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討議:建築/統計/アーバン・デザイン──ビョルン・ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』、MVRDV「REGIONMAKER」を端緒に | 田村順子+吉村靖孝+今井公太郎+今村創平+日埜直彦
Architecture, Statistics and Urban Design: Bjo/ rn Lomborg, The Skeptical Environmentalist and MVRDV "REGIONMAKER" | Lunko Tamura, Yoshimura Yasutaka, Imai Kotaro, Imamura Sohei, Hino Naohiko
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) pp.48-56

報告 I─吉村靖孝

吉村──今回の研究会はビョルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋、二〇〇三)を取り上げたいと思います。以前僕の担当した回ではローレンス・レッシグの『CODE』を読みましたが、それがインターネットと規制の問題を扱った本であることにもまして、「限られたリソースをどうやって分配するか」という「コストと便益」の問題を扱った本であることに関心を持っていました。今回のロンボルグの著作も、テーマは違うけれども同じような問題提起の仕方をしていると言えます。
ロンボルグは一九六五年生まれのデンマーク人で、現在は大学で統計学を教えています。この本の日本語タイトルは『環境危機をあおってはいけない』となっているのですが、英語版は『The Skeptical Environmentalist』で、直訳すると懐疑的環境主義者となり、環境問題に懐疑的な視線を投げかける立場を表明していることになります。とはいえ、彼は環境破壊を奨励しているわけではありません。それどころか彼はもともとグリーンピースで活動をしていて、環境問題には人並み以上の関心があった。あるとき経済学者のジュリアン・サイモンが、環境危機の指摘に使われる統計データがいい加減なものであると主張しているのを知り、グリーンピースの支持者で統計の専門家であるロンボルグは、統計を使ってその主張をひっくり返そうと画策したけれども、結局、サイモンの言っていることを裏付けてしまう調査結果が出た。そうなると一気にいろいろなことが疑問に思えてくるわけです。環境危機の根拠が揺らいだことで、それが何か意図的に仕組まれたフィクションなのではないかという考えにまで至ります。
目次を概観すると、第一部は環境危機が本当にあるのか、実際はどうなのかという問題提起です。第二部は危機かどうかを判断するための物差しの設定です。何を持って繁栄と言えるか、まずそれを定義しています。文中多くの箇所で国連が発表しているデータが根拠として登場するのですが、ここでも国連が福祉の状態を測るのに使っている「寿命」、「知識水準」、「生活水準」などが繁栄の基準として扱われます。特徴的なのは、「人間」の繁栄の状態を測ると明記されていることです。地球や動物も大事だけれども、それは人間の繁栄に貢献するものとして重要であるということです。これで地球の繁栄のために人間は滅亡したほうがよいというような議論が排除されます。第三部では個別の環境問題に実際に回答していく。例えば食べ物は足りているのか、森林が減っているのか、エネルギーは枯渇するのかといった問題です。第四部は公害問題です。第三部は人間が繁栄するための資源が十分にあるのかという問題設定だったのに対し、第四部は人間が環境に及ぼす影響が問題となります。大気汚染、酸性雨などのテーマがあがっていますが、公害で地球がどんどん悪くなっているという論調をことごとく論破しています。第五部は、これから先われわれはどこに向かって進んでいくべきか、という問題です。彼の主張は第六部で総括的にまとめられています。それはつまり、「環境問題に取り組む」ことと「環境危機をあおること」の違いを認識し、もう一度冷静になって環境問題と言われる問題の総体を捉えようということです。そのうえで「環境問題に取り組むよりも、まず貧困の改善に着手すべきだ」という主張が繰り返されます。貧困の改善は開発と一体なので一見遠回りのようですが、貧困こそが環境問題の元凶であるというのが彼の見解です。社会的なリソースは有限なのだから、効果の上がるところへ適切に分配していくべき。それが貧困だというわけです。これは僕がこの本に同意せざるをえないポイントです。
例を挙げ、もう少し詳細を見てみましょう。環境危機の始まりということでよく話題にのぼるのが一九六二年に書かれたレイチェル・カーソン『沈黙の春』で、農薬や化学薬品に人間生活が脅かされているということを書いた本です。古典と言ってもよいでしょう。当時は「環境は安泰である」という漠然とした共通認識があって、それに対していきなり真っ向から危機感を煽ったので、売名行為とまで言われたそうです。この本の冒頭は特に印象的で、鳥、牛、羊などがばたばたと死に、見たこともない病気が後から後から出てきて、さっきまで元気だった人が突然冷たくなっている、そんな恐怖がすぐそこにせまっている、とやる。データを用いた分析が折り込まれてはいるのですが、全体にどちらかというと小説のように読める文章です。これに対するロンボルグの反論は二二章の「化学物質が恐い」に書かれています。『沈黙の春』の一四章が「四人に一人」という章で、「四人に一人」というのはアメリカ人が癌で倒れる割合なのですが、ロンボルグはそれに対して異義を唱えている。データの扱い方が公平でないと言っています。まず、カーソンは癌の死亡者の絶対数の増加をもとに論を展開していますが、人口に対する率で話さないとフェアではない。あたりまえですね。人口増加の補正をかけなければならない。また癌は高齢者の発症率が高い病気ですから、長寿命化による補正をかける必要があります。カーソンは癌患者数の増加と農薬を結び付けようとしているのですが、ロンボルグは癌の原因が必ずしも農薬ではないのではないかと、ほかの原因を探っています。調べると喫煙が怪しい。「死亡者の総数」はものすごい勢いで右肩上がりになっていますが、癌の「死亡率」にすると緩やかになり、それらに「年令補正」をかけるとほぼ横ばいであることがわかります。さらに喫煙者の数が増えていることを勘案して「喫煙補正」をした場合、癌による死亡率はむしろ低下しているという結果が出てくるのです。これは医療の進歩などが原因と考えられます。ロンボルグは年齢補正済みの癌死亡率のデータを癌の部位ごとに細分化し内訳を出しているのですが、それによると主に男性の肺癌・気管支癌による死亡が一九六〇年代に急激に増えていることがわかります。グラフを重ねると一目瞭然ですが、この結果は実はたばこ消費量の増加とほぼ比例しているのです。これをもってロンボルグは、癌死亡者の増加は喫煙によるもので、農薬は関係ないと結論しています。
