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超線形設計プロセス論──新たなコンテクスチュアリズムへ | 藤村龍至
The Super Linear Design Process Theory: Towards New Contextualism | Ryuji Fujimura
掲載『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築, 2007年09月30日発行) pp.161-166

1  あえて線形的に設計する

OMAの《Casa da Musica》案の骨格は、住宅プロジェクト《Y2K》のために検討された案の流用によってもたらされたことが知られている。コールハースのこのいたずら心に満ちたパフォーマンスが意味をもつのは、建築家による設計プロセスが、そのような論理的飛躍の連続でなく、論理の積み重ねによる「線形的な」思考の延長であったと装われるからである。裏を返せば、建築家が設計過程で辿る経路はいつも、線形的であるようにみえて、いつも非線形的であり、線形性が偽装されてきたのだ。
ここで提起したいことは、設計プロセスを徹底的に線形的に捉えることの可能性である。芯から描き直しをしなければならないトレーシングペーパーと異なり、複製が容易なCADは、建築スキームの大量作成を可能にした。「量が増えること」は、「選択肢を増やす」というように並列的に捉えることも、「前後関係を比べる」というように、直列的に捉えることもできるのだが、ここでは与条件のさまざまなインプットから「何を捨て」「何を残し」「何を固定し」「何を変化させるか」というアルゴリズムの検索を行なう並列的なプロセスと、アルゴリズムを定めたあとで全体とのバランスを定めるために無数の比較を行なう直列的なプロセスを連続させることによって、建築の設計を線形的なプロセスとして捉えてみたい。それは、論理的飛躍を前提とせず、論理的な手続きの大量反復によって、論理性を超える=超論理的な設計プロセスの可能性であるともいえる。

2  《UTSUWA》と《K-PROJECT》

まずここで二つほど事例をご紹介したい。ひとつめは、《UTSUWA》という一〇坪ほどの食器店である[図3]。「滞在時間が長ければ長いほど売り上げが伸びる」というオーナーの経験則に従い、それほど広くない内部空間に最大限の動線を確保することと、「洋食器」「和食器」「高級品」「特価品」というジャンルごとのコーナーをつくるために、単線で左右に蛇行する動線を中央に挟んだ、襞状のインテリアを提案した[図4]。
このプロジェクトの設計作業は、最初はスクエアなヴォリュームの配列スタディから始められた[図1]。棚の奥行きと通路幅の寸法をとりあえずの手がかりに、平凡な囲み型(001)、短手に空間を分割し、レイヤー状に並べたもの(002)、長手に分割したもの(003)、H型(004)、田の字型(006)、N型(008)など、思いつく限りひと通り試した後、オーナーから「接客のことを考えてワンルームとして欲しい」「来店客のほとんどは女性なので、柔らかい曲線を使って欲しい」とリクエストされたことをきっかけに、ヴォリュームを左右に寄せ、そこから中央に向かっておそるおそる突起を出し始めた(009)。突起をどういうリズムで出せばいいのかわからなかったので、とりあえず横板のみを設定し、しばらくいろいろなパターンを試した(010−013)のだが、やがてリズムをつかみ、縦板を入れると(014)、「カーヴのピークはかならず縦板と揃っているほうがよい」「縦板のピッチは揃っているほうがよい」ということがわかり、カーヴの波長とグリッドのスパンを揃え(015)、続いてカーヴの緩急、グリッドの大きさなどいくつか検討したのち、入り口から見たときのカーヴの重なりなど、徐々に条件を複雑にしていって、最終案に至った(023)。
