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建築部品に宿るもの | 佐藤考一
Things that Inhabit Architectural Components | Sato Koichi
掲載『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義, 1999年03月発行) pp.114-116

細部に神は宿るか?

誤解を恐れずに言えば、建築のディテールとは物同士のジョイント部分に過ぎない。もし、こうした言い方が勇まし過ぎるとすれば、技術上の課題となるディテールはジョイント部分に集約される、と言い換えてもよいであろう。いずれにしても神が宿る余地など残されていない直接的な見方かもしれない。しかし、「工業化」という二〇世紀建築の技術的課題と結び付いたとき、そうした即物的な態度の中にひとつの思考が宿っていたことに気付く。

工業製品としての特殊性

そもそも、建築生産の工業化とは建築物の工場生産を目指す企てであった。しかし、建物全体を工場で完成させようとしたわけではない。工場内でほとんど完成してしまうモービル・ホームのような事例が存在しないわけではないが、戸建住宅でさえそうした考え方は例外的である。まして、より大きなビルディング・タイプの場合は工場内で完成させたとしても目的地に運ぶことなどは事実上不可能である。むしろ、そこで構想された物造りのあり方は、建築物の部分を「部品」として工場生産し、それらを建設現場で組み立てるというものであった。いわば建築物の半完成品を工場生産しようとしたのである。ここに自動車をはじめとするさまざまな工業製品との相違点がある。それらがあくまで完成品として出荷されることを思い起こしてみれば、建築物と工業技術の結び付きがいかに特殊なものであるかを理解することができよう。そればかりではない。工業技術は同じ製品を繰り返し製造することによって量産効果を生み出し、従来の生産技術から離脱したのであった。つまり、その生産方式は製品を匿名化することによって成立したと言ってよい。建築生産の工業化においても安価な建築物を大量に造り出そうとした点では同様である。しかし、建築物を匿名化させることには断固として反対したのであり、言わば量産技術によって個別的な生産物を造り出そうとしたのである。もちろん、建築物を匿名的な工業製品として量産しようと考えた人々も存在した。例えばダイマキシオン・ハウスを構想したバックミンスター・フラーである。彼は通常の工業製品と全く同様の物造りを住宅に適用し、プロトタイプの複製品を大量に生産しようと考えたのである。ダイマキシオン・ハウスはこうした思想から導かれた正真正銘のプロトタイプであった。そして、こうした技術哲学を表明していたからこそフラーは当時の建築界から異端視されたのであった。では、量産技術と建築物の個別性はどのようなロジックによって結び付けられたのであろうか。その鍵は「部品」という単位にある。屋根、外壁、内装など、建物の部位に着目すればそこには一定の繰り返しが現われる。さらに、ビルディング・タイプが同じであれば別の建物でもそうした部分は類似している場合が多い。つまり、部品というレヴェルに分割すればその個別性は縮滅し、通常の工業製品と同様の物造りが可能になる。そして、量産される部品に十分なヴァリエーションが用意されるのであれば、それらの組み合わせによって多様な建築物を構成することも可能になる、というわけである。部品の量産と組み合せの自由度。近代建築運動以来、建築生産の工業化はこの枠組みの中で進められてきたのであった。特定の主体が建物全体をパッケージ化する「クローズドシステム」、工業技術の導入を社会的分業の中に位置付けた「オープンシステム」、工業化の実践方法はこの二つに大別されるが、その違いは自由度の設定範囲の違いに過ぎないのである。

ユニヴァーサル・ジョイント

ところで、組み合せの自由度をどのような範囲で考えたとしてもひとつの技術的課題が浮上することに変わりはない。それは部品の互換性という問題である。もちろん、これは部品ジョイントのディテールの問題にほかならない。そして、ジョイントの互換性を突き詰めていけばある理念型に行き着くことになる。「ユニヴァーサル・ジョイント」というアイデアである。例えば、建物の構造部材を考えてみよう。最も複雑な加工作業はジョイント部分に集中するが、それが一種類で済むならば生産性は飛躍的に向上しよう。その一方で、部材同士を自由な角度で接合できるとすれば、建築物の形を思いのままに操作することもできる。部分の量産と全体の個別性の両立。ユニヴァバーサル・ジョイントという考え方はこの問題の解答としては模範的とさえ田心えてくる。おそらく、こうしたアイデアを最も追求した人物がコンラッド・ワックスマンである。彼はスペース・フレームを最初に開発した建築家として知られるが、じつにさまざまなユニヴァーサル・ジョイントを考案している。一見するとそれらは建築物の一部とは思えないほどの精妙な装置であり[図1]、そこにはさまざまな建物に適用可能な高い汎用性が盛り込まれていた。しかし、それらが普及することはない。建築物のほとんどの部初が直角に接合される以上、彼のジョイントは明らかにオーバースペックなのである。ワックスマンのディテールは普遍性を目指したがゆえに極めて特殊性を帯び、かえって技術的には閉じてしまったのであった。

