渋谷壁面住居、あるいは都市空間のリサイクル
既存の建物を破壊せずに、「デッドな壁」をリサイクル可能な敷地として捉えることで、都心に1000人分の住居を獲得し、東京をより高密度でアクティヴな都市環境へと導く提案である。
東京は高密度な都市だと捉えられることが多い。しかしわれわれが歩く都市空間をオーヴァーヴューしてみると、ペンシルビルの建ち並ぶ中に突如2層の建物が挟まれるように建てられていたり、逆に突出した大きなヴォリュームが立ち現われるのを間近に見ることができる。東京の多くはこのように大きさの異なる建物が林立して街並みが構成されているため、結果として利用されていない無数の空隙が生まれている。これは地価が高騰することで生まれる土地への執着心や、仮設的で、つねに更新途中であることを前提とした街並みへの意識が原因として考えられるが、本プロジェクトではその顕著な例として渋谷を対象にプロジェクトの敷地設定を行なった。
渋谷はファッションや音楽などのさまざまな店舗が軒を連ねている場所であり、多くの若者が集まる街である。渋谷駅を起点として、放射状に広がる繁華街ではさまざまなカルチャーが生まれ、アクティヴで賑やかな風景をもつ。しかし都心の多くがそうであるように、商業施設が集積しているがゆえに実際に渋谷に住んでいる人は少ない。文化のコアにいる若者は中心部に居住するチャンスにはほとんど恵まれていない。郊外に住んでいる若者は1時間以上もの時間をかけてこの東京の中心部に集うこととなる。
近代以降、都市は高密度化の要請に伴って自己の更新と拡張を絶え間なく繰り返してきた。既存の都市空間を再評価し、何も壊すことなくさらなる高密度な都市空間を提案できないであろうか? 新しいカルチャーをつねに創造していくヤングジェネレーションが都心に住むための方法はありえないのであろうか?
本プロジェクトは以上のようなモチベーションから、対象敷地である渋谷に対しての分析を行なうことで、都市空間の再利用、あるいはリノベーションの可能性を提示するものである。と同時に、都市の潜在力を最大限活用した新しい都市モデルの提案でもある。
1──渋谷の各レベルにおける空隙部分
左図は渋谷の地表3─30mの高度での切断面を示す。白い部分がヴォイド、道を除く黒い部分が建物のヴォリュームである。これを見ると、建物の高さの差異によってもたらされる空隙がいかに多いかが一目でわかる。この白い空隙部分が、リサイクル可能な本プロジェクトの建設可能領域である。
Dead Surface
上述したように、東京ではさまざまな幅、奥行き、高さをもつ建物が乱立することで街区が形作られている。街区のなかでも大通りに面するファサードはそれぞれのサーフェイスがおのおのの商業広告としての付加的な価値をもつことでとても賑やかな様相を帯びるが、一旦街区の内側に入ると開口部すらもたず、なにもない立面となっている場合も多い。われわれはこの「何ら利用価値もなく、建物の大きさの差異によってもたらされる無駄な立面」を「デッド・サーフェイス」(死んだ表面)と定義し、その立面をこのプロジェクトの対象敷地として扱った。デッド・サーフェイスには若者たちが住む住戸がペーストされ、街区の内側に閉じた表面の様相は生き生きとしたものに変化するであろう。
Recycle of Circulation
対象敷地である渋谷の建物形態を三次元データとしてコンピュータ上で立体化し、建物についているエレベーターシャフトの位置をそれぞれプロットしていったものが[図2]である。渋谷ではいくつもの独立したペンシルビルが建ち並ぶことによって、過剰な本数のエレベーターが存在する。おのおのの建物は内部だけで自己完結したエレベーター動線に依存しているため、ひとつの街区のなかにいくつもの縦方向の袋小路が形成されることになる。デッド・サーフェイスに対してサーキュレーションを含む住戸を与えることで、個々に成立していた建物が連続し、いくつもの袋小路が解消される。エレベーター動線の再利用により、単体の建築の集合が、いくつもの建物を横断していく立体的な都市空間へと変換されるのである。
5──おのおののデッド・サーフェイスを住戸が巡ることで、チューブで示される動線が新たに生み出される。既存のエレベーターによる垂直方向のどんづまりが解消される。
