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アイデンティティの空間体験 | 成実弘至
Spacial Experience of Identity | Hiroshi Narumi
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) pp.36-38

あなたはいつ、どこで自分の外見を見るだろうか。
個人差、男女差、世代差もあるが、おそらく男性読者の方々は、鏡を携帯して自分の顔を頻繁にチェックすることはあまりないにちがいない。数少ないその機会といえば、洗面所や風呂場でつかの間に映しだされる自分の姿を軽く一瞥するときだろうか。それとも証明写真やスナップショットに残る曖昧な映像にしかるべき自分を探りあてようとするときだろうか。いずれにせよ自分の外見をしげしげと見ることはそれほど多くはないだろうし、まして公共の場所でそれに耽るのはいかにもナルシスティックで気恥ずかしいものがある。
しかし都市には自分の外見を公然と見つめることのできるパブリックな場所がいくつかある。そのもっとも有力な場所は商空間であり、具体的にはブティックやヘアサロン(あるいは理容室)だろう。これらの場所には大きな鏡が設置されており、私たちはその前に進み出て、自らの姿を見るようになかば強要される。そこでは新しい服を着た自分がどんな印象になるのか、変わっていくヘアスタイルが自分のイメージにあうものか、きびしい詮議が行なわれることになる。私たちはつねになく真剣に自分の外見を見つめ、その身体的アイデンティティにあらためて気づかされるだろう。そのときモードの空間は自分自身を発見するための場所へと変わるのだ。
 

遊歩と商業空間

消費空間とアイデンティティが顕著に結びつくようになったのは、一九世紀に出現した百貨店である。
一九世紀はヨーロッパの大都市に百貨店という消費の殿堂が続々と登場した時期にあたる。一八五二年に開店したパリのボン・マルシェがとくに知られているが、それに前後してロンドンなどにもハロッズやリバティなどの有名百貨店がオープンしている。壮麗なファサード、垂直方向を強調した吹き抜け空間、そして多種多彩な商品が華やかに展示される売り場──百貨店は斬新なディスプレイとマーケティングの技術を駆使して、消費のための劇場・商品の寺院というべき一大スペクタクルを演出したのであった。
百貨店という空間は人びとの都市体験を大きく変容させてゆく。とりわけ女性たちにとって、そこは男性の庇護なしに気ままに歩きまわったり、思うぞんぶん商品やほかの女性たちを観察することのできる数少ないパブリックな場所となったのである。当時の中上流階級の女性たちはヴィクトリア朝のモラルに強く縛られ、家庭というドメスティックな場所に閉じこめられていた。公共の空間に出るときは父や夫の同伴が不可欠であり、男性のいない女性が路上を歩く姿は社会的な反発をひきおこしたものである。しかし百貨店はだれからも非難されずに女性が自分たちだけで自由にふるまうことができた場所だった。それは彼女たちに自分や他人をおおっぴらに見つめる自由をも与えたのである。
ベンヤミンは、街路をさまよい歩き、群衆にまじって都市の光景を観察する遊歩者フラヌールについて述べている。しかし都市を気ままに歩きまわることができたのは男性たちであって、社会のきびしい監視のもとにおかれた女性が遊歩者として都市を体験することはありえなかった。文化社会学者のジャネット・ウルフはフラヌリーが男性にのみ許された近代の経験でしかなかったと指摘している。当時きわめて例外的にフラヌルーズとしての経験をもちえた女性は娼婦くらいなものであった。しかし、その意味では消費体験は女性たちに遊歩者としての特権を留保したのであり、自己や他者を見る経験をとおして主体化する契機を与えたのである。もちろんそのような主体化も商業主義の枠内でおこったものにすぎなかったのだが。ベンヤミンもまたこう警告している。「百貨店はぶらぶら歩きさえ商品の売り上げに利用する。百貨店は遊歩者が最後に行き着くところである」(『パサージュ論』)。
見ることによって商品や他者を欲望し、鏡のなかに「私」を確認すること。さらに試着室でモードをまとうことによって断片化した身体感覚をまとめ上げ、自分の外見のアイデンティティを構築すること。現代にもあてはまるこうした経験は、近代的な消費空間である百貨店において発達してきたものだ。消費空間は私たちの「自我」の構築に深くかかわっているという意味で、精神分析的な主題なのである。

