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都市のマラソン─地形を拡大経験することについて | 田中浩也
City Marathon: On Expanding the Experience of Geographical Features | Hiroya Tanaka
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.73-75

1──マラソンから見る「地形」について

「東京国際マラソン」は、日本のマラソンコースの中でも「最も難しいコース」と言われている。それもそのはずである。マクロに見れば大きな台地のスタート地点から低地のゴール地点へ大きく駆け下りていくのだが、さらにその過程でいくつものミクロなアップダウンを複雑に通過していく。折り返し地点を過ぎると、地形に対する身体の向きは逆になる。今度は、谷を越えつつ台地に向かって上っていく。ある友人のランナーは「『東京』ほど身体の細かな調整が強いられるコースも珍しい」とその経験を私に語ってくれた(もちろんその他にも、マラソンは天候・温度・風などさまざまな環境に大きく左右される『一回性』のスポーツではある)。

2──マルチヴューで見る「マラソン」について

私自身は四二・一九五キロを走った経験は皆無なのだが、テレビで「マラソン中継」を見ていたとき、ある意味でこれは「グラウンディング」導入の最良の教科書なのではないかと思えたときがあった。ランナーのリアルタイム画像に時折オーバーラップする「地形図」と「標高図」(近年のマラソン中継では回転する3Dの立体図も使われる)。身体を駆使した地表の「生の」ランナーの経験(特にそれは後半、「表情」となってある種の切実さをもって顕われる)と、俯瞰的な知識としての地形図が画面上で重畳されて映し出されてくる。そして、かつて自分も歩いたことのある風景と地形。それらがマルチビューで「同時」に眼に飛び込んでくる。私は、決して同時に経験することのできない「地表の身体経験」と「地形図としての都市」を、とりあえずランナーの姿を媒介としてどこまで一致させられるか、試行する。翌日には同じルートを私が走ることを少しだけ考えてみながら。

1、2──「カシミール3D」で描画した「東京国際マラソン」のコース図 図版作成=石川初

1、2──「カシミール3D」で描画した「東京国際マラソン」のコース図
図版作成=石川初

3─3D心拍地図で見る「マラソン」について

「走る」という運動を、運動力学的・熱力学的なまなざしで見ると、それは、地形と身体の間で起こる直接的な「エネルギー交換」であるといえる。位置エネルギーと運動エネルギーと熱エネルギーの変換。マラソンの場合、それを四二・一九五キロの連続的なスケールで継続する。では、このマラソンのように切実なリソースとエネルギー交換の「経験」をどのようにすれば地図に描くことができるのか? 前節で述べたようにマルチヴューの二時間強を視聴することは楽しい時間ではあるが、そこで起こっているあらゆる現象を極限まで凝縮した「一枚の地図」もやはり見てみたくなる。

3–6──「3D心拍GPSマップ」

3–6──「3D心拍GPSマップ」

国内で「3D心拍GPS」を発信している代表的なサイトは2つある。http://hrgps.arrow.jp/hrgps/ http://asouth.synapse-blog.jp/ 今回の画像はhttp://asouth.synapse-blog.jp/を主催されている阿南公二郎氏より転載の許可をいただいた。氏はマラソンに限らずランニング、自転車、登山などのあらゆるスポーツを記録・描画しており、fig.3は氏が2004年3月から2006年1月までに記録した3D心拍GPSをすべて描画したもの。fig.4–6は「第19回国際青島太平洋マラソン大会」に参加された際の記録であるそうだ。詳しくは同サイトをご覧いただきたい。

そのひとつの回答は、すでにランナーの側から出されていた。上の図[図3–7]を見てほしい。
これは、運動中にGPSで記録した緯度・経度の軌跡に、心拍数(ハートレートモニター)で記録したデータを標高(高さ方向)のデータとして合わせ、三次元のデータとして視覚化したものであるという。するとランナーが通過した軌跡が地表から「跳ね上がっているように」描画されてくる。
心拍数を強調して表現するので、実際はわずかな標高差しかない地表を、数百メートル–数千メートルの高さまでホッピングして回っているように見える(http://hrgps.arrow.jp/hrgps/より)。
この地図は、インダストリアルな意味ではなく、よりネイティヴな意味での「エネルギー交換」として、私たちが「時間の中で動く」ことの根源を示してくれているように思う。
私たちは地表を経験する。そして「走る」という行為を通して全身でそれを拡大する。その拡大された経験としての地表が、例えばこの「心拍数」から透けて見えてくる。地形、身体、エネルギー、時間、そういった諸々の有限のリソース間の交換、そして交歓が、こうして転写されて、一枚の像に現われてくる。このエネルギー変換の連鎖に対する視線が、この地図から湧き上がってくるように感じられるのだ。

7──阿南公二郎氏「第19回 国際青島太平洋マラソン大会」での42.195kmの心拍数の推移と高度の推移 http://asouth.synapse-blog.jp/gps/2005/12/post_1133.htmlより

7──阿南公二郎氏「第19回 国際青島太平洋マラソン大会」での42.195kmの心拍数の推移と高度の推移
http://asouth.synapse-blog.jp/gps/2005/12/post_1133.htmlより

4──終わりに

古代ギリシア・マラトンの戦い以降変わらない「マラソン」であるが、私たちはそれを通じて常に、身体と都市に対する新たな位相をも発掘することができるのだろう。動きの中で地表と身体の関係を学ぼう。都市を走ってみよう。そこからまた、いくつもの新しい地図が描けるだろう。今度は私たちの番ではないか。

「阿南氏の心拍系セッティング」

以下はhttp://www3.synapse.ne.jp/a-south /Polar%20S710i%20Syoukai.htmより転載の許可をいただいた。氏が使用しているスポーツ心拍系「POLAR S710i」の解説である。

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8──T61トランスミッターとS710iリストレシーバー全体写真
9──S710iリストレシーバー ●電池はCR2430で寿命は約2年 ●防水効果は約20m ●心拍記録のほか、気圧高度、気温も測定可能 ●バイク用サイクル・コンピュータとしても使えスピード、ケイデンス、トルクも測定可能
10──T61トランスミッター ●内蔵式リチウム電池が内蔵されていて、寿命は2500時間 ●リストレシーバーに向けて信号を送信する。 ●取扱説明書では1m以内で使用するよう推奨されている。
11──T61トランスミッター電極部分 ●トランスミッター両側に電極部があり心拍を測定する。 ●使用前にぬらす必要がある。
12──T61トランスミッター全体写真
13──赤外線送受信部(POLARロゴ下の赤色部分) ●記録データはPCに赤外線で送る。
14──S710iリストレシーバーを着けた状態 ●普通の腕時計よりは大きく、重量もある。
15──S710iリストレシーバー裏側

>田中浩也(タナカ・ヒロヤ)

1975年生
慶応義塾大学環境情報学部准教授、国際メディア研究財団非常勤研究員、tEnt共同主宰。デザインエンジニア。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体