本の厚さが物語る通り、ロンボルグが取り上げた問題は多岐にわたっていますが、原則的に彼はすべてのテーマに同じ態度で臨んでいます。ひとつはデータを正確に扱うということ。統計というのは自分の都合のよいところだけを取り出すこともできてしまうのですが、それはよくない。かけるべき補正をきちんとかけて扱うべきである、と。それから環境問題の統計を見るときには特に短期のトレンドに振り回されないことが大事であるというのも一貫した主張です。短期間、例えば山火事で森が急激に減った瞬間だけをもって、これ以降も減り続けるという論を展開するのはまずい、入手できる限り長い期間のデータを使って動向を見極める必要があるということです。それから繰り返しになりますが、「人間にとって何が大事か」というポイントを見失わないこと。その定義がブレ始めるととんでもない結論に振り回されることにもなりかねません。
ここからは、建築家がこういった問題意識と応答できるだろうかということを考えてみたいと思います。建築家と環境問題というと、いろいろな接点が考えられると思います。例えば、住宅における心地よい空気とか木のぬくもりといった「環境っぽい感じ」も無視できないニーズになっていますし、もう少し具体的にリサイクルとかリノベーションといった方法も方向性が出揃ってきた感があります。これらの背景として遠くに環境危機が控えているわけですが、多くの建築家は正確な数値をもとに解法を導いているわけではなく、詩的な直感に導かれているとは言えないでしょうか。場合によっては、自分の信念に数値のほうを合わせるという、少々強引なところもあるのではないかと思います。例えばアルミを構造材に使った住宅の実験がありますが、アルミはエコロジーな建材と言えるでしょうか。ロンボルグは一二章「エネルギー以外の資源」で、他の鉱物資源と一緒にアルミニウムについても触れています。アルミニウムはわりと豊富にある金属元素で、現在の消費水準が続いても今後二七六年分はあるという試算がされています。また「残存消費可能年数は減らない」という法則があって、使っても使っても鉱物資源は減らないというのが現在の状況です。なぜそんなことが起こるのかというと、鉱物資源の場合使い切りそうになってはじめて新しい掘削を始めるので予想総量は逐次増えていくしかないのです。昔から鉱物資源は明日にもなくなると言われ続けていますが、実際にはそんなことは起こっていないというのがロンボルグの説です。アルミは融点が低くて六六〇度くらい、鉄は一五三五度なので、アルミは溶かして形を変えることに向いている。そのことがアルミのエコ・イメージと繋がっていますが、しかしご存じの通りボーキサイトから精錬するときに電力を大量消費します。したがって日本ではアルミの精錬が行なわれておらず、リサイクルばかりです。そのリサイクルにしても、アルミは合金にして使われることが多いので純粋なアルミに戻すことは困難です。現在のところ鋳物へのリサイクルが限界で展伸材など高度な技術が必要なものには再利用できません。つまりアルミを建材として住宅をつくっても、リサイクルはできない。分解して組み立て直すリユースはできるけれどもリユースだったら木でも鉄でもできるので、アルミに固執する理由は希薄になってきます。あるいは、もっと過激なことを言っている人もいます。武田邦彦さんという名古屋大学の資源材料工学の先生が書いている『リサイクル幻想』(文春新書、二〇〇〇)という本があります。この本では、そもそもリサイクルという考え方がナンセンスであるという主張が繰り返されます。例えば紙のリサイクルというのが流行ると、名刺にリサイクルマークや再生紙のマークをつけたりしますけれども、紙をつくるために伐採する木材というのは再生可能資源ですから、それをリサイクルするために投資し、ガソリンなど非再生可能資源を使うのはいかがなものかと。氏の話はどんどんエスカレートして、ゴミは分別せずに燃焼させて燃えかすで人工鉱山を作り備蓄をするのが理想で、短期のリサイクルは必要ないと説いています。将来分別の技術が成熟するまでとりあえず備蓄をする。時が訪れたときに国内に資源があるかないかでは大きな違いだというわけです。ほかにもプラスチックについては、現状では、エネルギーは石油から直接得て、石油製品であるプラスチックはプラスチックでリサイクルしようとしているけれどそれは馬鹿馬鹿しいという話など、事実ならば大変面白い話題が次々に出てきます。石油からプラスチックをつくるときに消費する熱は少ないので、一旦全部プラスチックにしてから燃やして熱源を得ることを考えたらどうでしょう、ということです。
