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世界をコード化する施設「倉庫」──物流からロジスティクス・システムの構築へ | 五十嵐太郎+大川信行
Facilities, Warehouses ──Coding the World: From Physical Distribution to the Construction of Logistics Systems | Igarashi Taro, Okawa Nobuyuki
掲載『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) pp.35-38

立地条件が倉庫計画の主要な関心事であることに今も昔も変わりはない。水運の時代では倉庫が港湾や運河沿いに計画されるのは必然的であり、ハードウィックのセント・キャサリン(一八二七)やシンケルのパックホフ(一八二九─三二)のような一九世紀の倉庫に水辺の景色がよくあうのは、必然性からくる心象である。しかしモータリゼーションは立地の必然性を、一時的にではあるが薄める役割を果たした。代わって追求されたのは物の所在の精緻化であり、ここでもやはりシステムの問題である。
第二次世界大戦における軍事物資補給の経験から、戦後のアメリカでは「フィジカル・ディストリビューション」に関する研究が盛んに行なわれた。日本ではこれが「物的流通」と訳され、五〇年代後半にはその略語である「物流」が流布する。そして今日ではその上位概念である「ロジスティクス」がそれに代わる位置を占めた。これは元来後方支援を意味する「兵站術」という軍事用語で、軍隊を展開する際に兵隊や武器弾薬、食料などの物資を最適な方法で迅速に輸送し、配置することを意味する。「物流」と違うのは、単に物資の運搬だけではなく、組織全体の中で戦略的に重要な役割を担う点にある。いずれにせよ、システムは戦争によって精緻化された。
ロジスティクスが説かれ始めたのはベトナム戦争以降だ。時期的にはサンダーバードII号にその萌芽が覗えるし、『機動戦士ガンダム』でミデア輸送機を駆るマチルダ・アジャン中尉やジャブローのウッディ大尉の存在は、既にロジスティクスの時代が成熟期を迎えたことの証左であろう。マチルダ中尉は「戦争という破壊のなかでただ一つ、物を作っていける仕事」と自らの役割を語ったが、湾岸戦争最大の功労者と言われるW・G・パゴニス・アメリカ陸軍中将の手記はこれを地でいっている。「ロジスティクス」以降初めての実戦であった湾岸戦争は、アラスカ州の全人口とその持ち物が丸ごと引越しするのに匹敵する大事業だった。様々な例えがあるが、戦争開始前から終結までの一年間にアメリカ軍後方支援部隊は、ワイオミング、バーモント両州の全住民に三食を四〇日間与える量に匹敵する一億二二〇〇万食を超す食事を手配し、運び、配給し、ワシントンとモンタナ、ノースダコタ州の年間消費量の合計とほぼ同じ五〇億リットル近い燃料を投入した。補給部隊は中東戦域で八三〇〇万キロ余りを走行し、郵便支援スタッフ一三〇〇人は三万トンを超える量の郵便物を処理し、配達した。これはアメリカ郵便事業史上最大の集配業務だったという。
第二次大戦終結に伴うアメリカ軍撤退には数年がかかった。それでも大量の器材がドイツに残されたという。朝鮮戦争時の器材は日本に回され、ベトナム撤退では数億ドルの器材を敵に残す失敗を犯した。しかし湾岸戦争ではブッシュ大統領とファハド国王の政治的な配慮から、近代の軍事史上初めて完全撤退の必要が生じた。「砂漠の送別作戦」の開始である。軍事物資は細部まで記録され、仕分けられ、ラベルを張られ、送り出された。また農務省の厳しい基準のために毎日二〇〇〇台を超す車両がどこにも砂や泥がついていないように、例えば装軌車両は全てエンジンを取り外し、洗浄・消毒した後で組立て直された。車両とヘリコプターに加え、貯蔵していた三一万トンを超す弾薬もすべて輸送前に洗浄された。「送別」作戦一二〇日間で一一万七〇〇〇台の装輪車両と一万二〇〇〇両の装軌車両、二〇〇〇機のヘリコプター、四万一〇〇〇個の補給用コンテナがこうして処理されたのである。
