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〈情報と建築〉をめぐるブック・ガイド | 田中浩也
Book Guide for | Hiroya Tanaka
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること, 2005年04月発行) pp.128-129

筆者は〈情報と建築〉をめぐる書物を、次の四つのカテゴリに分類して本棚に収めてきた。

1. コンピュータ上の立体造形がパラメトリック・デザイン→アルゴリズミック・デザイン→ジェネレイティヴ・デザインといった方法論へ展開し、進化的構造計算手法と結びついた〈形態生成の系〉。
2. 情報時代と環境時代の融合を象徴するイコンとして、あるいは新たな活動を喚起する不均質な場を目指す〈植物的/地形的シンボリズムの系〉。
3.情報技術を介在させることで身体と空間の関係を作り出そうとする〈インターフェイス/インタラクションの系〉。
4.コンピュータ上の「情報」を人間側の「知識」と置き換え、知的生産活動の空間的支援を目指す〈ファシリティ・マネジメント&ナレッジ・マネジメントの系〉。

しかし近年は、ほぼ毎回分類に迷って諦めてしまう(特に1と2、3と4の境界)。さらに、数々の網羅的/横断的解説書が出版されるにあたって、棚の上に平積みにしたままの書物が増殖している。

この分類は、筆者が大学に入学した一九九五年に原型を作ったものなのだが、今年は「インターネット元年」と呼ばれたその年から、ちょうど一〇年の節目にあたる。〈情報と建築〉という課題を扱うにあたって、本稿は特に「節目の年であること」を意識しながら進めていきたい。おそらく、インターネットとケータイに代表される過去一〇年と、「ユビキタス」を中心としてさまざまな情報の実在化/物質化/道具化/環境化が主題となるこの先一〇年では、情報環境に対する捉え方そのものが大きく転換することになるであろう。実際、文字テキストから物質マテリアルへ、小型化ダウンサイジングから身体スケールへ、視覚から五感へ、生活の拡張から非日常へのグラウンディング、とさまざまな転換が議論されはじめている状況にある。

前置きが長くなってしまったが、まずはじめに、和田伸一郎『存在論的メディア論——ハイデガーとヴィリリオ』(新曜社、二〇〇四)を、これからを考えるためのトリガーとして推薦したい。これまでしばしば現実リアル仮  想バーチャル現実やアナログとデジタルといった二分法で語られてきたメディア論に対して、本書は「現実は一つしかない」という還元論的一元論を確認するところから幕が開けられる。そしてハイデガーの〈空開〉(Lichtung)の概念を現代の情報社会と重ね合わせ、「メディア利用によってそれ固有の〈空開〉を空け開きながら生きること」、「メディアを通じて自らの〈現〉を空け開く〈現存在〉として生きんとする現代人」を巡っての丁寧な考察が紡がれる。
そのような考察のもと同書は、〈情報〉と〈建築〉という二分法を一旦捨てて、〈道具的環境〉あるいは〈環境的道具〉の総体を考え/受け入れて生活を組み立てるアクチュアリティを感じる一冊として読みうるだろう。この本を読んでしまうと、「空間」という語すらも、もはや安易には使えない時代に来ているという気分にさせられる。

このようなメディア社会の現状認識を受けとめたとして、次にデザインの実践サイドに持ちこむ際の参考書籍はどうだろうか。おそらく本誌の読者であれば、建築デザイン寄りの「アーキラボ」展、「アーキグラム」展やそれらの関連書籍をすでにチェックされているだろうと思う。そこで、敢えてこの場では情報デザイン寄りの洋書を五冊示しておきたい。

・ Dan O’Sullivan, Tom Igoe, Physical Computing: Sensing and Controlling the Physical World with Computers, Premier, 2004.
・ Stefano Marzano, Emile Aarts, The New Everyday View on Ambient Intelligence, Uitgeverij 010 Publishers, 2003.
・ Malcolm McCullough, Digital Ground: Architec-ture, Pervasive Computing, and Environmental Knowing, MIT Press, 2004.
・ Paul Dourish, Where The Action Is: The Founda-tions of Embodied Interaction, Bradford Books, 2004.
・ Werner Weber, Jan M. Rabaey, Emile Aarts, eds., Ambient Intelligence, Springer-Verlag Berlin and
Heidelberg GmbH & Co. K, 2005.

1──Malcolm McCullough, Digital Ground.

1──Malcolm McCullough, Digital Ground.

