1──東京都区部の地形段彩図。標高5m以上を黄色系で描画 出典=国土地理院「数値地図5mメッシュ(標高)東京都区部」
国土地理院が発行している「数値地図5mメッシュ標高データ」というものがある。航空機を使った緻密な測量データをもとに、地上構築物や樹木などを除去した「地表面データ」として作成されたものだ。数値は〇・一メートル単位で記されているが、測量誤差を考慮すると〇・五メートル程度の正確さが妥当であるという。現在、「埼玉県南部」「東京都区部」および「名古屋」が発行されている。
この標高データが描く東京の地形は迫力がある。五メートルのピクセルは道路と宅地のレベル差を描き出す。「微地形」は河川の谷や台地の輪郭だけではない。平坦に思える低地の表面にも、道路や鉄道が刻む「地形」が地表をびっしりと覆っている。海岸線は埋め立て地が続いているが、新しいものほど高く造成されている傾向がある。そこで、明治までの海岸線から現在の水際へかけて、土地の傾斜が逆転している。標高を段彩図示してみると、海沿いはまるで環礁か、火山のカルデラの外輪のような地形を描いている。
都心の地形をよく見ると、細部が宅地の大きさの単位でいわば「デジタル化」しているのが見て取れる。それぞれの敷地は最大限に平坦面を確保しようと造成した結果である。しかし、一つひとつの面積的単位が地形に比べて小さいため、「離れて」見ると、「敷地のピクセル」の解像度が上がり、残存地形が見えてくる。渋谷川や神田川の「谷」に注目すると、現在、水が流れている場所(オフィシャルな川)が、単に「流路」にすぎないことがよくわかる。都市河川の護岸が街と水を隔てている、というような議論がしばしばあるが、川の地形を見れば、問題は「街と川」というよりも、「川の中にある市街地」と「流路」の関係なのである。
2──台地部分の拡大。神田川の「上流」部分。建築物や舗装の下に残存する「地形」が浮かび上がる
3──低地部分の拡大。浅草、新吉原の跡地、奥州街道などが微地形として残っていることがわかる
むろん、この地図も編集された情報であって、地表の事情をそのまま反映したものではない。これをしてグラウンディングのツールにするためには、様々に視点を変えながら自覚的に眺めておく必要がある。その点で、こうしたデジタル地図が優れているのは、情報の加工や出力の切り替えが素早く容易にできることである。例えば、標高データに地図画像や空撮写真をマッピングしてみると、地形と土地利用形態の対応(あるいは非対応)が見えるし、逆に「測量者」が何を地形と見なして作成したかという意図が窺えたりもする(鉄道の土手や河川の堤防は地形に分類されているが、高架や橋梁は除去されている。地上の建築物は消されているが、地下構造物の上部にある人工地盤は地形とされている)。
ここに掲げたイメージの出力には、「Kashmir(カシミール)3D」というフリーソフトを用いた。通常、このような操作には専用のGISソフトが必要である。一般的に、ある程度の機能を備えたGISソフトは高価である。それが主業務である組織が導入する場合はともかく、少なくとも個人的に自分のパソコンに入れるために購入するのをためらわせるには充分な値段であることが多い。この点、地形データや地図画像の閲覧、解析が可能なソフトでフリー(無料)であるという長所は非常に大きい。他人にも、臆せずに勧めることができるからだ。
まず「グラウンディング支援ツール」として、「Kashmir3D」では「できない」ことを挙げておく(二〇〇六年一月現在)。第一に、「Kashmir3D」はMacOS上では動かない。『10+1』読者のような「層」には、Macユーザーが世間一般よりも高い割合で存在する予感がするが、残念ながら「Kashmir3D」はWindows専用ソフトである(しかし、このためだけにWindows機を備えても惜しくない、と個人的には思う)★一。それから、ベクトルデータの出入力ができない(Arc/Infoのエクスポートファイル形式[.e00]の線要素の表示だけはサポートされている)。地形データから等高線を生成してeps形式で取り出したり、立体モデルをCADソフトへ渡したりすることができない。例えば地形表現を作成し、他のソフトに取り込んで加工するというような場合、やり取りはbmp形式の画像データに限られる。ただし、β版ながら、地図上にレイヤーを持ったベクター形式の図形の描画やテキストの挿入ができる「プラグイン」が提供されていて、この方向の機能強化の兆しはあるようだ。
