塚本由晴
王国社、2003年、189ページ
ISBN=9784860730154
[現代住宅研究 10]
繰り返されるコートハウス ポンペイを訪れたときに、もしかしたら住宅の空間構成なんてこの二〇〇〇年のあいだにあまり変わっていないのではないかと思ってしまった。それほどに、発掘されたアトリウム型住宅の数々は魅力的だった。その建物はもちろん廃墟を補修しただけの、ガラスもはまっていない、家具もないラフなものだ。日干しレンガやス...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.11-15
[現代住宅研究 11-2]
新しくない要素 すべての日本の近代以降の建築家にとって、深い庇、あるいは軒というのは、建築の文化資本として自分たちの内側に蓄えられている既知の要素であったと思われる。だから新規に開発されたり、いち早く外国から移植されたりするもののように、建築にいわゆる「新しさ」をもたらしてくれるものではなかった。だがすでに日本建築の特...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.16-19
[現代住宅研究 5-2]
海外のモダニズムのマスターピースには豪邸が多い。でも日本のモダニズムのマスターピースは小住宅に偏っており、三〇〇平方メートルを超えるだけでその数は極端に減ってしまう。海外のモダン・マスターピース=豪邸、日本のモダン・マスターピース=小住宅、という否定しがたい対比の図式は、居住水準の違いや生活習慣の違い、経済状況や法制度...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.33-38
[現代住宅研究 12]
収納と部屋、モノとヒト 都市部の住宅では部屋や機能のアウトソーシングが進んでいる。遠方からの来客があってもホテルに泊まってもらうから、客室はいらない。よっぽど親しい間柄なら居間で寝てもらう。さらに単身者ならコンビニがあるから冷蔵庫もいらない。コインランドリーを使えば洗濯機もバルコニーもいらない。食事を外で済ますからダイ...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.13-17
[現代住宅研究 8-2]
太陽を建築のデザインの〈材料〉にする 完全に地中深くにでも埋設されていない限り、建物は太陽からの影響を避けることができない。太陽からの影響としてまず挙げられるのは光であり、光は華やかな、荘厳な、時には宗教的な感情を伴って建築に導き入れられてきた。これにくらべれば、太陽によるもうひとつの影響である熱は、視覚的な効果を重視...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.16-21
[現代住宅研究 9-1]
図形(別荘) 三次元の立体である建物に図形としての性格があるのはただの事実であって、それは否定するとか肯定するとかいう代物ではない。しかしこの建築の図形としての性格の「用い方」となると、多くのヴァリエーションがあり話はややこしくなる。図形としての性格の用い方に反映される価値観の違いが、意見や立場の対立を生むからである。...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.10-13
[現代住宅研究 8-1]
果汁一〇〇%、ビーフ一〇〇%など、食品には一〇〇%という表示がよく見られる。純粋な材料から混ぜ物を作ることは容易だが、混ぜ物から純粋な材料を抽出するのは難しいからだろうか、基本的には純粋なものには価値があるとされている。混ぜ物を作るということは、一〇〇%であることの可能性を消費すること。一〇〇%の魅力は同じ物でその全体...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.12-15
[現代住宅研究 5-3]
安藤忠雄による《住吉の長屋》は、木造長屋にコンクリート打放しの箱が挿入されたものである。裸の構造体であるコンクリート打放しの壁によって、周辺環境の影響を蒙らない内部を確保するという主張が、この住宅を説得的なものにしてきた。しかしある建築的な特徴の連続や協調の中に、その場所の建物による社会性を見ることができると考えた場合...
