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都市の棚:書店空間の建築的冒険 | 山崎泰寛
Shelf in City: Architectural Adventure in Designing Space in Bookstores | Yamasaki Yasuhiro
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること, 2005年04月発行) pp.130-131

お見合い系から出会い系へ

関西の情報誌『L magazine』(京阪神エルマガジン社)は二〇〇三年一一月号に引き続いて二〇〇四年一一月号でも書店特集を組んだ。書店界隈が熱いらしい。京阪神では「柳々堂」(一八九四—)や「大龍堂書店」(一九二五—)などの超老舗書店だけではなく、「メディアショップ」(一九八一—)のように早い段階からセレクトとカルチュラルな雰囲気で勝負してきたミニシアター的書店も健在だ。大型書店の工夫──業者関係を内破する、ブックファースト京都店のフリーペーパー「文庫・裏百選」は伝説──もさることながら、秘めた熱気を保っている個性派書店の動向からは目が離せない。いくつか挙げてみよう。
『ガケ書房』(京都・北白川、二〇〇四年二月開店)は、人と書物の出会い方に腐心した書店である。圧倒的な存在感。石を積み上げたファサードはまさにガケだし、なにより外壁から半分だけ突き出た車のギミックに目を奪われない者はいない。ラフだが緻密な内装は「恵文社一乗寺店」(京都・一乗寺)や「ヴィレッジヴァンガード」(愛知)を思わせもするが、筆者は忘れがたい外観とネーミングに戸惑い、なにか得体の知れない店ができてしまったと動揺したのをよく覚えている。

1──「ガケ書房」外観

1──「ガケ書房」外観

ところが、このいかにもキワモノな外観とは裏腹に店内は挑発的である。この書店の最大の特徴は、目的の本にたどり着くための〈検索可能性〉よりも、未知の本につい出会ってしまうような〈探索可能性〉を追求したところにある。辞書をひいたときに隣接する単語を何気なく読んでしまう、あの好奇心が発露する空間なのである。店内は雑誌・書籍・CDの三部に分かれ、書架と書棚が空間を明瞭に分節している。
行なわれた操作は主に三つ。まずざっくりとジャンル毎に棚をつくりつつ、ジャンルを明示するサインを取り除いたこと。そして棚の中身を五〇音順の著者名で通すことで、検索の効率性も確保されていることだ。さらに、配架にあたって所与の分類コード(店舗で効率的に配架できるように書籍には通常四桁のコードが与えられる)に頼らず、通常の意味をずらして配置することで棚を豊かにしている。隣接するモノ同士には関連があるが、一メートル離れるとつながりがわからなくなる書物の群れが意味のグラデーションを生み、探索可能性を膨らませている。

2──同、内観

2──同、内観

棚にジャンルを明示せずにコンテンツで語らせる手法は、「Calo Bookshop & Cafe」(大阪・肥後橋、二〇〇四年四月開店)でも見られる。設計は「isolation unit」(大阪)。天井近くまで伸び、アート本からミニコミ誌までを飲み込む骨太な書棚が、コンテンツの渋さとコントラストを生み、かえって空間に軽やかな印象を与えているようでもある。棚の向かいに併設されたカフェスペースで、掘り出しものの本を読むのも愉しい。店のカバーをつけてもらって書店の雰囲気を町に持ち出すのもいいだろう。書店ネタのイヴェントまで開催するパワーで、他の書店の心も掴んで放さない超個性派書店である。

3──「Calo 」書棚

3──「Calo 」書棚

週末だけ営業する古書店「soramimibunco」(大阪・中崎町)は、四〇〇×四〇〇×三〇〇の自作ボックス×二五個のメイン書棚に『伊勢──日本建築の原形』(丹下健三ほか、朝日新聞社、一九六二)などマニアックな建築本が並び、壁面には三五〇×三五〇×二五〇と一回り小さなボックスに、絵本が置かれている。だがここでも書棚にサインはない。住宅街に突然カフェが現われるような、中崎町は地縁的なコミュニティとともに戦前の大阪の町並みを残した地域だが、ここ数年は雑貨屋やカフェのほかに、デザイナーの事務所も多いという独特の磁場を持っている。ギャラリー+カフェ+アート系書店「itohen」もそれほど遠くない。「中崎町ありきで探した」という店長の静かな心意気を、中崎町という都市とともに感じたい。