また、「Kashmir3D」はそれ自体が地図や地形データを持っているわけではないので、表示するデータは別途に入手する必要がある。杉本智彦氏自らによる解説書がシリーズで出版されているが(杉本智彦『カシミール3D入門』実業之日本社、二〇〇二)、それらの本に日本列島の「50mメッシュ標高データ」等の基本的なデータが収められたCD-ROMがついている。まずはこれを購入し、データとソフトをインストールした後、ウェブサイト★二から最新バージョンにアップデートするのがよいと思う。「5mメッシュ標高」データは日本地図センターなどで販売されている。これを表示するには「数値地図5mメッシュプラグイン」が必要である。ウェブサイトから無料でダウンロードできる。
一方、「できること」は、作者の杉本智彦氏が運営する「Kashmir3D」のウェブサイト★二に簡潔に書かれている。「地図ブラウザ機能を基本に、風景CG作成機能、GPSデータビューワ・編集機能、ムービー作成機能、山岳展望機能などの多彩な機能を搭載しています。国土地理院の数値地図をはじめ、スイス地理局の数値地図、米USGSの地図、ランドサット衛星画像、火星など世界中の地図・地形データ、衛星・航空写真を使用できます。市販の電子地図では詳細がわからない山間部もカシミールでは二万五〇〇〇分の一の詳細な地形図を使うことができます。しかも趣味で作っているのでフリーソフトです」。
私たちが最も頻繁に利用するのは、標高データを使った段彩図の表示・出力や断面図の作成、空撮写真や衛星写真の表示である。ビットマップ形式のファイルは全て、座標を与えれば「地図」として表示することができるため、古地図や自作の地図を読み込んで地形データに重ねることもできる。
8──外堀付近の空撮写真を地形データにマッピングしたもの
9──上と同じ地域に江戸時代を描いた地図を重ねたもの
10──同上地域の地形のみの描画、1m等高線を表示
11──地形に地図を重ねて段彩を透過表示
それから「Kashmir3D」にビルトインされている「カシバード」という立体表示・レンダリング機能、そしてGPSデータの操作もよく使う。
12──GPS軌跡の解析とグラフ表示
13──「カシバード」画面
地形表示のための効果的な段彩図を作成するには、標高を色分けするパレットのカスタマイズが重要である。細かい設定もできるが、「5mメッシュ標高」データなどの場合、標高のレンジをすべてカバーしようとすると色が足りなくなる。表示するエリアの主な標高によって、それぞれ別なパレットを作成するのがよいと思う。どの「標高帯」を詳細に色分けるかによって、地形の層はまったく違って見える。
4、5──デフォルト設定による関東平野の立体段彩図
6、7──地形、特に平野部分の起伏を強調するパレットを作成して表示したもの。 7 出典=国土地理院「数値地図5mメッシュ(標高)」
「カシバード」は、カメラの操作のように「レンズ」や「フィルム」をメニューから選ぶように工夫されていて、直感的に使いやすい。「Kashmir3D」はもともと、山岳眺望シミュレータとして作られたソフトであって、遠大なパノラマ風景をレンダリングするようにチューニングされている。これを「5mメッシュ標高」データの表示に応用すると、独特の「凸凹モデル図」になるわけである。太陽光や大気の表現、地形の表面のテクスチュアなどの組み合わせによる「風景の設定」メニューには、「ハイマツの山々」とか「日本アルプスの朝」というリストが並んでいる。「奥秩父の森」セットを使って東京都心の地形をレンダリングすると、それはそれでインパクトのある画像になるが、「都市のグラウンディング」用としてはあまり使わない。
14─16──成田付近の航空機の軌跡をカシバードで描画
17──東京港、中央防波堤外側埋め立て地を立体表示し、ヨセミテ国立公園風景の設定にてレンダリング
以上、明記してあるもの以外は筆者作成
GPSとの連携は、地図上での即時表示、ルートやポイントの作成と転送、記録した軌跡の転送と保存、描画など、携帯用GPS受信機の操作に必要な機能はほぼすべて揃っている。速度や標高のグラフ表示、軌跡のアニメーション再生や動画の保存も可能である。GPS受信機は連携ソフトによって威力を発揮する。その点でも「Kashmir3D」はお勧め。
●「Kashmir3D」ウェブサイト http://Kashmir3D.com
註
★一──動作条件は、Windows 95/98/98SE/Me/NT4/2000/XP。「快適に使うため」に、Pentium III 880MHz以上のCPU、メモリー256MB以上、ハードディスク1GB以上、DirectX9対応ビデオカード、Windows 2000またはXP、が推奨されている。なお、Mac OS用には、「数値地図ビューワ」というシェアウェアがある。
★二──http://kashmir3d.com 頻繁にアップデートされるので、定期的にチェックしたほうがよい。RSSで更新を購読することもできる。