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プロダクト化再考 | 北川卓+松本淳
Reconsidering Design for Production | Taku Kitagawa, Jun Matsumoto
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) pp.29-31

はじめに

最近、身の回りで愛好者が増えているポータブルミュージックプレイヤー「iPod mini」の裏面にある「Designed by Apple in California Assembled in China」という刻印に目が留まった。「Designed by Apple」といった場合、内部の微細な部品の設計図を描くエンジニア、システムやソフトをデザインするシステムエンジニア、プロダクトのフォルムをデザインするプロダクトデザイナーなど、アップル社お抱えのさまざまなエンジニアやデザイナーが関わっていることを示しており、それらがフィードバックを繰り返しながら密接に関わっているために、その分業状況やデザイン境界をきっちりと線引きすることが難しくなっている。また「Assembled in China」というのは文字通り、生産元からアウトソーシングされた、価格競争に生き残った世界各地にある工場で生産された部品が中国の工場で最後にアセンブリーされ出荷された製品であることだけを示している。アセンブリー前の部品がどこで生産されているかは知る由もなく、「Made in USA」などと一国を代表して記すことも事実上できなくなっている。品質をある程度コントロールできるようになった現代ではその構成部品の生産地がどこであるかは重要視されなくなってきている。
ところで住宅設計の分野ではどうなのだろうか。現代の建築家は考えられないほど多くの建材や設備機器をアセンブリーして、その建築にあるいはその敷地に定着させている。毎年のように各企業の建材カタログは更新されて種類も豊富になり、設備のスペックも年々良くはなってきているが、住宅設計というのは建材や設備機器のアセンブリーだけでできるものではない。建築家は空間を創造しなくてはならず、その空間には、住人の理想の生活様式、時に幻想ともいえる理想の家族像が投影されるといってよい。さまざまな法規制があるとはいえ、内部に人が生活するためのスペースを確保しなくてはならないという至上命題のもと、住宅設計には絶対的な自由が許されている。「iPod mini」のような掌サイズのデジタル系プロダクトのデザイナーと比較すると多少の無駄や遊びを許されたデザイナーといえるのかもしれない。実際のところ都市型狭小敷地に建てる住宅で近年、広義のプロダクト化が試みられるようになってきている。ハウスメーカーが手掛ける商品化住宅が、典型的な方形敷地をターゲットにしたものであったのに対して、明らかに立ち位置が異なっていて面白い。「住宅は住むための機械である」というル・コルビュジエのことばも、字面だけを追った解釈は危険ではあるが、小さいことがコンセプトになりうる日本、とりわけその都市部においては住宅のプロダクト化は意外と有効なのかもしれない。

1──「iPod™ mini」裏面

1──「iPod™ mini」裏面

都市型狭小敷地に建つ住宅のプロダクト化

株式会社コムデザインが運営しているオンラインショップBoo-Hoo-Woo.com★一では、建築家やデザイナー、各種メーカーをはじめ、建設関連会社、不動産関連会社、金融関連会社などの業界ネットワークと連携し、理想のライフスタイルを実現するための商品やサーヴィスを提供している。そのなかに「9坪ハウス」★二と「東京ハウス」★三という都市型狭小敷地を想定した二つのプロダクト化された住宅シリーズがある。
「9坪ハウス」は、そもそも戦後まもない一九五二年に増沢洵が設計した《最小限住居》に発想を得ている。増改築を繰り返しながら増沢一家が一五年ほど住んだ後、解体移築され、別の家族が暮らし、今でも使われているという。このシリーズでは、家具を買うようにライフスタイルに合わせて家を買いたい施主をターゲットとしている。一方、「東京ハウス」では、以下のような三つのコンセプトが掲げられている。ひとつ目は服飾デザインになぞらえて、オーダーメイドで作られるオートクチュールではなく、オートクチュールのデザイナーによるプレタポルテ(高級な既製服)のような「プロダクトハウス」であること。二つ目は車やアパレル、家具等のプロダクトと同様に一目でそれとわかるデザインで、それが建築家なしでカスタマイズでき、かつ、原作建築家の作るものと同等のデザインクオリティを保つことができる「アーキテクトフリーのデザイン」であること。そして三つ目は、現代の東京に多く流通する敷地の形状を〈うなぎの寝床〉、〈旗竿〉、〈角地〉という三つのタイプに分類し、三組の建築家(千葉学、アトリエ・ワン阿部仁史)が具体的にそれぞれ最適な住宅を設計していることである。実際に建設されるには、敷地への整合(法規上の問題や建設上の問題を解決する)が必要であるわけだが、こうした建物を建てうる狭小敷地購入の仲介までを行なっている点が斬新で現代的である。

