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ルナ・コンクリート──月の砂から生まれる建設材料 | 畑中菜穂子
Lunar Concrete: A Construction Material Made from Lunar Soil | Naoko Hatanaka
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える, 2007年03月発行) pp.100-103

はじめに

月や火星表面は地球と似た組成の鉱物で覆われており、これらの鉱物を現地で加工することにより、ガラス、金属、セラミックスなどさまざまな材料が製造可能である。月/火星の材料を利用し、現地で加工して使用するコンセプトは、In-Situ Resource Utilization(ISRU=現地材料利用)と呼ばれており、アポロ計画で得られたデータやサンプル分析を元に一九八〇年にアメリカで研究が始まった[図1・2]。
ルナ・コンクリートはISRUによって製造できる材料のひとつであり、月面における住居、外部環境からの遮蔽壁、基礎などの建設材料としての利用が期待されている。期待される理由は、コンクリートが宇宙放射線/高温度差/微小重力/隕石の衝突などの厳しい月面環境下に耐えうる材料であること、また鉄やアルミニウムに比べ少ないエネルギーで製造できること、成形が容易で大構造物の建設が可能であること、などである。
ISRUの本質的な目的とは、月・火星ミッションのコスト削減である。ミッションにおけるロケット打ち上げ費用は莫大で、打ち上げ重量に比例して増加し、月面までは一キログラムあたり一〇万ドルかかってしまう。例えば月面基地の場合、地球で組み立てられた重いアルミ製モジュールを打ち上げる代わりに、小さく軽い工場を打ち上げ、月面で材料を製造すれば、建設コストを格段に抑えられる。一度工場さえ打ち上げてしまえば、材料の製造は半永久的に続けることができるためである。
世界の宇宙開発の方向を決定付けるNASA(アメリカ航空宇宙局)の二〇〇六年一二月の発表によれば、月面基地建設は月の極地において二〇二〇年までに行なわれ、ISRUの利用も視野に入れられている。また、二〇〇五年に発表されたNASAのISRUに関するロードマップによれば、月面でコンクリート製造の開始というマイルストーンも同じく二〇二〇年に定められている。NASAのマーシャル・スペース・フライト・センターなどで近年ルナ・コンクリート研究が活発に行なわれているのも、これらの動きを反映していると言えるだろう。