4──中崎町

4──中崎町

5──「soramimibunco」中央書棚

5──「soramimibunco」中央書棚

筆者は、建築ライターの平塚桂(ぽむ企画)と共同で「SferaArchive」(京都・祇園)を企画・運営していた。このささやかな書店の棚は、書物を引き立てるダークな色調だった前述のどの棚とも対照的に、真っ白でしかもとてつもなく横長なうえに、白色のボックスを仕切りにしてジャンルを分節している。書籍のヴィジュアルが生きない分、ある程度のナヴィゲートで確実に本を見せていく戦略だが、今後もさまざまな試行錯誤があるに違いない。
従来の書店が既成のジャンルと配架パターンで客を誘導する〈お見合い系〉書店だとすれば、これらの書店は書物と読者の意外かつ幸福な出会いを演出する〈出会い系〉書店として、ここしばらく注目していきたい存在である。

6──「SferaArchive」内観 すべて筆者撮影

6──「SferaArchive」内観
すべて筆者撮影


棚の価値

建築を知るためにその地に赴く欲望を抑えられないのと同様に、書物を知ろうとすれば書店に行き、手にとってみたくなる。建築には訪問に相当な覚悟を要するケースも多いが、書物の場合は簡単である。とくに「Amazon」などのネット書店は、ネットさえつながれば膨大な書誌情報を検索できるし、都会だろうが過疎地だろうが所構わず配送してくれるので、書物へのアクセス可能性を飛躍的に高めたと言っていい。
ネット書店が便利だという認識の裏には、書店に足を運ばなければ本は買えなかったという事実がある。リアルもネットも同様で、どの書店を窓口にしているのかで知識量が左右されかねない。書店でブラウジングする場合には、店頭に並んでいる書物だけが頼りである。棚に並んでいなければ知りようもないのだから、どのような書店を自分の〈棚〉として利用しているのかは重要である。その点で書店は、読者から見れば生産物と自らを直結する貴重なメディアであり、生産者たる著者・出版社にも同じ効力を発揮するに違いない。
書店がなすべきことは二つだ。ひとつはセレクト(選本)の質を上げて書架をつねに最適化しつづけることである。書籍に全国どこでも均一の価格とクオリティが保障され、エレメントの差異が存在しないという現状は、必然的にセレクトの個性が際だつという事態を生む。もうひとつは、コンテンツ=書籍・雑誌と客を結ぶインターフェイスの整備である。各書店のコンテンツ上の差異は、セレクトされ編集された書物群としてのみ表現される。データベースの作成や情報発信も大切だが、基本的な空間インフラ=書棚を誠実に作り、選ばれた本を的確にプレゼンテーションすることの反復を厭えば、書店は簡単に死んでしまうだろう。
複数のサイズの書架を用意して多様性を演出する店舗もあれば、小規模店、とくにセレクト・ブックショップは書籍の種類がある程度予測できるために、より即物的な対応がなされることもある(建築系書架=最大で『El croquis』が入る等)。書店空間はいまのところ、ファッション系のインテリアと違って派手さは皆無だが、コンテンツの提示方法とハコのありようのせめぎ合いが新たな空間的価値を生む可能性を孕んでいるのである。さあ、書架を見に、町へ出よう。

店舗情報
「itohen Books Gallery Coffee」http://www.skky.info/
「Calo Bookshop & Cafe / Calo Gallary」http://www.calobookshop.com/
「恵文社一乗寺店」http://www.keibunsha-books.com/
「SferaArchive」http://www.ricordi-sfera.com/
「soramimibunco」http://soramimibunco.ciao.jp/
「大龍堂書店」http://www.mediawars.ne.jp/~tairyudo/index.html
「MEDIA SHOP」http://www.media-shop.co.jp/
「柳々堂」http://www4.osk.3web.ne.jp/~ryuryudo/

>山崎泰寛(ヤマサキ・ヤスヒロ)

1975年生
横浜国立大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科修了。SferaArchive企画・運営を経て、建築ジャーナル編集部勤務、roundabout journal共同主宰。編集者。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>丹下健三(タンゲ・ケンゾウ)

1913年 - 2005年
建築家。東京大学名誉教授。