もう少し建築家のアプローチを追いかけたいと思います。これはMVRDVが一九九八年に開催された展覧会のために用意した超高密度都市のプロジェクトです[図1]。市街地と自然がパッケージングされた四〇〇キロメートル×四〇〇キロメートルの正方形平面をしているのですが、それは一時間で行ける距離を一都市の大きさと定義した仮説に基づき、時速四〇〇キロの高速鉄道を移動手段と設定した場合のサイズです。都市として必要な機能をアルファベット順に割り振り、アメリカの全人口を詰め込んでいますが、機能ごとの面積配分にはオランダの比率を採用しています。デザインでないとは言いませんが、意識的に恣意性を排除しているとは言えるでしょう。ただし、計画当初は「A」から順にバーコード状の地割を採用していて非常に明快だったんですが、そうするとものによっては長細くなりすぎてしまうので、小さなものと大きなものの二種類に分類して最終的にはモンドリアンの画面分割のような都市ができています。彼らは統計データをもとにこの都市をつくったわけですが、なかでも特に印象的な景観に結実したのが森林ゾーンです。データタウン全体から出るCO₂の量を計算して、そのCO₂を吸収できる森を設定しています。オランダの気候ではポプラが一番効率よくCO₂を吸収するのでポプラの森をつくるのですが、それでも二九四万キロ平米の森が必要で、そのため高層化森林が登場しています。この計算は森林がCO₂を吸収することが前提になっていますが、ロンボルグは森にそういった能力はないと言っています。森は成長する過程でCO₂を吸収するけれども、それを朽ちる過程で吐き出してしまうので、CO₂の流れを固定するだけで吸収する能力はないと言うのです。また森に絡む話では、森が減った場合に危惧される種の絶滅といった類の話にも疑念を呈しています。彼は森が減ることと種の数が減ることの両者には関係がないことを示し、さらには生物の多様性が損なわれて本当に実害があるのかという話もしています。また例によって貧困の改善が森を救うとも言っています。途上国での森の減少には森を半減させている先進国が文句を言う資格はない、と。例えばフランスでは一一世紀、一四世紀、一六─一七世紀で七〇%緑地が減少し、一九世紀のアメリカでも三〇%減少している。全世界で見ると農業が始まって以来二〇%減少しているけれど、これは非常に安定している状態であり、森林の推定面積は戦後特に安定していると言っています。こうなるとMVRDVが森を重要な都市要素と見なしたその前提が揺らいできます。
別のプロジェクトについて紹介します。こちらはドイツで開催された展覧会のために用意されたプロジェクトです[図2]。「REGIONMAKER/ RheinRuhrCity」というタイトルがついていて、具体的には都市のオートマティック・プランニングを行なうコンピュータ・プログラムを作成しています。農業なら農業だけ、交通なら交通だけ、セキュリティならセキュリティだけといったひとつの性能に特化した都市ではなく、それぞれをどれくらい重視するかというポイントを設定することによって、より現実的な都市像を導き出せるようになっています。以前『10+1』誌(No.25)にも掲載された「FUNCTION MIXER」の高機能版と言えますが、扱えるパラメーターが格段に増えている。このことには単なる比例的な進歩以上の価値があります。これら二つのソフトウェアは、都市計画にトレードオフの概念を持ち込んでいる点が面白い。都市計画は理想主義についてまわる非現実感を拭うのが難しい分野ですが、現実にはどこかを優先すればどこかで不具合が出る。都市計画においてもリソースは有限ですから、一番実効性の高いところに着手すべきで、条件ごとにシミュレートした都市像を瞬時に描写できるこれらのソフトウェアが正確な判断を助けることは確かでしょう。トレードオフはロンボルクの基本的な考え方のひとつです。ロンボルグはハーヴァード大学のリスク分析センターの研究成果である「寿命を一年延ばすのにかかるコスト」を紹介しています。例えば、運転技術を向上させるために費用を投下すると交通事故にあう人の数が減って寿命が延びるといったようなこと。この研究によると一年寿命を延ばすのにかかる費用は二万ドルです。こういう具合に費用対効果を割り出していく。これは限られたリソースの有効利用を考えるための基礎的な資料になります。ジャンルごとに中央値をとってみると、環境はずば抜けてコストがかかります。環境問題に関しては最悪のシナリオを重視し、慎重に慎重を重ねて危機回避していく立場をとる人が多いけれども、それによって本当は他の分野にかけられたはずのコストを失っている。コストのかからないところから順番に資本投下していけば本当はもっと簡単に寿命が延ばせるわけです。このトレードオフを無視することが環境危機派の常套で、それに比べるとMVRDVとロンボルグは現実主義的です。末端で見解が食い違うことはあるけれども、彼らの考え方の基礎は一致しているはずです。ではなぜその見解の相違が起こるのか。おそらくほとんどのケースで、データの扱い方を間違っているのはMVRDVのほうでしょう。彼らはこれまでにもデータの誤用をしたり、出典の明かでないデータを使ったり、『環境危機をあおってはいけない』で批判の矢面に立たされているワールドウォッチ研究所の『地球白書』と同じような簡単な事実誤認をしたりしています。しかし、建築家にその正確さを求めるのは酷というものです。特に環境問題のような地球規模のトレンドを把握しなければならない問題を扱うには、「○○と仮定した場合」などと予防線を張って積極的に統計に翻弄されるしかないのが現実です。しかしそれでも統計が環境問題に向き合うための唯一客観的な手だてであることは間違いありません。
さて二二章「化学物質は恐い」に戻ります。ロンボルグは、農薬の使用を止めると多くの自然地帯が農地化を余儀なくされると言っています。耕作面積を増やさないと同じ収穫量が得られないので、土地が足りなくなるわけです。また農薬の使用をやめると却って死に至るリスクが増えるとも言っています。収穫量が減って価格が上がると消費が落ち込んで癌の発生率が高くなるという計算ができるからです。結局農薬は最良の選択肢という結論が導き出されます。一方MVRDVには有機農法を採用したプロジェクトがあります。こちらも以前『10+1』誌(No.24)に掲載された「PIG CITY」という高層化養豚場の計画です。豚の口蹄疫を減らすために有機農法を採用するとやはり養豚に必要な面積が増え、いまの豚の生産量を維持した場合オランダ国土の七割から八割が養豚場になってしまうという計算が成立し、それがこの計画の根拠になっています。統計学者ならこういう計算結果が出たその時点でNGと判断するしかないのですが、建築家なら高層化という解決策を導入できる。収穫量も維持し、価格も維持し、食の安全も維持することができるわけです。このMVRDVのアプローチは、建築家が統計を扱う際のある指針となるのではないでしょうか。それは、統計学者のデータより精度が落ちることを補ってあまりあると僕は思うのです。

