合住宅もあるが、これらは基本的に核家族を想定しなければならないためnLDKの変形であったり、単にイメージを付加したものであったり、仮りにシェアを想定したとしても、特定の依頼者のための個別解であったりする。日本では香港の事例で示したようなシェアを受け入れることは簡単なことではないだろうし、そのような需要が生まれない以上、建築家は新しいモデルをなかなか提示できない。そういう意味で唐楼の事例はワンルーム・マンションの対照的な姿を示すものである。ワンルーム・マンションとはバブル期において急成長したビルディング・タイプで、この住まい方やプランはある意味で新しい空間を提示している点では評価すべきであり、議論の枠組みの外に追いやるものではないごかし、ワンルーム・マンションとはバブル期を背景として生まれた過渡的なもので、単身者を対象とした住まいの大勢を占めべきものではないかもしれない。七〇平方メートルくらいの。LDKが6万円台であり三〇平方メートル以下のワンルームが六─七万というのはいかばかりなものかというのが常識というものであろう。どちらも高いがワンルームは高すぎる。しかし、多くがワンルームに慣れてしまっている以上、香港的なシェアは難しい。香港はそれを受け入れるキュービクルという土壌があったからこそである。この中間的な姿を示しているものに妹島和世の《岐阜県営住宅ハイタウン北方妹島棟》が挙げられるだろう★二一。この建物はこれまでの一般的集合住宅が単なる立体長屋、すなわち鰻の寝床が積み重なったものにすぎなかったその住戸平面を九〇度回転させ、問口の広いプランとしたことや、かつテラスをフンダムに穴として空けることで新しい立面やプロポーションをつくったということができるだろうが、その新しさはテラスヘの出入り口を含め各住戸は少なくとも三カ所から出入りすることが可能であることであろう。これはシステムとしての新しさであり・岐阜県北方町の家族がこれを使いこなすことはその動機も含めて困難であると思うが、もし仮りにこれが東京の単身者向け賃貸住宅だとしたら、画期的と私は思うのである。すなわち、この妹島棟はワンルーム.マンションと香港のシェアの中間体として位置づけることが可能だからである。また、シーラカンスC+Aによる《スペースブロック上新庄》は、べーシック・スペースブロック(BASIC SPACE BLOK以下BSB)と呼ぶ立方体を三個以上つないでつくった積木の組み合せを実験しをのである。小嶋一浩はBSBの組み合わせで現われた建築は、形態の複雑さではなく空間そのものの複雑さをもっており、小さな建築から香港の九龍城のような大きなモデルまでつくることも可能だと言及している★二二。《スペースブロック上新庄》はあくまで単身者向けの賃貸集合住宅、すなわち位置、つけとしてはワンルーム・マンションであるが、これも高密度な都市居住における新たなスケルトンとしての高い可能性を+分に秘めている。
香港の住宅事例を通して言えることは、都市とは多様な人間が住む場所であるということである。住居に誰が住むか、これは一般的に家族とされ、その家族は核家族である場合が多い。しかし、核家族だけが都市に住むわけではない。逆に言えば核家族が大半な居住形態を占める都市とは、都市とは言えないのかもしれない。都市とは日本では定義しにくいものであり、東京ですら巨大な村という言い方がされる。人口規模、産業構造・密度などいろいろその定義の方法はあろうが、どれくらい多様な世帯構成を受け止めているかということが都市であるか否かの境目ではないだろうなたとえ、一〇〇万の人口を抱えていたとしても、その住宅のインヲルが均質であり、かつ核家族のそれであれば、実は一〇〇万都市は数千人の村と同じであると言ったほうがいいかもしれない。単身者や拡大家族、あるいは非親族世帯など、多様な人の組み合わせを受けとめるものこそ都市であり、その人々の生活を受けとめるもののひとつが都市にすぎない。つまり、その住宅を起点と終点にする街こそ都市であり、それ自体がライフスタイルなのである。その際、住宅の機能とは、ある意味、何が共有されるかということにつきるかもしれない。nLDKは寝る・食事する・憩うといった行為に基づき、機能に分解され、それに対応する空間が準備されているが、さまざまな人々のいろいろな共有の形こそが、住宅という器の形を決める最優先事項と言える。香港の事例から、われわれは共有する前提としての家族や行為が幻想にすぎないこと、そして空間の共有とは前提ではなく、結果にすぎないことに気づくだろう。住宅を集合させた集合住宅の型とい・ユ息味、すなわちスケルトンは、単一にもかかわらず、その住まい、すなわちインヲルは多様である。住居(工昌邑にはデザインがないが、生活(口冨ω宝bにはデザインが存在する。われわれの住宅は、住宅論の数だけデザインが存在するが、ライフスタイルが含まれていないのが残念である。住宅という器は、ある意味、より大きなワンルーム・マンションでいいのかもしれない。しかし、現在のような一面採光ではないワンルーム÷ンションが必要である。これが基本的システムとして提示、検討されてもいいのではないか、香港の住宅は似て非なる住居タイプを持っていることを強烈に教示している。その差異が「TOKYO STYLE」と「ホンコン・スタイル」の違いなのである。若者しかできない、あるいは単身者だけのスタイルは、本当のスタイルとは言えないのである。


