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国際展が都市に与える影響とは何ですか?──横浜トリエンナーレと開港一五〇周年 | 暮沢剛巳
How does the International Exhibition Affect the City?: The Yokohama Triennale and the 150th Anniversary the Yokohama Port Opening | Kuresawa Takemi
掲載『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32, 2007年12月25日発行) pp.128-129

Q──次回の横浜トリエンナーレ(浜トリ)の開催が近づいてきたね。
A──うん。二〇〇八年九月一三日開幕だからもう一年もない。今回は二〇〇一年、二〇〇五年に続く三度目の開催で、総合ディレクターに水沢勉を迎えて、「タイムクレヴァス」(時の裂け目)というテーマを掲げているそうだ。参加アーティストの選考にはハンス=ウルヒッリ・オブリストらが関わっていて、二月頃にはその顔触れが発表される予定らしいよ。
Q──「タイムクレヴァス」って耳慣れない言葉だけど、そもそもどういう意味なんだろう?
A──開催概要の最後の箇所には「雪原に口を開くクレヴァスは、きわめて『美しい』ものだといいます。しかし、アートの力は、そこに転落する誘惑を断ち切る力も同時に秘めています。そこにひとびとが交通するための橋を架ける行為でもあるのです。横浜というわずか一五〇年ほど前に、世界へと初めて開かれた、若い都市は、そのようなアートによる橋をかけるための相応しい場所ではないでしょうか。そして、それが文化的な成熟へのたいせつな一歩となってくれることを願い、横浜トリエンナーレ第三回展をわたしは『タイムクレヴァス』と命名したのです」と書かれているよ。いくつかの意図が込められているみたいだけど、二〇〇九年の横浜開港一五〇周年と緩やかに連動していることは確かだろうね。
Q──そういえば浜トリって、二〇〇五年の前回も、かなり横浜の地域性を活用した内容だったよね。
A──うん。よく知られているように、前回の浜トリは、当初総合ディレクターに内定していた磯崎新が突然辞任して、現役アーティストの川俣正が急遽後任に抜擢された。とにかく時間が限られていたものだから、川俣は多くの市民ボランティアなんかを巻き込み、短期間で次々と作品を架設していく「ワーク・イン・プログレス」方式のディレクションを展開していった。いわゆるスター・アーティストがほとんど参加していなかったこともあって、本番の展示は学園祭にたとえられるなど、どこかアマチュア臭が漂っていた気がする。
Q──川俣のディレクションそのものもよく彼の作品にたとえられたよね。
A──本人はそういう見方を否定していたけど、でも「ワーク・イン・プログレス」って手法からして彼のインスタレーション作品と同じだしね。大半の作品はメイン会場だった山下埠頭の二つの倉庫に設置されていたけど、「アートサーカス」という祝祭性を打ち出したテーマの効果もあってか、展覧会場と日常の生活空間との敷居が可能な限り低く設定されていたのが印象的だった。
Q──最近世界各地で国際展が増えているけど、どこもそういうものなのかな?
A──祝祭性って点ではそうかもね。普通の美術展なら美術館で見ればいいわけだし。ただし、世界最古の国際展として知られるヴェネツィア・ビエンナーレは各国がパヴィリオン展示を行なう国別参加形式だからしばしばオリンピックや万国博覧会にたとえられるし、それに対して戦後に始まったカッセルのドクメンタはひとりのディレクターに巨大な権限を与えるトップダウン形式、またミュンスター彫刻プロジェクトはガイドマップ片手に野外彫刻を見てまわる周遊形式といった具合に、それぞれ独自の特徴がある。国際展を一種の起爆剤として都市計画に活用して観光客を呼び込もうって発想は多くに共通していて、ロッテルダムやリスボンでは建築系の国際展も開かれているけど、前回の浜トリの人海戦術による運営方針は、世界的に見ても相当異色だったよ。
Q──浜トリもやっぱり地域振興が目的で開催されたの?
A──横浜は人口で言えば日本第二位の大都市だけど、今までこれといって大きな国際的なイヴェントを誘致した実績がなかった。それに意外なことに、四年制の美術大学もない。だから、大きな美術系のイヴェントを開催しようって話が浮上したときには、自然に手を挙げるムードが形成されたのかも。二〇〇一年の一回目はディレクター四人の合議制で「メガ・ウェイブ」ってタイトルをつけた総花的な内容だったけど、二回目は怪我の功名(?)でユニークな展示が実現されたとも言えるね。後発だから独自色を打ち出すのには苦労しているけど、地域性を前面に押し出す方針は正解だと思う。開港一五〇周年なんてピッタリなんじゃない?
Q──でも三回目はまた違った展示を予定しているんでしょう?
A──記者発表の席で水沢氏は「トリエンナーレの会場をホワイトキューブにしたい」と言っていた。ホワイトキューブっていうのは美術館の展示室、作品を引き立たせるために、自らは何も主張しない白無地のニュートラルな空間のことだ。「タイムクレヴァス」って言葉には孤独のなかで作品に沈潜するって意味もあるらしいし、それを目指すってことは、展覧会場と都市空間の敷居を低くした前回とは逆の方向性だよ。前回との差別化を計っている面があるとはいえ、美術館キュレーターの水沢氏らしい発想だとは思うな。
Q──最近の国際展は祝祭性を重視する方向が主流みたいだから、それと一線を画した美術館的な展示を行なうという発想は逆に新鮮に感じられるかもね。でも一歩間違えると美術館の展示と何も変わらなくなっちゃうし、それに会場の条件もかなり厳しいんじゃないの?
A──だから、過去二回のメイン会場には既存の施設が用いられていたけど、今回は山下埠頭に専用施設が新設される予定なんだ。《十和田市現代美術館》を手がけた西沢立衛がアドヴァイザーを務めるそうだし、どんな空間デザインが為されるのか気になるね。それと今回は、BankART NYK(旧日本郵船海岸通倉庫)も会場として使用されるそうだから、そちらもまた気になるよ。
Q──BankARTというのも、浜トリとはまた違った意味で、アートによる地域振興を象徴するような存在だよね。
A──名前の通り、もともとは銀行だった歴史的建造物をいかにして有効に再活用するかってところから始まったプロジェクトなんだけどね。でも小規模ながらユニークな展示を数多く開催しているオルタナティヴ・スペースやかつてのBゼミを髣髴させるBankARTSchoolなど、低予算でも充実したプログラムを実施しているから、そのノウハウは浜トリにも大いに参考になると思うよ。ただ浜トリにせよBankARTにせよ、観客の多くは東京から来ている人たちによって占められているらしいね。何かとお騒がせな中田宏市長の公約じゃないけど、地元の人をさらに巻き込むためには一層の「創造的な改革」が必要かもしれないね。

1──磯崎新×岡部あおみ×北川フラム×南條史生×長谷川祐子『横浜会議2004  なぜ、国際展か?』(BankART1929、2005)

1──磯崎新×岡部あおみ×北川フラム×南條史生×長谷川祐子『横浜会議2004  なぜ、国際展か?』(BankART1929、2005)

2──横浜トリエンナーレ・カタログ、2005

2──横浜トリエンナーレ・カタログ、2005

>暮沢剛巳(クレサワ・タケミ)

1966年生
東京工科大学デザイン学部。東京工科大学デザイン学部准教授/美術批評、文化批評。

>『10+1』 No.49

特集=現代建築・都市問答集32

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>西沢立衛(ニシザワ・リュウエ)

1966年 -
建築家。西沢立衛建築設計事務所主宰。SANAA共同主宰。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA准教授。