このようにロジスティクスとは輸送、補給、貯蔵、整備、調達、契約といった作業が一貫して機能すべく構築するシステムである(パゴニスによればアレクサンダー大王は最古の後方支援専門家だった。戦争勃発直前、パゴニスはドナルド・W・エンゲルスの著書『アレクサンダー大王とマケドニア王国軍の兵站』から彼の後方支援技術を参考にしたという)。そして九〇日間に一二〇万トンを超す器材を陸揚げするためにここで導入された最新のテクノロジーは、意外かもしれないが、バーコードである。船積書類の記載とコンテナの中身の不一致が原因で四万一〇〇〇個のうち二万八〇〇〇個前後のコンテナを埠頭で開梱し中身を確認したことを契機に、バーコードによる正確な補給体制の確立が急がれたという。ここでは民間の進んだバーコード・システムが参考になる。
バーコードの発明はアメリカのノーマン・ウッドランドとバーナード・シルバーによってなされ、一九五二年に「機器の分類と方法」という件名で特許が承認されている。簡単に言えばこれはレジのキーを打たず自動的に売上を計算するためのものであり、既に一九三二年頃にはこうしたアイディアが論文として散見される。五五年には米国商工会議所主催で「自動チェックアウトカウンターシステム(POS)」に関するシンポジウムが開催され、六〇年代にはコンベアの仕分けや工場備品の補充に自動認識技術が使われ始めた。物流では鉄道業界が五九年に貨車の管理用に開発を始め、六七年にシルバニア/GET社が黒地に赤・青のバーに白色光を当てて認識する光学的スキャニング・システムを完成させたが、貨車は埃で汚れるためにバーコードの読取り率が低く、その時は中止に至っている。しかしこのバーコードを研究したシルバニア社のスタッフがアイデンティコン社を創立し、「CODE 2 of  5」というバーコードとヘリウムネオンのレーザースキャナーを開発し、バーコードの歴史を今日にまで繋げた。七〇年には全米スーパーマーケット協会、グロサリー協会、食品チェーン協会、コンビニエンスストア協会、コーポラティブチェーン協会、食品製造業協会が共同で、共通商品コードを制定しメーカー段階で商品にコードを直接印刷し、これを店頭で自動読取りするという基本方針を設定した。翌年にそのためのシンボル標準化委員会が設置され、IBMが提案した白黒のバーコードが採用された。これに修正を加えたものが現在のUPC(ユニバーサル・プロダクト・コード)である。
米国のPOSシンボル、UPCの制定と実用化の影響を受けて、一九七四年、国際チェーンストア協会で商品コード管理機関が設置され、これをきっかけにEAN(ヨーロピアン・アーティクル・ナンバー)協会が結成された。日本はこのEANフラッグ(国コード)四九番を獲得し、後に四五番が追加承認されている。我々が海外の定期刊行物や書籍を注文するときのISSNやISBNといったコードもこれに基づいており、その識別のために国コードなしの九七番代が記入される。正に世界はコード化された。
日本で最初に物流分野でバーコードを利用したのは学研で一九七五年のことである。発送時仕分けがその目的であったが、以降日本企業のロジスティクス及び商品のコード化は、ありふれた日用品の裏で驚くべき発展を遂げている。中でも花王のシステムはその筋の人間に有名だ。九二年に花王がジャスコと共同開発したシステムでは、JANコード(日本標準商品コード)をベースにメーカーから小売店までの製品の流れを一括管理することで物流コストが低減される。販社とのオンライン化は七五年、当時の電電公社のデータ通信の開放に伴い、実現している。これは販社の在庫量を迅速に把握し、販売状況に合わせて商品を自動的に補充する供給システムで、一日一回の在庫チェックから現在ではリアルタイムとなっている。また営業が携帯端末から送信する小売店の発注データは販社システムのホストコンピュータに蓄積され、配送先店舗の地域別にロジスティクス・センターへ自動的に振り分けられる。七〇年には既に製品を一定のパレットに載せてブロックごと扱うパレティゼーションが導入されており、ロジスティクス・センターではこれを用いてオンラインで発注を受けた順に、ラックから一時間当たり一二〇〇ケースという自動ピッキングを行ない、コンベアに乗せられて配送の逆順にトラックに積み込まれる。ここに究極のロジスティクス・システムが完成した。
挑戦はまだ続く。花王では八〇年代後半から物流拠点の立地の見直しが行なわれており、更なる物流コスト削減が追及されている。広域運営をする大型ロジスティクス・センターが建設され、海上輸送等も取り組まれる。更に九三年からはトレーラーによる輸送を効率的に行なうため、地図データベースを活用した配送スケジューリング・システムが導入された。納品時間、配送範囲、道路事情等を勘案して、完全な配車スケジュールを自動的に作成するシステムである。ここでは立地条件/場所の問題もシステムの一部に過ぎない。(O)

