1941年生まれ。建築家。
(最終更新:2009年3月31日)
[論考]
...紘─相田武文〉らの遊戯的ゲーム派[図4]と〈毛綱毅曠─渡辺豊和─高崎正治〉らのコスモロジー派で... ...なヴェンチューリの《母の家》(一九六二)も毛綱毅曠の《反住器》(一九七二)も、ママの家である...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.130-145
[インタヴュー]
『解体』の輪郭執筆──六〇年代アートシーンの坩堝から 日埜直彦──今回は『建築の解体』についてうかがいたいと思います。この本は建築における六〇年代の終わりを象徴...た人たち──伊東豊雄、安藤忠雄、六角鬼丈、毛綱毅曠、あるいはちょっと下の石山修武、鈴木博之く...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.190-205
[論考]
...称された渡辺豊和・安藤忠雄・毛綱毅曠、石山修武・石井和絋・毛綱毅曠・六角鬼丈の「婆娑羅の会」...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.78-92
[ゼロ年代の建築・都市 3]
建売住宅から学ぶこと 家型という視点から眺めていくと、一九八〇年代の建築は基本的に七〇年代の延長にあり、記号的な表現をさらに展開し、思考を深めている。 石井和紘...逸子の《湘南台文化センター》(一九八九)、毛綱毅曠の《釧路フィッシャーマンズワーフ》、都市整...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.33-34
[現代建築思潮]
海外建築情報の受容と読解 今村創平 今村──今回は「海外建築の受容」というテーマを取り上げてみたいと思います。まずは建築の文脈からは離れますが、資料として配りま...しようという構図ですね。七〇年代後半からは毛綱毅曠さんや石山修武さんなどのポストモダニズム世...
『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.47-54
[技術と歴史 6]
悠久の古代エジプトにおけるピラミッド 中川武──三〇年前に初めてエジプトに行き、それから調査・研究を進めています。古代エジプトでは古王国にピラミッドがたくさんつ...の中で七〇年代に槇文彦さんが安藤忠雄さんや毛綱毅曠さん、石山修武さんたちを「野武士の世代」と...
『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.191-199
[鼎談]
建築と書物の親和性 永江朗──「建築家はどのように書物と関わるのか」というのがこの鼎談のテーマです。最初に素朴な感想をもうしますと、芸術家のなかで建築家ほど書物...に読んだ建築書で衝撃だったもののひとつに、毛綱毅曠の『七福神招来の建築術』(光文社カッパサイ...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.54-70
[シンポジウム]
アーキグラムとカウンターカルチャー 五十嵐──「アーキグラムの実験建築一九六一─一九七四」展は、展示の構成を巡回しながら少しずつ変えていくもので、アーキグラムの...さん、伊東豊雄さん、それから山本理顕さん、毛綱毅曠さんを紹介してくれました。一年くらい後にも...
『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.174-184
[1990年代以降の建築・都市 5]
重層的な決定のシステム 一九九九年、坂本一成の設計による《HOUSE SA》が竣工した[図1]。ギャラリー・間の坂本一成展「住宅──日常の詩学」が、名古屋の愛知...建築の螺旋階段、あるいは二重螺旋を活用した毛綱毅曠の 《釧路市立博物館》(後者はDNAの構造に重ね...
『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.194-204