Living on the Surface
渋谷のように土地がフルに使われてしまっている状況では、居住のためのスペースを個人が獲得するというのは経済的に容易ではない。ましてや単身者が渋谷のど真ん中に住まいを構えることなど、よほど覚悟のいることである。今回われわれは、東京での単身者の代表的な居住スペースを1人当たり20m2という単位に置き換え、それを床面積ではなく壁面積として与えるという方法をとった。土地をもてない若者たちはその代わりとして壁を間借りして生活する。さまざまなカタチを与えられた壁面積20m2の極小の住宅には、まさに『TOKYOSTYLE』に見るような居住者のもつ個性が表われ、渋谷の原動力となる若者たち自身の手によって使われていないビルの壁面を一変させていく。
おのおののデッド・サーフェイスを住戸が巡ることで、チューブで示される動線が新たに生み出される。既存のエレベーターによる垂直方向のどんづまりが解消される。
下図はプロジェクトの一部分をズームアップしたものであり、それぞれが展開図、平面図を示している。1住戸の奥行きを2.5mに設定し、壁面積が20m2のさまざまな断面をもつ単位が集合して全体が作られる。立体的に作られた住戸はおのおのが異なるカタチをもち、極小でありながらも住むのが楽しくなるような住空間をサプライする。また既存のビルがもつエレベーターシャフト+中廊下を利用し、共用部分(灰色の部分)を通りながら各住戸へとアクセスする。共用部分は住民が利用するパスであると同時に、既存のペンシルビルのテナントやオフィス同士を繋げ、住民以外も利用できる立体的な経路となる。
ポジティヴにリサイクル
リサイクルであるから、「すでにあるもの」と関わることが前提である。それが一見ゴミのようでも、「すでにあるもの」をおもしろいと思うことが、スタート地点だ。「役にたっていない」あるいは、「もっともっと役にたつ可能性」を秘めているものが、対象となる。潜在的利用可能性と現状のあいだの「利用価値の落差」に目を付けること。日本の現在のリサイクルは、ペットボトルの廃品回収に代表されるイメージがあって、妙にしみじみしている。「正しい」からではなく、「元気が出る」ポジティヴなリサイクルというのがもっとあっていい。ここに掲載されるプロジェクトは、ACSAの主催する国際学生設計競技に私の研究室の学生が提出し、ファイナルで2等になった計画である。コンペの課題は、自分の居住するエリアにおいて、1000人のための高密度な居住モデルを構築することであった。リサイクルがテーマであったわけではない。学生たちにとって、渋谷のような都心に居住空間を獲得することは、ストレートな欲望である。普通の建て替え計画をつくっても、それで生み出される空間は彼らの手の届かないものになってしまう。駐車場などになって空いているところも、そのうち起こるであろう再開発を待ち受けているから不可である。現在未利用で、かつ誰も目を付けていないところを見つけることが必要だ。「すきまを探せ」ということになり、それが結果として既存のビルの外壁という敷地を発見することにつながった。「高い建物に隣接する低層の建物の上空」という、そのうち低層の建物が建て替えられたら外壁同士が接するようになるから窓も開けられていない暫定的な状態を、既存ビルのインフラに依存して寄生するようにそのまま利用することで、とてもポジティヴでアクティヴな計画になっている。(小嶋一浩)
本プロジェクトは1999年4月、1998−1999 ACSA/Otis Elevator International Student
Design Competition "URBAN HOUSING PLUS"において東京理科大学小嶋研究室が提出した作品であり、ローマでの公開プレゼンテーションで2等に選出された。
東京理科大学小嶋研究室HP → http://www.rs.noda.sut.ac.jp/~koji_lab
制作者:佐貫大輔+寺本健一+小谷研一
p.112図版出典
都築響一『TOKYO STYLE』(京都書院アーツコレクション、1997)