1──METACITY/ DATATOWN 引用図版=MVRDV,  METACITY/ DATATOWN, 010 Publishers, 1999.

1──METACITY/ DATATOWN
引用図版=MVRDV,
METACITY/ DATATOWN,
010 Publishers, 1999.

2──The REGIONMAKER/  RheinRuhrCity, Hatje Cantz, 2002.

2──The REGIONMAKER/
RheinRuhrCity,
Hatje Cantz, 2002.

報告 II─田村順子

田村──「REGIONMAKER」は、MVRDVが行なった展覧会「REGIONMAKER/ Rhein-RuhrCity」のためにつくられたプログラムです。ヴィニー・マースはベルラーヘ・インスティテュートで二年間チューターをしていたのですが、「REGIONMAKER」は彼のスタジオの生徒一一人で考えました。今日は、どういう議論のもとに「REGIONMAKER」ができたのかについてお話しします。「REGIONMAKER」は、最初から意図していたものではなく、ツールとしてこういうものが必要なのではないかということから始まり、結果的にプログラムに達したというのが率直なプロセスです。私たちはそれまでの「FUNCTION MIXER」などに対しては否定的で、違うものをつくろうとしていたのですが、結果的に「REGIONMAKER」という都市計画ソフトウェアに至りました。「REGION-MAKER」を紹介する前に、「3D CITY」、「MIX MAX」、「UNIVERSAL CITY」という三つのプロジェクトを紹介します。
まず、「3D CITY」は人口問題から出発しています。特に二〇五〇年には人口が現在の二倍になると予測されていますが、そうすると、いまの倍の面積の都市が必要で、土地が足りないから都市を三次元的に展開することを目的としています。
具体的には人口一〇〇万人都市を一〇〇メートル・キューブに収め、かつ、オランダのデータを元に面積等の計算を行なうということが、このプロジェクトの前提条件です。ですからスーパーダッチな都市になっています。全体は一〇個のセクターに分かれ、各々がagriculture、air、distribution、energy、forest、industry、leisure、shopping、wasteとwaterになっています。例えば、左上がagriculture city、左下がshopping cityで、右下は一〇〇万人に対してゴミのための空間がどれくらい必要か、そのための都市はどのようになるのかという図です[図1]。展覧会のために、このような巨大な都市キューブをつくりました[図2]。
「3D CITY」では一〇セクターに分かれた都市がバラバラに構築されていましたが、「MIX MAX」は、それらをひとつにまとめようという試みです。マキシマムにミックスするプロジェクトです。そして、地球全体が覆われている一部分を取り出しているというのが「MIX MAX」のイメージです。さっきお見せした一〇個のセクターを一個にまとめてゾーニングすると、一辺一・九キロメートルのキューブが取り出せます。このキューブに対して必要な光のヴォリュームを与えると、一辺六キロメートルのキューブになります。高さ六キロの都市が地球を覆っているというイメージです。一部分を取り出したものが図3になります。
六キロメートルのキューブでは「3D CITY」の一〇のセクターを均等にばらまいて、これを私たちはeven dispersionと呼んでいます。最初に見せた一・九キロメートルのキューブは一〇〇%集中型であるのに対して、六キロメートルキューブは一〇〇%離散型のモデルになっています。
ここに至るまでにいくつかの壁にぶつかりました。まず、都市のプログラムを一〇だけに分けていいのか、そして、一〇〇%集中型と一〇〇%離散型のどちらかに寄せてしまうのはおかしいのではないかといった疑問を持ちました。また貿易など外部との関係をまったく無視したモデルになっているのですが、外部との関係や自給率を考慮できるのかという問題もあります。また、そもそも人口問題だけで考えてよいのかという疑問もありました。
そこで地球上の問題を取り上げ、もう少しリサーチしたのが「UNIVERSAL CITY」です。そのなかから移民、エネルギー、食料およびCO₂の問題に関する四つのプロジェクトを紹介します。
まず、移民問題から始めます。多くの移民が世界中を駆け回っていますが、第三世界の人などが富を求め、世界中を動いているのが現状です。現在の世界のグロスプロダクトを全世界六〇億の人口で割ると、一人あたり七二〇〇ドルになります。この平均値を当てはめて、人間を移動させる試みもしました。現在の人口密度を表わしている図に対して、一人あたり七二〇〇ドルを当てはめると、人口密度はこう変化します[図4]。アフリカや南米は低密度になり、ヨーロッパ、日本、アメリカにどんどん移動するという仮説です。例えばオランダの人口密度は平方キロあたり三八四人ですが、このモデルでは約三・五倍に変化します。すると、七一%が移民になって、その内約一〇〇〇万人がインド人になると予測されます。そして人口密度が減少したアフリカでは、余った土地を有効利用して、広大な自然保養地に変えていくと予想されます。
次にエネルギー問題です。エネルギーは非再生可能資源と再生可能資源に大別できます。前者が石油、天然ガス、石炭、核エネルギーなどで、後者は風力発電、太陽電池などを指します。今後人口増加に伴って、再生可能資源によるエネルギー供給を行なわなければいけないという前提条件のもと、二〇五〇年の全エネルギーを風力発電もしくは太陽発電によって補うとした場合に必要な面積を計算しました。これが風力発電の場合で、これが太陽電池に必要な面積です[図5・6]。また全人口がアメリカ人と同じ生活様式をとった場合、風力発電に必要な面積は地球上では賄えません。
ソーラーエネルギーの場合はサハラを全部覆ってしまうくらいの面積が必要です。風力発電に比べて太陽電池が必要とする面積は、ものすごく小さいのですが、どちらがよいかは難しい選択です。再生可能資源は地理的条件に依存し、太陽電池は未だにコストがかかるので、バランスを考えると必ずしもソーラーエネルギーなどだけでエネルギー供給できません。場所によって、こうした選択を行なわなければいけません。またコストを〇ドルにすると、アジアやヨーロッパのほとんどの地域では面積が足りません。コストが二ドル、四ドル、六ドル、八ドル、一〇ドルの場合も調べてみました。
次に食糧問題です。消費量に対して生産量が多い場合を①で、不足している場合を②で示しています[図7]。穀物、家畜、漁業において現状を調べてみると、どこの地域に対してどの分類がどれくらい不足しているのかが一目瞭然です[図8]。しかし、全人類は均等に食べているわけではないのでまずdiet(食糧)分析を行なって、四種類のdietによって比較しました。そしてeuropean diet、japanese diet、vegetarian、全部を混ぜ合わせたmixの四つに分けました。そうすると食糧の不足面積が表わされ、japanese dietは比較的消費量に対し生産量が多く、vegetarianは穀物が一〇〇%不足して余りよくない。このリサーチは現状に対して四つのdietを当てはめたのですが、世の中には素晴らしい技術や余った土地があります。そこで有効な技術を使い、最も適した土地に最も適した植物を植えて余った土地を有効利用したとすると、現在の食糧問題に対して各々のdietで養える人口は最大でjapanese dietの五二二億人になります。オランダの農業大学の教授から聞いた話によると、理論的には四三〇億人を養える食糧が生産可能ですが、テクノロジーを使うために膨大なエネルギーが必要になって、必ずしもそれが解決方法ではないということでした。
