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エクリチュールの夢魔──漢字という(ス)クリプト | 田中純
The Nightmare of Writing: The (S)crypts of Chinese Characters | Tanaka Jun
掲載『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) pp.9-21

1 夢のなかのシナ

インターネットを通じた情報交換の増大を背景として、文字コードの国際的な統一化が進行している。この標準化は国際電気標準会議(IEC)、国際標準化機構(ISO)、および国際電気通信連合(ITU)の三機関の協力によって進められており、一九九三年には〈国際符号化文字集合(UCS)〉の一部として、標準規格ISO/IEC10646が制定された。この規格には、アメリカ合衆国のマイクロソフト社やアップル社など、コンピュータ業界を中心として設立されたユニコード・コンソーシアムの作成した国際文字コード(ユニコード)が採用されている。ラテン文字、キリル文字、アラビア文字、インド文字、ハングル、漢字など、約三万四〇〇〇字がそこで規定されているが、ひとつの漢字コードに対し、中国(台湾)、日本、韓国の国内規格字形を併記した統合漢字集合は、このうちの六〇%以上にあたる二万九〇二字を占めている。
もとより日本に限っても、現在にいたるまで歴史的に使用されてきた漢字文字種はこれで網羅されるものではなく、いわゆる国字や地名、人名に用いられた異体字なども含めると、およそ一〇万字の見当になるという。その全体を電子化することを目指す試みとして、例えば東京大学漢字プロジェクトが展開されている★一。一方、ユニコードをはじめとする標準化の動向に対しては、日本文藝家協会主催による一九九八年一月のシンポジウム「漢字を救え!」のタイトルが示すように、漢字文化の危機を招くという危惧と批判の声も存在する。
ユニコード・コンソーシアムがコンピュータ産業の海外進出の意図と無縁ではない以上、そこに盛り込まれる文字数はある程度すでに市場の論理によって調整されていると見るべきだろう。東京大学漢字プロジェクトでは、現在のコンピュータの処理能力をもってすれば、一〇万程度の文字の処理は何ら困難ではないことが前提とされており、これからしても、ユニコードの三万四〇〇〇字という文字数は技術的な限界ではない。世界の文字を地理的にも歴史的にも余さず包括しているとは到底いえないこの文字コードだが、しかし、標準化の結果として残された文字のうち、半数以上が漢字であるという事実はやはり注目すべきものであるように思われる。
〈統合漢字〉と訳されている規定は英語ではUnified-Ideograph(統合表意文字)であり、つまり、ユニコードでは漢字のみに〈表意文字〉という特殊な性格が与えられている。厳密に言えば、漢字は表音文字に対立するものとしての表意文字ではない。漢字には明らかに表音性があり、意味しかもたず、音のない漢字は基本的に存在しない。言語学において漢字は、意味や発音ではなく、意味を有する、それ以上は分割できない最小単位としての〈形態素〉を表わす〈表語文字(logograph)〉と位置づけられている。
しかし、漢字が表意文字であるという説はきわめて根強く、それがユニコードにおける命名にも反映している。この〈表意性の神話〉(ジョン・ドフランシス)は、ヨーロッパにおける漢字をめぐる幻想の筆頭に挙げられる。そして、そこから導かれるものが次のような〈普遍性の神話〉である。

まず第一は、互いに口頭では理解しあえない、中国国内の地域を別にする人同士(たとえば北京人と広東人)であっても、漢字を使う筆談によって意思の疎通が可能であるということ。第二には、漢字で書かれたものであれば、古代の詩文でも現代の新聞でも、同じように読めるということ。第三に掲げるのは、漢字は、全く異なる言語を話す人びとのあいだで、コミュニケーションの普遍的な手段として機能しうることである。これは、日本人と中国人とが、筆談で意思の疎通ができるようなことを指しており、第一の例をさらに拡大したものであろう★二。


マテオ・リッチなどをはじめとする一六、一七世紀のイエズス会士の報告によって流布されたこのような神話は、中国語がアダムの言語にも似た完全な言語であるというイメージを流通させていった。武田雅哉はその背景に、一七世紀ヨーロッパにおけるさまざまな普遍言語構想の存在を見ている★三。こうした構想を生んだのは、地理上の発見に伴う非ヨーロッパ系言語との遭遇や俗語革命以後のラテン語の衰退であった。普遍言語構想は観念を正確に表わす、数字に似た真正文字のあらたな創造のために、バベルの塔の崩壊以前の言語を探し求めていくことになる。中国語は古代エジプトの象形文字に通じる表意性をもつとともに、あるいはそのことによって、世界最古の言語という神話的な性格を与えられる。漢字という異質なエクリチュールはこうしてアルファベットを非中心化する一方で、ユダヤ・キリスト教的な神話のなかへと組み込まれていった。
ライプニッツは、声から解放された人工的で恣意的な記号である点において、漢字を哲学的言語のモデルと見なした。彼は漢字をあくまで非=表音的な人工の文字と位置づけ、古代エジプトの聖刻文字とは異なって、物体との類似には依拠しないものであることを強調する。デリダはこの時代の普遍言語あるいは普遍文字の企てが相互にいかに異なっていようとも、それらは〈単純な絶対〉という無限論的神学の概念を伴っており、表音的なものではないライプニッツの普遍記号学の企図もまた、音声中心主義と共犯的なロゴス中心主義に深く結びついているとしている。ライプニッツの論述において〈シナ的モデル〉が参照されるとき、見かけ上は確かにロゴス中心主義が阻止されるのだが、このモデルは〈単純な絶対〉である理想的普遍言語へと向けて修正されるためだけに存在しているのである。この意味において、漢字(シナの文字エクリチュール)という概念は〈一種のヨーロッパの幻覚〉として機能していた★四。
この幻覚は、当時すでに存在していた漢字に関する知識を無視して形成された。それは〈万能書法(polygraphie)〉の構想によってライプニッツに影響を与えたアタナシウス・キルヒャーの、聖刻文字の奇怪な魔術的読解に代表される古代エジプト幻想に通じている。ライプニッツの合理主義とキルヒャーの神秘主義はともに、漢字と聖刻文字への同化の身ぶりによって、その歴史性を無視する。こうした傾向に対する批判から、文字の歴史や文字言語と音声言語の関係をめぐる体系的な考察が生まれ、それがやがて一八二〇年代のシャンポリオンによる聖刻文字の解読へとつながっていく。
このような後世のパースペクティヴからすれば確かに、一七世紀における漢字あるいは聖刻文字の概念とは、一種の〈幻覚〉にほかならない。しかし、この幻覚は任意の対象に投影されたのではなく、漢字や聖刻文字という非アルファベット的なエクリチュールとの遭遇によってもたらされた産物である。音による媒介を欠いた(あるいは無視された)視覚イメージとしての文字が、普遍言語の構想をキルヒャーやライプニッツに強いる。なるほど、普遍言語、普遍書法とは、シニフィエを単純かつ絶対的に視覚的に伝達するシニフィアンにほかならない。だがそうした記号への憧れは、シニフィエを欠いたかのように見える文字が、もはや言語なのか絵なのか線の集積なのかを不分明にしながらシニフィアンの境界を越え出ようとしている、その過剰さと裏腹なものではなかっただろうか。『シナ図説』でキルヒャーが掲げている、龍蛇、鳳凰の羽根、草の根、魚などの形に由来する中国古代の漢字字体の図には、この過剰そのものへの耽溺さえ認められる。ライプニッツの合理的な計算言語の企ての裏面には、中国文明のエジプト起源説を唱えるキルヒャーの、寄せ集められた雑多な知識からなるバロック的に混乱した言語思想がある。ライプニッツにとって、非=表音的文字が孕みかねないこの過剰さは回避されなければならない危険だった。ライプニッツは自らの構想する普遍記号を漢字と比較して、次のように述べている。