1──ハードウィックのセント・キャサリンD倉庫

1──ハードウィックのセント・キャサリンD倉庫

2──シンケルのパックホフ2番倉庫

2──シンケルのパックホフ2番倉庫


3──バーコードのパターン。「知っておきたいバーコードの知識」(『月刊バーコード』1993年3月、日本工業出版)

3──バーコードのパターン。「知っておきたいバーコードの知識」(『月刊バーコード』1993年3月、日本工業出版)



4──全自動パレット倉庫の内部。(『ECÍFO』Vol.22.1993、コクヨオフィス研究所)

4──全自動パレット倉庫の内部。(『ECÍFO』Vol.22.1993、コクヨオフィス研究所)

5──花王株式会社「堺ロジスティクスセンター」

5──花王株式会社「堺ロジスティクスセンター」

九月四日の朝刊で、am/pmがコンビニエンス業界に新機軸を打ち出すことを報じていた。狭い敷地に自動販売機を並べ、三〇〇アイテムから一度に最大九つの商品を購入できるという無人店舗と、バイクによる宅配サービス。そしてロンドンの二階建てのバスを改装した移動店舗である(一階に陳列棚とレジ、二階に三三のテーブル席)。前者については、すでに無人ビデオレンタルの「Robox」などが似たようなことを行なっているし、本論の文脈では当然、後者が興味深い。物流する倉庫の末端に包括されつつ接続されているのがコンビニエンス・ストアだ。したがってメーカー側から見れば、コンビニエンス・ストアはいわば都市の前線基地である。無人店舗は六六平方メートル以下の敷地でも営業可能であり、都市のわずかな残余空間をも占拠してしまう。立地/場所もシステムの一部に過ぎないとしたら、次に店舗も効率の良い時間に効率の良い場所を占有することが望まれても不思議ではない。移動店舗はイベント会場などを狙うようだ。ゆえにコンビニエンス・ストアが、バスに進化するのは必然といえよう(図書館でも試みてきたことだが)。
倉庫に限らず、ハコの内部で流通するモノの事例は、いたるところに散見される。いささか古めかしいデザインの『未来世紀ブラジル』(一九八五)では、情報省の内部にチューブが張りめぐらされており、書類や小切手をカプセルに入れて突っ込むだけで、他の部署や建物に送ることができる。ちなみにモノというよりは情報であるが、『トリコロール/赤い愛』(一九九四)の冒頭では、電話回線の中を高速で走りぬけるショットが出てきた(本作は盗聴もテーマだった)。『機動戦士ガンダム』の宇宙船内では、動く取手のついたレールにつかまって、人間は無重力空間をスムースに移動する。そして今度完成する、巨大な四本の書庫塔をもつドミニク・ペローのパリ国立図書館も、バックアップ・システムを忘れてはならない。書物を運ぶ、八キロメートルに及ぶ天井のレールづたいに走る四五〇台の自動移送機。長いものには一五一の停留所と八つの保管駅が設置されるという。もちろんリクエストは、図書館の中央情報シスタムに連動したコンピュータによって管理される。つまりモノを正確に移動させるスピードが勝負だ。もはやハコには象徴的な意味しか残らないのだろうか?(I)
(おおかわ  のぶゆき/設計
いがらし  たろう/建築史)

主要参考文献
『物流バーコード・テクノロジー』(鈴木準、中央経済社、一九九四年)
『山動く──湾岸戦争に学ぶ経営戦略』(W・G・パゴニス、ジェフリー・クルクシャンク、佐々淳行監修、同文書院インターナショナル 一九九二年)
『最新物流ハンドブック』(日通総合研究所編著、白桃書房、一九九一年)
『花王情報システム革命』(平坂敏夫編著、ダイヤモンド社、一九九六年)
『アメリカ流通業の歴史に学ぶ』(徳永豊、中央経済社、一九九二年)
『ロジスティクス思考とは何か』(谷光太郎、同文書院、一九九五年)
『花王の高収益システム』(溝上幸伸、ぱる出版、一九九五年)
『倉庫業務の基礎知識』(倉庫業務研究会、交通日本社、一九六四年)
『倉庫概論』(市来清也、成山堂書店、一九八八年)
『トランクルーム読本』(運輸省貨物流通局貨物流通施設課、第一法規、一九九一年)

*この原稿は加筆訂正を施し、『ビルディングタイプの解剖学』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>大川信行(オオカワ・ノブユキ)

1968年生
建築家。

>『10+1』 No.07

特集=アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点

>ドミニク・ペロー

1953年 -
建築家。ドミニク・ペロー・アーキテクト代表。