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古典性の零落 | 日埜直彦
Degradation of Classics | Hino Naohiko
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.39-41

過去半世紀に現われた「建築的統辞法」の揺らぎを検討するため、それ以前の文脈を振り返ってきた。比喩的に言うならば、嵐の波間から嵐の全貌を見ることができないならば、せめてかつての海を思い返してみよう、という格好だろうか。嵐を鋭敏に感知し、流れに棹さしつつ、意図においてなにごとかをなすこと、それが問題である。ただ波にもがくだけで嵐を見定められるわけもなく、ローマ帝国の崩壊のような巨大な嵐においてさえ、波にもまれるうちに嵐が意識から遠のくこともありうる。
前二回で近代建築の進歩的外見に現われた古典的性格を検討してきた。近代建築の特徴とされる機能主義や幾何学性は建築そのものと同じぐらい古い美学に由来し、むしろ一種の伝統的規範と考えることさえできる。古典との決別によって成立したと言われる近代主義は、その底で連続性を保っており、用・強を尽くすことで美と一致するというきわめて古典的な理想は、しだいに色を失いながらも、その精神として護持された。近代建築が断ち切ることのなかったこの古典性への依存は、しかし現在どうだろうか。

建築の構想とは結局のところ、実体としての現実の環境と無形の与条件を前に、ありうべき潜在的可能性を収斂させつつ、建築のフィジカルな実体を規定していくプロセスである。建築物が新築される場合であれ、いわゆるリノベーションであれ、事情は本質的には変わらず、すでにそこにある現実に手を加えることで、漠然とした潜在性がより具体的で明確な姿を現わしていく。その意味で建築の構想は一般に多くの可能性を刈り取り、そのことによって特定の潜在的可能性を顕在化させる過程と言うことができる。
建築家は単に意のままに構想するわけではなく、さまざまなファクターを引き受けつつそうした収斂のプロセスを進める。例えば敷地やその周囲、その場の歴史性や社会的に期待されている建物のイメージ、そこで選択しうる技術的解決、収容すべきモノやプログラム、あるいはクライアントの意向や経済的条件といった、多様で複雑に絡みあったファクターがそこに存在する。それらのファクターのなかには敷地のようにきわめて具体的で動かしがたい条件もあるが、しかしそこには常にその具体をどのように捉えるかという意味的次元がまとわりつき、結局のところ一意的に定まるファクターなどほとんど存在しない。プロセスの途上において発見されるファクターがプロセスの行く末に重要な意味を持つことも珍しくなく、前提としていたファクターが構想そのものによって変化することさえあるかもしれない。ファクターと構想プロセスの関係は、一方に発して他方が展開するといった直線的なものではなく、微視的には再帰的、巨視的には網状の連鎖的関係である。
こうした複雑怪奇なプロセスを迷走にまかせ、潜在的で不可視の可能性を手当たり次第にさまようのではなく、実りあるものとして現実的に終着点へと至ることがいかにして可能だろうか。この問いはおそろしく重大なものだが、理屈としては比較的単純な解答が与えられる。個別性を抽象化し、規則化し、定型化することでファクター自体の複雑性を縮減★一させること、そしてそれらのファクターの相互作用を切断し、分節し、線形化することである。特定のファクターをまるごと無視してしまうことが現実的にありえない場合、論理的にほかに可能なことはない。
ファクターの複雑性を縮減する形式が広く共有され、線形性がまずまず妥当とされる場合には、全体規定的なファクターから検討を始め、部分規定的なファクターを順次組み入れていくような(おなじみの)設計プロセスが有効になる。さほど難しい話ではない。敷地形状と法的規制の範囲内で床面積を算定し、コストとリターンのバランスを確認して一梃アガリというような設計プロセスを考えてみればよい。そこにはなんの創発性もないが、それも当然でそこでは建築とか空間といったものが諸々の複雑性と十把一からげに「縮減」されているのである。構想プロセスにおいて、現実の複雑性をどのように取り扱うかは致命的かつ本質的な問題である。
近代建築は個別の事象を形式化によって一般性に接続し、一般的な類型と関数から合理的かつ具体的な配分を行なった。計画学や構造力学、環境工学のような学問がそれを前提とし、また実際の設計手法も基本的にはそれをトレースする。プログラムを機能要素に分節し、要素間の不規則な相互作用を捨象しつつフローチャート的なダイアグラムを組み立て、具体へと写像すること。建築の物的構成を意匠と構造と設備に分節し、その相互作用を捨象しつつシステムとして構想すること。構造体を柱と梁、その他の要素に分節し……云々。もちろんそれで事足れりと高をくくっていたわけではない。ファクターから捨象された固有性を回復し、相互に関係するファクターを線形的に扱う無理を補償する修正項を導入することで、建築をより豊かなものとする努力がこうしたプロセスに付随する。あるいはたとえばシステムとしての完成度を追求することによってむしろ美学的回路に乗じるような、建築を充実させる別の水準の暗黙の導入もあっただろう。しかしさまざまな実態があったにせよ、合理的プロセスがもたらす実効性は、近代化が実現させた圧倒的な成果によって裏打ちされており、それ自体の信頼が根本的に揺らぐことはなかった。