古民家のプロダクト化

ユネスコ世界遺産への登録準備が進む石見いわみ銀山の近く、島根県大田おおだ市にある古民家を移築したいという話があって、島根県へ飛んだ。大田市内に点在する空き家となって荒れ果て、ただ朽ちていくのを待つだけの古民家を国内外に移築し再生保存させていきたいという。なかには重要文化財指定を受けて保存される古民家もあるが、無人で、火の気もなく、使われないことによってかえって痛んでしまうものも少なくない。相続上の問題、あるいは建築リサイクル法の施行によって解体・焼却が容易でなくなった古民家に新たな道を開拓できないだろうかと考えている。民家というのは元来、その土地独自の材料や受け継がれてきた建設技術を用いて建てられてきたという意味で、その地に深く根ざした建築である。篠原一男も、著書のなかで「民家はきのこである」とし★四、「民家を意識的な造形であるよりは無意識的な、すなわち、自然現象に近いものと考えることが民家にとって正しい評価である」と述べていたが、そのような観点からも移築には不向きな建築であると考えていた。しかし、過疎・高齢化の進んだこのマチが古民家を地域資産として捉え直し、国内外にそれらが散在することになったとしても、文字通り生きた民家として何とか保存しておきたいという信念に少なからず共感を覚えた。現在、旧大庄屋をフランスに移築するというプロジェクトが、かなり現実味を帯びたかたちで進められている。建築家やデザイナーの名が出てくることの少ない、自然発生的でアノニマスな古民家の、現在では入手困難なほど立派な建材や途切れがちな建設技術を後世に遺す試みである。古民家は、その地に根ざしたものであるという必然性を問う前に流通(プロダクト化)させなくては保存再生できなくなりつつあるといえる。

2──フランスへの移築が予定されている 旧大庄屋・島根県大田市S邸 筆者撮影

2──フランスへの移築が予定されている
旧大庄屋・島根県大田市S邸
筆者撮影

数寄屋建築のプロダクト化

一方で、名のある棟梁によって造営されてきた茶室・数寄屋建築のあり方に以前から興味を持っていた。現代にまで脈々と続く茶道が「家元的構造」を持っていたために、中村外二(一九〇六─九七)のような近代数寄屋建築家(裏千家家元の出入り大工棟梁)が誕生したといわれている★五。中村外二工務店では、良質な木材を全国各地で収集し、その美しさが最大限に活かされる普請が決まるまでその大量の木材を京都の木材置き場に保管し続けてきた。普請が決定すると、施主は棟梁とともに木材倉庫で一本の床柱を選定したが、それは施主の人間性と床の間に掛けられる予定の掛け軸の印象などによって決められてきたという。そしてその一本の床柱を手掛かりとして他の部材の素材と寸法が決定されていく。部材と施主の目利きとして数寄屋大工棟梁という職能が継承されてきたといえる。また京都北山地方に江戸期から発達した、数寄屋建築用材に特化した北山杉林業の存在は注目に値する。北山杉は秩父古成層という土質の悪い人工林で育ち、四〇から五〇年でたった四寸ほどしか伸びないため、結果として倉庫に保管していても絶対に割れない堅い木が生産されているという★六。全国各地から集積された高品質な材木と北山杉は京都でアセンブリーされ仮組された後、一旦解体され、各地へトラックで慎重に運搬されて建設されている。ところで数寄屋建築界では、このような「移し」だけではなく、「写し」も頻繁に行なわれてきた。和歌の本歌取りと同じように、茶室設計の際、名席を偲んで度々「写し」が行なわれてきた。これは広義でのプロダクト化ではなかろうか。茶室における「写し」は家元の許可を得なければ造営することが許されなかったとされるが★七、「写し」とは別に、「利休好み」、「織部好み」に代表されるように、誰の指示でつくられたとされるかを「好み」と呼んで区別している。これは完全なる「写し」ではなく、適宜解釈を加えて造営されたものを指しており、その空間の持つ精神性が巧みに継承されてきたといえる。このように京都の家元を筆頭とする数百万の茶道人、数寄者によって支えられてきた数寄屋建築界では、現在も木材の産地やその生育状況にまで気を配り、まさに適材適所で部材を選定しながら、プロトタイプとも呼べる型を継承し、適宜カスタマイズしながらまったく独立した文化を築いてきている。