このときつかんだ「設計プロセスを通じて、形態の境界条件を徐々にピックアップしていく感覚」は、論理をどんどん蓄積していく確実性を持ちつつ、当初の想像とは全く別のところへ案を育ててしまう意外性も同時に兼ね備えていた。そこで私たちは、こうした線形的な方法をやや大きな規模のもうひとつのプロジェクト《K−PROJECT》に応用することにした。
《K−PROJECT》は、店舗と共同住宅からなる四〇〇坪ほどの複合ビルのプロジェクトである[図5]。東京都内の雑然とした商店街の一角にあり、事業物件としての経済性を備えつつ、建築としての独自性を求められた。ここでは五階床をH=九〇〇のメガフロアとし、それを設備スペースを兼ねた四本のコアで支え、そこから二、三、四階の床を吊ることで一階の店舗スペースを無柱としている。構造、設備を集約、統合したメガストラクチャーによって、ランダムな外形を採りつつも、設備や構造のシステムは単純さを維持し、メインテナンスのコストも含め、建築全体のサステイナビリティを高めようとしている。
ここでの設計作業も、最初はヴォリュームの検討から始め、徐々に境界条件を積み重ねる方法が採られた[図2]。まず、最大限の容積をとり、単純に積み重ねた形に最も簡単な構造を与えたものを設定した(001)。S造、RC造それぞれのイメージを検討したが(002−006)、商店街の通行規制を考慮すると施工上RC造はかなりのコストアップが予想されたので、早い段階でS造を前提として進めることになった。やがて事業計画上の判断として「二階以上を共同住宅とする」ことが決定したため、店舗ヴォリュームの上に住宅ヴォリュームを最も単純な形で載せてみた(007)。そのままでは屋上部分を誰も使えないことから、それを細分化して、戸建て住宅のように個別に庭をもてるようにした(009)。すると今度はその屋上の庭が商店街と無関係にあることが不自然に思えたので、手前のヴォリュームを少し削った(010)。すると、ヴォリュームに垂直性が出てきたので、それを強調するようにヴォリュームのコーナーのラインを連続させるようにしていった(011, 012)。
この頃は、香港の市街地に建つ集合住宅群のような、高密度でヴァイタリティのある空間がイメージとしてあった。それは形態の細かな修正を繰り返すうえでの作業仮説のようなものであって、特に合理的な理由で説明できるものではないのだが、無心に作業を繰り返すなかで、ひとつの指針となっていた。
スタディはそのようにイメージを展開させつつも、少しずつ実施設計を視野に入れた整理が始まる。まず、設備ルートの確保である。ランダムなヴォリュームのうち、隣り合う二つの角を接するようにして、そこを設備コアとして上下連続させるようにした(016)。設備スペースには給排水のみならず、排気口や空調室外機、給湯器などを置くスペースが必要であったので、それらが最外周に出てくる。すると立面に縦のスリットが出てくるため、むしろそのことを積極的に使って、基壇の上に、細かいビルが並んだかのようなデザインとすることにした(019)。
細かなビルのひとつひとつに構造を与えていくと不経済となるため、検討を重ねたが、やがて設備スペースの周囲に構造を集約したメガストラクチャーが導入された(022)。構造の整理が進むと同時に、建築のヴォリュームも次第に整理されていった(023−028)。最終的に「ひとつのヴォリュームに一列の窓」というルールが加わり、一応の完成をみた(030)。