1──月面全体が非常に細かい砂で覆われており、足跡がくっきりと残る ©Apollo17/NASA

1──月面全体が非常に細かい砂で覆われており、足跡がくっきりと残る ©Apollo17/NASA

2──月面の鉱物をサンプリングする様子。非常に大きな岩や石も見られる ©Apollo17/NASA

2──月面の鉱物をサンプリングする様子。非常に大きな岩や石も見られる ©Apollo17/NASA

ルナ・コンクリート材料とセメント製造

まず、月面材料の組成を図3に示す。この材料から製造可能なセメントには、水硬性のアルミナ・セメントと熱可塑性のサルファー(硫黄)セメントの二種類が考えられている。
水硬性セメントによるコンクリートは、セメントに骨材と水を加えて練り混ぜ、セメントが水和反応により硬化することで得られる。骨材は未加工の月面の砂や石を使用することが想定されており、これが実にコンクリート全重量の七五パーセントを占めるため、比較的製造エネルギーが低い材料となる。ただし月面上の水の確保には問題点がある。酸素は月材料の約四五パーセントを占めるが、水素は一九九八年NASAのルナ・プロスペクターにより存在が確認されたものの、これが水や氷の形で存在するかはまだ未知なのである。また水素は存在量自体が少ないため、地上から輸送することが想定されており、これが水硬性のルナ・コンクリートの欠点と言われている。ただし、コンクリート全重量に占める水素重量の割合は、〇・五パーセントでしかない。またセメントは、地球上と同じようにCaO(酸化カルシウム)、SiO₂(二酸化珪素)、Al₂O₃(酸化アルミニウム)などを混合し、高温下で物質同士を反応させて水硬性化合物を生成させることで得られる。
図4の水硬性セメント二種の成分例に見られるように、普通ポルトランド・セメントの場合はCaOとSiO₂、アルミナ・セメントはCaOとAl₂O₃が全構成元素の八〇パーセント以上を占める。これに対し月面材料の場合は、SiO₂含有量が非常に高くCaO含有量が低いため、これを一般的なセメント焼成温度一四五〇度で焼成しても水硬性物質が生成しない。そのため、SiO₂がCaOやAl₂O₃より揮発性が高いという性質を利用し、真空下で一八〇〇度前後まで熱してSiO₂を蒸発させ、CaOとAl₂O₃濃度を高めてアルミナ・セメントのようなセメントを製造する方法が考えられている。この方法により、理論的には原料の六〇パーセント前後がセメントに変換される。
これに対し、水を用いずに製造可能なコンクリートとして注目を浴び、近年盛んに研究が行なわれているのがサルファーコンクリートである。サルファーコンクリートは型枠を炉の中に入れ、その中で硫黄を一五〇度まで熱して何度もかき混ぜながら溶かし、ここに骨材を混ぜ、ゆっくりと冷却して固化させるものである。ただし、サルファーコンクリートの欠点は、温度が九六度以上で軟化を始め、一一四度以上で体積が変化してしまう点にある。月面上では、場所により地表温度が一一四度を上回るため、建設場所の選定が必要である。
また、月面材料からのサルファーの抽出は、これを含む鉱物を一〇〇〇─一二〇〇度に熱して行なうが、月面での存在比が非常に少ないため、多くの原料を熱しなければならなず、その結果同じ量のコンクリートを製造するために必要なプラントの大きさやエネルギーは水硬性セメントの場合よりも大きくなる。

3──月面に存在する鉱物組成の例 図版提供=T・D・リン

3──月面に存在する鉱物組成の例
図版提供=T・D・リン

4──地球上の一般的セメントと月面上のAnorthiteの組成比較 図版提供=T・D・リン

4──地球上の一般的セメントと月面上のAnorthiteの組成比較
図版提供=T・D・リン

宇宙コンクリート構造物の施工

セメントなどの材料からコンクリートへと加工する過程において、真空環境下ではフレッシュコンクリート中の水が蒸発してしまい、水和が阻害されてしまうため、水の蒸発を防ぐ工夫が必要となる。そのため、コンクリートの水和が終了するまで与圧した工場内で行なうプレキャストコンクリートの製造、密閉した型枠内への現場打設、急結剤を混入し数秒間で水和反応をさせる吹きつけ打設などの方法が考えられている。

プレキャストコンクリート製与圧構造物

プレキャストコンクリートの与圧構造物は、工場で製造したコンクリート部材と補強鉄筋のみで気密性のある住居を建設するコンセプトであり、清水建設やT・D・リンらによって提案されている[図5]。
月面は真空環境でほぼゼロ気圧であるため、住居内部が一気圧の場合、内側から非常に大きな内圧が構造壁を押し開ける方向にかかる。コンクリートは引っ張り強度が低いため、高い内圧に耐えるには構造壁は内側に凸のアーチ構造をとることが有効であり、各パネル同士の接合部は鉄筋やプレストレスにより、強く締結されなければならない。