情報デザインの先端ではいま、「ものづくり」、「環境づくり」が主要テーマとなっている。
これらの書物からは、マウスとキーボードを、ハンダごてとのこぎりに持ち替えて活動する「情報のブリコルール(ブリコラージュ職人)」の現在を感じることができるだろう。おそらく彼らには、情報技術に対する過度な期待も拒否感も無く、身の回りにあるありあわせの情報技術を使いながら、生活を取り囲む家具や街具のような「しつらえの場」を創造しようとしている。情報環境は常に、作るもの/使うものというよりもむしろ「改変/加工可能な素材」として立ち現われてくる。アーキグラムが目指した着脱可能な環境は技術基盤としてはほぼ完成しているのだから、あとはデザインの実践と居住の実践、そして建築論・都市論との再接続が、私たちに残された課題であることを再認識させられるのではないだろうか。

ところで、これまで〈情報〉と〈建築〉の融合分野は、「仮想」や「電脳」といった語感にずいぶんと引きずられてしまったという感がある。九〇年代には「ヴァーチュアル・アーキテクチャー」、「サイバー・アーキテクチャー」の議論がずいぶんと盛んであったが、それらの流れはどこへ行ってしまったのだろうか。筆者としては、それらの潮流の引き金となった、Michael L. Benedikt, ed., Cyberspace: First Steps, MIT Press, 1992.を今一度再読してみることを推奨してみたい。この本のなかの「ヴァーチュアル」、「サイバー」という語を黒く塗りつぶして消しながら読んだとしても、これからのユビキタス時代を考えるに十分に適用可能と思われるのだ。マイケル・ベネディクトが示した通信空間の七つの原理——「排他の原理」、「最大排他の原理」、「不偏の原理」、「スケールの原理」、「交通の原理」、「個人の可視性の原理」、「共通性の原理」の意味は、初版発行から約一〇年を経過した現在であるからこそ、明瞭に浮かび上がってくる部分があるように思われる。何故だろうか。
「建築」という概念を巡る思索が、実体としての「建物」の創造と批評に支えられるといった良好な関係を、これまで「情報」という概念は十分には持ち合わせてこなかった。実体なき思索には概して困難さがつきまとう。しかし、ITと連動した数々のプロダクト、デヴァイス、空間、都市といった物理的実体が現われ、それらを社会的に共有しつつある現在、やっと「情報」という概念を巡る思索にも、地に足をつけて踏み込めるのではないだろうか。

今こそ再読すべき書物は数多くあると思うが、例えばアルカイック社会から現代まで、情報メカニズムの作動方式を歴史的に追った、正村俊之『情報空間論』(勁草書房、二〇〇〇)も推薦したい一冊である。うっかりすると混同しがちな「情報」、「記号」、「意味」の違いをきちんと捉えて、今後の思索を深める手がかりになってくれる。そして情報化社会の本質が写像(Mapping)だということを理解できれば、現在何故これほどまでに「都市の地図を描くこと」が注目されているのか、その社会的作動原理が理解できるのではないだろうか。

最後になるが、これまで〈情報と建築〉の問題系に取り組んできた者も、これから〈情報と建築〉の問題系に取り組もうとする者も、本誌の特集を参考にして書物を集め読むのと同時に、今一度自らの「本棚」を作り直さないとならないのではないだろうか。冒頭に触れたように、恥ずかしながら筆者の本棚はすでに分類の破綻が生じている。「本」と「本棚」の関係を考えることが、まさに〈情報〉と〈建築〉の最も本質的な問題のひとつなのだ。ストックとフロー、知識と身体、移動と不動、所有と共有、ブラウジングとサーチ、ゾーニングとフィルタリングなどの多様な関係とそのデザインが、今すぐ手の届くところから始まっている。「本棚」もまた等身大の「書物」である。〈情報と建築〉の導入として、それを一番に推薦しておきたい。


本稿はブックガイドというよりも、私論に引き寄せた書物紹介に近くなっているが、この形式はBlogにおける読書日記に近しいものであろう。あるオリジナル(書物)に対してプラスアルファを加えた読みが即二次テキスト、三次テキストとして瞬間的に公開/閲覧可能になる状況は、情報化時代の書物をめぐる特質のひとつであろうと思われる。

本稿を執筆するにあたって、日頃から議論を行なっているコラボレーション・オフィス”Sync”のメンバー、特に松川昌平、脇田玲、中西泰人、藤村龍至の四名から多くの刺激を受けた。ここに謝意を表わします。

>田中浩也(タナカ・ヒロヤ)

1975年生
慶応義塾大学環境情報学部准教授、国際メディア研究財団非常勤研究員、tEnt共同主宰。デザインエンジニア。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>アーキグラム

イギリスの建築家集団。