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時間遡行、地形観察、幻影のグラウンデ ィング─その手法と実践の記録 | 元永二朗
Grounding Retrograde Time, Topographical Observation, and Illusion: A Record of Technique and Execution | Motonaga Jiro
掲載『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体, 2006年03月発行) pp.62-65

われわれがいま立っている場所がなんなのか、知りたい。
その空間や時間を、そこを歩きながら確かめたい。
グラウンディングとは、実践の方法論である。自分で地表を歩いてみることはもちろん、ツ ールひとつにしても、適切なものを選んで手に入れ、実際に使ってみる。それを携えて街に出て少しずつ使いこなしてゆきながら、新しい使い方を思いつき、考え、テストし、行動する。そしてまた考える。
みずから「やってみる」そのプロセスのなかにこそ本質が潜んでいる。テキストを読んでいるだけではだめだ。説明を聞いてわかったような気になってはいけない。ソフトウェアをインストールする煩わしさも、グラウンディングの大切な経験のひとつなのだ。
そこで本稿では、ツールを選ぶところから実際にフィールドで使うまでの実際の過程を記述することで「グラウンディング的な経験」を表現することを試みる。ところどころ妙に細かい記述が入り込んでくる部分があるが、頭で考えるだけでなくそれを「現実化」するには、物にも手法にもディテールが不可欠なのだ。

思いつき

カーナビに地形図を表示したい。昔の地図も出てほしい。時間と空間を行き来するいわば「時空間GPS」。その画面を見ながら、いままさにこの場所にある地形の上を、ここに積み重ねられた時間の上を動き回ったとしたら、どのような認識がもたらされるのだろうか。
地形は数値地図などを利用すればかなり詳細に知ることができる。昔の地図も、明治時代の「五千分一東京図測量原図」なる精密なものがあり、これはほぼそのまま現代の地図上に重ねることができる。これらの地図を切り替えつつ、その上にGPSから得た現在の位置をプロットすることができないだろうか。

テスト1

カーナビに手を加えて表示を変えたりすることは、技術情報が公開されていないかぎりほぼ不可能である。そこでカーナビに似ている(ように思われる)ものとして、パソコンに接続するGPS機器とそのためのソフトウェアを使うことを考えた。任意の地図上に現在位置の表示も可能だ。これは「時空間GPS」になるのではないかと思い、何はともあれ、まずは接続・インストールして歩行しながら試してみた。すると普通のパソコン用のソフトウェアというのは、このような状況では非常に使いづらいことがわかった。例えば普段ごく当たり前に行なっているメニューやダイアログの操作も、歩きながら手に持ったノートパソコンでこなすことは難しい。歩行により揺れ動く画面上ではメニューの文字を読み取れない。カーソルも目的の位置にすんなりとは移動できない。結果、普段であれば五秒間程度の操作も見にくい画面を必死に見つめたまま二〇秒くらいかかってしまう。刻々と流れてゆく風景、音、その他の経験が、そのあいだ失われてしまう。これでは移動しながら使う意味がない。

デザイン

要するに一回のクリックで地形図/古地図/現在の地図表示を切り替え、スケールを変更できるものがあればいいのだが、探しても見つからないので作ることにする。基本的な処理の流れは以下の通り。
1  表示したい緯度経度を受け取る
2  必要な地図画像を割り出す
3  表示する
なんともシンプルだ。

今回はWEBページをインターフェイスとして動くアプリケーション、すなわちWEBアプリケーションとしてこの「時空間GPS」を作成してみることにする。この方法を選んだのにはいくつか理由がある。まず、シンプルなインターフェイスを手っ取り早く実現する手段のひとつがhtmlだったこと。リッチな操作体系はかえって邪魔になるだけなのだ。もうひとつは、ネットワークを通じて簡単に別のコンピュータとつながりうること。当面は単独のマシンで使うことだけを考えているが、WEBアプリケーションとして動いていれば、例えば無線LANで近くのコンピュータからアクセスすることも即可能になる。
地図は拡大、縮小、移動でき、画面中央付近に現在位置がアイコンなどで表示されるようになっていなければならない。
だが巨大な地図をそのまま読み込むのでは動作が遅くなりすぎてしまう。地図画像をタイル状に分割し、必要な部分だけ読み込むようにしなければならない。また「だいたい中央あたり」という領域を作るために、表示領域の中をさらに縦横三つに分割することにする。
分割した全画像ファイルから表示に必要なものを選ぶ理屈は簡単だ。地図の投影法によっては、本当は多少複雑な計算が必要になるのだが、作成する地図の範囲や、画面表示およびGPSの精度からするとそのズレは誤差の範囲と言ってよく、今回は厳密な計算をする意味がない。
……だろうと予測して作業を進める。実際に動かしてみて無視できない誤差が生じるようであれば、その時点でその部分のロジックだけ見直せばよい。事前に考えすぎて手を止めるのは「グラウンディング的」ではない。
作業を始める前にあらかじめ考えたことはこの程度で、あとは作りながら考える。