イッセイ・ミヤケの空間デザイン

前回見たように、最近のモードと建築の関係は新しい局面を迎えているが、そうした建築はアイデンティティをめぐる新たな物語を紡ぎだそうとしている。
イッセイ・ミヤケが最近立ち上げた二つの商空間をとりあげてみたい。ひとつは青山フロムファーストビルの「イッセイ・ミヤケ・フェット」であり、もうひとつは六本木ヒルズの「イッセイ・ミヤケ by ナオキ・タキザワ」。前者は現代美術のヤノベケンジが参加したことで話題となり、後者は妹島和世西沢立衛の建築ユニットSANAAが手がけ、今年六月にオープンしたばかりである。
「フェット」は三宅一生による実験的なプロジェクトを志向するショップだが、この空間のためにヤノベは《クイーン・マンマ》という巨大なオブジェをつくりあげた。これは一見すると、重工業テクノロジーとアニメキャラが一体化したような金属製のロボットがソファーに鎮座するもので、その腹部が開くと内部が試着室になっているという仕掛けである。もともと三宅からの依頼はブランド立ち上げイヴェントのためのものだったが、それに飽き足りなかったヤノベがコラボレーション・ベースのプロジェクトを持ちかけ、インテリア空間のプロデュースへと発展していく。
 《クイーン・マンマ》のコンセプトは「再生」である(マンマには「母」と「食べ物」の意味がかけられている)。試着室とは古い殻を脱ぎ捨て新しい服を着るという、生まれ変わりのための場所である。私たちは《クイーン・マンマ》の胎内に入り、イッセイ・ミヤケの服をまとって新しい自分となって出てくるわけだ。この再生というコンセプトは三宅自身の方向性でもあった。三宅はイッセイ・ミヤケというブランドのデザイナーを滝沢直己に譲り、より自由な創作活動に向かおうとしていたのである。その姿勢にヤノベは「リヴァイヴァル」と「未来の廃墟」をテーマにした自分の世界との共通点を探していく。もともとこの場所のインテリアはかつて倉俣史朗がデザインしたものだったが、ヤノベはそれを撤去するように要求した。たしかに《クイーン・マンマ》は軽快さや純粋さを想起させる倉俣ワールドとは相いれないだろう。
一方、SANAAによる「イッセイ・ミヤケby ナオキ・タキザワ」の空間はヤノベとはまったく異なる世界を展開している。一階・二階をぶちぬいた高い天井、細長い真白なスペースには装飾がまったくなく、通りに面した大きなウィンドウを除けば、文字どおりホワイトキューブだ。ラックは天井からつり下げられ、必要なときには電動で巻き上げられるので、ことによってはなにも存在しない空間へと変えることができる。可動ラックを巻き上げれば、ちょっとしたファッション・ショーの舞台としても使うことができるようだ。透明感とリアリティが融合したSANAAらしい空間表現である。
この空間では空中に浮かんでいる服と向かいあっているような感にとらわれる。通常インテリアがもっている意味性(豪華、優雅、高級、モダン、前衛、カジュアル、親しみ……)が削ぎとられてしまっているので、服そのものの存在が無媒介に前面に立ち現われており、私たちもまたそうした服の肌理に鮮明に気づかされることになる。ここではわかりやすい物語性に回収されない空間において、イッセイ─タキザワという新しいアイデンティティとじかに対峙することが求められているのだ。
滝沢直己はイッセイ・ミヤケという偉大なブランドの後継デザイナーとして、自らの立つ位置を妹島・西沢の建築デザインの特徴と重ねようとしているようにも見える。三宅は強烈な個性と創造性によってファッションの世界を変えてきたデザイナーである。三宅と同じ方法論をとると二番煎じになり、またいまはかつてのような強烈な表現が求められる時代でもない。妹島たちの建築に見られる透明感のなかの逆説的な作家性のようなものを手がかりに、滝沢はイッセイ・ミヤケというブランド・アイデンティティを再構築しようと模索しているのではないだろうか。