前回参照したヴァレリーの『ユーパリノス』もまたこの信頼を前提としている。彼は合理主義が美と一致する瞬間を理想とし、そうして人間の生を知性によって輪郭付ける建築を人間の行為の至高の形式とした。そのとき彼には合理主義の規律が潜在的可能性に蓋をする事態など思いもよらなかったに違いない。もちろんヴァレリーは単に楽天的にその一致に期待したわけではない。合理主義が現実にもたらした愚かしさを眼前に見据えながらも、有限の力能を持つ存在におけるヒューマニズムと共にそこに望みを繋いだ。
詩人ヴァレリーの先人でありまた好対照をなす詩人ボードレールは、ベンヤミンによれば「近代自体がいつか古典時代になりうるか」という問いに常につきまとわれていた★二。ボードレールにしても単に古典主義者であるわけではない。近代に生まれ落ちたがために没落を余儀なくされた古典的英雄、デカダンス=アンチヒロイズムとしての古典的ドラマツルギーを、彼は自らの生の様式とした。疾風怒涛に翻弄され「断念と献身に光を添えるロマン主義」に抵抗しつつ、「情熱と決断力に輝きを与え」る無頼のボヘミアンである★三。ロマン主義に淫することを拒否して近代を生きるボードレールにとっての古典性は、しかし第一次世界大戦を生きたヴァレリーにとってアナクロニズムでしかない。近代がもたらした進歩と惨禍の極端なコントラストを直視せざるをえないヴァレリーにとって、いかに転倒されたものであれそのようなヒロイズムは受け入れがたいものだった。ボードレールの屈折した古典への傾斜からさらにヴァレリーの姿勢は萎縮せざるをえず、古典的理想の成就を一種の奇跡として彼はただひたすら祈願するほかなかった。こうした古典性への屈託は近代主義のひとつの貌である。この屈託を古典との緊張関係と言い換えれば、近代主義として当然の態度に思えるかもしれない。しかしその実際はこのような切羽詰まったものであった。──そして再びの大戦を経て、アドルノのテーゼ「アウシュヴィッツ以降詩を書くことは野蛮である」が、この古典性の水脈を決定的に切断する。古典性と野蛮が一致する事態、ボードレールからヴァレリーへ退色していく古典性への信頼は、ここにおいて、ついに限界に至る★四。

人間が一般に調和的合理主義者である限り、その生きる環境が合理主義的であって齟齬はないかもしれない。そのように思い、そのように生きる、というわけだ。それはトートロジーのような仮定ではあるが、想像できないことはないだろう。ヴァレリーが理想を描いた当時、ある人間像を社会的共通認識として前提することができたかもしれない。西洋近代的な枠組みの内側で一定のリアリティを持っていたそうした古典的秩序と、そこに形成された建築文化は表裏一体の関係にあった★五。たとえばバンハム『第一機械時代の理論とデザイン』(鹿島出版会、一九七六)における「古典性」はこの関係において理解されるだろう。そのときロースはボードレールであり、二〇年代の多くの建築家がヴァレリーと共に並ぶ。
しかしその後露呈したのはまさにその齟齬であり、その一般性の解体である。もはや「多様化する社会」などとわかるようなわからないような言葉に迂回する必要はないだろう。現在、建築を構想する際に、分節された世界を鵜呑みにし、定石に従うだけで建築ができ上がると信じる建築家は稀だろう。それどころかむしろ、既成の分節秩序に懐疑の目を向け、連続性と横断性・交錯の可能性に着目し、事物に一般化できない固有性の次元を見出すことで、その緊密な絡み合いによる総体が一個の建築物として姿を現わすことはありえないものかと考える建築家像に、われわれは現代性を感じるのではないだろうか。ここに見える指向性の転回は、建築において石からコンクリートへといった変化以上にラディカルなものである。次回以降その具体的様相を検討していきたい。

アトリエ・ワン《ミニ・ハウス》(1999)、東京 提供=アトリエ・ワン

アトリエ・ワン《ミニ・ハウス》(1999)、東京
提供=アトリエ・ワン


★一──複雑性の縮減という言葉はそもそも複雑適応系やオートポイエーシスに関する議論で用いられる用語だが、ここでは特に社会学者ニクラス・ルーマンを意識している。彼はさまざまな法や政治、経済などの社会システムを、世界の複雑性を扱い可能な程度に制御するものとして捉えていた。
★二──ヴァルター・ベンヤミン『ボードレール 他五篇』(野村修編訳、岩波書店、一九九四)二四〇頁。
★三──同書、二三〇頁。
★四──この古典性への指向のグラデーションを、最近社会学近辺で語られている「敢えて」や「ネタ・ベタ・メタ」といった言葉と相似なものと理解することが出来るだろう。しかしおそらくそこに見えているのは、社会学的言説の基底的条件、つまり群的ふるまいの記述可能性を成立させている要素の類的性格である。事実性の構築としての芸術や建築はリアクショナルなプロセスによってそこから離れようとする。
★五──ただしここで抽出した意味でのボードレールとヴァレリー、アドルノの文脈と、いわゆる「近代の超克」の問題を比較し、そこに一定の対称性を見ることには意味があるかもしれない。この点に関しては磯崎新建築における「日本的なもの」』(新潮社、二〇〇三)参照。

>日埜直彦(ヒノ・ナオヒコ)

1971年生
日埜建築設計事務所主宰。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>オートポイエーシス

自己自身の要素を自ら生み出し、自己を再生産する自己組織化型のシステム。神経生物学...

>ヴァルター・ベンヤミン

1892年 - 1940年
ドイツの文芸評論家。思想家。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。