3──北山杉が保管されている倉庫 提供=京都北山丸太生産協同組合

3──北山杉が保管されている倉庫
提供=京都北山丸太生産協同組合

まとめ

冒頭で「iPod mini」を取り上げたが、ポータブルミュージックプレイヤーの第一号であるSONYのWALKMANが発売された当初は、これほどまでに音楽を自分仕様に編集して持ち歩くという生活スタイルが全世界的に定着するとは思ってもみなかった。形態をただデザインしただけではなく、生活スタイルまでもデザインすることのできたエンジニア・デザイナーがいたということでもある。建築家は住空間という、ある意味で生活スタイルに直結したものをデザインしているデザイナーである。が、考えてみると、新たな生活スタイルを提供できていないのではないだろうかとも思えてくる。また現代のように情報ネットワークが発達するにつれて、過剰ともいえる情報と人間の認知能力の限界をどのように繋ぎ留めておけるかという課題は今まで以上に重要となっていくに違いない。建築家はデザイナーであって、コーディネーターや購買代理業者ではない。つまり膨大な情報のなかから重要なものを選んだり、関連のあるものをつなぎ合わせたり、解釈を行なったりといった情報の編集作業だけを担うものではない。日々変化し続けている新しい生活スタイルに即した空間、あるいは新たな生活スタイルを想起させるような空間を創造していくためには、建築家は今後、何をしなくてはならないのだろうか。[了]


★一──株式会社コムデザインが運営するサイトhttp://Boo-Hoo-Woo.com。
★二──デザイン住宅 「9坪ハウス」を紹介するサイトhttp://9tubohouse.com。
★三──都市型ハウジングブランド「東京ハウス」を紹介するサイトhttp://www.tokyohouse.jp。
★四──篠原一男『住宅建築』(紀伊國屋書店、一九六四)五〇頁。
★五──澤田和華子+三宅理一「近・現代数寄屋建築に関する考察──数寄屋建築家中村外二の作品分析を通して」(『SFC JOURNAL』Vol.3 No.1[慶応義塾大学湘南藤沢学会、二〇〇四])。
★六──『GA素材空間03──特集:木の21世紀』(エーディーエー・エディタ・トーキョー、二〇〇〇)一一八─一二五頁。
★七──澤田+三宅、前掲論文。

>北川卓(キタガワタク)

1971年生
フレームデザイン株式会社。建築家。

>松本淳(マツモトジュン)

1974年生
キタガワ+マツモト スタジオ[km2]共同主宰。慶應義塾大学院政策・メディア研究科助手。建築家。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>アトリエ・ワン

1991年 -
建築設計事務所。

>阿部仁史(アベ・ヒトシ)

1962年 -
建築家。UCLAチェアマン。

>篠原一男(シノハラ・カズオ)

1925年 - 2006年
建築家。東京工業大学名誉教授。

>三宅理一(ミヤケ・リイチ)

1948年 -
建築史、地域計画。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科教授。