RUN BY LIXIL Publishingheader patron logo deviderLIXIL Corporation LOGO

HOME>BACKNUMBER>『10+1』 No.42>ARTICLE

>
東京スキーパーク─その必然性について | 佐々木一晋
Tokyo Ski Park: On Its Inevitability | Sasaki Isshin
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.70-72

「冬になると雪山へ足を運び、スキー板を両足に装着して雪斜面を滑り降りる」[図1]。都心部では経験することのできないこの貴重な体験の何が人々を惹きつけているのだろうか。滑る雪質や斜度、天候、気温、湿度、風、重力、景色、友人と一緒に滑る楽しみなど、さまざまな要因が考えられるが、スキーの醍醐味といえば、やはり雪山を滑降する際の原動力となる「重力」と「雪質」を楽しむこと、さらには雪山を滑降する行為を通じて雪山全体の様相を「認知」していく感覚にあるのではないだろうか。
この小論では以上の三点を中心に、身体の足元を拡張するデヴァイスとしてスキーとインラインスケート[図2]に着目して、都市の地表へのインタラクションを拡張する試みを紹介したい。

1──圧接後のスキーコース 撮影=山崎弘道

1──圧接後のスキーコース 撮影=山崎弘道

2──インラインスケート 著者撮影

2──インラインスケート 著者撮影

人工から自然の雪山へ

二〇〇三年一〇月一七日、世界最大の屋内スキー場として知られた「ららぽーとスキードーム ザウス(千葉県船橋市)」の解体作業が始まった。高さ一〇〇メートル、七〇センチほどの人工雪を積もらせ「都会に居ながら本格的なスキーが一年中楽しめる施設」として人気を集めたが、年を追うごとに客足は遠退いていき、現在はすでにマンションと商業施設が林立しその跡形は残されていない。人工地形として斜度の異なる二本のコースが屋内に構築され、滑ることのみに特化された人工(地形)スキー場において地形を認知する試みは、明らかに自然の雪山を滑り降りるスキー場のものとは異なるだろう。もしスキーの「重力」「雪質」を楽しむことだけが目的ならザウスでも十分に満足できたであろうはずなのに、大半のスキーヤーは雪山という「自然地形」としてのスキー場に足を運ぶのは何故だろうか。

雪山の様相を体感する

滑降コースの斜度によって緑(初級)、青(中級)、赤(上級)と色分けされたスキー場マップ[図3]に見られるように、さまざまな色(斜度)を帯びたコースの軌跡が視覚的に連結されていくことでひとつの雪山全体の輪郭を浮かび上がらせていく認知過程は、スキー場に訪れた方ならみな感じたことがあるだろう。また、実際にスキー板を装着して尾根から下る複数のコースへと滑降を繰り返すことで、雪山の輪郭を身体的に把握していく経験も同様に感じたことがあるのではないだろうか。無意識に行なわれるこれらの相互の認識構造にスキー場の醍醐味がありそうである。つまりは、「重力」と「雪質」を楽しむと同時に「地形と戯れる」こと。例えば、スキー場という雪山は滑降コースの総体がツリー構造を表象しているように、スキーヤーは雪山の全体地図を頭に描きながら景色を楽しみ、次なるツリーの分岐点へと滑降する。さらには、ツリーの頂へと繋がる上昇リフトを選び出しながら、次なる分岐するコースへと滑り降り、この身体運動を積み重ねていくことで雪山の体系を把握していくのだろう。このツリー構造をした雪山(スキー場)のスケールは、スキー板という身体移動を拡張するデヴァイスを用いて、丸一日滑り通すことでその地形全体を十分に把握可能な適当なサイズといえるだろう。

3──苗場スキー場マップ 引用出典=『日本のスキー場東日本版』(実業之日本社、2005)

3──苗場スキー場マップ
引用出典=『日本のスキー場東日本版』(実業之日本社、2005)

東京スキーパーク

東京の地相は単なる起状山地が具象化されたものではなく、広範な洪積層と沖積層から成るさまざまな起伏のもとに成り立っている。かつて、これらの起伏ある地形を身体で「なぞり採る」ようにして歩き回っていた人々は、それらの地形から場所の固有性を見つけ出し、新たな意味を付加することで多様な東京をつくり出していった。しかし、現代においては、これらの起伏斜面とは無関係に構築された路線網や情報網が発達し、それらの路線網が新たな地相のイメージとして抽象化されて流布することで、私たちの脳裏にはダイアグラム化した東京のイメ ージが認知対象として染み付いているといえるのだろう。さらには、こうした状況下で自身が武蔵野台地という巨大な地形に立っているといった感覚をもつ人はそう多くはないのも事実であろう。
そこでもし雪山の対極に建築家クリストファー・アレグザンダーの言う「セミラチス」の様相を呈する東京都心が位置づけられるとしたら、この都心という複雑な起伏を併わせもつ地形を自身の身体運動を通して捉えていくことは可能であろうか。そこでインラインスケートというスキーの類似デヴァイスを実装して、複雑な起伏を併わせもつ東京をひとつのスキーパークと見立てて滑走する試みを少し報告したい。

