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箱 | 松原弘典+戴長靖
Box | Matsubara Hironori, Cangjin Dai
掲載『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために, 2002年09月30日発行) pp.34-36

この原稿が活字になるころにはすでに始まっていると思うのだが、都内の建築ギャラリーの展覧会(「ギャラリー・間一〇〇回展──この先の建築」、二〇〇二年九月三日─一〇月五日)に出品する機会が与えられたので、この連載で作っている家具を出そうと考えた。ところが展示物の作品概要説明文を書く段になってはたと考えてしまった。どうもそこで書こうとする内容と、普段この連載で書いていることが一致してこないというか、同じものについて書こうとしているのに違う書き方になっている感じがしたのである。
この齟齬がどこに由来しているのか改めてよく考えてみると、今回展覧会で要求されているのは建築家の「作品コンセプト」であるのに対し、今まで三回の連載では、僕はほとんどそういうことは書かず、ものがどういう材料でどういう人によって、どう組み立てられて、いくらかかったかということに記述の大半を割いているからなのではないかということに気づいた。前回(連載三回目の「卓」)にいたっては大手家具メーカーと同じデザインのものを作ってコストだけ比較するというところまできてしまったのだから少しやりすぎだったかもしれない。
ただ私がこの連載で最初からこころがけていたのは、ここでは「自分の作品」を作者として「コンセプト紹介」するのではなく、もう少し中国の現状理解のためのもの、価格比較的なものにしたいということだった。テレビでいえばアトリエ訪問のような番組で陶芸家が出てきて自分の作品を滔々と語るのではなく、むしろ料理番組やドキュメンタリーに近い感じだろうか。材料はだれでも用意できるけど、それがどのように組み立てられるのかということ、あるいは日本とはこれだけ違うものづくりの環境があるということを伝えたいと思ってきた。自分では勝手に、この連載は建築家の作品解説というよりは文化人類学者のフィールドサーヴェイ報告のようなものではないかと思っているくらいだし。

今回作るのは、棚のような機能をもつ箱型の家具である。積み重ねていろいろな形で使えるように三六センチ角のキューブを基本単位にして、L型と単独のキューブ型の二つを用意した。箱どうしは文具用のダブルクリップで固定できるように板厚が一二ミリで作られ、L型があることで斜めに「へ」の字に展開したり、キューブひとつ分が跳ね出した片持ちの状態を作ることもできる。部分的にはめ込まれた丸穴の空いた板はブレースの役目をしている。箱の中は棚になったり照明器具カバーになったりするし、積み上げれば間仕切りのように使うこともできる。「箱壁体」と呼んでいて、家具と建築の間のようなもので、表裏や上下のない単位がさまざまに集合していろいろな場所を作れないかと考えた。

