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Kyoto Model──「京都グリッド」からのダイアグラム抽出とその展開 | 梅林克
Kyoto Model: Sampling Diagram of 'Kyoto Grid' and Its Development | Umebayashi Katsu
掲載『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ, 2003年01月発行) pp.78-89

京都の都市性の特記すべき事象は、職住隣接を伴う都心居住が長きにわたり行なわれてきたことである。
このことは日本の都市としては特異なことである。と同時に、都心居住を常態としてきたヨーロッパの都市と比較しても、全く異なる密度と様態で人と情報の集積がなされており、都市再生/再編が求められている今、京都の都市多重利用様態には示唆に豊む都市のつくられかたが内在している。
この京都の特異性は、ひとえに条里制によって形成されて以後使い続けられてきたグリッドの性能に基づいている。
歴史経緯のなかでグリッドは変形/移動/細分化など多様な圧力を受けつつ、複雑で緻密なアクティヴィティ集積を形成してきた。この成果はしかし、近代が評価してきたグリッドの性能によるものではない。近代的なグリッドはアクティヴィティを計量化し、かつ効率的な計画を可能とするマトリックスであり、いわば純化された性能のみに注目しているに過ぎない。京都1200年の都市運用のポートフォリオから立ち現われるのはカルテジアングリッドとは異なる「京都グリッド」である。
京都グリッドにおいては「条坊」の都市スケールと「町屋」と呼ばれるビルディングのスケールが、共振を伴う応答関係にあることがその固有性の源泉である。ビルディングのスケールでの施策の集積として計画され、現象されることがもっとも効果的に都市レヴェルへの訴求力をもつといった、より身体的に身近なレヴェルでの運用面が注目されたグリッドとして定位されている。
かつて京都に対する分析は、町屋というビルディングの単位が閉じていることから、各ビルディングの間に関係性を見ることなく、都市の条里/条坊/町屋のスケールの階梯構造によって連動していることにはあまり注目されていなかった。そのため、ビルディングの構成/エレメント/素材などがいかに内部空間の豊穣化に寄与しているかに偏ってきた。
今、京都が都市としての高いアクティヴィティ集積を実現しているその運用面に着目する視点に立つとき、その「条坊」に存在する質量と制約条件から京都固有の組織体を自己組織化してきたことをふまえ、その自律体の基盤としての独自性を有する京都グリッドと、条里内部の非平衡的なプロセスが階層的に増殖し、自ら新しい構造を生みだす過程のなかであらわれるビルディングの集積の様態をセットにして、京都固有の都市のモデル──京都モデル──として提示されなければならない。京都モデルにおけるビルディングとグリッド(フレーム)の関係は自己言及的であり、ひとつの「断片」としてビルディングを構想する場合、そこにはフレームとのある種の「相互的適合(fitting together)」が認められなければならないし、すでにその前例としてその適合の在り方はダイアグラムとして抽出可能である。
われわれは見出したいくつかのダイアグラムが、実際に京都のSITEで求められる新しいプログラム群にどのようにコンバーショナルな使用が可能であるかを、新しい「用法」の開発を通しての検証に継続的に取り組んできた。以下はその「用法」の具体的事例として列記されている。断片であるビルディングの水準が検証の対象となるのは、断片に問題が集中するからである。
過剰な断片化は京都モデルにおいては否定される。断片においてこそ全体性(ホールネス)が奪還されなければならないのだ。

a
短冊化された「SITE」の線分ビルディング

「うなぎの寝床」とよびならわされる短冊状の敷地形状は、その形状に連動する京都固有の「町屋」の住形式とセットになって京都グリッド全域に展開されている。
近世、街路(大路)に面する敷地に利用が集中し、その裏手の囲い込まれた土地は畑地などに使われ空地化していた。近世になって間口の長さに応じて課税する間口税が課せられ、それを回避する行動によっていわば自己最適化するがごとく短冊状で奥長の敷地が一般化し、結果土地利用効率の改善が進んだ。また、細い私道(路地)をもった旗竿地に課税対象外の店子の長屋をつくるなど、より一層の高度利用が進んだ。
これらのSITEに現象するビルディングは当然ながら線分化する。そしてその線分としての「町屋」には、道に面したファサードの「格子」、ビルディングの最奥部に位置する外部としての「裏庭」といったその線分の両端に外部との接点をもっている。
これらの「接点」を外部、もしくは隣接するビルディングとのネットワークの結合端子としての機能を発揮させると、より現代的な都市住居としての性能向上が期待できる。


裏庭に配する「縁側」 庇とフロアーによって外部との結合強度が調整される 出典=中川武『日本の家──空間・記憶・言葉』(TOTO出版、2002)

裏庭に配する「縁側」
庇とフロアーによって外部との結合強度が調整される
出典=中川武『日本の家──空間・記憶・言葉』(TOTO出版、2002)