001  棚の奥行きと通路の幅をたよりにスタディ開始

001  棚の奥行きと通路の幅をたよりにスタディ開始

002  短手に切ってみる

002  短手に切ってみる

003  長手に切ってみる

003  長手に切ってみる

004  手前/奥に分けてみる

004  手前/奥に分けてみる

005  奥行きを強調する

005  奥行きを強調する

006  細かく空間を回遊する

006  細かく空間を回遊する

007  ジグザグに歩く

007  ジグザグに歩く

008  奥行きを保存し、パースを効かせつつ2つの空間をつくる

008  奥行きを保存し、パースを効かせつつ2つの空間をつくる

009  横板を入れて検討開始。おそるおそる突起を出してみる

009  横板を入れて検討開始。おそるおそる突起を出してみる

010  突起の数を増やしてみる

010  突起の数を増やしてみる

011  さらに増やす

011  さらに増やす

012  突起のリズムのスタディ

012  突起のリズムのスタディ

013  手が届くように突起の奥行きを調整。襞の数がなんとなくFIX

013  手が届くように突起の奥行きを調整。襞の数がなんとなくFIX

014  縦板をとりあえず入れてみる。突起との取り合いの検討

014  縦板をとりあえず入れてみる。突起との取り合いの検討

015  カーヴの変曲点と縦板のリズムを合わせる

015  カーヴの変曲点と縦板のリズムを合わせる


016  横板の段数を検討

016  横板の段数を検討

017  入隅を活かすようにスタディ

017  入隅を活かすようにスタディ

018  少し絞りすぎてしまった

018  少し絞りすぎてしまった

019  縦板を部分的にポールにする

019  縦板を部分的にポールにする

020  縦板を斜めにして、上半分の空間に広がりをつくる

020  縦板を斜めにして、上半分の空間に広がりをつくる

021  曲線の重なりをスタディ

021  曲線の重なりをスタディ

022  最終調整

022  最終調整

023  基本設計完了

023  基本設計完了

001  ヴォリュームに構造(鉄骨造)を入れたもの

001  ヴォリュームに構造(鉄骨造)を入れたもの

004  RCの外壁に耐震要素を集中させる

004  RCの外壁に耐震要素を集中させる

005  賃料の高い1階の床面積を最大化しつつ、道路斜線をかわす

005  賃料の高い1階の床面積を最大化しつつ、道路斜線をかわす

007  市場特性を考慮し、3階以上を住宅とする

007  市場特性を考慮し、3階以上を住宅とする

009  住宅ヴォリュームを分散し、庭を個別に使えるようにする

009  住宅ヴォリュームを分散し、庭を個別に使えるようにする

010  商店街の圧迫感を減らすよう、前方のヴォリュームを崩す

010  商店街の圧迫感を減らすよう、前方のヴォリュームを崩す

011  全体に垂直性が出てきたので、コーナーの縦の線を通すようにする

011  全体に垂直性が出てきたので、コーナーの縦の線を通すようにする

012  さらに垂直性を強調する

012  さらに垂直性を強調する

014  内部の検討を開始

014  内部の検討を開始

016  設備計画を考慮し、4本のコアを導入

016  設備計画を考慮し、4本のコアを導入

018  コアを中心に、ヴォリュームを少しずつ整理していく

018  コアを中心に、ヴォリュームを少しずつ整理していく

019  設備機器の配列上、立面に縦のスリットが生じることがわかった

019  設備機器の配列上、立面に縦のスリットが生じることがわかった

020  サッシの制作限界を考慮し始める

020  サッシの制作限界を考慮し始める

022  5階をメガフロアとし、吊り構造を採用し、1階の柱がなくなる

022  5階をメガフロアとし、吊り構造を採用し、1階の柱がなくなる

023  構造形式がFIXされ、手前のヴォリュームを整理

023  構造形式がFIXされ、手前のヴォリュームを整理

024  カオティックな雰囲気を削りすぎないように、内部で構造的な形式性を整理する

024  カオティックな雰囲気を削りすぎないように、内部で構造的な形式性を整理する

026  エレベーターのヴォリュームが気になる

026  エレベーターのヴォリュームが気になる

027  基壇の突出をなくしてみる

027  基壇の突出をなくしてみる

028  基壇を元に戻す

028  基壇を元に戻す

030  基本設計完了。近隣説明に入る

030  基本設計完了。近隣説明に入る

3──《UTSUWA》 設計=藤村龍至建築設計事務所   撮影=鳥村鋼一

3──《UTSUWA》
設計=藤村龍至建築設計事務所 
撮影=鳥村鋼一

4──同、平面図

4──同、平面図

5──《K-PROJECT》(2008年5月竣工予定) 設計=藤村龍至建築設計事務所+オーノJAPAN

5──《K-PROJECT》(2008年5月竣工予定)
設計=藤村龍至建築設計事務所+オーノJAPAN

6──同、断面図

6──同、断面図

3  リサーチとデザインの同時進行

このような設計プロセスは一見ふつうに聞こえるが、二つほど重要な点がある。まず「徹底的にフィードバックを反復すること」。ここでは、案をひっくり返したり、抱き合わせたり、まったく異なるアイディアに乗り換えることなく、直前の案に対する批評を行ない、直後の案にフィードバックさせていくという作業を淡々と繰り返す。したがって、最終的に得られた形態は無数のフィードバックの積み重ねによって得られたものなので、徹底的に論理的である。
もうひとつは、「発見的にプログラムや敷地の固有性を獲得していること」である。最初にリサーチを行ない、続いてそれをデザインに反映させるというよりは、リサーチと設計を同時進行させるようなイメージである。
これらの点については、実際に形態の境界条件の項目と、それらが採用された案の番号を対応させてみるとよく理解できる[図11]。
《K−PROJECT》では、二一の項目がピックアップされている。最初は「容積」「構造」など比較的一般的な事柄であるが、次第に法規、プランニング、コスト、構造、設備など、具体的な内容が増えていく。
ここで重要なことは、設計過程のほとんどを境界条件のピックアップに費やしているということだ。《K−PROJECT》でいうと、030案くらいまで設計のパラメータを浮かび上がらせる作業である。境界条件の項目が揃い、パラメータが整理されるとまるで専用のアプリケーションを手にしたかのように自由に比較検討が行なえるのであるが、そのことはより美しい形態を求めて最後の詰めを行なうために利用されることもあれば、近隣住民との交渉の過程で、「容積を維持しながら階数を下げる」といった、具体的な交渉のために活用されることもある。ここでは、境界条件の項目を探す前半部分を「検索過程」[図7・9]、後半部分を「比較過程」[図8・10]と呼んで区別している。同じ「設計プロセス」といっても、前者は条件のピックアップ、後者は全体バランスの見定めというように、作業の目的が異なる。

