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宇宙にひらく、三次元展開構造物 | 十亀昭人
Structures: 3-D Deployable Structures in Space Environment | Akito Sogame
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える, 2007年03月発行) pp.96-99

一九五二年、建築家リチャード・バックミンスター・フラーは、線材による折りたたみ可能な「ジオデシック・ドーム」を完成させた。[図1]は展開されたドームとその構成部材の図である。
アメリカ・コーネルに建てられたこの二〇フィートの構造物は、紛れもなく既存の構造概念を超え、当時のアメリカ人たちの驚嘆の声を誘うに十分であった。彼はほかにも数々の展開構造物を発表し、それらのほとんどが現在も輝きを失うことなく特異な光を放っている。
おそらく彼は二〇世紀中期において、いちはやく展開構造物の可能性を理解していた科学者であるといえるだろう。
その後、展開構造物の研究は宇宙開発の分野においても検討され始めた。一九七七年には、NASAによりLSST(Large Space System Technology)プログラムが組織され、本格的な展開構造物利用のための研究が始まり、ヨーロッパにおいても研究が活発に行なわれるようになった。
日本においても一九八〇年に欧米の研究動向調査というかたちで、未来工学研究所が宇宙開発事業団(以下、NASDA)の委託を受けて研究を開始し、展開構造物に関する調査報告を行なっている。
現代において、展開構造物の多くの先駆的な研究は宇宙開発の分野から生まれてきている。[図2]は一九九七年に打ち上げられた電波天文衛星「はるか(HALCA)」(宇宙航空研究開発機構+宇宙科学研究本部[以下それぞれ、JAXA、ISAS])の図である。トラス材によって展開される構造物に放物面を形成するメッシュ状の材料が張られた構造形態となっている。ほかにも[図3]に示される「二次元展開/高電圧ソーラーアレイ実験(2D/HV)」(JAXA+ISAS)のようなことも行なわれている。これは、元宇宙科学研究所の三浦公亮教授によって開発された「ミウラ折り」と呼ばれる展開形態を応用したもので、二方向に展開を行ない、収納時の何倍もの大きさの平面を形成できることが特徴となっている。
展開構造物は、このような宇宙空間という制約された環境条件のもとで構造物を構築する際に大きな効力を発揮する構造形態のひとつとして発展を遂げてきた。

1──B・フラーの展開構造物 引用出典=バックミンスター・フラー+ロバート・マークス『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』(木島安史+梅沢忠雄訳、鹿島出版会、1978)

1──B・フラーの展開構造物
引用出典=バックミンスター・フラー+ロバート・マークス『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』(木島安史+梅沢忠雄訳、鹿島出版会、1978)

2──HALCA(JAXA+ISAS) 引用出典=宇宙航空研究開発機構ホームページ http://www.jaxa.jp/

2──HALCA(JAXA+ISAS)
引用出典=宇宙航空研究開発機構ホームページ http://www.jaxa.jp/

3──2D/HV(JAXA+ISAS) 引用出典=宇宙航空研究開発機構ホームページ http://www.jaxa.jp/

3──2D/HV(JAXA+ISAS)
引用出典=宇宙航空研究開発機構ホームページ http://www.jaxa.jp/

線・面・立体──展開構造物の分類

ひとことで展開構造物といっても、その種類はさまざまである。
展開構造物を、その材料の特質で分類すると、線状の材料を用いるもの、面状の材料を用いるものに分けられる。また、それらの素材がもつ柔軟性の大小によっても展開時の特質が変わってくる。
展開構造物を展開次元と展開後形状で分類すると、[図4]のように位置づけられる。これまで宇宙空間で太陽電池パネルなどとして多く利用されている面状の「一次元展開構造物」(B)や「ヨシムラパターン」(C)、前述の「2D/HV(ミウラ折り)」(D)、などは[図4]のように分類される。

4──展開次元と展開後形状の関係 引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

4──展開次元と展開後形状の関係
引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

三次元展開構造物(面材)