同時にこの種の計算は、一種の普遍文字エクリチュールを与えるであろうが、それはシナのものよりも優れているだろう。なぜなら、各人は自国語でそれを理解するからであり、
またそれが諸事物の秩序と連関に従ってうまく結合されたカクテルをもっているがゆえに少しの期間で習得されうるという点において、シナのものをはるかに凌ぐだろうからである。反対に、シナ人たちは事物の多様性に応じて無数のカクテルをもっているから、彼らがその文字エクリチュールを十分に習得するにはその一生を必要とするのである★五。


漢字の表音的用法はすでに知られていたのだから、ライプニッツのこの主張に事実を無視した誇張があることはもちろんだが、そのレトリックによってここでは、一生かかってようやく習熟できるような膨大な数の文字をもつという漢字の異常な多様性が強調されている。ライプニッツの普遍文字は、「各人が自国語でそれを理解する」ことができる対象、つまり、ヨーロッパの言語理解の枠組みにおいては、それぞれの自国語で発音できる文字にほかならなかった。従ってそれは実は非=表音的な文字ではなく、複数の表音機能をもった文字なのである。これに対して、漢字は普遍言語の可能性を示すものでありながら、その種類の夥しさによって合理的な事物の秩序と連関を逸脱してしまっている。その逸脱の果てにあるのは、複数の発音、複数の言語による同一概念の理解を許す文字ではなく、異なる概念が同一の文字によって表わされるという混乱、あるいは、誰にも発音しえない、理解不能な文字という畸形的で悪魔的なエクリチュールではなかっただろうか。

1──キルヒャーによる古代漢字書体

1──キルヒャーによる古代漢字書体

柄谷行人が指摘するように、ライプニッツにとっての課題とは、カトリックの権威に代表される、失われた〈超越的な意味〉を回復することであり、この超越性、普遍性を表象する言語がかつてはラテン語にほかならなかった★六。俗語革命のなかでは、ラテン語を用いた〈書くこと〉とさまざまな俗語によって〈話すこと〉との差異が見失われ、自己に対して直接的に現前する音声による言語の内面化が進行した。そのとき、ラテン語と俗語で使われる文字がともに同じアルファベットであったために、書くことと読むこととのより本源的な差異がこの過程においては遡行的に消去され、アルファベットはつねにすでに表音文字であるという認識が広く共有されていくことになる。従って、アルファベット(表音文字)と漢字(表意文字)という差異が際だつこと自体、書くことと読むことの差異の忘却を示す現象にほかならない。ライプニッツにとって漢字とは確かに、あらたな時代の書き言葉として、ラテン語に代わる言語を考案するための手がかりに過ぎなかったのかもしれず、実際の普遍言語の構想はアルファベットの文字体系に基づいてなされた。だが、ここでむしろライプニッツが回避した点にこそ注目するならば、漢字というエクリチュールは彼にとって、書くことと話すこととの安定した関係そのものを脅かすような、危険な過剰を抱えた文字だったのではないだろうか。ライプニッツが漢字に見たのは、自身の普遍言語の企てを蝕んで増殖し、声によって確認しえない、内面化できない言語という畸形化した怪物を生む可能性だったのではないか。
バロック的寓意とはこのような畸形的文字にほかならない。バロック哀悼劇における寓意表現をめぐってベンヤミンは、「寓意の眼力は物や作品を一挙に刺激に満ちた文字に変えてしまう」という★七。そしてバロックにおいて「文字は複合体を、すなわち聖刻文字を強引に目指す」★八。そのような文字とは、凝固したイメージと凝固した記号が一体化した図式である。その文字像(文字イメージ)には、「巨大な図書室をその記念碑とする、バロックの知の理想である収蔵化」が実現されている★九。そして、このような文字像は、「中国における場合とほぼ同じく」★一〇、単にシニフィエを指し示すだけのシニフィアンではなく、それ自体が知の対象であるという。
こうした寓意的な文字像とは、いわば、バロック的な〈驚異の部屋〉の模型である。と同時にそれは、断片の無秩序な集積としての廃墟にも似る。三〇年戦争をへて荒廃したドイツにおけるバロックの歴史感覚とはとめどない没落であり、そこでは自然もまた歴史的過程のなかで腐朽していく存在でしかない。バロックの哀悼劇において、歴史とは文字である、とベンヤミンはいう。没落過程における自然と歴史の相互浸透を彼は、「自然の顔には、衰微の象形文字で〈歴史〉と書かれている」と表現する★一一。廃墟とはこうした〈自然=歴史の寓意的相貌〉が現前化したものにほかならない。すなわち、廃墟とは寓意的文字であり、文字像とは廃墟なのだ。
キルヒャーから影響を受けたフィッシャー・フォン・エルラッハが一七二一年に刊行した『歴史的建築構想』と題する建築図集には、ソロモン神殿をはじめとして古代建築の想像的復元図のほか、南京のパゴダなどのアジア建築の図も収められた。エルラッハの図集では、考古学的な復元という身ぶりを通じて、キルヒャーによる聖刻文字の解読にも似た、奔放な建築幻想が展開されている。それは建築的エクリチュールの無秩序な増殖であり、復元図という形態をとった、廃墟としての寓意的文字のカタログ化にほかならない。
腐朽する自然=歴史というバロックの没落感覚は〈浄化された自然〉という理念と対立する。哀悼劇の内部においてこの対立は文字と音声の分離となって表われる。

