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イメージ、その欲望する「場所」 | 土屋誠一
Image: The Desiring "Place" | Tsuchiya Seiichi
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) pp.23-25

考えてみれば、「デジタル・イメージ」を、自明のものとして捕らえることは可能なのであろうか。もちろんわれわれは、それを現象としては日常的に体験しているし、そのイメージが指示する対象に、少なからぬリアリティを感じてさえいる。しかし、前回述べたように、デジタル・イメージがサイバースペースの中に、亡霊的に遍在するものであるならば、即座にその実体を指示することはできるであろうか。遍在性は、まず空間に即して言えば、現象学的な存在の現前を不確実なものにする一方、時間に即しても、歴史に遡行してその存在を確認することを困難にする。サイバースペースにおけるデジタル・イメージが、あらゆる局面において過剰なまでに見えてしまうにもかかわらず、実体を規定し難いとは、一体どういった訳であろう。このことは、ウェブサイトを構成するコンテンツの、表面的な流動性のみを問題にしているのではない。それは、コンテンツそのものに内在するところの、実在性の不確かさ、あるいは安定した表象の欠如に由来することである。例えば、同一のコンテンツにおける表象が、ウェブ・ブラウザやOSの相違、記述形式の相違によって、まったく異なることが端的に示しているであろう★一。この可塑性は、物理的な支持体に依拠しないが故に、それ以前のいかなる複製メディアよりも、より顕著である。
この原理と形式の不一致は、デジタル・イメージの実在を問う、ある種の神学的な考察によって明らかになるかもしれないが、より実践的には、デジタル・イメージが現われるその存在の形式、またはそれをイメージとして捕らえうる「場」としての、認識の枠組を、考察すべきであろう。先に試みてきた考察から、デジタル・イメージの現われを、インターネットという環境を前提としてきたことは、それがイメージを把握する認識の枠組としての機能を果たしているからにほかならない。それでは、インターネットというフレームに基づくデジタル・イメージは、いかなる様態において現われるのであろうか。この存在様式の考察を進める前に、まずは認識のフレームとしての「アーカイヴ」という「場」について、時代を遡行しつつ考察してみよう。