1──アイディアのメモ

1──アイディアのメモ

作業1

分割するもとになる地図および地形図画像のビットマップデータは、Windows上で数値地図と「カシミール3D」を使い同じ範囲を作成し、ぴったり重なるように画像を調整する。さらに「五千分一東京図測量原図」をスキャンし貼り合わせたデータも、作成した範囲のうち位置が変わっていないと思われる左上隅に近い交差点と右下に近い増上寺の中門の位置が合うようにして補正する。「五千分一東京図測量原図」の正確さのおかげで、この二カ所を合わせるだけでほぼ全域にわたって問題なく位置が重なった。
これらを大中小三つのスケールごとにタイル状に分割する。今回使用するiBookのディスプレイ解像度1024×768ピクセルからメニューバーやその他ボタン類などのためのスペースを差し引くと、有効な地図領域の大きさは800×650ピクセル程度になる。これを縦横三分割するため、多少キリのよい大きさとして分割後の画像のピースひとつを260×210ピクセルとした。
今回作成する最大サイズの地図画像は縦横とも6000ピクセルを超え、タイルの枚数は縦三二枚×横二四枚、つまり合計七六八枚になる。手作業で分割するには気が遠くなるような枚数なので、今回はImageMagickという画像処理コマンド群に含まれる機能を使用して一気に処理する。例えば画像(map.png)の左上を原点として右に七枚目下に三枚目のタイル(tile.png)を切り出すには、convert -crop “260x 210+1820+630” map.png tile.pngというコマンドを実行すればよい。これを必要な回数自動的に繰り返すようにするのだが、このままだと七六八回巨大なビットマップ画像をメモリに展開し直すことになり、非常に無駄で速度も遅い。そこで分割前のデータをImageMagickのネイティヴフォーマットmpcに変換しておき、それを処理するようにする。これで一枚一秒以下、合計数分程度で全七六八ファイルへの分割が行なえる。ファイル名には縦横の連番を振っておき、プログラムから必要なものを呼び出せるようにしておく。
あとは地図をWEBブラウザに表示するプログラムを書いて、表示部分は完成である。

2──画像分割方法のメモ

2──画像分割方法のメモ

作業2

GPSとパソコンの接続は一般的にはシリアルポート経由で行なう。GPSレシーバをつなぎ、シリアル通信ソフトを立ち上げると、レシーバから送られてくるデータが刻々と表示される。このデータのプロトコル、NMEAのフォーマットを調べる。結果、例えば
..........
$GPRMC,174851.000,A,3539.6766,N,13933.9771,E,1.50,114.64,130106,,*04
$GPGGA,174852.000,3539.6765,N,13933.9765,E,1,04,3.3,60.8,M,39.3,M,,0000*6A
$GPGSA,A,3,18,14,05,30,,,,,,,,,7.2,3.3,6.3*38
$GPRMC,174852.000,A,3539.6765,N,13933.9765,E,1.61,219.52,130106,,*08
$GPGGA,174853.000,3539.6767,N,13933.9760,E,1,04,3.3,61.7,M,39.3,M,,0000*62
$GPGSA,A,3,18,14,05,30,,,,,,,,,7.2,3.3,6.3*38
.............
と流れてくるデータのうち、「$GPGGA」で始まる行に含まれる緯度経度を取り出せばよいことがわかる。
この行の内容は、
$GPGGA、時間、緯度、南北、経度、東西、品質、衛星数、位置精度劣化度の水平成分、平均海水面からの高度、単位、平均海水面と回転楕円体の高度差、単位、DGPSエイジ、DGPS基準局ID*チェックサム
となっている(とのこと)。
この一行をカンマで区切ってバラバラにし、三個目と五個目のデータを拾う。東京では南緯も西経も出ることはないので、四個目、六個目は無視しても支障はない。要は手抜きなのだが、今回は手早く作って試すことが最も重要なので、先ほどの座標系の問題と同様無視することにする。

試行錯誤

実際にプログラムから位置情報を参照する方法をどうするかで少し考える。
クライアントから地図描画のリクエストを受けた瞬間に直接レシーバーからのデータを受け取り解析すれば確実にリアルタイムの情報を反映できるが、リアルタイムということは、逆に言えばその瞬間のデータしか入ってこないということでもある。しかしある程度過去の軌跡を描くようにしておかないと、地図上でどのように進んでいるのかが読み取りにくい。そもそもこの「ゆるい」システムでそれほどリアルタイム性を追求する必要があるとも思えない。そこで、GPSレシーバーからのデータを記録するだけのプログラムを同時に動かしておき、地図の描画プログラムは一旦記録されたそのデータを参照することにした。結果が同じなら処理はシンプルなほうがよい。この場合、ひとつのプログラムですべてを処理するよりも分業したほうがそれぞれの処理がシンプルになる。
以上でき上がった処理を組み合わせ、現在の地図/昔の地図/地形図を切り替え、その上にGPSの位置情報を表示できるようになった。
地図範囲内で適当な位置情報を持つGPSのデータをでっちあげ動かしてみたところ、問題ないようだ。なにしろGPSなので、これ以上は「足を使って」テストするしかない。

