建築設計事務所。
ジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンにより1978年設立
(最終更新:2009年3月31日)
[論考]
...であった★二。ここ何年ものあいだ、ヘルツォーク&ド・ムーロンは、自らの仕事をドレスアップする... ...なかった★一二。この観点に立てば、ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品──正確を期すならば、《フ...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.160-166
[論考]
...なかに垣間見ることができる。例えばヘルツォーク&ド・ムーロンは一九八九年に行なわれた「バルセ... ...ていたのは住宅地開発だったのだが、ヘルツォーク&ド・ムーロンが実際に行なったのは、セルダ地区...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.156-164
[批評]
...ーヴェル、ピーター・アイゼンマン、ヘルツォーク&ド・ムーロン、そして、ダニエル・リベスキンド... ...ュアル・ハウスを開始させる」というヘルツォーク&ド・ムーロンや、〈用地〉そのものとして家を建...
『10+1』 No.13 (メディア都市の地政学) | pp.94-104
[素材─構造]
...ヘルツォーク&ド・ムーロンは変わったのだろうか。 彼らが世界中から注目を浴びるようになった初期... ...やすい質があった。 しかし、昨今のヘルツォーク&ド・ムーロン(以下H&deM)といったら。傍若無人、...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.100-103
[キーワード]
...フォーラム》のガラスのキャノピー、ヘルツォーク&ド・ムーロンによる《シグナル・ボックス》での銅... ...主にスイス系の建築家によるもので、ヘルツォーク&ド・ムーロンやピーター・ズントー等の作品に代...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.68-87
[現代建築思潮]
...ヘルツォーク&ド・ムーロン『Natural History』を読む 佐々木一晋+田中陽輔 佐々木──今日は「素材の... ...コンテクスト」と題して、ヘルツォーク&ド・ムーロンの『Herzog & De Meuron: Natural History』(Lars M殕ler, 2002...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.49-56
[論考]
...(=強度/分布/不均質)である。 ヘルツォーク&ド・ムーロン「バーゼル都市再整備計画」 (スイス... ...再整備計画」(バーゼル[スイス]、ヘルツォーク&ド・ムーロン) ◆「長崎港(元船地区)旅客ター...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.97-105
[現代建築思潮]
...そこがブランド建築の新しさです。 ヘルツォーク&ド・ムーロンが作ったプラダ青山店なども、初めて... ...向にあると思います。例えばプラダがヘルツォーク&ド・ムーロン、TOD’Sが伊東さんであること、ある...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.27-44
[現代建築思潮]
...傾向は垣間見ることができる(北京のヘルツォーク&ド・ムーロンやロンドンのfoaなど)。 とはいうもの... ...年の北京オリンピックがありますね。ヘルツォーク&ド・ムーロンがメイン・スタジアムを設計しまし...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.26-32
[論考]
...れた土地」であることが多い★一六。ヘルツォーク&ド・ムーロン《SBBスイス連邦鉄道バーゼル機関車車... ...国土地理院、1/1万地形図、品川32──ヘルツォーク&ド・ムーロン 《SBBスイス連邦鉄道バーゼル機関車車...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.73-84
[都市とモードのフィールドノート 1]
...道ビル》[図1]、今年六月にできたヘルツォーク&ド・ムーロンの《プラダ青山ビル》[図2]は建築デ... ...──ルイ・ヴィトンの建築」ルイ・ヴィトン ジャパン Prada Aoyama Tokyo Herzog & de Meuron, Fondazione Prada, 2003... .......