職人

今回も三回目でお願いした一人親方の曹勇に製作をお願いすることにした。腕が確かなのと、しかも今回彼は私の家のそばの現場で毎日作業しているらしいということを知ったからだ。それなら彼の家まで行って打ち合わせしたりする必要もない(彼の家はかなり遠かった)し、その住宅の内装の現場というのも見学できるだろうし、ちょうどいいということでまたお願いすることにした。
価格については最初に曹から直接いろいろ説明された。今までは別にこちらで材料費をおさえておいて、製作側からの価格提示を聞いてなんとなく高いなあ、安いなあと判断していただけだったので、職人から直接価格について聞くのは初めての経験。L型を四つ、キューブ型を四つ依頼したら、各ひとつずつのセットで四八〇元(七二〇〇円)という提示だった。二四〇〇×一二〇〇で一二ミリ厚のMDF板(高密板)一枚でちょうど一セット作れて九〇元、ニスとシンナーが六平米塗れる分で各一六〇+一〇〇元、人工が一人一・五日で一三〇元(一日八五元程度)の合計だという。「これで儲けなしだけど、友だちだし何とか作ろう」という話だった。
この価格提示については正直なところかなり高いと思っていて、感覚的には自分ではL型ひとつ一五〇元、キューブ型ひとつ八〇元程度で一セット二三〇元くらいなら出してもいいかと思っていたのでどうすりあわせようかと考えた。ひとつずつ検討していくとMDF板は前にも使ったのでもう少し安いはずで七〇元くらいなんじゃないかと言うと、それは高密板でなく中密板の値段でなおかつ運送代も入っていないと返された。人工はこれくらいだという相場は知っていたし、一週間で作るといっていたのでまあ一・五日が四セットで六日という計算もいいだろうが、問題は塗料代である。実に制作費の半分を超えている。よくよく聞いてみると六平米分の塗装とはいっても七回塗りくらいして表面を滑らかに仕上げるので実際は四〇平米以上に相当するのでこれくらい塗料がいるという。設計のうえでは今回はMDFの素地をなるべくそのまま残そうとしていて、特に材料の見た目のばらつきが多い中国の木材料のなかで、MDFは比較的均質でかつ素地でもつかえると思っていたのでクリア塗装を考えていたのだが、ここまで高いのもオーバーだと思い、塗装回数を減らすことを提案した。しかし曹はここまで塗れば表面が本当に平滑に仕上がるんだからぜひ塗ったほうがいいと強く言う。このへんはお金のためにそう言うのか、本当に品質のためにそういうことを言っているのか判断がつきかねたけれど、そこまで言うなら言われるとおりにしてみることにした。ただ以前他の現場でやはりMDFを素地色で使っているのを見たときに、塗装はせいぜいクリアを二回程度だったのを覚えていたのでそのことを話すと、曹いわくそれは目止めのパテ仕上げ程度で、それだと弾性がないので時間がたつとクラックが入るという。きちんとしたニスを使えば弾性があるので経年変化に伴う部材変位にも追従するから長持ちするというので、四セットのうち二セットをニスで、二セットをパテ+磨き仕上げでやってもらうことにした。後者の場合は塗装コストを六割の一五〇元まで下げてもらい、一セット三七〇元(五五五〇円)で合意。これで全四セットの総計が一七〇〇元(二万五五〇〇円)になる。
このときいろいろ考えたのだが、これより安くする方法があるとすれば、材料や塗料を自分で手配して曹に支給するというのがまずある。提示された価格は材料単価そのものではなく、いくらか手間賃がすでに込みの値段のようだし、こういう方法をとればいくらか価格を切り詰めることはできるだろう。ただしこういう一対一の製作依頼だと、多少単価が高く提示されても先方を信頼するという態度をとったほうが間違いなく品質が上がるというのがいっしょにやっている戴の意見で、そこで今回はあえて先方に材料手配をお願いした。もうひとつは発注量を増やすという方法もあるだろう。実際自分用にもう少しこの箱は必要で、多めに作る可能性もあったのだが、まず少し作ってみていろいろな問題を検証してからと思っていたのであえて四セットに限定した。もし量が多ければコストのうち人工代はもっと落とせただろうし、塗料代もまとめて買うから安くなったのではないかと思った。このあたりは追って発注するときに比較材料にできるだろう。あとやはり一番いいのは、いくつかの制作方法を同時検討して見積もりを比較すること。今回は時間的にできなかったけれど、戴は曹勇以外にもたくさん職人を知っているそうなので、これからはもう少しいろいろな製作窓口を開拓していかねばと思う。

製作場所

この家具は、発注したときに曹がちょうどうちの近くの大学構内で住宅の内装の現場を持っていたので、そこが製作場所になった。曹がいわば手配師で、家主から全予算を預かって工程を立て、材料と職人を手配している現場なので、そこで「副業」をやってもまったくかまわないようだ。
われわれの家具はその住宅の一角で作られることになり、ちょくちょく進行具合を確認しに行った。単純なものだし、うまくできるとは思っていたのだが、一番気にしていたのはブレースの役目をしている丸穴の空いた板で、ジョイント部の加工をあまり煩雑にしないままなんとか板そのものをなくせないかいろいろ思案した。キューブ型のほうにいるのはまあ仕方ないとして、L型の方はきちんと精度を出して木組みをすればあるいはなしで済むかといろいろ試してみたがやはりだめで、今回は最大径の円を取って固定することにした。ジョイント部の固定はタッカー針と接着剤を使いあとで隙間を目止めしたので金物は見えない。ダブルクリップの固定場所は板厚分切り欠くように指示したがおおむねきちんとできていた。
ほぼ一週間で四セットは完成。塗装は少し艶が強く、かなり含浸するタイプのニスだったようでもともとのMDF板の素地の色よりはだいぶ濃い色に仕上がっていた。聞いてみると最初一、二回は塗ってもニスは浸透してしまい表面はほとんど変化せず、四、五回塗って表面までニスが出てきたところでパテで目止めをして、さらに四、五回塗装したとのこと。そのため素地のときよりだいぶ重厚な感じになっていた。最後は運転手つきバンをレンタルして四〇元(六〇〇円)で家まで運んだ。

