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職業としての建築評論 | 永江朗
Architectural Criticism within the Profession | Nagae Akira
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること, 2005年04月発行) pp.124-125

白もの家電の批評は存在しない、それはなぜなのか、といった物言いを、ときどき自動車雑誌で見かけることがある。自動車には批評が存在し、白もの家電には批評が存在しない、という意味であり、自らの存在意義について自覚的にならなければ自動車批評なんかしてもしょうがないぞ、という自動車評論家(モータージャーナリストとか、車ライターとか、オートクリティックとか、カーライフライターとか、自称する肩書きはさまざまなのだけど)自身が自戒を込めて発する言葉でもある。

たしかに冷蔵庫や洗濯機など白もの家電についての批評はない。『暮しの手帖』のように商品テストを行なう雑誌はあるが、しかしそこで、たとえば新型のポルシェについて語るように、ミーレのドラム式洗濯機について語られることはない。洗濯機としての性能や使いやすさや、たまにデザインの良し悪しについて語られることはあるかもしれないが、それはあくまでバイヤーズガイドとしての情報だ。洗濯機のドラムの回転から人間の運命について思いを致すなんてことは、まずありえない。あったらかっこいいけど。

白もの家電は語られる存在ではない。白もの家電が語られないのは、それがすでに機械として成熟してしまったものだからだ。洗濯槽が横になったり斜めになったりという改良というか変化はあるけれども、劇的な進化はない。いくらダイソンの真空掃除機が画期的だからといっても、それについての文章を読むとき、アルファロメオの新型車についてのインプレッション記事を読んだときと同じような興奮を得ることはない。

一方の自動車はいまだ未完成の機械だ。なにしろ、日本国内だけで事故死者が一年間に一万人近くも出る。しかもこの数は、事故から二四時間以内に亡くなった人だけだ。未完成だから発展の余地があるし、だから頻繁にモデルチェンジを行なう。進歩するから新しい情報を必要とする人がいるし、批評が存在する余地もある。たまに古い車へのあこがれが語られもするが、それは進歩した現在から逆照射されて魅力的に見えるにすぎない。

建築はどうだろう。自動車評論を補助線に考えると、建築批評というのがじつに奇妙なものであることがわかる。建築には成熟して白もの家電化してしまった部分と、いまだ未成熟で進化を続ける自動車的部分があり、その自動車的部分はさらに工業製品的部分と意匠的部分とに分かれる。そして、世のなかの建築物のほとんどは白もの家電のようにしてある。無名の設計者によって図面が描かれ、無名の施工者によってつくられる。使うのもたいていは無名の企業や無名の個人だ。だが彼らを無名というのはメディアの傲慢であり、どんな企業や人にも名前はある。

建築のジャーナリズムが対象とするのは、ほとんどの場合、白もの家電ではない建築である。固有名を持った建築家によって設計され、施工者の名前も書きとめられる。だがそれは、建築のマーケットのなかでは圧倒的に少ない。例えば住宅建築だけに限っていえば、建築家と呼ばれる人々によって設計される「作品」は、全体の一パーセントにも満たないだろう。商業建築や大規模な公共建築になると、その割合は多少変化するだろうが。建築評論は、建築全体からするとほんのわずかな、氷山の一角とすらいえないような部分について語っている。これは、自動車でいうとオープン2シーターのスポーツカーについてのみ語り、カローラやマーチについては無視しているようなものだ。

もちろん無名の建築物が語られることはある。だがそれはその建築物の在り方や、建てるという行為や、あるいは個別の作品としてではなく一塊の「群」としての生態が、観察・分析・批評の対象となるのであって、固有名を持った建築家によって設計された作品への態度とは異なる。