この世紀のドイツ哀悼劇は──バーダーの言葉を借りれば──その聖刻文字的な要素を音声化することができなかった。なぜなら、その文字は音声において浄化されないからである。むしろそうではなくて、文字の世界は自足したまま、それ自身の迫力の増大のみを考えればよかったのだ。文字と音声は極度の緊張にある対極性のうちに相対立している。(…中略…)意味作用をおこなう文字像と、人を陶酔させる言語音声との間の深淵は、そのなかで語の意味の堅固な地塊が引き裂かれていくにつれて、言語の深淵を覗き込むことを強いる★一二。


寓意的な文字像のなかに凝固した知は〈生きた音声〉へと解き放たれることがない。寓意的世界は音声化されえない文字の沈黙のなかに封じられている。キルヒャーやライプニッツの普遍言語構想を駆動させていたものとは、このバロック的寓意の文字像が秘めていた〈言語の深淵〉ではなかっただろうか。それは〈書くこと〉と〈話すこと〉の差異にほかならない。もとより普遍言語において知を封じ込めた文字は結局のところ音声によって浄化され、緊張を孕んだ対極性とこの深淵は消し去られてしまう。それに対して、音声化されえない寓意的文字像は、語りえない何かをその内部の洞窟のなか、あるいは地下納骨堂クリプトのなかに潜めたグロテスクな形象として、バロックの言語空間に廃墟のように屹立していたのである★一三。ジェニファー・ブルーマーはそれをscryptと呼んでいる★一四。scryptとは文字(script)と地下納骨堂(crypt)が一体化したシニフィアンであり、言語のただなかの空洞、秘密にされ聖別された何か──語りえず表象しえない何か──が保存されている空虚な空間の存在を指し示している。
scryptのなかには、語の意味の成立を危うくさせるような、文字と音声(書くことと読むこと)の分裂それ自体が埋葬されている。漢字や聖刻文字はこの分裂を顕在化させる触媒として作用した。それは事物の秩序を混乱させずにはおかない。だが、この分裂と混乱は、音声中心主義的な言語にとって見てはならない、禁じられた夢でもあったのではないか。漢字を生んだ、エクリチュールと物とが奇妙な関係を結ぶ〈シナ〉という空間に、キルヒャーは魅せられ、ライプニッツは最終的にそこから慎重に身を退けた。周知のように、ミシェル・フーコーは『言葉と物』の冒頭に、一七世紀の普遍言語をテーマに取り上げたボルヘスのエッセイ「ジョン・ウィルキンズの分析的言語」から「シナのある百科事典」についてのテクストを引用している。このテクストにおける、分類項目同士の出会いを不可能にする諸存在の並置される場そのものの不在、場所と名にかかわる〈共通なもの〉の喪失を指摘したのちにフーコーは、ボルヘスによって名指されたその空間がシナであることに注目する。

それについて思考するのを妨げる、あの分類のゆがみ、整合的な空間をもたぬ、あのタブロー、そのようなものの神話的祖国としてボルヘスが示すのは、その名だけでも西欧では多くの非在郷ユートピーを埋蔵しているかにひびく、特定の地域である。シナ。われわれの夢のなかのシナは、まさしく〈空間〉の特権的〈場所〉ではなかろうか?われわれの想像力の体系にとって、シナの文化は、もっとも細心で、もっとも階層的秩序をまもり、時間上の出来事に耳をかすこともなく、延長の純粋な展開にこのうえもなく執着する文化にほかならない。われわれはそれを、天空の永遠の相のもと、堤と柵によってまもられた文明として思い描く。われわれの眼にうつるのは、城壁をめぐらせた大陸の全表面に拡がり凝固しているその姿だ。書かれたもの自体、そこでは逃れ去る声の飛翔を水平な線で写し取ることはしない。それは、物そのものの、不動で、なおそれと認知される模像を、柱のように立てるのである★一五。


フーコーはさらに、件の百科事典が提出している分類法は、空間のない思考へと導くように見えながら、「結局のところ、複雑な形象、錯綜した道、奇妙な風景、秘密の通路、予見しえぬ連絡などがありあまるほどつめこまれている、厳粛な空間にもとづく」という★一六。シナとは、ここで〈われわれ〉と呼ばれている近代ヨーロッパ人にとって、名づけ、話し、思考することが不可能な諸存在の秩序をもった空間にほかならない。この〈夢のなかのシナ〉において漢字とは、声とは無縁な、物それ自体の直立する不動な模像である。そして、ここで表音性を無視された漢字は、西欧言語のエクリチュールの時間軸に沿った線形性とは対照的なその二次元的で複雑な構造によって、錯綜した秘密の通路が充満するシナという奇妙な空間そのものの模像となっているのではないだろうか。
これはもちろん西欧の〈夢〉であり、〈幻覚〉なのだが、そこで夢見られているのは、〈われわれ〉にとって名づけえず、思考しえない形式で諸事物を配分する別の空間、別の場所の存在である。そこは言葉とものの思考不可能な関係性の場である。広大な帝国とその都市をめぐって展開される「皇帝の綸旨」や「万里の長城が築かれたとき」といったカフカの作品やイタロ・カルヴィーノの『見えない都市』は、こうしたシナ幻想の系譜上に位置している。そして、それが特にカフカにおいて、エクリチュールと法の問題に結びついていくことは恐らく偶然ではない。