そこでCO₂に関するリサーチを行ないました。生物が排出するCO₂を環境が許容する量をbiocapacity(生態許容量)、一人あたりのCO₂放出量をecological footprint(生態負荷量)と呼びます。これらは人間の日常生活における食物、住居、輸送、物資供給、廃棄物から生じたCO₂を耕地、牧草地、森林、都市部、海から酸素に変換できる面積をヘクタールで表記したものです。数値を比較すると、地球全体で平均すると一人あたりの生態許容量一・九ヘクタールに対して生態負荷量は一人あたり二・八ヘクタールになっています。両者が不均衡になっているので、これを環境破壊と定義できると思います。
これは地球全体の平均値でしたが、国ごとに見ていくとアメリカは一人あたり一二・三ヘクタール、オランダは六ヘクタール、アラブ首長国連邦は一六ヘクタールの面積を使用しています[図9]。地球の資源は限られていますが、人間はそれ以上の量を使っています。もし全人類がアメリカ人の生活様式に従うと、四・三個分の地球が必要です。
次に「REGIONMAKER」です。「3D CITY」、「MIX MAX」の際に、プログラムの問題をもっと掘り下げる必要があるのではないか、また地球や都市の問題をどのようにしたら同時に解決できるのかと考えて、「REGIONMAKER」というツールが生まれました。
これは「REGIONMAKER」の諸機能を示した図です[図10]。まず、envelopeについてですが、envelopeとはコンピュータがタスクを実行するための許容範囲を示しています。これは、地理的条件の設定を行なうと同時に、space frame、すなわち実際の都市の規模を設定します。地理的条件とspace frameの設定によって、その都市における貿易関係、他の都市との関係性や依存性、Autarkic levelと呼ぶ自給自足レベルの調整を行ないます。
次にunit typeです。unit typeとはショッピング、廃棄物、工業、農業などの諸テーマを、都市要素における最小構成単位に分解したものです。これ以上分割できない、細胞のようなイメージのものです。まず、unit typeを物理的条件で特徴づけます。次にattributeという音、匂いなどを発生させるものに分類して、最後にpreference、つまり水や空気といったunit typeが好むものに分類して特徴づけます。unit typeは本来は詳細に分類されていて、詳細であればあるほど多様性を追求することができるのですが、コンピュータには操作上の限界があるので、「REGIONMAKER」では二二のunit typeで操作を行なうことにしました。あらかじめ地理的条件によって人口の設定を行なっているので、unit typeと人口を掛け合わせspace frame内に入る量が決定されます[図11]。ここではunit typeをオランダのデータより導き出していますが、地域によって異なります。unit typeは細胞のようなもので、entityと呼ぶ実体になっていないので、unit typeをentityに変換させる理論をつくる必要があります。例えばショッピングと言ってもデパートやコンビニなどいろいろあり、二二個にまとめたものを、詳細に戻すための理論です。この理論、unit typeからentityになりうる最小転換値をthreshold(閾値)と呼んでいます。例えばショッピングの場合は、人口によってどのくらいのショップが必要になるか決まっていて、二〇万人都市ではデパートは存在しませんが、人口がそれ以上に増えるとデパートが存在するようになります。そうすると、人口によってspace frame内にどういったものが入るかわかります。
次にpositioningという、entityの配置の問題です。これが「REGIONMAKER」において一番難しかったところです。集中型の都市なのか、離散型の都市なのかは、非常に重要な判断になります。こういう微妙な調整をコントロールするために配置理論に対するマックスとミニマムを決めて、その間の微調整をsliderで行ないます。つまり、sliderは都市要素の位置決めをするもので、四つのポジショニング・ルールを与え、proximityは異なる都市要素の接近距離、mergingは異なる都市要素の併合、dispersalは同じ都市要素の接近距離、densityはある平方距離内における同じ都市要素数です。これは簡単に見えますが、とても難しく、四つのポジショニング・ルールの定義を決めるのに一カ月くらいかかりました。
四つのポジショニング・ルールを各々のentityに当てはめる際にシナリオが必要になります。私たちはecological friendly scenarioを行ないました。そのうちのひとつ、大気汚染を挙げて決定プロセスを説明します。まず、大気汚染における汚染生成物、汚染物質は何なのかを考えます。そのソリューションには汚染物質を吸収するか、もしくは汚染生成物を散らすという二つがあります。この二つのソリューションに対して、生産するものと吸収するものは、各々のunit typeにどれが当てはまるのか分析し、四つのポジショニング・ルールをミニマムとマックス間を五段階に分けることで、このマトリクスを書くことができます[図12]。コンピュータが読み取るために、単純化して表示したのがこれです[図13]。ecological friendly scenarioでは、これだけのsliderがありますが、各sliderにポジショニング・ルールを当てはめると、こういうものをコンピュータが読み込みます。
「REGIONMAKER」はシミュレーション・ソフトなので、タスクの視覚的結果をヴィジュアル化します[図14]。そして、scoreによって目的と結果の差異、つまりタスクと成功率の比較数値をつねに見ながら、フィードバックすることができます。
一連の流れですが、まずソフトウェアを立ち上げて、インターフェイスが表示されます(当初はBerlage Mixerと呼んでいました)[図15]。初めにenvelopeの設定を行ない、その許容範囲のデータがロードされます。再びenvelopeに戻って、都市の自給自足範囲や貿易関係などの設定を行ないます。この場合はロッテルダムを設定したのでロッテルダムに画面が戻ります。その中でもある範囲を選択すると、こういう画面が出てきます[図16]。本当はこの画面はぐちゃぐちゃ動きます。右側の色は詳細に並べられたunit typeを表示し、ズームインするともっと詳細になります。また、スペース・フレームに高さを与えると立体的な都市になって[図17・18]、光の条件などの設定を行なうことができます。最後に、「REGIONMAKER」についてヴィニー・マースが語っていることについてお話しします。『The REGIONMAKER/ RheinRuhrCity』のなかで最も重要な点は、「建築は現在、デバイス開発の方向にシフトしている」ということです。ツールが必要な理由は、地球規模の話と個人レヴェルのものを同時に扱う際に、トップダウンやボトムアップを同時に進行することができるからです。そういった意味で、建築家には、ある判断をする際のコミュニケーションのためのツールが必要になる。そして「REGIONMAKER」はそうしたことを目標として書かれています。