これまでに実現した一次元、二次元の展開構造物のほかに、将来の宇宙建築物への利用が考えられるものとして、前述の分類の(F)に位置づけられる三次元展開構造物(面材)が挙げられる。
[図5]はその三次元展開構造物の代表的な筒状タイプの展開過程図である。前述の「ヨシムラパターン」と同じように、展開後の形状が筒状の立体形状となるタイプであるが、展開時の特徴として円の中心軸方向(縦方向)に伸展するだけでなく、同時に周方向(水平方向)にも、三次元的にひろがる形態となっている。このような筒状の三次元展開構造物の折り畳みパターンは[図6]のような形になる。一次元展開の「ヨシムラパターン」、二次元展開の「ミウラ折り」とは斜めに折られる部分の角度が異なっており、それが展開後形状、展開次元に影響して現われてくる。
三次元展開構造物には、前述のもの以外にもさまざまなヴァリエーションがある。[図7]は、筒状の回転対称型や、球状のタイプ、釣鐘型などの一例である。

5──3次元展開構造物(筒状)  鏡映対称型(頂点数:8) 引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

5──3次元展開構造物(筒状)  鏡映対称型(頂点数:8)
引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

6──3次元展開構造物(筒状)  鏡映対称型の展開図(頂点数:6)実線:山折、点線:谷折 引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

6──3次元展開構造物(筒状)  鏡映対称型の展開図(頂点数:6)実線:山折、点線:谷折
引用出典=十亀昭人「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、2000)

7──さまざまな3次元展開構造物の例(上段:収納時、下段:展開時) 引用出典=十亀「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」

7──さまざまな3次元展開構造物の例(上段:収納時、下段:展開時)
引用出典=十亀「シェル状形態を形成する3次元展開構造物の概念と幾何特性」

三次元展開構造物の展開実験

二〇〇〇年から二〇〇一年にかけ、このような三次元展開構造物の地上展開実験を、日本宇宙フォーラム(JSF)とNASDA(現JAXA)の協力で行なった。本実験は将来の宇宙構築物の一部としての利用可能性を探ることを目的とし、ある程度の材料厚をもつものについて、どのような設計を行なえばよいか考察を行なった。
[図8]は、そのときの展開過程の図である。用いた三次元展開構造物は筒状のもので、鏡映対称型のもの(頂点数:六)である。放射状にテンション材を配し、外周部から全体を同期させながら展開を行なっている。実験では、ある程度の材料厚をもつものについてもおおむねスムーズな展開が行なえることがわかった。

8──3次元展開構造物の展開実験(筒状鏡映対称型) 引用出典=十亀昭人+齋藤潤+古谷寛「3次元筒状展開構造物の試作とその展開駆動方式の検証」 (宇宙開発事業団/財団法人日本宇宙フォーラム  平成12年度公募地上研究、2001年3月)

8──3次元展開構造物の展開実験(筒状鏡映対称型)
引用出典=十亀昭人+齋藤潤+古谷寛「3次元筒状展開構造物の試作とその展開駆動方式の検証」
(宇宙開発事業団/財団法人日本宇宙フォーラム  平成12年度公募地上研究、2001年3月)

宇宙建築物への利用

スペースデブリとは、宇宙空間に漂う壊れた人工衛星などの破片のことである。大きなものでは数メートル、小さなものは数ミクロンの大きさまでさまざまである。スピードは秒速十数キロを超えるものもあり、現在建設中の国際宇宙ステーションなどの宇宙建築物においてもその対策は重要な問題となっている。現状は、大きさが一〇センチ程度以上のものは、地上から全てモニタリングされており、万が一宇宙ステーションへの衝突が考えられる場合には、ステーション自体を軌道上でわずかに移動させることによって衝突回避を行なっている。一方、一センチ程度以下の場合には、現在の宇宙ステーションの外壁の強度自体で何とか防御が可能である。しかしながら中間領域、つまり一センチから一〇センチの間の大きさのデブリは小さすぎて地上からも軌道観測ができず、また、宇宙ステーションの外壁も容易に貫通してしまうのである。もしこのような高速で宇宙空間を漂うスペースデブリが人の居住する空間を貫通した場合どのような事態が想定されるのであろうか。直接人体などに当たった場合はもちろんであるが、ただ建築物の外壁を貫通しただけでも当然室内の空気は抜け、人命に関わる大変な事態が想像できるのである。三次元空間上での衝突であるため確率的には高いとはいえないが、数百万個とも言われる地球周回軌道上のスペースデブリの数を考えれば、長期的な視点では必ずと言ってよいほど、この不幸な状況は起こってしまうのである。宇宙建築のファースト・ステージの最大の課題は、間違いなくスペースデブリ防御壁の建設方法の確立といってもよいだろう。
[図9]は、三次元展開構造物(筒状)を利用し、現在の宇宙ステーションの日本モジュール「きぼう」の一部にスペースデブリ防御壁を建設する際の展開過程の図である。また、[図10]は、展開が行なわれ防御壁が宇宙ステーション外壁部に建設されたイメージ図である。より高い防御性能を得るため全展開せず、防御壁部材を積層させる状態としている。
このような防御壁は、輸送時にはステーションのモジュール径と同サイズに収まり、構築時にはそのモジュール自体を覆わなければならないため、面状の材料を用いて三次元展開が行なえる本構造物は有効となるであろう。
[図11]は、二〇〇六年に発表されたトーラス状の三次元展開構造物である。従来の筒状の展開構造物の中心軸部分を曲線状に曲げることが可能であり、さらには従来の筒状の三次元展開構造物との連結も可能である。このような展開構造物を用いることにより、例えば、月面の狭いケーブの入り口を簡単に通すことができ、複雑な形状のケーブ中でも自由に曲げることができるような展開構造物が構築できる可能性がある。