2──フィッシャー・フォン・エルラッハ《ゼウス像》(上)と《プトレマイオスの灯台》理念上の再建(下)

2──フィッシャー・フォン・エルラッハ《ゼウス像》(上)と《プトレマイオスの灯台》理念上の再建(下)

3──フィッシャー・フォン・エルラッハ《南京のパゴダ》(上)と 《城砦化されたカントリー・ハウス》(下)

3──フィッシャー・フォン・エルラッハ《南京のパゴダ》(上)と
《城砦化されたカントリー・ハウス》(下)

2 文字と法

カフカは法という主題をめぐる短篇「流刑地にて」において、判決文を罪人の身体に刻印する処刑機械を登場させている。西成彦はこの作品のなかに〈文字による文字非所有者の支配〉を認め、カフカにつきまとった「〈法〉とは、文字によって書かれたものであるというユダヤ律法学者的な先入観」の表われを指摘している★一七。流刑地の処刑機械は歯車仕掛けのガラスの馬鍬によって罪人の皮膚に彼が侵した〈法〉の字句を刻み込み、徐々に死に至らしめていく。この歯車装置は判決文の図案に合わせて調整されるのだが、その図案はそれが描かれた紙の全面をぎっしりと埋める「迷宮のような、たがいに幾重にも交叉する無数の線」にしか見えない。処刑を担当する士官はこう述べる。

これは小学生のための模範書体ではありませんからね。長い間研究しなければなりません。あなたもいつかはきっと読めるようになりますよ。これはむろん単純な書体であってはいけないのです。すぐに殺してしまうのではなくて、平均して、まず十二時間はかけなければならないのですから。転回点は六時間目に来るように計算されています。従って、実に夥しい装飾が本来の文字を取り囲まねばなりません。実際の文字は細い帯のように背中を囲むだけで、身体の他の部分は装飾用なのです★一八。


囚人は自分に下された判決を口頭で知らされることはないばかりか、有罪の判決を受けたことさえ知らない。目で解読することの困難な図案を囚人は「傷で解読する」のだと士官はいう。ここでは文字はほとんど発音されることなく、黙読されることすらなく、死に至る拷問の過程のなかではじめて、身体の苦痛を通じて読まれることになる。それは確かに発音不可能ではないが、読み上げられることを禁じられ、肉に書き込まれることではじめて、法を執行するのである。
法が文字を通して身体に行使されるこの処刑方法は、ユダヤ律法以上に古代東方の専制国家における文字文化を連想させる。エジプト、ユダヤ、ギリシアにおける文字文化を比較した著書のなかでヤン・アスマンは、文字よりも語りが優位にあったギリシア文化や、神の言葉という側面を強くもっていたがゆえに文字文化がある程度非政治化されていたユダヤ文化とは異なり、古代エジプト(およびメソポタミア、そして古代中国)において、文字とはまず第一に〈権力の装置〉であり、命令機構であったとしている★一九。それは広大な国土を管理する官僚制と切り離しがたく結びついていた。文字が記述するものは法、条例、公文書といった権力の言説であり、この点で文字を書く人間の多くは、書記のような官僚に限られていた。カフカの処刑機械が囚人の身体に刻みつける文字は、この古代的な権力と文字との癒着関係という過負荷をになわされた結果として、狂ったように装飾を増殖させて畸形化するのではないだろうか。
エクリチュールによる支配は古代東方の専制国家に限られるものではなく、近代的な中央集権制においても貫徹されている。例えば、デリダによれば、ルソーにとって「それ自身において自身の固有の中心であり、生きた音声言語パロールによってたがいに話し合っていた古代の自給自足的都市とは対照的に、近代の首都はつねに文字言語エクリチュールの独占である」という★二〇。なぜなら、パリをはじめとする近代の首都は書かれた法、つまり勅令や文書によって命令するからだ。ルソーは、首都を設定することは不可欠であったとしても、少なくともそれをたびたび変えることによって病を癒す必要があると考える。これは「再び文字言語エクリチュールに生きた声を担わせること」を意味した。もとよりここにはルソーの音声中心主義があるにせよ、権力の法的強制力と文字が近代においても切り離しがたいものであったことは確かだろう。カフカが「皇帝の綸旨」で描いた、死に際の皇帝の言葉を耳元にささやかれた使者が、どんなに苦労しても抜け出ることができない「夥しい滓がうずたかくたたみ重なる世界の中心」★二一としての中華帝国の首都とは、ルソーが夢想する〈生きた音声言語パロール〉が支配する古代の自給自足的都市国家のグロテスクな戯画である。そこでは皇帝の生きた声が使者によって媒介され、無限に遅延されたそのプロセスのなかで、声は死者のものとなり、ついに送り手に届くことすらないのだから。
カフカは処刑機械の畸形的なscryptを、流刑地でしか通用しない、時代遅れの代物として描き出す。流刑地には新司令官が赴任し、拷問機械の発案者である死んだ前司令官は嘲りと辱めの対象となっている。scryptを通じた法の支配はここ流刑地でもすでに滅びつつあるように見える。scryptの書記である処刑機械とそれに仕える士官はこの物語のなかで、心中めいた解体と殺戮の果てにもろともに崩壊していく。こうした道行きが示している通り、畸形のscryptは実は近代的な法を支える文字ではなく、古代的な文字の暴力をアナクロニックに保存しているがゆえに、むしろ近代的な法制度の空間から排除され追放された文字、流刑にされた文字だったのではないだろうか。カフカの世界において、〈父〉の法という超自我的な審級(それを表象するのが処刑機械である)はもはや純粋で中立的な普遍性であることをやめ、猥褻な享楽に満たされている。そのことによって、死んでいるはずの法の形式的な文字までもが生命を得て脈打ちながら異様な増殖を始め、生きたscryptというゾンビめいたおぞましい怪物に変容していくのである。
西はカフカの物語と対照をなす、いわば東洋的な〈法〉イメージを描いた作品として、ラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」を取り上げ、カフカの作品では法の暴力性を象徴していたガラスの尖筆と、芳一の身体に般若心経を書く毛筆という筆記具の違いに注目している★二二。「耳なし芳一」において般若心経という一つの〈法〉は、「流刑地にて」の法のように、それを侵犯した者に処罰を加えるようなものではなく、むしろ逆に、怨霊に取り憑かれた琵琶法師を異界の暴力から守る呪法に似ている、と西はいう。同じく身体をエクリチュールの基底面としながら、芳一の皮膚に書かれた文字は読まれることを求めているのではない。逆にそれは芳一その人自身を怨霊に対して不可視にするのであり、文字はそこにおいて基底面もろともに消失してしまうのである。発音されることのない文字がここで発揮している呪力は、来日間もないハーンが人力車に乗って横浜の街路を走らせた折り、発音も意味も知らないままに目にした無数の漢字が彼に与えた視覚的な愉悦と無縁ではあるまい。ハーンはその一日の締めくくりにこう書いている。