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討議 吉村靖孝×田村順子×今井公太郎×今村創平×日埜直彦

吉村──僕のプレゼンテーションではビョルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』を紹介しました。環境危機の実態を暴く本ですが、建築家も環境問題に対峙するとどうしても詩的になったり直感的になったりして、有効なアプローチができていないのではないかという問題意識が背景にありました。しかしそんななかでMVRDVのアプローチはデータの扱い方において独特の方法を確立していると評価しました。その後話題になったのは、環境問題そのものというより、建築家が社会的な問題を扱う場合、建築家自身の主義主張がどう反映されるのかといった話です。例えば「PIG CITY」を例にすると、豚を食べたいのはヴィニー・マースではなく、オランダの市民です。建築家はそのための方策を示したにすぎません。仮にヴィニーがイスラム教徒で豚を食べないとしても養豚場の計画はできてしまうわけです。「REGIONMAKER」が問題解決に果たす役割、問題意識はどこにあるのでしょうか。環境問題が中心にあるのですか、それとも環境問題そのものではなく、問題にかたちを与えることだけが主眼にあるのですか。
田村──「PIG CITY」は少しセクシーに描かれていますが、ポイントは問題に対して空間的に表現したらどうなるのかというところにあり、提案をすることよりも理解の仕方に重点があります。農業の専門家は農業に関するさまざまな知識を持っていますが、空間的に把握しているわけではありません。「REGIONMAKER」は、いろいろリサーチしたものに、きちんと寸法を与え、空間的にどのくらいのヴォリュームがあるのかを理解した段階でその中に入っていくことができます。
吉村──そのとおりなのでしょうね。僕は「REGIONMAKER」の頃にはもうMVRDVに在籍していませんでしたが、「FUNCTION MIXER」がつくられる過程は近くで見ていました。あれは会議の参加者がパラメーターを操作し、どういう都市をつくりたいのかは建築家ではなく彼らが決めます。「REGIONMAKER」でもそれは同じですか。
田村──同じです。「FUNCTION MIXER」は、パラメーターが少なくて、プログラムも分析し尽くされていないというのが私たちの批判点でした。例えば、エコノミカル・パラメーターを動かすとリッチな都市では高層建築を建てられるけれども、そうでない都市はフラットになると言われますが、それはごく当たり前に思えました。そのような当たり前のものしか見せられないものをパラメーターを増やしてつくる必要はないということで、「3D CITY」に戻って、プログラムをこれ以上分割できないところまで分割して、徹底的にやったものが「REGIONMAKER」に入っています。
「FUNCTION MIXER」はとてもよいスターティング・ポイントだと思いますが、欠けている部分が多すぎたのでその部分を膨らませました。また、「region maker」と「city maker」とどちらがよいのかといった言葉の使い方に関しても考え直しました。そうしたことをベースとして理論ができました。
今井──結局コンピュータの問題は、どう記述できるかだと考えます。端的にはthresholdの設定条件がとても重要だと思います。例えばunit typeの人口と面積との対応関係をどのような設定とするかなどです。ただ、この設定は本当は変えられる必要があるが、あるところでデフォルトとして固定している。つまり、パラメーター以外の部分を前提条件として決めているから、パラメーターを可変にできるわけです。ここではunit typeを決めるために人口と面積のバランスを固定しています。人口と面積の組み合わせに対応して、こういうバランスであれば、unit typeはこのヴァリアントになると設定していますが、その判断に欧米型の価値観が刷り込まれているという事実がブラックボックスになっている。インドや中国、第三世界ではunit typeは人口と面積との対応関係がデフォルトのような設定になっていないですよね。
田村──「地理的条件」と何度も繰り返すのは、欧米型には適用できるが、インド型には当てはまらないからです。例えば上海では同じ場所で朝は麻雀をしたり、昼はみんなでダンスをしたりしていますが、そういったスペースまで組み込むことはさらに難しく、まだできていません。
今井──出てきたシミュレーションの結果では、そのような前提条件がブラックボックス化されており、thresholdの設定は見えない。ツールが持つ性格として、パラメーター以外の部分のアルゴリズムや設定条件を隠してしまうと思います。しかし、その設定条件をどう組み上げるかというところに、最終的にどうしたいのかという政治的判断が働く。むしろアジア型の社会を世界に浸透させたいという意図があれば、設定がまったく変わると思います。
田村──「REGIONMAKER」をビッグ・マシンとして、アジア型をパラサイトさせたい時はミニマシンをつけるという構想があります。今井さんがおっしゃっていることはもっともで、その解決方法としてミニマシンを考えています。「REGIONMAKER」では、インフラやCO₂など特定の事柄に関しては不足していますが、そうした問題をスペシフィックに取り出したい時につけるミニマシンをこの後に展開させたい。
今村──MVRDVの「FARMAX」や「PIG CITY」では、そのプロジェクトで対象としているデータを当てはめると、誇張された滑稽なシーンが生産されていた。そうした強烈なイメージでインパクトを与えることで、問題点を顕在化させたのではないでしょうか。それはほかの要素をばっさりと切り捨てることで可能になっていたわけですが、それに対して「REGIONMAKER」ではエレメントを増やしていくことによってバランスをよくしているのだと思います。そして、見せ方というものが大切だと思いますが、「PIG CITY」などではどうしても最後のヴィジュアルばかりが有名になっている。逆に「REGIONMAKER」ではその仕組みについての議論はありましたが、最後に生み出されるアウトプットがどういうものであり、それを見た人がどういう印象を受けたのかを教えて下さい。違ったデータを入れるとまったく違うシーンになるのか。それとも要素を増やしたことにより、予定調和的になっていてあまり面白くないのか、そのあたりはどうですか。
田村──先ほど今井さんのお話で出てきましたが、本当はscoreの部分についてもう少し話す必要があります。このscoreはフィードバックできると言いましたが、通常ソフトウェアはscoreを与えるとひとつの結果しか出しません。しかし、「REGIONMAKER」ではblinkingという最終的に出てくる、絵が動いていることを目標としています。そこではscoreの上限がありますが、非常にたくさんの可能性を示しています。ひとつのunit typeが成立するためのポジショニング・ルールに従い、sliderによって付加される条件も満たしながらも、グレーゾーンが存在して、ひとつの答えに収束しないのがこのblinkingという理論です。「FUNCTION MIXER」ではひとつの答えに収束してしまいますが、「REGIONMAKER」では、理論も満たし、scoreも与えつつ、無限の可能性を与えることができるからフィードバック可能なのです。本にある絵はおそらく展覧会用に作ったものですが、意図したのは図16のようなぐちゃぐちゃっとした絵です。