★一──ル・コルビュジエ『ユルバニスム』(樋口清訳、鹿島出版会、一九六七)。
★二──『磯崎新の革命遊戯』(磯崎新監修、田中純編、TOTO出版、一九九六)。
★三──『SD 特集=香港超級都市」(鹿島出版会、一九九二年三月号)。
★四──R・ヴェンチューリほか『ラスベガス』石井和紘+伊藤公文訳、鹿島出版会、一九七八)。
★五──ジョヴァンニ・バティスタ・ノリによるローマの市街地図。
★六──アリソン&ピーター・スミッソン『スミッソンの都市論』(大江新訳、彰国社、一九七九)、都市デザイン研究体『現代の都市デザイン』(彰国社、一九六九)。
★七──香港における自動車保有は、人ロ一〇〇〇人当たり五四台にすぎず、日本の約一〇分の一である。Census and Statistics Dept., HKSAR, PRC, Hong Kong Annual Digest of Statistics 1977, The Government Printer, 1997.
★八──村松伸+浅川敏『アジアン・スタイル──十七人のアジア建築家たち』(筑摩書房、一九九七)。
★九──『KIKUKAWA PROFESSIONAL GUIDE HONG KONG』(菊川工業株式会社、一九九五)。
★一〇──鉄製のバルコニーを建物ファサードからキャンティレバーで持ち出した住居スペースの増築。その形状から鳥籠とも呼ばれ、現在は不法構築物として撒去の対象になっている。
★一一──拙論「私(プライバシー)がさまよう街」(『香港発熱読本──香港攻略極意の書』宝島社、一九九六、一八六─九四頁)。
★一二──日本は-九九五年の国勢調査、香港は一九九六年の国勢調査を参照している。厚生省監修『厚生白書(平成一〇年版)』(ぎょうせい、一九九八)、総務庁統計局編『平成七年国勢調査報告』第二巻「第一次基本集計結果その二」(総務庁、一九九五〕、東京都『日本統計協会』(一九九五)、およびCensus and Statistics Dept., HKSAR, PRC, Hong Kong, 1996, Population by Census, The Goverment Printer, 1996.
★一三──渡辺真理+木下庸子『孤の集合体』(住まいの図書出版局、一九九八)。
★一四──Hong Kong Government Gazatte, Published by Authority, 1993.
★一五──Photo Album of Cages: Survey Report on the Cagemen is Included, The Society For Community Organization, 1993.
★一六──樋泉克夫『華僑コネクション』(新潮社、一九九三)。
★一七──Census and Statistics Dept., HKSAR, PRC, Hong Kong, 1996, Population by Census, Summary Results, The Goverment Printer, 1996.
★一八──都築響一『TOKYO STYLE』(京都書院、一九九三)。
★一九──『GA JAPAN』37(エーディー・エー・エディタ・トーキョー、一九九九)。
★二〇──ワンルームの家賃は建設省の首都圏貸家供給実態調査によると平方メートル当たり三一五六円と最も高い。『世界の大都市7──東京・大阪』(大阪市立大学経済研究所編、東京大学出版会、一九九〇)。
★二一──『GA JAPAN』32(エーディー・エー・エディタ・トーキョー、一九九八)。
★二二──小嶋一浩「BSBの構成と展開」(『建築文化』一九九八年四月号、彰国社)。

>木下光(キノシタ・ヒカル)

1968年生
関西大学准教授。香港研究、都市計画。

>『10+1』 No.18

特集=住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在

>ノーマン・フォスター

1935年 -
建築家。フォスター+パートナーズ代表。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>アトリエ・ワン

1991年 -
建築設計事務所。

>CIAM

シアム(Congrès International d'Architecture...

>村松伸(ムラマツシン)

1954年 -
建築史。東京大学生産技術研究所准教授、modern Asian Architecture Network(mAAN)主宰。

>団地

一般的には集合住宅の集合体を指す場合が多いが、都市計画上工業地域に建設された工場...

>セルフビルド

専門家に頼らず自らの手で住居や生活空間をつくること、あるいはその姿勢。Do It...

>妹島和世(セジマ・カズヨ)

1956年 -
建築家。慶應義塾大学理工学部客員教授、SANAA共同主宰。

>小嶋一浩(コジマ・カズヒロ)

1958年 -
建築家。C+A共同設立、東京理科大学教授、京都工芸繊維大学客員教授。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>田中純(タナカ・ジュン)

1960年 -
表象文化論、思想史。東京大学大学院総合文化研究科教授。