私は眠ろうとして横になり、夢をみた。妖しい、謎めいた漢字の文句が数知れず、私のそばを走り抜ける。どれもみな同じ方向に向かってゆく。看板やふすま・障子やわらじばきの男たちの背中に乗って、白と黒さまざまの漢字の群が。それがみな、生きていて、しかもその生を自覚しているようである。一点一画が、虫たちの四肢さながらに、動いている。七節虫ななふしむしのお化けのようだ。私は、いつまでも、軒の低い、狭い、日射しの明るい町を、幻の人力車に揺られている。しかしその車輪はまるで音を立てない。そして走っているチャの、巨大なきのこのような白い笠が、いつまでも、いつまでも、上下に揺れている……★二三。


この夢のなかで反芻されているのは、文盲であることの悦楽である。音を欠いた夢のなかに立ち現われる無数の漢字はすべて、秘密を孕んだscryptにほかならない。カフカの物語同様、ここでも死んだ文字が生命を得て動き始めるのだが、ハーンはそれをもはや読もうとはせず、文字との触覚的な接触の官能性にマゾヒスティックに身をゆだねるばかりなのだ。西はハーンにとって日本は〈文字の王国〉であったという。ロラン・バルトのいう〈表徴シーニュの帝国〉は、ハーンやバルトにとって、文盲状態を余儀なくさせることによって逆に文字とのエロティックな(しかし時には脅威的な)関係を復活させる空間であった。〈復活〉というのは、この文盲状態は〈書くこと〉と〈読むこと〉の根源的な差異に由来するのであって、漢字との遭遇だけに固有なものではないからだ。西欧にとっての夢の空間であるシナとは、同じ意味で〈scryptの帝国〉である。そこは音声中心主義的な言語に内在する分裂が文字の哀悼劇として上演される架空の舞台にほかならない。このような文字は、ラカン的な意味における〈対象〉であり、意味を消尽されたあとの不活性な物質的残滓である。何度も繰り返して筆写されたために、しまいに意味の痕跡を失って、読むことも理解することもできなくなってしまった文字のように。
この残酷劇の経験は、文化の理解といった事柄とは無縁である。バルトがいうように、探り求められるべきは「別種の象徴ではなく、象徴の裂け目」なのであり★二四、文化の営みではなく、その営みの不在なのである。西は「文字とは特権的な文字所有者にのみ帰属するものなのだろうか」と自問し、〈文字所有者たちの優位〉という〈法〉以前の前提了解が、文字そのもののアルトー的な〈力〉を失わせ、それを権力による文字非所有者の抑圧の道具にしてしまったと告発する。「おそらく、こうした文字の萎縮に対して、文字の復権を企画できるのは、文字を所有するものたちではなく、むしろ文字を〈力〉として、〈ペスト〉として、受けとめうる文盲たちの身体の方である」★二五。
精神の病にある人々は時として、読むこともできず意味も理解できないひとつの文字を作ってしまう。〈ペスト〉であり、呪いであると同時に、禍々しいものを祓う〈力〉としての文字と触れあい、それを生み出すこの能力は、失語の危険と一体であるのかもしれない。フーコーは台の上に置かれたいろいろな色の毛糸の束を、整合的なやり方で分けることができず、「名もあたえられぬ類似関係が、物を非連続的ないくつもの孤島のなかに押し込めてしまう」失語症の患者について言及しているが★二六、さまざまな構成要素をかき集めて新作文字を作り上げる患者は、同じ失郷症的な状況を生きているのではないだろうか。そんな新作文字はつかの間のものではあっても、意味ではない何かを生み出している。音声によって意味へと浄化されないその何かこそ、あの〈力〉ではないのか。漢字文化が特権的な文字所有者に帰属するものであり、場所と空間を限定された〈家郷〉の共同体の法だとすれば、文字の〈力〉は逆に、家郷という共通の地盤を喪失し、言葉を喪った文盲の流刑者の身体によって経験されるしかない。歴史的に蓄積された漢字の多様性が〈文化〉の豊かさと呼ばれるのに対して、文字の〈力〉はむしろそんな文化を決定的に喪失した失語症の貧しさにおいてはじめて、感受されるのではないだろうか。