戦略としての互換性

しかしながら、もしも安価に製造できるユ一一ヴァーサル・ジョイントが存在したならば、と仮定してみよう。果たして接合のディテールは収束していったのであろうか。個人的な見解は否定的である。確かに、種類の少ないほうが生産ロットは大きくなる。しかし、単一のディテールにまで還元される必要があるのであろうか。建築物の部位に繰り返しが見られるとはいっても特殊な部分も必ず存在する。機能、意匠、理由は何でもよい。そうした部分がある特別性を体現しているならば特別なディテールが与えられるのは当然のように思えるのである。それだけではない。先にも述べたようにユニヴァーサル・ジョイントの背景には部品の互換性という考え方がある。ここで互換性と工業技術の結び付きを振り返ってみよう。そもそも、それは小銃のメンテナンスのために発生した考え方であった。一九世紀半ばまでの小銃は製造業者がそれぞれの方法で製作していたため、同}型式であっても部品を融通しあうことは不可能であり、一部の部品が破損すれば使用不能になってしまう代物であった。当時のアメリカではこの問題が特に深刻化しており、次第に互換性を保つための規格が広まっていったという★一。その結果、アメリカの金属加工業界に専用工作機が普及し、社会的分業も急速に進行することになる。フォード自動車が始めた流れ作業による大量生産はこうした技術基盤の上に成立したものであった。近代の建築生産では組み合せの自由度を担保する技術として互換性を捉えた。しかし、こうした発想は工業製品の耐久性を向上させるために発生し、後に大量生産の基礎的なテクニックとして定着してきたのである。こうしてみると、建築部品の互換性には戦略的作為があまりにも込められていたように思えるのである。

微睡む普遍性

とは言え、いかに作為に満ちていようとも、近代の建築ディテールに互換性という発想が込められていたことに変わりはない。そしてそこには普遍性というイデアが宿っていたのである。しかし、それはつねに微睡んだままであった。部品の互換性が工業技術と建築物を結び付ける用件とされたのであるが、この用件が厳密に追求されることはなかった。現場作業という従来からの建設技術が互換性の細かい問題などは吸収してしまったのである。ワックスマンは微睡むものを目覚めさせようとしたのかもしれない。その結果生じたのは普遍性と特殊性をめぐるパラドックスであった。ここに彼の描いた奇妙なドローイングがある[図2]。それは単一部材で構成された構造システムのイメージを示したものであるが、ほとんど神秘主義に陥っていると言えはしまいか。即物主義と神秘主義、普遍性と特殊性。一見、対極に見えるものが近代の建築ディテールの周辺には潜んでいた。もちろん、そんなことは実際の物造りとは無関係な問題である。実践上、それらは近代の部品生産技術と従来からの建設技術とに棲み分けられてきたからである。むしろ、問題は、こうした棲み分けによって、部品が建築物の中に軟着陸してしまったことにある。その結果、部品を捉えるわれわれの視点はフラーやワックスマンとさほど変わっていないのである。確かに、彼らが工業化に取り組んだとき、それは融通の利かない技術であった。しかし、今日の部晶生産技術は当時とは比較にならないほどフレキシブルなものへと変貌を遂げている。部品生産技術が求めているのは、もはや建築のディテールを還元させようとする思考ではない。特殊なものを特殊なものとして造ろうとする思考。そうした思考が開かれるとき、ディテールの宿り主も改宗するのであろう。

1──アメリカ航空隊格納庫のために開発されたジョイントKonrad Wachsmann, The Turning Point of building : Structure and Design, Reinhold Publishing Corp., 1961.

1──アメリカ航空隊格納庫のために開発されたジョイントKonrad Wachsmann, The Turning Point of building : Structure and Design, Reinhold Publishing Corp., 1961.

2──ワックスマンのコンセプト・ドローイングKonrad Wachsmann, The Turning Point of building : Structure and Design, Reinhold Publishing Corp., 1961.

2──ワックスマンのコンセプト・ドローイングKonrad Wachsmann, The Turning Point of building : Structure and Design, Reinhold Publishing Corp., 1961.



★ー──オットー・マイヤー+ロバート・C・ポスト編『大量生産の社会史』(小林達也訳、東洋経済新報社、−九八四)。

>佐藤考一(サトウ・コウイチ)

1966年生
A/E WORKS。構法計画、建築生産。

>『10+1』 No.16

特集=ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義

>バックミンスター・フラー

1895年 - 1983年
思想家、発明家。