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アドレス、グラヴィティ、レシーバ試論 | 松本文夫
A Preliminary Study on Address, Gravity and Receiver | Matsumoto Fumio
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.136-139

情報環境の遍在は人間の活動に新たな流動性と多様性をもたらした。それは建築や都市のあり方や記述形式を変化させるだろう。これまで個別の建築の内側に閉じられていたさまざまなプログラムを外在化し、それらを有機的に連携させることが可能になる。建築の変化には二つの方向性が考えられる。ひとつは、情報技術と連動した大きなユニヴァーサル空間へと向かうこと。もうひとつは、ユニヴァーサルなものは外部へと流出し、建築そのものは機能特化した極小空間へと向かうことである。実はこの二つの区分は建築というフレームの定義に依存している。建築が空間的に単一か/複合か、連続か/離散か、内部か/外部かにかかわらず、ある特定の集合関係を「建築」と呼ぶならば、そのような空間を記述する形式が必要になるだろう。逆にいえば、そのような記述形式は建築の新たな存在を創出する。
情報空間と実空間の融合がしばしば議論される。融合の最大のネックになっているのはアドレス記述の問題であろう。情報空間はもともと場所の制約を排した非距離空間として発展してきたので、必ずしも実空間と相同的な参照関係を取りえない。IPアドレスはコンピュータの識別記号であって実空間での位置を限定しない。ウェブ閲覧の基本となるハイパーテキストは文書システムであり、もともと場所の情報とは無縁である。一方で、GISをはじめとする地図システムにより、空間情報を集約化する技術が近年飛躍的に発展してきた。今後の可能性として、実空間と情報空間のアドレスを統合的に記述するプロトコルが求められるかもしれない。そのとき、離散的・流動的な建築形式を記述可能にする空間概念として「ハイパースペース」を想定できる。
ハイパースペースは情報コンテンツに関連付けられた実在の空間であり、他の空間との関係(ハイパーリンク)を内包している。このハイパースペースの情報を転送するプロトコルとして仮にhstp
(=hyper space transfer protocol)という規格を考えれば、実空間のアドレスが記述できるようになる★一。例えば、都市のなかにさまざまなコンテンツを離散的に配置した「エリア型ミュージアム」という建築を考えたとすれば、その空間群はhstp://area-museum.jp/のように記述できる。また、ある人間の生活行動を基準に空間群を表記するなら、hstp://taro-yamada.jp/のようになる。これらは従来からの住所と違って、複数の場所を階層的に内包したネットワーク型住所である(ドメインに変換する前の実アドレスを使えば、hstp://1.2.3.ginza.chuo.tokyo.jp/のように特定の場所を一意的に示すこともできる)。
ハイパースペースのシステムは、建築を空間のネットワークとして構築することを可能にする。空間群の住所だけでなく、具体的な形状や立体構成を示すプロトコルを含めることもできるだろう。
上記のアドレスは情報空間と融合した実空間を表象する仕組みである。さらに、実空間のアドレスを総合的に運用するバックアップ・システムが必要になるだろう。実空間におけるセキュリティ、ナビゲーション、コンテンツ資産管理、所有権管理等のアプリケーションを作動させる「時空間マネージメントシステム」(Space-Time Management System=STM)である。STMはいわば「実空間のOS」のようなものである。STMは€個人用のインターフェイス、 共用グループウェア、¡空間リソース・データベース、を統御する仕組みであり、実空間の利活用を促進させる。このシステムが導入されるメリットは、空間のアクセシビリティを高め、空間を皆で使えるようにすることにある。ユニヴァーサルな空間が都市の全域に広がるとき、それを個人が分割専有するのではなく、時空間的な工夫によって「共有」することが可能になる。したがって、アドレスで記述された空間群は永続的・専用的なものではなく、時間とともに変化し重層的に使われるものになる。

1──hstp(=hyper space transfer protocol)によるネットワーク型空間のアドレス表記の例

1──hstp(=hyper space transfer protocol)によるネットワーク型空間のアドレス表記の例

情報空間と実空間の相互関係で最後に残るテーマは、人間の主体的介在であろう。アドレスやSTMは主にシステム側の構想であり、人間の行動がなければ実際には何も変わらない。ユビキタス・コンピューティング環境によって情報空間は実空間に限りなく接近しているが、最後にそれを「グラウンド=地表」につなぐのは取りも直さず人間である。ここで「グラウンド」とは自然地形と人工物を包含した世界のサーフェイスおよび近傍空間を指すものと考える。都市を用途ゾーンや個別敷地に「分割」するのではなく、人間活動の可能的領域としてのグラウンドに「統合」する意識が求められる。グラウンドに人間活動を着地させること、すなわち「グラウンディング」はいかにして可能になるのか。
これまで、情報ネットワークは世界規模に拡張する水平のつながりを生成してきた。それに対して、グラウンディングで求められるのは、ある種の「垂直的」な身体意識である。垂直的とは空間の高層利用や地下利用を意味するわけではない。場所に情報(モノ)を置くこと。場所から情報(モノ)を取り出すこと。場所に新たな価値を発見すること。これらは情報空間において欠落していた「グラヴィティ」(重力)の感覚である。グラウンディングとは場所にグラヴィティを作用させ、場所の固有性やチカラを生み出すことではないだろうか。