テスト2

ちょうど今回の特集に合わせて新春の東京にグラウンディングに出る機会があったため、そこで実際に動かしてみることにした[図3]。
集合場所の泉ガーデンでGPSレシーバが衛星を補足するのをしばし待ち、出発する。虎ノ門から麻布に抜ける「尾根」を進む様子が刻々と表示されていき、とりあえずは無事動いているようだ。だが麻布台下の谷底当たりで、どうも実際の地形と地図に表示される位置がずれているように感じ始めた。また時間が経つと位置の更新がだんだんと滞り始め、そのまま放っておくと止まってしまう。その場での不具合の解消はあきらめ、エラーも含めたデータを取っておくべく、システム自体は止めずに歩を進めてゆく。しかし、ずれている位置を脳内で補正して見るだけでも、やはりこれはかなり面白い経験になることが確信できた。

3──グラウンディング・スタートの様子。2006年1月8日

3──グラウンディング・スタートの様子。2006年1月8日

作業3

グラウンディングから戻り、記録されたデータを調べてみたところ、位置のズレは地図の上下左右端として与えた緯度経度がやや間違っていたという単純な理由によるものだったので、あらためて現在の地図画像を元に上下左右の緯度経度を設定しなおした。GPSレシーバからのデータが途切れるのはどうやらシリアルポートとの相性が原因のようだったが、最終的には無線接続のGPSレシーバに交換してしまったので、不具合の原因自体が存在しなくなった。パソコンに有線で何か接続すると、いろいろと取り回しに制約が生まれ、フィールドでの行動の自由度が低下する。一言でいうと「非常にうざい」ということを痛感したためだ。

テスト3

いくつかの不具合を解消したシステムを抱え、今度は歩行以外の移動を試す。
まず車を試そうとするが、自分で運転して使用するのはほぼ無理ということがわかった。画面を見ることができるのは信号待ちなどのほんの一瞬だけである。それを前提にデザインされたカーナビの地図ならともかく、地形図や昔の地図はそんな一瞬ではまともに認識すらできないのだ。
そこでバスを試す。地形などが面白そうなルートを探した結果、目黒駅から新橋駅に向かう「橋八六系統」に乗車して使ってみることにした。
いままで一度も乗ったことがないまったくの初体験のルートである。現実のシークエンスと地形と過去が重なるとどのような経験を生むのだろうか。出発したバスは、山手線内エリア屈指の地形ポイントのひとつ白金の自然教育園の前を通り、左折して白金台を下っていく[図4]。
街並に紛れて見落としそうな渋谷川の存在を地形図で実感しつつ天現寺橋を渡り、広尾を右折し有栖川公園の脇をグイグイと「よじ登って」行く。明治一七年当時は現在バスが通っている場所より一本裏がこの辺りのメインの道だったようだ。公園に沿って右折すると、左に蝦蟇池が見える。いや、本当は見えないが、その幻を見つつ進んでいく[図5]。
仙台坂下りはまるで転げ落ちるようである。地形の上を転げ落ちつつ左側を見ると、大きな寺社らしき建物群が(昔の地図上に)見える。ここにはいまもいくつか寺の建物があるのがバスから見える。坂を下って突き当たりの古川は相当に姿を変えつつも現在も同じ場所を流れている。川に沿って進んでいくと一之橋、そしてすぐ隣の新一之橋で川は大きく屈曲する。そのためか昔ここは低湿地で、沼状になっていたようだ。いまも周辺で最も地面が低いのはその名残だろうか。渋滞する交差点に「車が淀んでいる」沼の影を見ながら、右折してしばらく進むと事務所近くの停留所に着いたので慌ててバスを降りた。地に足を着け周囲を見渡すと、なんとも不思議な感覚に襲われた。時間と地形を旅する乗り物から降りて目に入るのは間違いなく見慣れた街なのだが、どうも時空間が定まらない。手元に開いたままのiBookはあいかわらず地形と過去を表示し続けているので、それを見ながら路地を入りオフィスに到着すると、そこは池だった。アプローチを抜け、池の中にずぶずぶと入ってゆく。オフィスではミドリガメが飼われている。ミシシッピーあたりを原産とするらしいこの種は、麻布十番祭りの屋台を経て、かつての池の上で暮らしているわけである。

今後は、まだデータ化していない残りの地図をすべて取り込み、地形と重ね、このツールを五千分一東京図測量原図の範囲内のどこでも使えるようにする予定である。

4──白金の自然教育園を通り白金台を下っていく経路付近の地形図

4──白金の自然教育園を通り白金台を下っていく経路付近の地形図

5──古地図に見る麻布付近

5──古地図に見る麻布付近

>元永二朗(モトナガ・ジロウ)

1968年生
オルタナティヴスペースfoo運営参加。エンジニア、デザイナー。

>『10+1』 No.42

特集=グラウンディング──地図を描く身体