5──プレキャストコンクリートを組み立てた六角形型モジュールによる月面基地建設案 図版提供=清水建設

5──プレキャストコンクリートを組み立てた六角形型モジュールによる月面基地建設案
図版提供=清水建設

プレキャストコンクリート製非与圧構造物

非与圧構造物は、内圧に耐えるようなアーチ構造やプレストレス構造をとらず、プレキャストパネルを簡易に組み立てる手法のため、材料・施工が安価になる。これは主に、インフレータブルやアルミ製モジュールを外部環境から守る遮蔽壁としての利用が考えられる。必要な放射線遮蔽壁の厚み(重量)は、月探査ミッションの期間などの諸条件で変化するが、例えばAlcatel Alenia Space-Italy(AAS─I)社で研究している幅一一・三メートル×長さ一一・四メートルの月面基地モジュールに対し、八─四〇トンの遮蔽材が必要となる。そのため、遮蔽材をISRUによって得ることはミッションコスト削減に非常に大きな役割を果たす。図6にAAS─I社の月面住居モジュールと、プレキャストコンクリートパネルを用いた遮蔽壁建設案を示す。
また、コンクリート壁内部に気密性の薄膜を裏打ちすることで、これを住居として利用することが可能であり、薄膜の加工方法の研究もNASAで行なわれている[図7]。

6──ジオデシック・ドーム型の放射線遮蔽壁の建設案 図版作成=畑中+Alcatel Alenia Space-Italy

6──ジオデシック・ドーム型の放射線遮蔽壁の建設案
図版作成=畑中+Alcatel Alenia Space-Italy

7──与圧用のコンクリート裏打ち材の研究 ©NASA

7──与圧用のコンクリート裏打ち材の研究 ©NASA

現場打ちコンクリート

現場打ちコンクリートの場合、コンクリートや鉄筋などのISRU材料だけで内圧に耐えるような構造を作り出すのは難しく、薄膜と組み合わせることで与圧構造物を得る方法が提案されている。
リチャード・A・カデンは、月面に存在する洞窟内に薄膜の構造物を膨らませて挿入し、洞窟の内部壁と薄膜の間にコンクリートを注入して洞窟を薄膜と一体化させる案を提案した。また現在NASAでは、建築家ダンテ・ビニのビニ・シェルの応用案と、クラフト・カントゥリング(Craft Contouring)と呼ばれる手法が研究されている。ビニ・シェルは薄膜の上にフレッシュコンクリートを打設し、膜をゆっくり膨らませてドームを建設するものである[図8]。
クラフト・カントゥリングは、機械が層状に円を描きながらコンクリートを積み上げていき、ドームや筒などの形状を作り出すもので、機械にプログラムしたさまざまな形状が製造可能である[図9・10]。クラフト・カントゥリングはそのままで遮蔽壁になり、また薄膜で裏打ちすることで住居として利用可能である。

8── 地球上で建設されたビニ・シェルの例 図版提供=ダンテ・ビニ

8── 地球上で建設されたビニ・シェルの例
図版提供=ダンテ・ビニ

9──クラフト・カントゥリングの試験製造機  ©NASA

9──クラフト・カントゥリングの試験製造機  ©NASA

10──クラフト・カントゥリングによるドーム建設コンセプト ©NASA

10──クラフト・カントゥリングによるドーム建設コンセプト ©NASA

おわりに

月面でISRUにより得られる安価な建設材料としては、ルナ・コンクリートだけでなく、レゴリスやセラミックスなども挙げられる。例えば小さなモジュールの放射線遮蔽壁に対しては、レゴリス遮蔽壁が一番低コストで建設可能と考えられるが、コンクリートはそれ自体が高強度を持って自立でき、非常に大きな部材を形成可能であり、かつ平坦な断面や曲面などの形状を自由に作れる点において、他の建設材料より優れていると言えるだろう。初期の小さな放射線遮蔽壁に、コンクリートパネルを足すことによる大構造物への拡張や、数階建てのビルの建設、月面の地形に合わせた道路や橋の建設など、コンクリートでしかできないアプリケーションは多々あり、将来の発展的な月面基地建設を視野に入れると、ルナ・コンクリートの研究開発を続けていくことは、非常に大きな意義があると考えられる。

参考文献
Naoko Hatanaka, Maria Antonietta Perino, Feasibility Study of concrete radiation shielding for primary lunar base by small production plant, 2006.

>畑中菜穂子(ハタナカ ナオコ)

1978年生
東京大学大学院建築学専攻博士課程在籍。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える