4──フランツ・カフカ「流刑地にて」ミシェル・カルージュ『独身者の機械』挿絵

4──フランツ・カフカ「流刑地にて」ミシェル・カルージュ『独身者の機械』挿絵

3 ハードウェアのバベルの塔

しかし、実のところ、現代における真の文字所有者は、たかだかユーザーインターフェイスの末端に現われるコードにすぎないものをめぐって、「漢字を救え」と主張している書記たちではなく、ライプニッツが夢見た普遍言語である機械語で意思伝達しているCPUにほかならない。フリードリヒ・キットラーの言葉を借りれば、「文字は電子リトグラフでシリコンに焼きつけられ、文字自身が読むこともでき書くこともできるようになった」のである。「人間の書く行為はこうして電子的に焼きつけられた文字によって遂行されるのであり、もはや人間が書くのではないのだ」★二七。コンピュータ言語の階層秩序は、〈高級言語〉などという言い回しとは裏腹に、機械語という至上の言語に対する翻訳語(俗語)という主従関係から成り立っている。C言語をはじめとするいわゆる高級言語で記述されたソース・プログラムは、コンパイラ・プログラムによってアセンブリ言語に変換され、それが最終的にCPUが直接解釈・実行可能な、デジタル数値のビット列からなる機械語へと翻訳される。キットラーはそれ自身でおのれのメタ言語である日常言語は〈他者の他者〉を必要としてこなかったが、日常言語の太古からのこうした独占状態は崩壊し、「プログラム言語というあたらしいハイアラーキー」に場を譲ることになったという★二八。それは〈ポストモダンのバベルの塔〉である。これによって書くという行為は、機械語と日常言語との狭間を媒介するソフトウェアを爆発的に発展させることになった。
キットラーが指摘するように、ソフトウェア・レベルで複雑な文字を用いておこなわれるテクスト処理にしたところで、観察のレベルをハードウェアにまで下げていけば、究極的には「絶対的に局所的な記号処理」(「電圧の記号活動」)にまで還元されてしまう★二九。逆にいえば、コンピュータが日常言語の言語環境のなかにいる必要がなければ、ソフトウェアは存在しなくともよい。ところが実際には、ハードウェアはソフトウェアの背後に、電子的記号表現は人間と機械とのインターフェイスの背後にますます隠されていく。いいかえれば、ソフトウェアとは機械語に対するわれわれの文盲状態を隠蔽する装置にほかならない。この〈隠蔽システム〉の完成段階をキットラーは、実用的なGUIの開発と、〈プロテクト・モード〉と名づけられた、ハードウェアそのものの微視的レベルにおける、新しいプロセッサ・オペレーティングに見ている。

インテル社の『マイクロプロセッサ・プログラミング・マニュアル』によると、プロテクト・モードの目的はただ一つ、〈信用できないプログラム〉や〈信用できないユーザー〉をオペレーティング・システムのカーネルや出力入力チャンネルといったシステム・リソースにアクセスさせないことなのである。しかし、このように技術的な意味で〈信用できない〉ということであれば、つまりはユーザーすべてがそうである。なぜならプロテクト・モード(UNIXのもとで作動する)では、何人たりとも自分でマシンを操作することが許されないからだ★三〇。


ソフトウェアはユーザー・フレンドリーなものになればなるほど、ハードウェアとの距離を広げる。高級言語がより高級化されるほど、その言語と機械との距離は開いていく。キットラーはそこに暗号学的な〈戦略的機能〉を見ている★三一。アプリケーション・ソフトという〈暗号〉の完成品から生産条件を推理し、その条件を変えることはますます不可能となっている。われわれから日増しに奪われているのは、目にも鮮やかで多様なイメージと音声によるマルチ・メディア的な〈想像的なもの〉の背後で作動している、機械語レベルへのアクセス権なのである。
しかし、あらゆるコンピュータ言語がシリコンという唯一の物質に立脚している以上、シリコン自体には〈他者の他者〉は存在せず、保護の保護はありえない、とキットラーはいう★三二。プログラムへのアクセス権を記録する隠されたセグメント記述子も、それが可動となるためには、アクセス可能でなければならないからだ。従って、機械レベルでは絶対的に保護された隠れ場所をもつことはできず、プロテクト・モードは、権力は権力へのアクセス権に還元されるというカール・シュミットのテーゼが表わしているような、〈権力の古典的ジレンマ〉に陥らざるをえない。プロテクト・モードを備えたマイクロプロセッサとはインテルやモトローラにおける官僚機構の実態であり、このチップ・アーキテクチュアに現在の権力システムは最大効率で凝縮されているのである。
キットラーによれば、マシンのコードを世代を超えてコンパティブルとすることによって、コードは日常言語に通じる同義性、すなわち冗長性に到達してしまう。トポロジー的に最大効率化されたはずのコンピュータ・チップはその数学的透明性を失う。

チップはバベルの塔と化して、そのなかにはかつて繰り返し破壊されたいくつもの塔の破片がはめ込まれ残存しているのだ。技術的にはすでに追い越されてしまったものであるリアル・モードにとり敵であり且つ共存者である、このプロテクト・モードとは、チップ上のコンピュータ史なのである★三三。


