RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.42>ARTICLE

>
アナログ地図と身体性 | 岩嵜博論
Analog Map and Physicality Embodiment | Iwasaki Hironori
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.116-117

等高線トレースの快楽

随分前のことになるが、友人が引っ越したというので新居に遊びに行く機会があった。最寄の駅は目白だったが、駅を降りて明治通りのほうに歩いた先にある友人の部屋は、六階だというのに、ベランダから新宿西口の高層ビル群が一望できるほど眺めがよかったことに驚いた。
この眺望は、友人のマンションが目白台地崖上に建つことによってもたらされているものだった。当時同様に引越しを考えていた筆者は、友人のマンションのような眺望のよい場所を探せないものかと考えた。最初は、地図ソフトで土地の高低を確認し、豊かな眺望が期待できる崖上の場所を探せばいいのではないかと思った。しかし、当時それらの環境はまだ発展段階で容易に入手できるものではなかった。
そこで、ふと、国土地理院発行の地形図に記載されている等高線を読み込むことによって、地形の概略を把握することができるのではないかということに気がついた。地形図なら安価で手に入れやすい。それからしばらくの間、夜中遅くに仕事から帰ってくると、軽く飲みながら地形図の等高線を高さ別に色鉛筆で少しずつ塗り分ける日々が始まった。
国土地理院が発行する地形図には、いくつかの種類があるが、等高線を詳しく確認するためには、二万 五千分の一の地形図が最も適している。一万分の一の地形図では等高線の間隔が詳細すぎるし、五万分の一では逆に等高線情報が不十分だ。本稿では、これらの地形図に代表される紙の地図のことを、地図ソフトなどとの対比から「アナログ地図」と呼びたい。
等高線を塗り分ける作業は思いの他時間がかかった。東京の都心部をカバーするためには、「東京西部」「東京首部」「東京西南部」「東京南部」の合計四枚の二 万五千分の一の地形図が必要だが、全てを塗り分けるのに一週間ほどかかってしまった。仕事を終えて疲れて帰宅した後に塗り分け作業を行なっていたわけだが、正直これらの作業はそれほど苦ではなかった。
二万五千分の一の地形図は五メートルごとに等高線が描かれていて、一〇メートルの等高線は実線、五メートルのものは破線というようになっている。しかし、地図上には等高線だけが描かれているわけではなく、他の様々な要素の中に等高線が埋もれて見えることが頻繁にあった。等高線はその性質上どこかで途切れることはないため、埋もれてみえてもどこかでつながっているはずだ。作業の中でこれらの埋もれてみえる等高線を探し出し、トレースする必要があり、決して楽な作業とは言えなかった。
これらの作業には、紙の地図に手描きで色を塗るというプロセスを通じて、地形を体感的に体に染み込ませる効果があった。埋もれてみえる等高線を探し出し、谷筋の微妙なうねりを伴う地形変化を読み取りながら、等高線の密度による高低差を身体的に認識することができた。最初は、無色透明だったアナログ地図が、自分の作業を通じて地形というテーマ性を帯びたものに変化している様子にはある種の達成感も感じられるのであった。
これらの作業は、コンピュータを使えば容易にできるだろう。等高線の高さ別の色分けだけではなく、3D表示を行なったりすることも、一瞬にしかも簡単にできるはずだ。しかし、そこには私がアナログ地図を通じて体験したような、地形が身体に染み込んでいく感覚は生まれにくいのではないかと思う。コンピュータは決められた作業を繰り返し、結果を即時に見ることには適しているが、身体性を伴ったブラウズ性には乏しい。アナログ地図は、時間は多少かかるが地形情報を身体化するためには非常に優れたツールであると言えるだろう。

筆者が作成した等高線アナログ地図

筆者が作成した等高線アナログ地図

アナログ地図ワークショップ

二〇〇四年にワタリウム美術館で「エンプティ都市散歩学」という連続イヴェントが企画された際に、その一回分を担当する機会があった。私の担当した回では、都市認識を様々な観点で体験するというコンセプトのもと、これまで述べてきたようなアナログ地図の身体性を核にしたワークショップを行なうことになった。
ワークショップは、参加者がアナログ地図を通じた都市認識の身体化を行なった後で、実際の都市空間を散策し、最後にパソコン上で再現される地図・地理情報空間とそれらの体験を照合させるという内容で構成された。
最初のステップとして、参加者には会場で港区の北半分のエリアをカバーした二万五千分の一の地形図を手渡し、筆者が個人的に行なったのと同様に等高線の塗り分けをしてもらった。最初は無味乾燥な地形図だったが、色塗りが進むにつれ麻布台の特徴的な地形が浮かび上がった。次に、それぞれが今しがた塗り終えた地形図を手元に参照しながら、渋谷から六本木に至るルートを歩き、自分が塗り分けた地形図が指し示すように実際の地形が変化していることを確認してもらった。
普段何気なく地図を見ていても認識されることは限られている。同様に都市を何気なく移動していても、ほんのわずかな範囲のことしか感じていなかったりする。このワークショップでは、地形をキーにしながら、地図から地形を身体的に読み取り、それを実際の散策を通じて身体に還元していくことで、普段の認識とは異なる都市の認識を複合的に獲得することを目的とした。そのためは、アナログ地図の身体性を最大限に活用する必要があったし、またそれが効果を発揮したのではないかと考えている。
コンピュータを使った地形認識ツールはここ数年でかなりの進化を遂げている。また、データを含めた入手のしやすさも少し前と比較すると格段に向上した。これらのツールはグラウンディングの大きな手助けになることは間違いない。一方で、これまで述べてきたように、アナログ地図に特有の身体性を伴った認識のフレームの重要性も高いのではないだろうか。それぞれのツールとしての特性を踏まえたうえで、ITツールとアナログツールを使い分け、より豊かな都市認識のフレームワークを構築することができるのではないかと思う。

>岩嵜博論(イワサキ・ヒロノリ)

1976年生
株式会社博報堂勤務。ストラテジックプランニング、イノベーションデザイン。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体