もっとも、これはほかの表現分野でも似たようなものかもしれない。たとえば美術評論でも、何について語るか(何を美術作品と認めるか)には暗黙の了解がある。温泉旅館の床の間にかかっている絵も、ボディコンのおネエちゃんが客引きしているような画廊で売っている、イルカだのなんだのが泳いでいるような絵も、評論の対象にはならない。小説だって文芸評論で扱われるものと、そうではないものとがあり、その暗黙の境界線こそが制度としての文学を成り立たせている。ときどきその境界線を跳び越える作家が現われ、文学を活性化する(最近だと、舞城王太郎やライトノベル作家がそうだ)。

この稿を書くにあたって少し調べてみたのだけど、建築評論家という肩書きを用いる人は多い。建築の門外漢である私は、飯島洋一五十嵐太郎ぐらいしか日本に建築評論家はいないのではないかと思っていたのに。まあ、それは冗談として、建築評論家には大きく分けて二つの種類がある。ひとつは大学に籍を置き、建築学や建築史を研究している人で、もうひとつは建築の専門誌や一般紙などの編集者・記者だった人だ。これは建築に限らず、評論というものがアカデミズムとジャーナリズムのあいだに位置するという性格がよく表われている。これはほかのジャンルでも同じだ。ただ、建築の場合ちょっと特殊なのは、建築家自身がすぐれた建築評論の書き手であり、事実、書店の棚を眺めても、建築評論家が書いた建築評論よりも、建築家が書いたそれのほうが多いという点だ。この、つくり手が書き手であり、また、読み手でもあるということは他の表現ジャンルと違う。

一般的に言って、評論にはいくつかの側面がある。たとえば、具体的な作品を論ずる場合は、その作品を時間と空間のなかで位置づけるという役割。建築の歴史のなかでどのような意味をもつのか、過去のものとどう違うのか、未来にどうつながるのか。現在の社会のなかでその建築はどのように働き、どのような影響を社会に与えるのか。できの良し悪しを判断し、価値をはっきりさせる。採点であり値踏みだ。評論のなかのこうした部分は、作品を時間的空間的に定着させる方向に働く。

定着とは逆に、評論が作品を転移させたり、解放させたりする方向に働くこともある。建築はただの物体であるが、与える言葉によってはそれまでと違う意味を帯びる。見えなかったものが見えてくる。採点や値踏みと違って、たとえば「点数は一〇〇点満点の二五点しかあげられないダメ建築なんだけど、そのダメなマイナス七五点の部分にこそ、見る者の心をときめかせる異様な迫力がある」なんていうことだってある。そのマイナス七五点の迫力について、あるいはプラス二五点のつまらなさについて考えるのが、解放する評論だ。観察者である評論家が静止した点から見ているのではなく、評論家自身が建築とともに動き、動きながら考え、その独白のように書きつけられることが多い。

建築評論家には、実際にその建築を見て、空間を体験して語るという特権がある。一般の人には、たとえ建築ファンであっても、なかなかできない。こういうところは、文芸評論や映画評論とは違う。噂では、現物も見ないで、図面と写真だけで批評する建築評論家もいるらしいが、怠け者の文芸評論家だって梗概だけ読んで批評するようなまねはしない。ろくに試乗もしないでメーカーから渡されたスペック一覧だけ見て提灯記事を書いていた自動車評論家は、長期不況でほとんど淘汰された。

現場に束縛されるという点において、建築評論家とは、とても原始的な職業だ。

1──五十嵐太郎『戦争と建築』(晶文社、2003)

1──五十嵐太郎『戦争と建築』(晶文社、2003)

2──松葉一清『新建築ウォッチング 2003—04──TOKYO EDGE』(朝日新聞社、2004)

2──松葉一清『新建築ウォッチング 2003—04──TOKYO EDGE』(朝日新聞社、2004)

>永江朗(ナガエ・アキラ)

1958年生
フリーライター。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>飯島洋一(イイジマ・ヨウイチ)

1959年 -
建築評論。多摩美術大学美術学部環境デザイン学科教授。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年 -
建築史。東北大学大学院工学研究科教授。