バベルの塔としてのCPUチップとは、二〇世紀末における廃墟と化した寓意的文字である。カフカは「万里の長城が築かれたとき」において、長城をバベルの塔の基礎工事に見立てているが、そこに描き出された長城建造の指令システムは、専制的な古代的官僚機構の分析にほかならなかった。ドゥルーズ/ガタリが指摘するように、この古い官僚機構は、例えば「訴訟」に登場する裁判所が入った迷宮めいた建物が表象している資本主義/社会主義の新しい官僚機構と浸透しあいながら共存している。そこでは「最も現代的な機能主義が、最もアルカイックな、あるいは伝説的なかたちを、多かれ少なかれ意図的に再活動させ」ている★三四。コンピュータ・チップの建築は、まさしくこの〈アクチュアルな機能をもつアルカイスム〉を体現した機械ではないだろうか。
「流刑地にて」の処刑機械もまた、アルカイックでありながら未来的なテクノロジーとして、指令文の読み出しと書き込みを反復する装置にほかならない。その畸形的なscryptとは、日常言語から翻訳された機械語であったというべきかもしれない。ヴォルフ・キットラーが指摘する通り、この物語で士官が自らに下された判決文とした「正義に遵え」という文は、「汝の上官を敬え」といった文とは論理的な階層を異にしている★三五。後者が個別の法的命令を述べているのに対して、前者は正義=法そのものを問題にすることにより、自己言及に陥っているのである。法のこの自己言及によって処刑機械は、法を支える〈他者の他者〉が不在であるという耐え難い事実に直面し、狂った自己解体にいたるのだ。ソフトウェアによって隠蔽されているとはいえ、原理的には避けがたいこの自己言及性こそが、現代的な処刑機械としてのコンピュータの保護領域を破壊し、プロテクト・モードを解体するシリコン内部のscryptとなるだろう。
0と1の反復からなる機械語はライプニッツによる二進法算術に由来する。ところで、彼は中国の易の六四卦のなかに二進法を読みとっていた。ライプニッツは易を中国古代の王、伏羲の発明したものと見なし、六四卦の実線を1、破線を0と置き換えることによって、易の謎を解明したと信じた。この問題を扱った論文の末尾で彼は、伏羲が中国で漢字の創始者とされていることを伝え、普遍的記号法の手がかりを漢字のなかに見いだす可能性について言及している★三六。ヨーロッパの幻覚──夢のなかのシナ。ライプニッツが漢字ではなく易のなかに、彼自身のロゴス中心主義の投影として読みとったものこそが、今やわれわれの普遍言語となった機械語に結晶している。ライプニッツにとっての漢字にあたるような、われわれ自身の畸形的なscryptは、非人間的に作動するハードウェアという機械の現前のなか、電子的なシリコン文字というバベルの塔の寓意的廃墟のなかに、流刑にされた失郷症アトピー的・失語症アファジー的な文盲の身体によって探し求められなければならない。アルカイックな文字の暴力が触覚的、官能的にアクチュアルなものとなるのは、このscryptにおいて言語の深淵が顔を覗かせたときであろう。そして、そのときそこに文化はなく、物質的な残滓としての文字が、呆けたように無知を凝結させているばかりであるにちがいない。

5──伏羲64卦図

5──伏羲64卦図


★一──東京大学漢字プロジェクトについては次を参照。
URL=http://um.u-tokyo.ac.jp/DM_CD/DM_TECH/KAN_
PRJ/HOME.HTM
★二──武田雅哉『蒼頡たちの宴──漢字の神話とユートピア』(ちくま学芸文庫、一九九八)一一八頁。ドフランシスの主張については、この書の記述に拠っている。
★三──次を参照。同、一一九─一三二頁。
★四──次を参照。ジャック・デリダ『根源の彼方に──グラマトロジーについて 上』(足立和浩訳、現代思潮社、一九七二)一五七─一六三頁。ただし、文中の〈支那〉は〈シナ〉の表記に変えた。
★五──Gottfried Wilhelm Leibniz: Die philosophischen Schriften. hrsg. von C. I. Gerhardt. Bd.7. Hildesheim 1965, S.25f. ただし、引用は次に従う。同、一六三頁。
★六──次を参照。子安宣邦・酒井直樹・柄谷行人(共同討議)「音声と文字/日本のグラマトロジー──一八世紀日本の言説空間」『批評空間』第I期一一号(福武書店、一九九三)所収、一八─一九頁。
★七──Walter Benjamin: Ursprung des deutschen Trauerspiels. In: ders.: Gesammelte Schriften, hrsg. von Rolf Tiedemann und Hermann Schweppenhäuser. Bd.I. Frankfurt a.M. 1991, S.352.
★八──Ibid., S.351.
★九──bid., S.359f.
★一〇──Ibid.
★一一──Ibid., S.353.
★一二──Ibid., S.376.
★一三──ベンヤミンはボリンスキーの『詩学と芸術理論における古典古代』から次のような一節を引用している。
「すでに当時から、埋もれた廃墟やカタコンベに由来するというグロテスクなものの源泉において、地下的・神秘的なものには、効果の謎めいた・神秘的なものが随伴するように思われた。グロテスクなものは文字通りの意味で〈グロッタ(洞窟)〉に由来するのではなく、洞穴や洞窟の表現する〈隠されたもの〉──秘密のもの──に由来するというのである」(Ibid., S.348.)。
★一四──次を参照。Jennifer Bloomer: Architecture and the Text. The (S)crypts of Joyce and Piranesi. Yale University Press, New Haven and London 1993, p.48.
★一五──ミシェル・フーコー『言葉と物──人文科学の考古学』(渡辺一民・佐々木明訳、新潮社、一九七四)一七頁。
★一六──同。
★一七──西成彦「文字所有者の優位から文字の優位へ
──カフカ・ハーン・アルトー」『現代思想』一九九三年一〇月号(青土社、一九九三)所収、二一八頁。
★一八──フランツ・カフカ「流刑地にて」『カフカ全集1』(円子修平訳、新潮社、一九八〇)一四一頁。
★一九──次を参照。Jan Assmann: Das kulturelle Gedächtnis. Schrift, Erinnerung und politische Identität in frühen Hochkulturen. München 1997, S.268f.
★二〇──ジャック・デリダ『根源の彼方に──グラマトロジーについて 下』(足立和浩訳、現代思潮社、一九七二)三〇四頁。
★二一──フランツ・カフカ「皇帝の綸旨」『カフカ全集1』(円子修平訳、新潮社、一九八〇)一一三頁。
★二二──次を参照。西成彦「文字所有者の優位から文字の優位へ」二二〇頁。
★二三──ラフカディオ・ハーン「東洋での第一日」(仙北谷晃一訳)。ただし、引用は次に従う。西成彦『ラフカディオ・ハーンの耳』(岩波書店、一九九三)七─八頁。
★二四──ロラン・バルト『表徴の帝国』(宗左近訳、ちくま学芸文庫、一九九六)一三頁。
★二五──西成彦「文字所有者の優位から文字の優位へ」、二二三頁。
★二六──フーコー、前掲書、一七頁。
★二七──フリードリヒ・キットラー「ソフトウェアなど存在しない」原克訳『ドラキュラの遺言──ソフトウェアなど存在しない』(産業図書、一九九八)所収、三一一頁。
★二八──同、三一三頁。
★二九──同、三一六頁。
★三〇──同、三一八頁。
★三一──次を参照。フリードリヒ・キットラー「プロテクト・モード」大宮勘一郎訳『ドラキュラの遺言』(前掲書)所収、二八八頁。
★三二──次を参照。同、二九五〜二九六頁。
★三三──同、三〇二頁。
★三四──ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『カフカ──マイナー文学のために』(宇波彰・岩田行一訳、法政大学出版局、一九七八)一五五頁。
★三五──次を参照。Wolf Kittler: Schreibmaschinen, Sprechmaschinen. Effekte technischer Medien im Werk Franz Kafkas. In: Wolf Kittler und Gerhard Neumann (Hrsg.): Franz Kafka. Schriftverkehr. Freiburg im Breisgau 1990, S.136.
★三六──次を参照。ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(「0と1の数字だけを使用する二進法算術の解説、ならびにこの算術の効用と中国古代から伝わる伏羲の図の解読に対するこの算術の貢献について」(一七〇三)、『ライプニッツ著作集一〇 中国学・地質学・普遍学』(山下正男訳、工作舎、一九九一)所収、一〇─一四頁。