1──「イッセイ・ミヤケ・フェット」ヤノベ・ケンジの《クイーン・マンマ》   《クイーン・マンマ》は今年8月、ショップ内での機能を備えたまま「イッセイ・ミヤケ・フェット」を発ち、近々別のかたちで多くの人々と出会う予定である。

1──「イッセイ・ミヤケ・フェット」ヤノベ・ケンジの《クイーン・マンマ》
  《クイーン・マンマ》は今年8月、ショップ内での機能を備えたまま「イッセイ・ミヤケ・フェット」を発ち、近々別のかたちで多くの人々と出会う予定である。

2──「イッセイ・ミヤケ by ナオキ・タキザワ」 六本木ヒルズ ともに写真提供=ISSEY MIYAKE ともに© Nac a & Partners

2──「イッセイ・ミヤケ by ナオキ・タキザワ」
六本木ヒルズ
ともに写真提供=ISSEY MIYAKE
ともに© Nac a & Partners

欲望の空間化と身体化

近年のモードと建築のコラボレーションは、企業と建築家が一方向的に仕事を発注・受注するのではなく、クリエーターとして議論を重ねながら空間がつくられていく傾向にあるようだ。建築家がブランドの歴史やスタンスを解読し、それを空間へと再解釈することによって、《プラダ青山ビル》のような興味深いテクスチャーの空間も登場している。
精神分析学者の新宮一成は古山正雄との対話のなかで、建築家と精神分析医との共通性をこう指摘する。建築家とは施主自身も気づいていない欲望を読み取り、それを建築という形に顕在化する職業であるが、それはまさしく分析家が行なっていることと同型である、と。とするならば、建築とは施主の無意識を空間化したものであり、施主が気づいていなかった欲望を見せる行為なのかもしれない。このことはイッセイ・ミヤケの空間にもあてはまる。すなわち「フェット」やイッセイ─タキザワの空間デザインもまたブランドの再生をめぐる無意識の物語が空間化したものではないだろうか。
しかし考えてみると、モードなるものも人びとの「現在」という時代に一体化したいという欲望から生まれるのであり、人びとはそれをまとうことで無意識の欲望を身体化するわけである。ファッション・デザイナーの役割もまた分析医のように無意識を顕在化し、しかるべき方向へと操作することなのだ。したがってモードの空間とは、消費者、ブランド、建築家がたがいの無意識を解読しながら自分を発見し、つかの間のアイデンティティを構築していく現場ということになるのだろう。

参考文献
妹島和世+西沢立衛『妹島和世+西沢立衛/SANAA WORKS 1995-2003』(TOTO出版、二〇〇三)。
原田環「ヤノベケンジインタビュー 現在・過去・未来」(『美術手帖』八二二号)所収。
古山正雄『対論・空間表現の現在』(角川書店、二〇〇三)。
Wilson, E., The Contradictions of Culture, London: Sage, 2001.

>成実弘至(ナルミ・ヒロシ)

1964年生
京都造形芸術大学助教授。社会学、文化研究。

>『10+1』 No.33

特集=建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア

>パサージュ

Passages。路地や横丁、街路、小路など表わすフランス語。「通過」する「以降...

>妹島和世(セジマ・カズヨ)

1956年 -
建築家。慶應義塾大学理工学部客員教授、SANAA共同主宰。

>西沢立衛(ニシザワ・リュウエ)

1966年 -
建築家。西沢立衛建築設計事務所主宰。SANAA共同主宰。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA准教授。

>SANAA(サナー)

建築設計事務所。