サイバースペース以前のイメージのアーカイヴについて、博物館、とりわけ視覚イメージにとって特殊である美術館というフレームについて考えてみよう。かつて王侯貴族の権威を示す、他者からの収奪の帰結であった宮殿のコレクションは、市民社会の成立とともに、公共財として世俗化された。公共財を収蔵する美術館は、市民社会を規定する国家の名の元に統御され、そのコレクションは保存・公開される。収蔵された資料体は、各々が歴史的コンテクストによって結び付けられ、総体としては、多くの場合、公正かつ普遍的な歴史を構成する。このような普遍的な歴史は、美術館のインターナショナリズムを徴付けるが、一方でそれは、極めてナショナルな同一性を形成する口実にもなりうる★二。なぜなら、理念としての普遍性を主張したとしても、現実には「美術館」という現実の形象は、特定の国家内の、固有の場にしか存在しえず、また、その美術館の存在意義を規定するものは、そこに収蔵されたコンテンツ、つまり唯一で固有の「もの」としてのイメージの価値であるからだ。このことは逆に言えば、物質としてのイメージが収蔵される場所(site)は、ローカルな場所でしかありえないということである。
しかし、美術館とそこに収蔵されるイメージを、地理的、物質的ローカリティと単純に結びつけることはできない。ここでは、美術館の特徴を、現実的な場所(site)と理念的な空間(space)に分けて考える必要がある。イメージはその存立基盤として、物質的ローカリティ(=site)を要請するとともに、それが効率的に観者に伝達可能になる抽象的な空間(=space)をも要請する。美術館がイメージを展示する際に、「ホワイト・キューブ」と一般に呼ばれる抽象的な空間を設定することは、それらが場所や物質といった、与件としての物理的制限を排除するという目的に差し向けられている。つまり、イメージは物質として、アーカイヴィングの対象になるにもかかわらず、それをイメージとして経験する際には、抽象化の過程を経なければならないという、逆説的な二重化がそこに存在しているというわけである。
近代的な美術館と、写真や映画のようなイメージの複製メディアが、時代的に並行して成熟していったことは、興味深い符合である。先の二重化を場所にではなく、イメージに適応した例として、アンドレ・マルローの唱えた「Le Musée Imaginaire」★三を挙げるべきかもしれない。それは、イメージの享受に写真というメディアを媒介させることによって、アーカイヴの場所と物質という制限を、一挙に解消しようとする試みであったと言える。マルローは、写真のような複製メディアがイメージにもたらす、場所の抽象化という特質を正確に見抜いていた。この「イマジナリーな美術館」という概念の背景には、アーカイヴという側面において、美術館の理念としての空間(space)と、複製技術のメディア的特質が、アナロジカルな関係にあるということを示していると言えるのではないだろうか。また、この概念を、想像的な(imaginaire)空間(space)と、建築物である美術館(musée)がある現実的な(réel)場所(site)に分割して考えるならば、美術館の本質を、その二重化において、極めて的確に言い表わしていたとさえ言える。しかし、マルローのこの概念が具体化されなかったのは、複製技術による抽象化されたイメージは、それでもなお物質性を捨象し切れなかったからではなかっただろうか。このことに関しては、次のような事例を挙げてみると、より問題が明確になるかもしれない。
マリオ・ペルニオーラは、一九六〇年代から始まったビデオ・アートに関して、次のような見解を述べている★四。芸術のアウラから自由で、美術史に規定されるような制度的諸条件からも独立した表現メディアとして登場したはずのビデオ・アートが、その磁気テープの経年劣化と装置そのものの急激な改良によって、逆説的にアウラを帯びるようになったという。ペルニオーラは、このアウラが要求する帰結として、ビデオ・アーカイヴのような制度的に保護される場所に、それらが保存されることが推奨されるようになったと言うのである。かつてナム=ジュン・パイクらが過激に推進したような、ビデオというメディアに託された、無媒介的かつ平等なイメージの享受という、まさしく現在のインターネットを予見するかのようなユートピックな理想は、そこで扱われたメディアが、おそらく彼らもほとんど気付いていなかったであろうが、決定的に物質に依拠していたということによって、皮肉にも裏切られたのである。それらが美術館において展示される際、絵画作品のキャプションに対し、その素材を示す「油彩、キャンヴァス」という表記があるのと同様に、「ビデオ」と記されるのは、まさにそのことを示しているのではあるまいか。
いずれにしても、このような事態は、アーカイヴの、あるいは歴史への意思の病い、とでも言えるであろう。アーカイヴの意思は、収集する対象が、仮にビデオのように一見すると不定形なメディアであっても、そこに物質的な属性を見出そうと、際限なく欲望するのである。それは、先の場所(site)と空間(space)の二重化によって、アーカイヴが構成されるからであるにほかならない。
話は大きく逸脱したが、それではデジタル・イメージの所在は、あるいはそれをデジタル・イメージと規定するフレームは、一体どこに定められるのであろうか。写真や映画のような複製メディアの、その物質的制限を除けば、マルローが予見したイメージのアーカイヴは、サイバースペースという想像的(imaginaire)な領域において、そして場所性や物質性を抽象化したハイパーリアルな空間(space)において、実現しているかのように見える。しかし、そのイメージが現実の場(site)や物質的制限に規定されない空間に展開されるならば、現実の場にいるわれわれは、いかにしてそれを「イメージ」として捕らえているのであろうか。

1──空想美術館のための写真を選ぶマルロー 出典=http://pages.videotron.com/agd/malraux.htm

1──空想美術館のための写真を選ぶマルロー
出典=http://pages.videotron.com/agd/malraux.htm


2──フランス文化省が制作した 空想美術館のウェブサイト 出典=http://www.malraux2001.culture.fr/culture/malraux/index.html

2──フランス文化省が制作した
空想美術館のウェブサイト
出典=http://www.malraux2001.culture.fr/culture/malraux/index.html


★一──東浩紀は、サイバースペースにおけるイメージの表象の、このような複数性、並行性を、ポストモダンの世界観を表わす象徴的事例として捕らえている。『動物化するポストモダン──オタクから見た日本社会』(講談社現代新書、二〇〇一)を参照。
★二──松浦寿夫は、近代型ミュージアムの典型である、ニューヨーク近代美術館に関して、ナショナリズムとインターナショナリズムの二重性を、その変遷史から精緻に読み解いている。「美術館のなかのひとつの場所」(『批評空間』第一二号、太田出版、一九九四、所収)を参照。
★三──マルロオ『空想の美術館(東西美術論 1)』(小松清訳、新潮社、一九五七)。
★四──マリオ・ペルニオーラ『エニグマ エジプト・バロック・千年終末』(岡田温司+金井直訳、ありな書房、一九九九)。

>土屋誠一(ツチヤ・セイイチ)

1975年生
美術批評家。沖縄県立美術大学講師。http://stsuchiya.exblog.jp/。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>東浩紀(アズマ ヒロキ)

1971年 -
哲学者、批評家/現代思想、表象文化論、情報社会論。

>ポストモダン

狭義には、フランスの哲学者ジャン・フランソワ=リオタールによって提唱された時代区...

>松浦寿夫(マツウラ・ヒサオ)

1954年 -
西欧近代絵画史。