工務店的な規模

作業場になった住宅の内装工事の現場は、大学のある教授の宿舎で、最近大学から支給されたものらしい。曹は前に参加した大きなオフィスビルの内装工事の現場でたまたまこの教授の友人と知り合い、つてで家主から簡単な内装改修工事を依頼された。五〇平米前後の二室一庁(2DK)で、基本的な内装工事を三万二〇〇〇元(四八万円)で受けて四〇日ほどでやってしまうという。工事の主な内容としては、ドア、窓の取り替え、壁と天井の塗りなおし、台所工事一式、浴室トイレ周り工事一式、温水暖房器具設置(器具自体は家主が購入)、造作家具などが含まれる。別途で家主自身が手配しているのが床工事(フローリング、この場合内装工事は躯体上転がしの電気配管までで引渡し)、空調機の設置(内装工事は壁の配管穴あけまで)、照明工事などである。この区分は典型的と言えるが、節約を図る人のなかには工事で一番金のかかる台所工事一式は分離して専門業者にたのんだり、自分たちで器具を買ってきて設置だけ業者にお願いするようなケースも多いそうだ。職人は曹の指示のもと、常時三─六人が出入りしていて、業種ごとに人も変わる。面白いことに、北京の内装工事の職人の大多数が江蘇省の出身だそうだ。一番腕がいいのは広東省の職人だが割高なので、それなりに腕がよくて相対的に安価な彼らが一番人気があるらしい。彼らも近くの上海では生活費が高いし、クライアントの財布の紐がかたいこともあって北京に出てくることが多いという。いっぽう一般の建築工事現場で一番多いのは四川省の人たちで、彼らがもっとも体力的にも強健でよく働くと言われる。こういう工事労働者の多くは北京の南側に多く住んでいる。内装工事の場合、現場に泊り込んで作業場を宿舎代わりにするケースもよくあるが、曹は作業効率が落ちるので自分たちはそういうことはしないという。
戴が以前いた北京でも有数の内装設計事務所は、設計スタッフとは別に四人専属の職人を抱えていて、彼らを中心にその都度職人グループが現場ごとに組織されるという。四人はみな木工で月給四〇〇〇元(六万円)程度。曹はそういう仕事を個人の立場で請け負っているということになる。われわれの家具製作はその合間を利用して行なわれたわけだ。
半日でも彼らの現場にいると、それなりに効率化されて物事が回っていることがわかる。必要な資材は電話一本で建材市場からいつも同じ人間が運んでくるし、運搬も近くの市場で客待ちしている車を使えばどんなものでも運べる。現場のまかないは近くの食堂で済ませるし、特殊な工具が必要な場合はそれをもっている職人を道具ごと呼べばいい。北京で内装工事をするならこういう親方職人を動かせば品質はなんとかコントロールできそうだ。こういうのは日本で言えば町の工務店的な規模だと思うのだけど、この規模で一番の問題はコストのコントロールだと思う。特に北京での話を聞くと、仕事もそれほど大規模でなく、その内容もよく見知った範囲であるためにどんぶり勘定に近い感覚なんじゃないかと思われる部分が多い。金がどれだけかかるか予測してものを作るというのを彼らがどこまでシヴィアにやっているかは、今回のような規模の仕事をいっしょにしたくらいではまだよくわからない。そのあたりも今後もう少し詳しく見ていく必要がありそうだ。

1──完成品1 L型3つの組み合わせ

1──完成品1
L型3つの組み合わせ

2──完成品2 L型3つ、このように「へ」の字型に組み合わせることもできる

2──完成品2
L型3つ、このように「へ」の字型に組み合わせることもできる

3──仮組みの状態、キューブ型の上にL型を片持ちの状態で置いている。丸くくり抜かれた裏板がブレースの代わりをする

3──仮組みの状態、キューブ型の上にL型を片持ちの状態で置いている。丸くくり抜かれた裏板がブレースの代わりをする

4──前回の卓の反省からコーナーに1mm程度の面取りをした。「へ」の字に置くときに接地する部分でもあるのでこれは不可欠。コーナーはタッカー+接着剤。タッカー金物は見えない

4──前回の卓の反省からコーナーに1mm程度の面取りをした。「へ」の字に置くときに接地する部分でもあるのでこれは不可欠。コーナーはタッカー+接着剤。タッカー金物は見えない


5──ダブルクリップで固定している状態。 前後で留めるとだいぶしっかりする

5──ダブルクリップで固定している状態。
前後で留めるとだいぶしっかりする

6──ブレース裏板の状態。 クリップを留める個所を切り欠いている

6──ブレース裏板の状態。
クリップを留める個所を切り欠いている

今回のコスト

今回は一元=一五円にもどして計算している。年度明けでしばらくは円が強いようだが、アメリカの景気が悪いというし、しばらくしかもたないんじゃないかと思う。

箱壁体家具四セット:一七四〇元(二万六一〇〇円)
・数量:L型四台、キューブ型四台
・サイズ:D360/W1080/H1080(L型)、360立法(キューブ型)
・素材:2400×1200×12MDF板(高密板)、清漆(ニス)+稀料(シンナー)、膩子(パテ)など
*このうち材料代は一一八〇元(一万七七〇〇円)程度(MDF板2400×1200×12が四枚で三六〇元、塗装材料八二〇元)
*運送代四〇元(六〇〇円)
*納期約一週間

これを高いとみるか、安いとみるか?

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>松原弘典(マツバラ・ヒロノリ)

1970年生
北京松原弘典建築設計公司主宰、慶應義塾大学SFC准教授。建築家。

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