RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.05>ARTICLE

>
都市の四畳半:ヴァーチュアルな世界へのインターフェイス | 鈴木明
A Four-and-a-Half Mat Room : An interface for The Virtual World | Suzuki Akira
掲載『10+1』 No.05 (住居の現在形, 1996年05月10日発行) pp.104-104

都市の四畳半は、電子ネットワークと現実の都市の接点にかろうじて生じるミニマルな空間である。モーバイル・インテレクチャルを気取って四畳半をオフィスにするもよし、もしあなたが都市と戯れる術を持った人間なら、都築響一が言うようにシャレで借りることさえ可能だ。このような都市の部屋は「住まい」という概念からは遠く隔たっている。いまや四畳半は「家」や「家族」、あるいは「コミュニティ」の因縁からも解き放たれたネットワークに繋がるコンセントでしかない。
しかし、都市の中には人間の存在を保証する空間もたしかにある。災害後にやっと確保された仮設住宅の小さな部屋は自らの存在の証となろうし、ホームレスの人々にとっては部屋を持つことを同じ理由から拒否する。都市における個人的な空間の必然はいまだに軽視できるものではない。
都市の中の小さな部屋はわかり切ったものとして、建築家の課題にならなくなって久しい。それに代えて、建築家はバブル経済の下、東京のあらゆる場所を換金化し、同じ効率主義でいかなる形式の共同体も必要としないところまで、ハイパー・ネットワーク化することに腐心した。そのおかげで「ひっそりと暮らす」空間は、この都市のどこにも見当らなくなってしまった。
そんなダイナミズムの中、人は個人のレヴェルまで分断され、孤立化する一方で均一化され、最終的には大きな共同体に吸収されてしまっているのではないか。東京は他の大都市のように多国籍化や暴力化が全体に浸透するまでには至らず、一見平和な様相を見せている。現実ともヴァーチュアルともいえないリンクを求めるオタク風のコレクターや女の子の「お部屋」拝見、あるいはインターネットが爆発的ブームになっているのもうなずける。東京で一人で暮らしている分には都市の現実は無視してよい。その意味では自らの存在の匿名性を求めながらも隠遁するのでなく、24時間人工照明された雑踏の新宿西口に集住するホームレスの人々と、徹底的なコレクションのモノに囲まれた四畳半の独り暮らしとの間には、それほど大きな差はない。
ここには都市論や社会学がもはや存在しないのである。
ところで、この展覧会をトロントで行なった後に、必ずしも東京の部屋だけを先見的な例として考えるだけでは不十分だと私は気付いた。トロントはオンタリオ湖を隔て、アメリカに向き合うカナダの州都だが、ダウンタウンの一部が高層化された以外はリスが遊ぶバックヤードが付いたテラスハウスが拡がる典型的な19世紀都市だ。しかし、ただの地方都市ではない。マクルーハンが活動し、グールドが隠遁し、ジェネラル・アイディアが生息した都市である(私には70年代のアメリカ型都市を批判した建築評論家ジェーン・ジェイコブスに会うというおまけまで付いた)。彼らは共通して、居心地のよい小さな空間を日頃の活動の場としながらも、ニューヨークや世界にその卓越したアイディアを売りに行っていた。そのアイディアはハイパー化していても、その生活の場所は逆に何と緑に溢れ、落ち着いていたことか!
われわれが夢中になっている東京とは逆に、大都市になることを意識的に避けた都市や、地域的なコミュニティこそを生活の基盤として温存している都市もあるのだ。東京の部屋から、そんな多様な都市の社会や個人に繋がるために、ちょうど下宿屋の隣人を隔てたかすかな壁ほどのインターフェイスしか感じなくなってきているのも事実である。しかし、その薄い壁が生じさせる見えにくい大きな落差こそが、コミュニケーションと意味を生むのではないか。東京でコンビニな生活を送っているとその「壁」を意識することは難しい。
四畳半というつつましい空間のデザインは、インテリア・デザインではなく外に繋がるためのインターフェイス・デザインだった。展覧会の参加者はこのように理解したようだ。しかし、その繋がる先が、現時点の東京だけを前提にしていたのではリアルな空間を設定したにもかかわらず、その可能性を自ら放棄してしまうことになる。四畳半という素朴で身体的空間のメタファーが、そんなことに気がつくための自然になればと思っている。


本稿は1995年9月28日から10月26日の間、カナダ、トロントのハーバーフロント・センターにおいて開催された展覧会「4+1/2:The Internal Landscaps of Tokyo」の展示、およびカタログを元にしている。この展覧会はトロント市のダウンタウン、オンタリオ湖畔に立つユニークでもっとも現代的な活動を続ける複合文化施設、ハーバー・フロントセンターが全館を挙げて開催した「Today's Japan」の一環として開催されたものである。
展覧会の企画・進行は建築・都市ワークショップが担当し、カナダサイドでのキュレーションはハーバー・フロントのダイアン・ボスが中心に行なった。

*この原稿は加筆訂正を施し、『4+1/2: The Internal Landscape of Tokyo』として単行本化されています。

>鈴木明(スズキ・アキラ)

1953年生
神戸芸術工科大学大学院教授。建築エディター・建築批評。

>『10+1』 No.05

特集=住居の現在形

>都築響一(ツヅキ・キョウイチ)

1956年 -
写真家、編集者。