今井──極大や極小に振れてしまう時にある中庸に向かってフィードバックをかけるというのは、非現実的な可能性を排除する現実的な判断がそこに入るということですか。フィードバックがかかるということは、出てきた結果によって自分を変えていく仕組みがあるということですよね。何が起こったときにフィードバックがかかるのですか。例えば原発が異常に増えるようなことが起こると、それを減らすようなフィードバックがかかったりするのですか。
田村──そういうことではないです。フィードバックという言葉が相応しいかどうかわかりませんが、いろいろな可能性を与えるということです。ブライアン・イーノがそれぞれ異なるループの音を出す機械を五台くらい使って、無限に違う音楽を作っていて、それは自分にとってのフィードバック・ツールであると言っています。つねに同じ一定のことをやっているけれども、ちょっとした違いによってさまざまな可能性を自分で知ることができるわけです。
今井──結果を戻すことはわかりましたが、その時のscoreは何を意味しているのですか。
田村──理論を満たしているのですが、それに対して多くの提案が導かれます。つまり同じ理論から自分では思いつかないような可能性の提示があって、それに対してつねにレスポンスできる。
今井──それは設定条件と、アルゴリズムとパラメーターが一意に決まっても、出てくる結果に多様性を持たせたいのですか。
田村──そうです。「FUNCTION MIXER」では絶対ひとつの結果に収束してしまいます。
吉村──ヴィニーはどういうディレクションをしたのですか。「3D CITY」の頃はかなり独裁者的に主導権を発揮していましたが、これはちょっと状況が違いそうですね。
田村──ヴィニーはディレクションをしていません。毎週のミーティングでヴィニーにこれはこういうことだと教えるわけで、生徒と先生の立場が逆転しています。しかし、それはよいことだったと思います。ヴィニーはわからないことをわからないと言ってくれるので、難しいことを単純化したり、定義を明確にしたので、最後に辞書のようなものができ上がりました。
今村──MVRDVはいつも名前の付け方がすごく巧い。「REGIONMAKER」という名称も、一見プレーンなものですがよく内容を示していて、そうした言葉に対する感性がとても似ている気がします。ここでの用語の定義にしても、かなり慎重で的確なのが印象的ですね。
田村──ヴィニーは私たちのリサーチに唯一ついていけた人です。プログラマーやMVRDVのリサーチャーなど何人かチューターがいましたが、最終的にみな来なくなってしまいました。
今村──それはプロセス読解の難しさと同時に、一一人のメンバーが世界中から集まっていることの難しさもあると思います。言葉の微妙なニュアンスを共有するのは、容易ではないでしょうから。
田村──八カ国の人がいましたが、片寄った地域のメンバーではこれはできなかったと思います。定義を作る際にはギリシア人の女性が活躍しました。言葉の起源は根本的にギリシア語からきているので(笑)、私たちには理解できないレヴェルで深く理解をしていた。ポジショニング・ルールを作る際もニュートラルにできたと思っています。
日埜──これは、そもそもニュートラルな都市モデルをつくろうとしているのですか。ラインルールを取り上げる場合にはスペシフィックな問題がありましたが、現在のところそうでなかったとしても最終的には普遍的な都市モデル、一般的な都市に適用可能なものを作ろうとしているということなのでしょうか。
田村──そうです。どこに位置するのか、初めの設定で考慮しています。「3D CITY」ではオランダを前提条件とし、諸外国との貿易関係を無視してしか作ることができませんでした。それに対して「REGIONMAKER」では地理的な設定ができるので、大きなものの一部であることを反映できます。
吉村──ニュートラルなものが欲しかったんだと思いますが、ニュートラルな評価装置を用意しておいて、パラメーターを振り切った都市を見てみたいという野望はあるでしょうね。
田村──ベルラーへは教育の場なので、ニュートラルなものを目指したほうが、都市の根本を学ぶためにはよかったと思います。
今村──こういう手法でデータを使うにあたって、いままでの都市の限界に対する議論はあったのですか。いままでの都市計画や都市リサーチの限界や不満が、こういうやり方のきっかけになったのでしょうか。特にデータを使うことやコンピュータ・プログラムをつくることが有効だと考えた経緯について聞きたいのですが。
田村──最初はこういうものを目指したわけではありませんでした。しかし、「3D CITY」や「UNIVERSAL CITY」、「MIX MAX」をやって、勉強してわかったことをヴィジュアル化できないというもどかしさを解決したいという意識を、私たちは共通して持っていました。「UNIVERSAL CITY」が終わった後に、「FUNCTION MIXER」をディレクションをするヴィニーに対して私たちは強く反対しました。「FUNCTION MIXER」はル・コルビュジエ丹下健三などのような都市イメージを、パパッと見せる計算機にしか見えなかったからです。「3D CITY」からやってきた膨大な知識を反映することが「FUNCTION MIXER」にはできないので、別のツールが必要であるという話になりました。言葉の定義付けは、みなが何回も言っていることを表現するのに適切な言葉はこれだということで自然に決まりました。
今井──四つのポジショニング・ルールを決める手段とその相関関係について教えてください。幾何学的に四つあって、それぞれの組み合わせで全部記述できるのですか。また、それぞれには従属関係はあるのですか、あるいは完全に独立しているのですか。幾何学的な決め方ではないような印象だったのですが。
田村──ecological friendly scenarioにおける大気汚染に関するポジショニング・ルールを例に具体的に説明します。まず、汚染生成物として非再生可能資源や工業などのunit typeが挙げられます。大気汚染を解決するには汚染生成物を散らすか、汚染物質を吸収してくれるunit type、例えば農地や森林などを選択するという方法があります。吸収するunit typeにも度合いがあって、これが一番吸収してくれるもの、これが二番目に吸収してくれるもの、これが三番目……となって、この関係を理解したうえで四つのポジショニング・ルールに当てはめます[図12]。一〇〇%というとスペース・フレーム内において端から端までになり、〇%は隣りでもよいという意味です。これはproximityの場合で、隣りにできるのですが、mergingは重なり合うという意味で、mergingは滅多にありませんが、例えば農地と風力発電はmergingが可能です。
今井──なるほど。風車が回っているところを雄牛が歩いていてもよいということですね。そういうのが設定条件だとすると、何と何の重ね合わせなら可能なのかということがブラックボックスになってはいませんか。その部分の共通認識がわかれば読みこめると思いますが。
日埜──例えば一〇年前の都市の状況を入力したとして、現在の状況がソフトが吐き出す想定レンジの中に入ってくるとすれば、それは単純にテクニカルな意味でもすごいことですね。僕はずいぶん前にライフゲームみたいなものをプログラムしたことがあるのですが、その経験から言うと単に素直にやればまず結果は発散してしまうんです。実際の都市は基本的にマイナーでローカルな判断の積み重ねでできているのでしょうが、マクロなシミュレーションにおいてある程度の予測精度が出ることは、それだけでもすごいことじゃないかと思います。最終的に一般的な都市像を目指しているとのことでしたが、そんなこと可能なのかなと半分思いながら聞いていたんですが、シミュレーション可能だということの意味は十分考える必要があるでしょうね。災害や政治のようなシミュレーションしにくいことも実際にはあるわけだけど、コミュニケーションやフィードバック・システムがそこをうまく補完するのかもしれません。