街路に面した「結合端子」としての格子

街路に面した「結合端子」としての格子


格子の重ねあわせ方によって多様な外部との関係を取り結ぶ

格子の重ねあわせ方によって多様な外部との関係を取り結ぶ

二世帯居住のための、空間ヴォリュームの増大の要求に応えるべく、線分は「うなぎの寝床」に立体化され、たたみ込まれている。 線分の立体化によって枠取られた敷地内の「外部」には、庭やテラスが隣接して配されており、 線分内部の環境向上に寄与するように計画されている。線分の端部は、その向けられた方向の開放度によって開かれ方が調整され、 ここでは上部の端部からは「東山三十六峰」に向けての眺望が確保され、下部の端部は街路に向けての「格子」のファサードとなる。

二世帯居住のための、空間ヴォリュームの増大の要求に応えるべく、線分は「うなぎの寝床」に立体化され、たたみ込まれている。
線分の立体化によって枠取られた敷地内の「外部」には、庭やテラスが隣接して配されており、
線分内部の環境向上に寄与するように計画されている。線分の端部は、その向けられた方向の開放度によって開かれ方が調整され、
ここでは上部の端部からは「東山三十六峰」に向けての眺望が確保され、下部の端部は街路に向けての「格子」のファサードとなる。

b
「経路」による境界の不明瞭化

当初一辺100m程度に区切られた条坊は、そこに人が住みつこうとするには少々ヒューマンスケールから逸脱しており使いにくい規模であった。
それを使いやすいスケールに落とし込むための有効な加工として各所に私道──「辻子(づし)」が発生していく。この「辻子」は当初各住戸の裏同士の隙間が私道化されて形成されたが、その後、いわば裏道に面して住戸が建ち並ぶようになる。さらに、「ろーじ(路地)」という共有地化された庭としても利用される私道となる部分があらわれ、より一層使用度が高くなって条坊を貫き、街路間にまたがる「突抜け」となり、より公的な性格をおびた経路に発展するものも出てきた。
「私」から「公」への階梯を帯びたこれらの経路群によってSITEは修正され、結果、私/公が入りくみ境界が不明瞭化されたタペストリー状の京都独自のフィールドが形成されるに至っている。この経路による私/公の調整はビルディングの都市への開かれ方を自在にし、領域の重ね合わせを容易にする。
経路を住居に導入することが、住居を都市フィールドに組み込むための施策として力を発揮する。


「ろーじ(路地)」 上部に部屋がかけ渡されるとより高い「敷居」が発生し、 見えつつも閉ざされた共有スペースとなる

「ろーじ(路地)」
上部に部屋がかけ渡されるとより高い「敷居」が発生し、
見えつつも閉ざされた共有スペースとなる

「辻子」 近隣住民がSITEをショートカットする抜け道的性格が濃い

「辻子」
近隣住民がSITEをショートカットする抜け道的性格が濃い


「突抜け」 不特定の通行者にも入り込みやすい

「突抜け」
不特定の通行者にも入り込みやすい

辻子的な「経路」が私有地内部にスパイラル状に引き込まれている住居。京都/洛北の比較的新しく作られた条里の一隅の、 開口12m奥行き25mの比較的大きめの区画に建つ。町屋のプランを踏襲しており、表店/通り庭/内部化された坪庭が、 スキップフロアー状に立体化された経路上に配されており、動線の最終到達点にあるテラスからは「五山のおくり火」が望める。 またここには内部から同じくスパイラル状に上がってきた階段室へつながる裏口があり、二世帯利用への転用が可能となっている。 「経路」の導入が空間の多重利用、多様な空間装置の重層を可能としている。

辻子的な「経路」が私有地内部にスパイラル状に引き込まれている住居。京都/洛北の比較的新しく作られた条里の一隅の、
開口12m奥行き25mの比較的大きめの区画に建つ。町屋のプランを踏襲しており、表店/通り庭/内部化された坪庭が、
スキップフロアー状に立体化された経路上に配されており、動線の最終到達点にあるテラスからは「五山のおくり火」が望める。
またここには内部から同じくスパイラル状に上がってきた階段室へつながる裏口があり、二世帯利用への転用が可能となっている。
「経路」の導入が空間の多重利用、多様な空間装置の重層を可能としている。

c
「庭」によるビルディング間のバッファーゾーン

京町屋の「庭」は、細長い短冊状の敷地に建つビルディングの内部へ風や光を導入する性能が強調され評価されている。各住戸間の関係において見た場合、「庭」がバッファーゾーンとなり、より高密度の住集積を可能としているということができる。
隣接するビルディングの「庭」の上部空間は「隙間」となっており、斜めからの「空」をかき取ることができるギャップを与えてくれる。
お互いの視線の交錯が微妙な操作群によって回避されたうえでの各ビルディングの庭の連携の結果、風や光が内部に貫流する「坪庭」や「通り庭」が成立している。住戸内部の場所の必要に応じて、庭に対する開き方/閉じ方によるプライヴァシーの調整と、外部へ向けられた交錯を避ける視線の多重化により、「庭」による住戸集積地の微地形化が押し進められてきたのだ。
「庭」を媒介とするビルディング間の京都独自の接合様式の引き続いての使用が、新旧ビルディングのスムーズな連携を可能とする。