9──スペースデブリ防御壁の展開過程 引用出典=Akito Sogame and Jun Saito, “Concept and Geometrical Design of Dust Shields Using Concentric Layered 3-D Deployable Space Structures”, 21st Inernational Symposium on Space Technology and Science, pp.652-657, ISS 2002.

9──スペースデブリ防御壁の展開過程
引用出典=Akito Sogame and Jun Saito, “Concept and Geometrical Design of Dust Shields Using Concentric Layered 3-D Deployable Space Structures”, 21st Inernational Symposium on Space Technology and Science, pp.652-657, ISS 2002.

10──スペースデブリ防御壁の建設イメージ 引用出典=Sogame and Saito, “Concept and Geometrical Design of Dust Shields Using Concentric Layered 3-D Deployable Space Structures”.

10──スペースデブリ防御壁の建設イメージ
引用出典=Sogame and Saito, “Concept and Geometrical Design of Dust Shields Using Concentric Layered 3-D Deployable Space Structures”.

11──トーラス状の3次元展開構造物(Hara Model) 引用出典=原好徳+十亀昭人「トーラス状三次元展開形態の展開/収納パターンに関する研究」(2006年度日本建築学会大会[関東]学術講演会、5369、2006年 10月)。

11──トーラス状の3次元展開構造物(Hara Model)
引用出典=原好徳+十亀昭人「トーラス状三次元展開形態の展開/収納パターンに関する研究」(2006年度日本建築学会大会[関東]学術講演会、5369、2006年 10月)。

宇宙にひらく、三次元展開構造物

居住空間は、もとより三次元の立体空間を形成するものであり、将来、極環境において建築空間を構築するためには、すでに宇宙空間で構築された一、二次元の展開構造物だけでなく、三次元展開構造物の技術が重要な要素技術のひとつとなるであろう。
遠い将来、われわれ人類は、幾多の困難を乗り超え、宇宙へと進出しているであろうか。
その未来を僕は今日も夢見ている。

参考文献
●リチャード・バックミンスター・フラー+ロバート・W・マークス『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』(木島安史+梅沢忠雄訳、鹿島出版会、一九七八)。
●宇宙航空研究開発機構ホームページ  http://www.jaxa.jp/
●拙論「シェル状形態を形成する三次元展開構造物の概念と幾何特性」(東京工業大学博士学位論文、二〇〇〇)。
●Akito Sogame and Jun Saito, “Concept and Geometrical Design of Dust Shields Using Concentric Layered 3-D Deployable Space Structures,” 21st Inernational Symposium on Space Technology and Science, pp.652-657, ISS 2002.
●原好徳+筆者「トーラス状三次元展開形態の展開/収納パターンに関する研究」(二〇〇六年度日本建築学会大会[関東]学術講演会、五三六九、二〇〇六年一〇月)。

>十亀昭人(ソガメ・アキト)

1970年生
東海大学工学部建築学科助教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)共同研究員。宇宙建築学、3DCG。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える

>バックミンスター・フラー

1895年 - 1983年
思想家、発明家。