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.30-32
[論考]
...大学図書館(Eberswalde、ドイツ、2000)出典=Herzog & de Meuron, Eberswalde Library註 ★一──Paris et le Daguerréotype... ...& Meuron, Lars Müller, 1991. ★一八──Architecture of Herzog & de Meuron, Peter Blum, 1995. ★一九──Judith Turner Photographs ...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.105-116
[翻訳]
...レム・コールハース/OMA、伊東豊雄、ヘルツォーク&ド・ムーロンなど、登場する建築家たちも同じで... ...リア、1991─96 ⒸChristian Richters, Munsterヘルツォーク&ド・ムーロン 《セントラル・シグナル・ボックス4...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.181-191
[鼎談]
...アルヴァロ・シザのようにではなく、ヘルツォーク&ド・ムーロンやスティーヴン・ホールにおいては、... ...ン》 ・鈴木了二《神宮前の住宅》 ・ヘルツォーク&ド・ムーロン《プラダ ブティック青山》 ・藤森照...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.72-87
[建築を拓くメディア]
...マテリアルが建築を誘導する。 ヘルツォーク&ド・ムーロンやピーター・ズントーらの建築を通して、... ...成させるマテリアルの可能性である。ヘルツォーク&ド・ムーロンの建築が提示する表層性とは、環境...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.116-117
[連載 7]
...同じスイスのチーリッヒ工科大学でのヘルツォーク&ド・ムーロンを中心としたリサーチ・プロジェク... ...ぶ主として(ブルジョア用の)アパートのファサードを奇麗にしたにすぎない。つまり、その後ろの(... ...けとなったのは世紀はじめのコレラ禍である。インドで一八二六年にはじまったコレラは、短期間でヨ...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.177-190
[都市とモードのフィールドノート 3]
...莫大な資本を投下したコールハースやヘルツォーク&ド・ムーロンによるプラダ・ショップとは良くも... ...女性たちのヘッドドレス「エナン」は両方とも鋭い円錐形をしているし、一九世紀ロンドンのパクスト... ...した《水晶宮》と、当時流行していたクリノリン・ドレスは、鉄骨フレームによって空間を構成すると...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.37-39
[ゼロ年代の建築・都市 3]
...家型 一九九〇年代以降、海外でも、ヘルツォーク&ド・ムーロン、ギゴン・アンド・ゴヤー、MVRDVを含... ...)、三角柱のヴォリュームがのる相田武文の《モンドリアンの主題による家》(一九八一)、三角屋根... ...九九〇年代以降、海外でも、ヘルツォーク&ド・ムーロン、ギゴン・アンド・ゴヤー、MVRDVを含む、スイ...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.33-34
[対談]
...す。 建築にからめて言えば、最近、ヘルツォーク&ド・ムーロンの《プラダブティック・青山》、伊東... ...で考えたかについて話したいと思います。キーワードのひとつは「テクスチャー」「皮膚」です。いわ... ...じました。そこでこれがまず今回の特集のキーワードとして浮かんだわけです。都市と人間、特に人間...
『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.54-69
[都市表象分析 31]
...ァーチュアル・ハウス」においても、ヘルツォーク&ド・ムーロンのように、オープンエンドなコミュ... ...トポロジカルに反転させることだった。マンフレード・タフーリやカッチャーリといったヴェネツィア... ...らすアクシデントの魅惑を題材としたJ・G・バラードの作品である。現実の都市現象ではなく、文学作品...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.2-11
[現代建築思潮]
...た施設建設は勢いを止めることなく、ヘルツォーク&ド・ムーロン、MVRDV設計のメイン施設やジャン・ヌ... ...えています。ほかのローマ植民都市と同様に、カルドとデクマヌスという互いに垂直な都市軸を持ち、... ...しかし、九八五年、街の発展は中断されます。コルドヴァのカリフ、al-Monsurに侵攻され、街は破壊され...
『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.64-72
[批評]
...ているという基準によって安藤忠雄やヘルツォーク&ド・ムーロン、アルヴァロ・シザらの建築群がグ... ...ば荷重を支える柱の物質感をカルテジアン・グリッド上において消去しようとするものだと解釈される... ...い空気のエッジを形成し、積極的に不可視のヴォイドを定義している存在のように見えるのである。そ...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.110-112
[論考]
...に財政危機に陥ってしまった。一方、ヘルツォーク&ド・ムーロンの《テイト・モダン》は財政的にも... ...混迷の時代であった。東欧の共産政権の崩壊、東西ドイツの再統合、欧州連合(EU)内部での統一の加速... ...国の戦争などによって、まったく新しい政治的ランドスケープが形成されたのだ。 時を同じくして経済...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.74-77
[日本]
...ースに始まり、ピーター・ズントー、ヘルツォーク&ド・ムーロン、伊東豊雄、妹島和世、MVRDVといった... ...は常に境界の内側(つまり建築家のサイド)から切られるカードとして作用する。数学者が「数学とは... ...質性から質量が抜き取られ、自由壁はコラージュ・ドローイング[図2]のように浮遊感を漂わせ始める...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.174-180
[制度─都市]
...ォーマンスが行なわれている。また、ヘルツォーク&ド・ムーロンの《シャウラガー美術館》(二〇〇三... ...edia.com/lava/gallery/museums/koolhaas/kunsthal/2──ヘルツォーク&ムーロン《シャウラガー美術館》 出典=http://www... .......
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.144-147
[批評]
...ヴェネツィアの建築ビエンナーレでのヘルツォーク&ド・ムーロンとバルタザール・ブルクハルト、ハ... ...ツとキム・ツヴァルツ、後にアグレイア・コンラッド、ピーター・ズントーとハンス・ダヌーザー、ラ...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.230-241
[建築を拓くメディア]
...大著のほとんどをテキストで埋め尽くした「Herzog & de Meuron: Archaeology of the Mind」展のカタログ『Natural Histo... ...派はその最も直接的な事例であるし、ムテジウスはドイツ工作連盟内の規約にて、カタログの宣伝的効... ...いるように思われる。だからこそ、実建築と模型、ドローイングは等価なのであり、それを示しえる場...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.146-149
[資料]
...典 「EKISTICS - Science of Human Settle-ments」を主体とするドクシアディスの都市論をまとめたもの。体系的な科... ...そが求められるのではないだろうか。[Y] C・A・ドクシアディス『新しい都市の未来像』磯村英一訳、...
『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.165-168