『10+1』 No.22 (建築2001──40のナビゲーション) | pp.39-43
[現代住宅研究 4-1]
明確な部屋として仕切られてはいないが体がすっぽりと納まるような場所を主にアルコーブと呼ぶ。これよりもう少し小さく、分厚い壁を抉り込んだ飾り棚ぐらいのものはニッチと呼ばれる。これらは建物に作り付けられていて、持ち運びができないという意味で家具以上の存在であるが、扉や壁によって明確に閉じられていないという意味では部屋以下で...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.21-25
[現代住宅研究 1-3]
1 斜面に建てるということ 基本的には平らな床を作りだすことを前提としている建築にとって、斜面はやっかいな代物である。基礎や土台など、水平を指向する建築の技術のあらわれは、平地ならば地面の水平性と見かけ上重なってしまって、あまり突出した存在ではないのだが、斜面の場合はその勾配によって地面から引き剥がされ、あらためて建築...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.107-110
[フィールドワーク]
スキャンデータあり 未アップ...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.165-178
[図版構成]
スキャンデータあり 未アップ ...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.101-116
[現代住宅研究 1-2]
1 敷地に住宅を配置するということ 一敷地一建物の原則があって、隣家と防火壁を共有しない現代の日本では、庭付一戸建が最も一般的な住居の形式であり、そのヴァリエーションは、敷地に対する建物の配置のされ方に集約されている。しかし、変形、傾斜、狭小といった特殊な敷地でもない限り、配置が建築の問題にされることはあまりない。とく...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.103-106
[現代住宅研究 6-3]
動かない建築の動く部分 常識的に言って、建物は地面に固定されて動かない。しかし全体は動かないにしても、建物は必ずいくつかの動く部分を持っている。異なる部屋どうしや内部と外部を繋ぐ建具は、そのなかでも毎日つき合う身近なものである。建具は自分で手に触れて動かし、身体をすり抜けさせるという意味で、建物の中でも特にインタラクテ...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.28-31
[現代住宅研究 4-2]
東京の空は白っぽい。沖縄やアンダルシアで見た空は群青色だった。空も場所によって随分違う。空 の色は旅の印象をも決定する。でも、建築のデザインの相手として見るならば、むしろ空というのはそういった場所の違いを超えるもののひとつかもしれない。 建築で問題にされるコンテクストが、ローカルな周辺環境や歴史的な連続、変化に目を向け...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.25-29
[現代住宅研究 6-2]
だれもがそれに制限されざるをえない習慣に心をひかれます。それは、私たちが抗いながら仕事をせざるをえない身体性というものを示している。イメージの記憶を活性化するうえで、なぜ絵画がこれほど力をもっているかといえば、それは、絵画がこうした身体性をなくすことがないからだと思います。 (…中略…) 私にとって習慣とは、凡庸なもの...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.23-28
[現代住宅研究 13-1]
俗に言う裏原宿あたりでは、既存の貸しビルや戸建ての住宅を改造した、ショップやカフェが人気である。店の多くは、表参道に立ち並ぶいわゆるツルピカのファッションビルと違って、どちらかといえば素人が工夫をしたような素朴さのなかにセンスが光るというものが多い。経営している人たちの個性が反映されているのは、ガラス張りのファッション...
『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ) | pp.13-18
[現代住宅研究 7-3]
殻とその内部という分け方が建築にはある。これは屋根と壁とに分ける捉え方に比べると少し特殊だが、建物の外側を一気に捉えるときに便利な分け方である。でもその違いは何をもたらすのだろうか。殻と内部という分け方を前提に作られたと見なせる実際の住宅作品を例に、殻のもつ意味の広がりをみてみよう。 伝統と近代 《前川邸》(前川...
『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) | pp.20-24
[Dialogue]
トーキョー・リサイクル・エクスプロージョン 貝島──まず「リサイクル」と都市・東京を結びつけたところから話しましょう。私たちが一九九六年に「メイド・イン・トーキョー」で東京の面白い建物のガイドブックをつくり始めたとき、それと自分たちがしている設計とがどういう関係になっているのかを、よく聞かれました。ガイドブックというの...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.56-64
[Yellow Page1]
アトリエ・ワン&リサイクル・エクスプロージョンズ Atelier Bow-Wow & Recycle Explosions 塚本由晴、貝島桃代 ───── 山本匠一郎、臼井敬太郎、富田文代、中川聡、山崎謙一、寳神尚史、市川夏子、堀江香里、前島彩子、高橋裕美、木下靖史、小林哲、武藤弥、芦田暢人、寺田郁子、今泉潤 モノの軸...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.65-79
[Yellow Page1]
精神の再生、ショーという形式の再生 塚本由晴──去年(一九九九)の六月に行なわれた「二一世紀建築会議」にゲストとして招かれた際に、東京でのリサイクルの可能性について討議した成果としてガイドブックをつくったのが、今回の『10+1』の特集の発端です。最初は特集タイトルを「トーキョー・リサイクル・プロジェクト」にしようと考え...
『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.89-99
[批評]
以前渋谷駅に近い明治通り沿いのスパゲティ屋の上に、バッティングセンターの篭が乗り上げたような建物があった。脇の坂を上がると二階部分にあるバッティングセンターの入り口で、敷地奥から明治通りめがけて打つようになっており、奥行き一・八メートルぐらいのスパゲティ屋の客席は、間口いっぱいに広がって路上で食べる臨場感があった。スパ...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.92-94
[論考]
ニュータウンに行くと感じることがある。それは、これは建築のロマンなのか? 土木のロマンなのか? それとも政治のロマンなのか? ということである。そんな問題のたてかた自体間違っている、それはすべてにとってのロマンなのだと自分に言い聞かせてみるのだが、やはり納得できない何かが残る。特に海浜部の埋立地に建設されるニュータウン...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.67-75
[批評]
細部・ディテール・納まり 塚本由晴──OMA/レム・コールハースのディテールは、安っぽいとか、素人だとか、長持ちしそうもないとか、結構悪い評判を聞くけど、逆にこんなに簡単でいいんだとか、脈絡なしでいいんだという自由をそこに感じることもできる。彼の場合、ディテールというものの捉え方がいままでの建築家と違うのだろう。現代芸...