7──《UTSUWA》検索過程

7──《UTSUWA》検索過程

8──同、比較過程

8──同、比較過程

9──《K-PROJECT》検索過程

9──《K-PROJECT》検索過程

10──同、比較過程

10──同、比較過程

11──形態の境界条件項目とその採用プロセス

11──形態の境界条件項目とその採用プロセス

4  新たなコンテクスチュアリズムへ

直前の結果を直後の案にフィードバックさせ、形態の生成条件を繰り返し問うことで、複雑な条件を単純化することなくパラメータライズさせていくこのやり方は、「案を大量に作成する」という即物的な意味と、「単純な判定を無数に繰り返す」という比喩的な意味において、とてもコンピュータ・アルゴリズム的である。しかし、その目的はコンピュータを模倣することではない。むしろこの一見ドライで交換可能性のある方法によって、法規、慣習、構造・設備、コストなど、プロジェクトの固有性をより大きく顕在化させてしまう構造的な性質のほうに大きな可能性を感じているのである。
典型的な郊外のニュータウンに育った私にとって、無数のサインに満たされた鉄骨造の薄っぺらな空間は、日常的すぎて抵抗するべき対象ではない。しかし、そうした空間が場所と関わり、既存の権力に回収されずにその場所に建つ根拠を獲得するためには、その建築の形成過程に介入する、一見自然現象かと思うほどにスムーズな何らかの方法を模索するべきなのではないかと、いつしか考えるようになった。建築が、ポストモダニズムのような記号化に陥らずに、「そのとき」「その場所」に建つ根拠を獲得することはできるだろうか。その問題意識が、「超線形的思考」なるものを追求する動機となった。
ローレンス・レッシグは、現代の権力のあり方を分析した結果、「法」「規範」「市場」「アーキテクチャ」からなる四つの類型を抽出した。彼がいう「みすぼらしい形」に四つの力学が働いている状態に、現代の建築の姿を重ねてみれば、その発生メカニズムの中核ともいうべき、力学の存在が浮かびあがってくるだろう。
そうした数々の力学は、建築が建てられることで可視化され、目に見えるように感じられるという類いのもので、設計の初期段階では、必ずしもそこまで明瞭に見通せるわけではないのだが、環境の力学を受けながら漸進的な変化によって有機的に進化していく生物の発生過程[図12]のように、建築の見方に時間軸を導入することで、新たな設計のイメージを確立することはできないだろうか。
なぜならば、現代の建築家にとって最大の目標は、市場化、経済化、情報化が高速で同時進行する現代社会と互角に闘うために、オープンな「新しい設計」のイメージを確立し、建築のあり方を根本から再定義することだからである。設計のコンピュータライゼーションは、協働や分業の効率を上げ、画一化に陥らずにスマートで美しい建築を実現し、郊外化、均質化が著しい日本の都市風景を再構築することのためにこそ用いられるべきであって、「新しい形態」や「新しい空間」などというものは社会にとってごく表層的な課題にすぎない。
現代的な「新しい設計」とは何か。そしてその社会的な意味や可能性とは何か。ここに示した「超線形的設計プロセス」は、より本格的な実践と議論を通じて建築の新たなイメージを共有するための、ひとつの提言である。

12──魚の発生 出典=Koji Fujimura and Norihiro Okada,  “Development of the embryo, larva and early juvenile of Nile tilapia Oreochromis niloticus (Pisces: Cichlidae). Developmental staging system”, Development, Growth & Differentiation, Volume 49 Issue 4, May 2007, Japanese Society of Developmental Biologists.

12──魚の発生
出典=Koji Fujimura and Norihiro Okada,  “Development of the embryo, larva and early juvenile of Nile tilapia Oreochromis niloticus (Pisces: Cichlidae). Developmental staging system”, Development, Growth & Differentiation, Volume 49 Issue 4, May 2007, Japanese Society of Developmental Biologists.

>藤村龍至(フジムラ・リュウジ)

1976年生
藤村龍至建築設計事務所。建築家、東洋大学講師。

>『10+1』 No.48

特集=アルゴリズム的思考と建築

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...