上野俊哉氏による批判について
本誌一三号に掲載された私と岩崎稔氏の対談「『メディア都市の地政学』をめぐって」に関して、上野俊哉氏は『建築文化』七月号で〈群島(アーキペラゴ)〉についての私の発言に批判を加えている。私は上野氏の実践的な活動に相応の関心を払っている者の一人であり、上野氏の〈群島〉概念が、例えば氏がこの文章で批判している磯崎新氏のそれと異なることは承知している。その差異そのものを含めて、〈群島〉イデオロギーの批判は改めて展開する予定であり、ここでは詳述しない。
ところで、上野氏はボグダン・ボグダノヴィッチ氏の発言に私が触れた点をとらえて、次のように書いている。

わたしが群島的に接続しているザグレブ、リュブリャーナ、そしてベオグラードの〈心ある〉反抗派(ディシデンツ)たちにとって、ボグダノヴィッチという名前は逆にセルビアの組織的虐殺や破壊と密接に関わってきた名前のひとつである。わたしは一方的にその意見を正しいと主張するほど事態を把握してはいないが、少なくとも日本や東京で安穏と誰にも指弾されることなくこの名前が語れるという状況こそ、世界から分断されており、島と島の間のコミュニケーションを断っている状態、言いかえれば、理論的かつ実践的な〈鎖国〉状態と言わなくてはならない。

事実を指摘しておく。まず第一に、私はボグダノヴィッチ氏の発言を都市認識の理論的な次元でとらえて引用しており、上野氏が言うような〈指弾〉を受けるいわれはない。次に、ここで問題とされているボグダノヴィッチ氏について、読者のために略歴を紹介しておこう(ドイツの緑の党に近い雑誌『コムーネ』インターネット版一九九八年二月号のインタビュー記事などに依拠した。次を参照:Ein Protektorat auf dem Balkan: Ein Gespräch mit Bogdan Bogdanović. URL=http://www.oeco-net.de/kommune/kommune2-98/zzbogdan.htm)。

ボグダン・ボグダノヴィッチ(Bogdan Bogdanović )
一九二二年、ベオグラード生まれ。建築を学び、一九七三年にベオグラード大学教授。ホロコースト慰霊碑やパルチザン記念碑を数多く手がける。一九八二年から一九八六年までベオグラード市長。この都市をコスモポリタンな場とし、ドナウ川沿岸の諸都市との文化的結びつきを深めることに努力した。一九八七年、六〇頁にわたる意見書によってミロセヴィッチと党のスターリン主義やナショナリズム、そして大セルビア主義を批判した。その後のユーゴスラヴィア内戦時には、民主主義的な対抗勢力の知的な核としての〈ベオグラード・サークル〉創設者の一人。抑圧と脅迫が耐えがたくなった一九九三年にベオグラードを離れ、現在はウィーンに在住。

ボグダノヴィッチ氏の政治的な立場について、知られていない事実やさまざまな異なる評価があるかもしれないことは確かだ。ボグダノヴィッチ氏が本当に「セルビアの組織的虐殺や破壊と密接に関わってきた」のであれば、その事実をご教示願いたい。彼の都市論にしても、私自身、全面的に同意しているわけではない(例えば、拙論「メモリー・クラッシュ」、本誌一一号所収参照)。しかし、先の対談において、ボグダノヴィッチ氏の主張を引用したことに問題があるとはいささかも考えない。このことについて、誰からどんな〈指弾〉を受けようとも、私はそのような指弾こそが、知的かつ実践的な〈鎖国〉を示す徴候と考える。さらに、私が参照したボグダノヴィッチ氏の「都市と死」というエッセイは、上野氏と今福龍太氏が編集協力した本誌八号に翻訳が掲載されている。編集協力者である上野氏がこのエッセイのことをご存じないはずはないだろう。この事実に触れずに、上述のような批判をおこなうことは、公正な態度とはいえないのではないだろうか。曖昧な事実に基づく指弾と歴然とした事実に関する沈黙が、もし、いわれなくボグダノヴィッチ氏の名誉を毀損していたとするならば、と危惧し、このような文章をあえてここに記しておく次第である。

*この原稿は加筆訂正を施し、『都市表象分析I』として単行本化されています。

>田中純(タナカ・ジュン)

1960年生
東京大学大学院総合文化研究科教授。表象文化論、思想史。

>『10+1』 No.14

特集=現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築

>ミシェル・フーコー

1926年 - 1984年
フランスの哲学者。

>言葉と物

1974年

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...

>ヴァルター・ベンヤミン

1892年 - 1940年
ドイツの文芸評論家。思想家。

>大宮勘一郎(オオミヤ・カンイチロウ)

ドイツ文学 メディア論。慶應義塾大学文学部人文社会学科教授。

>上野俊哉(ウエノ・トシヤ)

1962年 -
社会思想史、メディア研究。和光大学教授。

>岩崎稔(イワサキ・ミノル)

1956年 -
哲学、政治思想。東京外国語大学助教授。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>ボグダン・ボグダノヴィッチ

1922年 -
建築家。82年〜86年、ベオグラード市長。

>今福龍太(イマフク・リュウタ)

1955年 -
人類学。東京外国語大学大学院教授。