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セシル・バルモンドのデザインと数学的思考の関連は何ですか? | 田中陽輔
What is the Association between Cecil Balmond's Design and Mathematical Thought? | Tanaka Yosuke
掲載『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32, 2007年12月25日発行) pp.104-105

1  ヒューリスティクス

セシル・バルモンドが革新的である点は、建築の形態決定プロセスに「ヒューリスティクス(発見的手法)」の概念を持ち込んだことにある。「ヒューリスティクス」とは自然科学や工学において、ある複雑な問題に対し近似解や知識を発見的に求める手法である。原理や理論から演繹的に解を求める方法とは異なり、乱数や確率概念を用いた不確定的なプロセスを持つ。例えば、幾何学的な問題に対してはボロノイ・ダイアグラムや自己組織的なネットワーク、積分幾何学などのロバスト(頑健)なモデルが援用される。このような技法はセシルが主宰するAGU(先端幾何学ユニット)においても研究されている。デザインはそもそも「発見的」過程を持つが、セシルは工学的な意味において「ヒューリスティクス」を導入することで、形態・構造・表現の決定プロセスが一体化された新しい次元への扉を開いてみせた。
〈Informal〉や〈Deep Structure〉といったマニフェストはしばしば詩的な文脈をもって語られるが、それはセシルの数学的な美学に呼応している。彼は自身のデザインプロセスが「パターン」「コンフィギュレーション」「マテリアル」「構造」という序列を持つと述べるが、この思考も数学的である。類似例としてヒルベルトの直観幾何学における「パターン」や「コンフィギュラチオン」が想起される。「パターン」と「コンフィギュレーション」は極めて多義的な言葉であるが、本稿ではそれらを数学的アナロジーとして読解することで、ヒューリスティックな建築デザインの可能性を議論する。

2  パターンとコンフィギュレーション

セシルは『Number 9』というノヴェル体の数学書を著しており、そこで「パターン」や「コンフィギュレーション」が議論されている。概略を紹介しよう。
彼は自然数列のなかに「9」を中心とする対称的なパターンを発見した。そこでは「シグマ・コード」が鍵となる。「シグマ・コード」とは、ある自然数の各位の数を一桁の自然数(「シグマ数」)になるまで繰り返し足し合わせていく演算法である。例えば45のシグマ数は4+5=9(=Σ9)であり、1908もまたΣ9である。シグマ・コードによりあらゆる自然数は、Σ1からΣ9までの「Archetypes」で表わすことができ、加減乗除や素数列、比例数列がもつ周期性と対称性が見出される。そのなかで、もっとも力点が置かれているのが「九九」に見られるパターンである。図1のマトリクスは九九表をシグマ数に置換したもので、9が全体の中心と周縁をしめている。セシルはこのような代数的パターンを直観的に捉えるべく、幾何学的パターンに変換することを試みる。図2・3の二つのマンダラはどちらも九九表のパターンを表わしているが、前者では周期性は表現できているもののそれぞれの軌道が分立し、9を中心と境界とした対称性が表現されていない。一方、後者ではより非形式的なかたちを採用することでその問題が解消され、かつ自然数の関係性の流体的なダイナミクスが表現されている。
セシルによれば「パターン」とは普遍的であり、かつ潜在的である。発見したパターンを認識するために、その法則に則った「かたち(form)」を与える。この作業が「コンフィギュレーション」である。「コンフィギュレーション」の意義は「同じ情報を新しい方法で組み立て直すこと」にあり、そこから生成された結果は相対的なものである。その例が、先に挙げた二つのマンダラであった。「コンフィギュレーション」は数学的には射影幾何学を基盤としているが、それは遠近法に端を発する「ものの見方」の幾何学である。あるパターンをさまざまに投影し、認識を深めることで時代や主観は連結される。建築の形態はその触媒となるべきであるという見解が読み取れる。

1──シグマ・コードによる九九 引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』 (高橋啓訳、飛鳥新社、1999)

1──シグマ・コードによる九九
引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』
(高橋啓訳、飛鳥新社、1999)


2──シグマ・サークルのマンダラ 引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』 (高橋啓訳、飛鳥新社、1999)

2──シグマ・サークルのマンダラ
引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』
(高橋啓訳、飛鳥新社、1999)

3──不思議のマンダラ 引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』 (高橋啓訳、飛鳥新社、1999)

3──不思議のマンダラ
引用出典=セシル・バーモンド『Number 9』
(高橋啓訳、飛鳥新社、1999)

3  生成と適応

以上をふまえて、セシルのデザインプロセスをひとつのアルゴリズムとして捉えると、〈普遍的なパターン(法則)から形態(form)を進化的に生成する〉という図式が浮かびあがってくる。「パターン」は初期条件として入力する要素の関連性と法則の定義である。「コンフィギュレーション」はアルゴリズムの心臓部である関数やループ、分岐の組み合わせであり、ランダムネスを導入する過程となる。「マテリアル」は解を得るための境界条件や適応条件、「構造」や「形態」が最終的な出力にあたる。
マテリアルや構造を形態の初期条件の要素として捉えずに境界条件とみることで、進化的なヒューリスティクスを建築形態決定プロセスに導入することに成功している。しかしながら、計画学的観点に立って見れば、この方法論にも課題が残されている。それは「適応」の問題である。
生物や地形などに見られる自然界のパターンは、要素間の関連性の法則に従って組織化する過程において、空間拘束力によって環境に適応し、ある形態へと収束するとされる。一方、人工物である建築は、当然ながらこのような適応のメカニズムを自発的には持ちえない。建築が私たちの「日常」に適応するには何が必要なのだろうか?
一般に、生成のためのアルゴリズムでは、入力するパターンや適応条件は事前決定する必要がある。例えば、セルオートマトンでは入力される要素間の関係パターンが、遺伝的アルゴリズムでは適応関数が決定論的に決められる。しかしながら、建築デザインにおいては適応条件の事前決定が構造力学や環境工学的条件を除いて容易ではないことは自明であろう。特に現代都市は、建築が存在する「場」として見た場合、時間的にも空間的にも多義的で不均質であり、計画学的な条件としての「パターン」や「適応条件」は普遍性が見出されていない。「ヒューリスティクス」を複雑な形態生成アプリケーションに終始させないためには、複雑な条件かつ簡素な形態にも対応可能である方向を考えなければならない。
そのためには、建築の適応条件としてのパターンを発見する「ヒューリスティクス」が必要であると私は考えている。特に建築の形態の決定という問題を、形態の構成要素(形態素)のみからなる物質的な閉じたシステムではなく、社会のなかでの開放的なシステムのなかで捉えることが不可欠となる。建築の形態素は都市的条件(コンテクスト)を因子としてもつが、同時に都市的条件は形態素を因子としてもつ。その因果関係の連鎖ネットワークがもつ機能や意味を解明することが、建築のオントロジーとして求められる。
ベイトソンが指摘したように、生命における「適応」は人工物における「意匠」に対応している。今後、「ヒューリスティクス」という考え方がデザイン論としてより普遍性を持つためには、「生成」と「適応」の両輪が工学的問題として整理される必要があるだろう。

>田中陽輔(タナカ・ヨウスケ)

1979年生
東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程所属。建築・都市形態学。

>『10+1』 No.49

特集=現代建築・都市問答集32

>セシル・バルモンド

1943年 -
構造家。ペンシルヴァニア大学教授、オブ・アラップ・アンド・パートナーズ特別研究員。

>アルゴリズム

コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...