情報空間においては、一般にサーバから情報を入手することをダウンロード、情報を送ることをアップロードという。ここには仮想的な「グラヴィティ」感覚を見出すことができる。これは情報を提供するサーバが実空間とは別の上方にあることを想定した表現である。実際、インターネットのWorld Wide Webは地球を外側から覆うネットワークとして表象されることが多い。しかし、情報空間が実空間に「接地」するならば、下方にあるグラウンドこそが情報の受け皿になる。すなわち、グラウンドはおびただしい情報が記録されたデータベースになる。このように情報のデータベースとして機能するグラウンドのことを「レシーバ」と呼ぶことにしたい。

2──グラヴィティとレシーバ。情報やモノをグラウンドにダウンロードする

2──グラヴィティとレシーバ。情報やモノをグラウンドにダウンロードする

レシーバに対するダウンロードとアップロードの関係は逆転する。グラウンドに情報を落としこむことが文字通りダウンロードであり、逆に情報を取り出すことがアップロードである。ある場所に関する情報をレシーバに保存しておくこと(サーバだけでなく)、その場所で行なわれた活動の成果や場所の印象・評価などをダウンロードしておくことで、レシーバは人間の歴史と記憶に関する「実空間アーカイヴ」となるだろう。グラウンドを断面的に見れば、それは「地層」のように時間と空間を圧縮してカタマリにしたものになる。レシーバはグラウンドに空間記録を蓄積するとともに、過去の時間を空間として蘇生させることを可能にする。なお、レシーバは地下に埋め込まれた情報記憶装置を必ずしも意味しない(そのようなアーカイヴ構想もありえるだろう)。レシーバ設営の意図することは、その場所に固有な情報の集積基盤を作ることである。実際のレシーバのシステムが集約的な機器ネットワークと遍在タグの混合として構築されたとしても、人間とのインターフェイスのレヴェルでは「場所への直結感覚」が重視されるべきである。

レシーバに蓄積された膨大な情報は、ある種の「場」(フィールド)を生成することになる。ここでいう「場」とは場所よりも広い概念であり、実空間のなかの広がりを持った領域で、空間的にも時間的にも可変なものである。それは人々の関心の度合いによって生成される「重力場」(グラヴィティ・フィールド)のようなもので、情報の累積評価・更新頻度などを入れた場の強度(にぎわい)として可視化ないしは可認知化される。個々の場所のグラヴィティの集積は、新たな潜在地形としての重力場を作りだす★二。何らかの方法でグラウンドの重力場を感知することにより、自分の嗜好や目的にあった「場」を知り、その場のチカラに引き付けられるようにグラウンドを動き回ることができるようになる。はじめから目的地が決まっているときは場所の位置情報が提示されれば十分である。しかし、目的地が決まっていないときや不案内なエリアを歩こうとするとき、または都市の見えざる特質を発見しようとするときは、重力場の情報は有力なサポートになるであろう。
さらに、重力場は新たな建築を胚胎する契機にもなる。既知の敷地が解体され、不可視の敷地としての重力場から顕現する建築もありうるだろう。本論の表題に戻るならば、アドレスは空間、グラヴィティは人間、レシーバは時間が生み出す変動体系である。これらは双方向的に連関してグラウンド上の新しい建築を作るのである。

3──都市のグラヴィティ・フィールド。人間の活動や関心が作りだす潜在地形

3──都市のグラヴィティ・フィールド。人間の活動や関心が作りだす潜在地形

最後に、検討中のプロジェクトi-Compass(仮称)を紹介する。i-Compassは前述したような都市の「重力場」を感知するためのコンパスである。山歩きなどに用いられるコンパス(方位磁石)は北を指す。それに対して、i-Compassは自分の目的地や関心の対象や通信相手を指す、いわば自分専用のコンパスである。i-Compassは通常のナビゲーションのように目的地と経路を正確な位置情報で示すのではなく、あくまでも「方向」しか示さない。情報の精度としては緻密ではないが、単純で明確な指標を提供する。人が考えて補完すべき余地が残されているので、自ら積極的に動くことを促すことになる。i-Compassは固定された目的地を指し示すだけでなく、環境のなかから見えない重力場を感じ取る「センサー」にもなる。自分の興味のあるテーマ(例えばイタリア料理、ジャズ等)をプリセットしておけば、街歩きの途中にテーマに関連する場所に近づくと、コンパスがその存在を感知して方位を示してくれる。i-Compassは見えない都市(見えない建築)を歩くための有力なツールとなる。i-Compassは携帯電話への実装を仮定しているが、単独の「磁石」アイテムとして作ることも可能である。もはや地図とは実空間そのものであり、あとは小さな磁石を持って街に出ればよいのである。

4──「i-Compass」。グラヴィティ・フィールドを感知する自分専用のコンパス

4──「i-Compass」。グラヴィティ・フィールドを感知する自分専用のコンパス

5──「i-Compass」。都市を歩くためのツール

5──「i-Compass」。都市を歩くためのツール


★一──技術規格の標準化に関わり簡単に実現できることではないが、ここではひとつの方向性として提示した。
★二──例えば都市にダウンロードされた累積評価のヒートマップを作成し、評価の高い場所を低地、その逆を高地とすれば、潜在地形としての重力場を生成できる。

>松本文夫(マツモト・フミオ)

1959年生
東京大学総合研究博物館特任准教授、プランネット・アーキテクチャーズ主宰、慶應大学非常勤講師。建築家。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体