松浦寿輝
筑摩書房、1998年、303ページ
ISBN=9784480838070
[知の空間=空間の知 6]
選別と階級 周囲三六〇度の全方位から迫(せ)り上がってくる「無限」の脅威と正面から向かい合ったとき、「知の主体」は、「中心」という特権的な一視点から「全体」を一望の下に所有しうるという「パノプティック」な全能感を享受する一方、同時にまた、生の有限性に拘束されている者ゆえの無力感にうちのめされざるをえない。「肉は悲しい、...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.2-17
[知の空間=空間の知 7]
ファロスとしての「知」 これは必ずしもわれわれがここで論じている一九世紀西欧という特定の歴史的文化圏に限ったことではなかろうが、「知」の主体としての「人間」と言うとき、その「人間」という言葉がインド=ヨーロッパ系の言語ではしばしば自動的に「男」を意味するという事実それ自体によっても示唆されるように、少なくとも共同体の成...
『10+1』 No.11 (新しい地理学) | pp.2-15
[知の空間=空間の知 8]
けだものが脱走する 一八五〇年三月二〇日の夜更け、パリ植物園附設の動物園(La Ménagerie)の檻から、一頭の巨大な狼が脱走する。鎖を引きちぎり庭園の暗がりの中に駆けこんだ獰猛な野獣を捕獲すべく、銃で武装した捜索隊がただちに編成される。だが、現在のように至るところ庭園灯で煌々と照明されているわけではない時代のこと...
『10+1』 No.12 (東京新論) | pp.2-17
[知の空間=空間の知 4]
炎に包まれるオルセー パリを燃やしてしまえ。日に日に「現代化」しつつある一八八〇年代末のフランスの首都に、「現在」への屈折した憎悪を抱えこみつつ暮らしていた奇矯な作家が、文化状況を論じた時評的なエッセーの一節に、ふとこんな呪詛を書きつける。「証券取引所も、マドレーヌ寺院も、戦争省も、サン=グザヴィエ教会も、オペラ座も、...
[知の空間=空間の知 2]
バシュラールの樹木 一九世紀西欧の巨大円形閲覧室の中心点に登場した、二律背反的な「知の主体」としての「人間」。彼の運命は、全能と無力、無限と虚無という両極の間で引き裂かれてあるほかないというその存在様態のゆえに、必然的にある悲劇的な相貌を帯びざるをえない。むろんそれは、ロマン主義的とも形容されえよう勇壮なパトスの昂揚と...
『10+1』 No.06 (サイバーアーキテクチャー) | pp.2-15
[知の空間=空間の知 1]
メソポタミアから近代まで 一九世紀中葉、「近代」という名で呼ばれる未曾有の記号の布置を準備しつつあった西欧の大都市に、或る「知の装置」が出現する。ロンドンの大英博物館の円形閲覧室、そして、パリ国立図書館の、これもやはりおおよそ円形をなす〈印刷物部門(アンプリメ)〉閲覧室という二つの屋内空間がとりあえずそのほぼ理想的な範...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.2-15
[知の空間=空間の知 5]
テスト夫人の手紙 「この種の男の生存は現実界においてはせいぜい四、五〇分を越えることは不可能だろう」とヴァレリーの言うあの「神のない神秘家」テスト氏に、ここでもう一度登場してもらうことにしよう。われわれはすでに、この虚構の人物が耐えている極限的な孤独を、二重の様態の下に描写している。復習してみるなら、一方に、劇場の桟敷...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.2-13
[知の空間=空間の知 3]
ゲームの上演 大英博物館の円形閲覧室が完成した年の翌年に当たる一八五八年のとある晩、まだ二〇歳を出たばかりの一人のアメリカ人が、パリのオペラ・ハウスの桟敷席でチェス盤の前に座り、「パリの名士連(トウー・パリ)」とも言うべき盛装した紳士淑女たちの好奇のまなざしを浴びていた。前年に開催された第一回アメリカ合衆国チェス・トー...
『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.2-15