町屋の坪庭。風と光の交換装置となる 出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』 (講談社、1999)

町屋の坪庭。風と光の交換装置となる
出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』
(講談社、1999)

庭が作り出す隣家との隙間によって1階部分から空が望める 出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』 (講談社、1999)

庭が作り出す隣家との隙間によって1階部分から空が望める
出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』
(講談社、1999)

庭が建物間に隙間を与える 出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』 (講談社、1999)

庭が建物間に隙間を与える
出典=吉岡幸雄『京都町屋色と光と風のデザイン』
(講談社、1999)

御所域外の東側にある比較的大きな町屋の改築。敷地内に点在している庭はそのまま保存され、その余部が新たな住居ヴォリュームをかたちづくる。 住居によって、かき取られたかたちとなったニワは、住居内部を媒介し、視線や風が流通し、連携するように計画されている。 敷地境界に面する6つの隣接敷地とはニワをバッファーゾーンとして接しており、 各種の視界調整の施策を施すことによって、プライヴァシーを保全しつつの連携を指向している。

御所域外の東側にある比較的大きな町屋の改築。敷地内に点在している庭はそのまま保存され、その余部が新たな住居ヴォリュームをかたちづくる。
住居によって、かき取られたかたちとなったニワは、住居内部を媒介し、視線や風が流通し、連携するように計画されている。
敷地境界に面する6つの隣接敷地とはニワをバッファーゾーンとして接しており、
各種の視界調整の施策を施すことによって、プライヴァシーを保全しつつの連携を指向している。

69m2の狭小敷地にとりうる最大限のヴォリュームが据え置かれている。 幅広の街路に面する角地に立地しており、その街路側にむけて、 リビング/パーキング/トップサイドライトなどの用途があてがわれ、「内部化されたニワ」が立体配置されている。 「ニワ」の余白部分には閉じられるべき用途空間があてられ、スパイラル状の動線によってとりむすばれている。 隅部をかきとったかたちの「ニワ」は街路に向けて強調されて開かれている。

69m2の狭小敷地にとりうる最大限のヴォリュームが据え置かれている。
幅広の街路に面する角地に立地しており、その街路側にむけて、
リビング/パーキング/トップサイドライトなどの用途があてがわれ、「内部化されたニワ」が立体配置されている。
「ニワ」の余白部分には閉じられるべき用途空間があてられ、スパイラル状の動線によってとりむすばれている。
隅部をかきとったかたちの「ニワ」は街路に向けて強調されて開かれている。

京都の都市問題は長年くりかえされたきた不毛な「高さ論争」に象徴的に表われている。現代社会のアクティヴィティの増大にともなう中心市街地の高層化、高密度化への欲求はかたや「保全」が叫ばれる京都グリッドにも差し向けられる。行政はその開発をコントロールすべく、近代計画学的都市ゾーニングや規制のアミを全域にかぶせたが、そのことが各所でマンション建設によって日照権が阻害されたり、町並みが崩されてしまったりと、ビルディング間の齟齬になって表われている。また、現行法規上では辻子や路地をともなう木造の町屋の家並みは既存不適格として見ざるをえず、結果として伝統的町並みの保全すらままならない状況が続いている。
京都を保全と開発が同居する、いわばサステイナビリティをもった都市とするためには、この固有の発展経緯をもった組織系に沿うかたちでのソリューションが、まず開発されなければならないであろう。その意味で京都グリッドから抽出された、平面レベルでの高密度化、空間利用の多重化のためのダイアグラムの高層化に向けての展開に妥当性があるものと考えている。

京都モデルの高層化にむけての展開は、京都の平面的に広がったタペストリー状のあり様から、立体的なポーラス状の都市集積へ読み替えるためのモデルプランへと繋がっていく。

 現在、京都洛中においては、 新旧ビルディング間の齟齬が各所に表われ、 「高さ問題」として現象する。 内部の環境は互いに障害を受けている


現在、京都洛中においては、
新旧ビルディング間の齟齬が各所に表われ、
「高さ問題」として現象する。
内部の環境は互いに障害を受けている



a で見出された線分ビルディングはネットワーク化されることによって線系化され、高層化可能形態となりその内部にはらまれたヴォリュームによって隣接するビルディング間の調停を担うこととなる。

a で見出された線分ビルディングはネットワーク化されることによって線系化され、高層化可能形態となりその内部にはらまれたヴォリュームによって隣接するビルディング間の調停を担うこととなる。


b の各種経路による私的空間と公的空間の境界の調整は立体経路による高度集積を発現させる。

b の各種経路による私的空間と公的空間の境界の調整は立体経路による高度集積を発現させる。


c の庭の各住戸間のバッファーゾーン(緩衝体)として機能もまた高密度集積には有効に働くファクターであり、高密度都市へと展開可能である。

c の庭の各住戸間のバッファーゾーン(緩衝体)として機能もまた高密度集積には有効に働くファクターであり、高密度都市へと展開可能である。


>梅林克(ウメバヤシ・カツ)

1963年生
FOBA代表。建築家。

>『10+1』 No.30

特集=都市プロジェクト・スタディ