会場──やっぱり難しいなというのが第一です。そして、確かにこれはコミュニケーションツールにはなるのかもしれませんが、すべての人が動かすことは不可能です。例えば理想的なモデルを作ろうとすると、このプログラムを使える人だけではなくて誰でも簡単に動かせる必要があると思うのですが。
田村──sliderには〇から一〇〇までのレンジがありますが、〇だから理論外、一〇〇だからキャパオーヴァーという話ではないんです。どこをどういうふうに動かしても、その範囲内であれば理論的に成立しているので、その意味で誰でも使えます。もしもそこで理論外になっているとスペシャリストにしか使えませんが、そうではないことを理論づけするためにsliderがあります。
吉村──「FUNCTION MIXER」と比較したときの「REGIONMAKER」の最大の特徴は答えが収束しないということです。収束しないことの価値は何でしょうか。直感的には、答えが一種類しかでてこないほうが理解しやすくて、それをきっかけに市民同士のコミュニケーションも活性化できるのではないかと思えます。複数の答えが出てきたときには、またそのなかから選択するための別のルールが必要になってきてしまうのではないでしょうか。
田村──「REGIONMAKER」はinterdiscipli-naryを可能にするためのツールを前提としていますが、「FUNCTION MIXER」はひとつの答えを出すという点で、やはり計算機なんです。そうすると建築家のシナリオをヴィジュアル化した結果を、いかに納得させるかという議論にしかならないと思います。だけれども、政治家が選ぶ都市、建築家が選ぶ都市、音楽家が選ぶ都市といったものが、同じ結果なんだけれども違うほうが、おそらく議論が広がると思います。そこで、初めてinterdisciplinaryが起こるのだと思います。そこが「FUNCTION MIXER」と「REGIONMAKER」の大きな違いです。
今井──「REGIONMAKER」の学問的価値はわかりますが、そのやり方では意見が発散する方向なので意志決定には使う想定でないツールですよね。むしろ「FUNCTION MIXER」で答えをひとつにしてやらないと話がまとまらない。
今村──都市とはいろいろな関わり方がありますが、通常の対処療法的方法や上から決めるやり方とは、「REGIONMAKER」は立ち方が違う。その可能性が面白いと思います。
田村──グローバルエコノミーが支配する世の中で、グローバルな状況を理解しないとアーバン・デザインはできないと思います。そのグローバル化がどのように起きているのかということ、またアーバンデザインと個々人ということ、それらについてトップダウンとボトムアップをコンバインする方法を考えています。そういう意味で「REGIONMAKER」が使われるべきだと考えています。
今井──二二個のunit typeの平面上でのシミュレーションに関して、セル・オートマトン的な設計と、全体の因果律によって設計されているものとの割合はプログラマーじゃないとわからないですが、自律的に時系列で変化をしていくようなことはあるのですか。
田村──それはできていません。「FUNCTION MIXER」であるモデルをフリーにして、その後に起こる変化についてやりたかったのですが。シナリオは理論を持ってできているので、未来を予測するパラメーターのようなものはこの段階ではありませんが、ミニマシンでは入ってきます。
今井──セル・オートマトン的な時系列の要素が入ってくる場合、日埜さんがおっしゃっていたように、実際に設計すると劇的な変化が起きてうまく安定せず、あるレンジの中に収まるセル・オートマトンを作るのはすごく難しい。そのあたりの設定をどうするとよいかは研究に値する部分でしょう。
日埜──ライフゲームを作るときには、結果を見て考え直すということを実際問題やらざるをえない。それがあるところに収まるというのは、そこにある都市的な考え方がすでに刷り込まれているから収束するのか、それともそういうことではなくて正確なニュートラルさが収束を導いているのか、興味をそそられます。

 [二〇〇五年四月六日、五月一五日]

>田村順子(タムラジュンコ)

1977年生
ベルラーヘ・インスティテュート修了後、MVRDV勤務。東京大学大学院工学系研究科博士課程在籍。建築・都市研究。

>吉村靖孝(ヨシムラ・ヤスタカ)

1972年生
吉村靖孝建築設計事務所主宰。早稲田大学芸術学校非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。建築家。

>今井公太郎(イマイ・コウタロウ)

1967年生
キュービック・ステーション一級建築士事務所と協働。東京大学生産技術研究所准教授。建築家。

>今村創平(イマムラ・ソウヘイ)

1966年生
atelier imamu主宰、ブリティッシュ・コロンビア大学大学院非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、工学院大学非常勤講師、桑沢デザイン研究所非常勤講師。建築家。

>日埜直彦(ヒノ・ナオヒコ)

1971年生
日埜建築設計事務所主宰。建築家。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間

>Code

2001年3月1日

>ヴィニー・マース

1959年 -
建築家。MVRDV共同主宰。

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>丹下健三(タンゲ・ケンゾウ)

1913年 - 2005年
建築家。東京大学名誉教授。