「重力」と「反発弾性」

スキーやスノーボードのように「重力」を楽しむために開発されたデヴァイスは、その地表の凹凸具合とデヴァイスとの共振具合を身体へと直接的・連続的に感受させることができる。雪への摩擦抵抗を最適化したスキー板は、十数年前は背丈の一・五倍ほどの単純な長板であったが、現在は技術の進展のおかげでさまざまな長さや形態の板が開発され、滑る人のスキルに合わせて最適なデヴァイスを選ぶことが可能となっている。昨今主流となったカーヴィングスキーは、従来のスキー板に比べてトップとテールが幅広く側面の曲面カーヴがきつく設計されており、わずかな重心移動でターンが可能である。従来は熟練した技術を有する上級者のみに限られていた「重力の楽しみ方」が、今や新たなデヴァイスの進展によって、初心者でもその雪山の重力を感覚的に楽しむことができるのである。
このカーヴィングスキーはターンの際にかかる自身の体重に応じた重力を、横滑りによって逃がしてしまうことなく、ターンへと繋がる回転運動へと重力を最大限に伝えるためのデヴァイスであり、この感覚はアスファルトコンクリートの斜面をインラインスケートで滑降する際に体感する感覚と同じような印象を受ける。つまりは、カーヴィングスキーというデヴァイスが雪面という地表と反発し合う足元の感触、さらにはインラインスケートの縦に並ぶ四つの車輪がアスファルトの路面と反発し合う足元の感触、この足元の連続性を感じながら周囲の流れ行く斜景を同時に楽しんでいくこの珍奇な出来事は、都心、雪山にかかわらずに、滑走する斜面の総体を認知しようとする手段としては最適な試みといえるのだろう。
デヴァイスが地表に接した際の跳ね返りの強さ「反発弾性」と「斜景の移り変わり」、これらの感覚情報は地形を知るためのひとつの尺度となりえるのかもしれない。

地表の質料と形相

インラインスケートで都心を徘徊するスケーターは、自転車に乗って坂道を走る人と同様に、私たちが散歩している際に無意識的に目を向けている視線よりもさらに先方に視線を向けている。さらには直径一〇センチほどのゴム製のインラインスケートのホイールの特性を身体によって実装体験を深めていくことによって、滑りゆく目先の「地表の状態」へと感覚的に意識が向けられていくのである[図4]。つまり、四つのゴム車輪が縦に並んだインラインスケートは、水との接触には非常に弱く、白線などのツルツルとした塗料や、マンホールや排水溝のキラキラした金属質、乾燥しているのか湿っているのかというような質料的感覚と、アスファルトによって結合された細かな砂利や砂のザラザラといった形相的感覚、これらの双方の感覚的視線をもって滑降することが要求される。アイスバーンや新雪、圧雪、雪コブといった、その時の雪質によって雪山との戯れ方が変わっていくように、都心の路面においても同様にして、マンホールや排水溝、アスファルトの継ぎ目や打ち方、路面標識、湿った路面、乾いた路面、天候などによって地表との戯れ方が変わっていくのである。

4──下北沢での地表の凹凸 筆者撮影

4──下北沢での地表の凹凸 筆者撮影

都市の微地形を発掘する

また、こうした路面状況の可視化を試みるプロジェクトのひとつにGeoSkating (http://www.geoskat ing.com/)が挙げられるだろう。ここではインラインスケートとGIS、携帯電話、サーバを連動することで滑走ルートとアスファルトの質、路面際の映像や画像が地図上にマッピングされていく。滑走しながら携帯電話の番号(1│5)を入力していくことで「路面の滑り易さ」が五段階に分類され、その分類結果が随時サーバヘ送信されることで滑走の軌跡が色分けされて地図上に描かれていく。最近ではGoogleMapに採用されているAjaxを応用することで滑走軌跡が衛星写真の上にアニメーションでトラッキングされている。
このようにインラインスケートやスキーといった身体に身近なデヴァイスは、単にエンターテインメントとしての楽しみだけではなく、路面という地表の質料的・形相的な均衡状態を感覚的に捉えるためのデヴァイスとして、さらには斜面の総体を認知していくためのデヴァイスとして、実装経験を重ねることによってその情報処理能力の幅が拡張されていくのだろう[図5]。
都市生活においてはエレヴェーターや階段、エスカレーターなどの垂直・水平運動が日常的な運動に組み込まれているように、一日の地形の体験を連続的に身体で感じとることのできる機会はそう多くはないだろう。そうした状況下で直径一〇センチのインラインスケートホイールを通して都市地表を眺め直してみることで、より都市の地表のミクロな凹凸や、さらには丘陵といったマクロな地形を同時に連続的に感じ取ることができるのだろう。ぜひ怪我をされない程度に地形を楽しんでいただきたい。

5──路上でのインラインスケート 撮影=佐々木一圭

5──路上でのインラインスケート 撮影=佐々木一圭

>佐々木一晋(ササキ・イッシン)

1977年生
東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程。建築意匠、環境情報科学。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体