『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.80-89
[論考]
ミニ・ハウス Mini House 主要用途 専用住宅 家族構成 両親+子供二人 構造・構法 LSG(軽量鉄骨)造塚本──《ミニ・ハウス》は、敷地面積がだいたい七〇平方メートル、延べ床面積が九〇平方メートルの小さな建物で、三〇年来住んできた家の建て替えです。敷地は四メートルに満たない前面道路に接し、東側に小さい住宅が密...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.91-99
[ダイアローグ]
アフォーダンスとデザイン 塚本由晴──単刀直入にお聞きします。アフォーダンスはデザインに使えるのでしょうか。以前、青木淳さんとアフォーダンスについて意見を交換したことがあったんですが、青木さんは、アフォーダンスはモノを解釈する論理であってつくる論理ではないと言っていました。でも読む先にあるつくる論理というのもあるのでは...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.62-72
[インタヴュー]
1 映像による展示空間 仲──この度、「建築と情報の新しいかたち」という特集にあたって三人の方にインタヴューをお願いしました。一人は従来の正統派アーキテクトに、次いでインターフェイスの研究者にそれぞれ情報と建築の融合を模索している研究者がインタヴューします。この塚本さんの対談はその建築系と情報系[インターフェイス...
『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) | pp.65-74
[現代住宅研究 3-3]
住宅の内部での生活は、ずっと動き回っているのでもないし、ずっと留まっているのでもなく、その両者が混ざりあった状態にある。だからどんな家にも、動く人に邪魔されずにいられる場所と、ほかの人の邪魔にならずに移動できる場所ができることになる。部屋や廊下というのは、そういう区別が物理的に固定されたひとつの例である。でもそういう整...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.25-33
[現代住宅研究 7-2]
東京近郊の住宅地を歩くと、庭のあるなしにかかわらず、目にする住宅のほとんどが二階建てである。稀に目にする平屋は、そのほとんどが建て替え時期を逸したような、古いみすぼらしいもので、屋根のトタンが錆び始めていたり、壁の下見板が部分的にはずれていたりする。しかし、手を伸ばせば容易に届く程低い軒先や、地上すれすれの基礎の立ち上...
『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) | pp.15-19
[現代住宅研究 2-4]
1 試作された住居ユニット 一九二五年のパリの国際装飾博覧会において建設された《エスプリ・ヌーヴォー館》(ル・コルビュジエ、一九二五)[図1]は、集合住宅の一住居ユニットを抜き出した一分の一の模型である。卑近な例で言えば、プレファブの小屋として作られた、分譲マンションのモデルルーム、ということになろうか。《エスプリ・ヌ...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.21-25
[現代住宅研究 2-3]
1 不便と便利の掛け合わせ 屋外でバーベキューをしたり、キャンプをするような、アウトドア・ライフは、環境意識の高まりもあって近年ますます人気である。それは、ドアの内側で日常に行なわれている就寝、炊事、食事などが、ドアの外側に飛び出して、野山で展開される開放感を楽しむものであって、ホームレスのように毎日を外で過ごすことや...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.18-21
[論考]
アンリ・ルフェーヴルとの出会い、 空間の実践と主体の召還 南後──本日は、塚本さんが最近実践されている「ビヘイビオロロジー(ふるまい学)」について、そこに通底する意味を探っていきたいと思います。特にアンリ・ルフェーヴルの『空間の生産』との関わりについてもお話をお聞きしたいと思います。まずは、ルフェーヴルの空間論を摂取す...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.84-89
[論考]
このところ東京都心部では、「東京ミッドタウン」や「新丸ビル」等、大規模再開発による大型商業施設が続々とオープンしている。経済構造改革と連動した「都市再生」と呼ばれる一連の政策によって、東京都心では二〇〇〇年以降の七年間で二〇〇棟もの超高層建築物が建設されたという★一。かつてはランドマークとして機能していた東京タワーも、...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.76-84
[インタヴュー]
アトリエ・ワンと私──最初の出会い 永江朗──私の場合もそうでしたが、施主は設計を依頼するにあたってまず手紙を書くというアプローチが多いと思います。受け取ったとき、まずどう考えられますか? 塚本由晴──それは「やった!」ですよ。内容を見るより先にとりあえずトキメキます。中学生の頃、思ってもみなかった女の子に告白されたと...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.74-85