コールハース,L.(レム)
、1995年10月1日、406ページ
ISBN=9784480836243
[都市の表象分析 16]
...言うまでもない。レム・コールハースの『錯乱のニューヨーク』である。念のために、この伝記作家の... ...ースが勝手に付け加えた結末なるもの(『錯乱のニューヨーク』の補遺である「虚構としての結論」)...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.2-11
[鼎談]
...るのではないか。レム・コールハースの『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、一九... ...ています。 南後──コールハースは、『錯乱のニューヨーク』でマンハッタニズムおよびマンハッタン...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.62-75
[都市表象分析 6]
...本主義に「エ$」と応じてみせたうえで、錯乱のニューヨークから、錯乱の深、錯乱のラゴスへと移動し... ...論文「ジャンクスペース」のテクストは『錯乱のニューヨーク』同様、産まれえなかった胎児のイメー...
『10+1』 No.24 (フィールドワーク/歩行と視線) | pp.2-10
[鼎談]
...としてスリリングなのはコールハースの『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五)... ...ならないのではないでしょうか。 僕は『錯乱のニューヨーク』を、これまた乱暴に一種の産業論のよう...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.62-81
[都市表象分析 7]
...イライン」 出典=レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』 12──ヨーゼフ・ボイス《コスモスとダ... ...fultow.html ★一七──レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五)...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.2-11
[イントロダクション]
...要である★一。 レム・コールハースは『錯乱のニューヨーク』において、マンハッタンの背後に潜む文... ...ある。 註 ★一──レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、一九...
『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.85-87
[批評]
...三頁。同様にしてレム・コールハースが『錯乱のニューヨーク』においてル・コルビュジエの都市計画... ...歩的なミスを犯している。コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五年...
『10+1』 No.10 (ル・コルビュジエを発見する) | pp.154-170
[映像のトポス 2]
...幣12──夜のルナ・パーク コールハース『錯乱のニューヨーク』p.39 13──『あれ(It)』 スカートを押... ...五頁。 ★一八──レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五)三...
『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.22-29
[キーワード]
...ダーティ)。そこには、コールハースの『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、1999)... ...必要がある。 レム・コールハースは、『錯乱のニューヨーク』でダリのPCについて語っていた。自身の...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.68-87
[批評]
...はないだろう。なぜならコールハースが『錯乱のニューヨーク』で発想したマンハッタニズムから、〈... ...ことができる。奇しくもコールハースの『錯乱のニューヨーク』の初版と同年の一九七八年に出版され...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.100-111
[都市/テクスト]
...者の新教祖はコールハースである。彼の『錯乱のニューヨーク』、『S,M,L,XL』、『アジアが都市を超える... ...なき探求の記録。16 レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、1995) 内部...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.112-115
[論考]
...しい公共空間を形成するとみる思考は、『錯乱のニューヨーク』において大都市に孤立する摩天楼、ジ... ...扱った都市性をひとまとめにする。既に『錯乱のニューヨーク』で確信していた都市の終焉、プログラ...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.165-172
[非都市の存在論 5]
1 密室パラドクスと推理小説のエコノミー フレドリック・ジェイムソンは市民社会におけるブルジョアのプライヴァシーがもつ逆説的性格について次のように述べている。 ... of Noir, p281. ★二二──コールハースの『錯乱のニューヨーク』は、いわばニューヨークという都市そ...
『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.14-25
[建築の還元 2]
1 社会的歪像としての建築 建築が、例えば社会といった言葉で代称されるようなシステム(あるいはシステム化された活動の集合形態)をその背後で認識するとき、ほぼ例外...一頁。 ★一五──レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五)三...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.2-12
[レヴュー]
磯崎新の実現されなかったプロジェクトばかりを集めた「アンビルト/反建築史」展が開かれ★一、それに合わせて『UNBUILT/反建築史』(TOTO出版)という二分冊...混沌をあえて称揚してみせる──かつて『錯乱のニューヨーク』(筑摩書房)を称揚してみせた延長で...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.32-35
[映像のトポス 1]
映画、都市、ベンヤミン 映画と都市の関係を探究することがモダニティの理解にとって有効な戦略であろうということ、これは、ベンヤミンが晩年にその萌芽を示しながら自分...引用。 ★三八──レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、筑摩書房、一九九五)一...
『10+1』 No.13 (メディア都市の地政学) | pp.33-44
[グローバリズム 4]
1 東京 二〇〇三 vs 東京計画一九六〇 vs ドバイ二〇〇? 東京のど真ん中に誕生したばかりの新しい都市、「六本木ヒルズ」のそのまた中心を占めるタワ...高層ビルを可能にしたわけだが(これは『錯乱のニューヨーク』で出てくる指摘だ)、中国ではその設...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.208-220
[建築の言説、都市の言説 1]
建築家が書いた一冊の本が、膠着状況からいちはやく抜け出し、やがて大家となる著者の思想的基盤をも形成したとすれば、それは歴史的なランドマークとして繰り返しひもとか...る傾向が見られる。『多様性と対立性』『錯乱のニューヨーク』などだが、放っておくと必ず現われる...
『10+1』 No.05 (住居の現在形) | pp.28-29
[1990年代以降の建築・都市 3]
フラット派批判 昨年末、飯島洋一が「反フラット論──『崩壊』の後で 2」という文章を発表した★一。この論は世界貿易センタービルの破壊に触れて、スーパーフラットの...か。それが彼の魅力である。 例えば、『錯乱のニューヨーク』(一九七八)では、資本主義の欲望のお...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.142-153
[1990年代以降の建築・都市 1]
香港──一九九一年 ちょうど一〇年前、初めて香港を訪れたときのことだ。過度な疲労のために、中国から陸路で行くことを断念し、上海から香港まで三泊四日の船の旅を選ん...ハッタンだった。ここはコールハースが『錯乱のニューヨーク』の題材にした街である。そして二〇世...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.177-187
[論考]
0 さしあたっては当然のことを言うなら、建築は目に見える秩序を扱う。特定の地点に特定の存在モードとしてつくられる建築は「見える」からだ。しかし、設計とはそれにつ...マ・プロジェクト「エクソダス」然り、『錯乱のニューヨーク』に付された図版「囚われの地球」然り...
『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.16-28
[論考]
このところ東京都心部では、「東京ミッドタウン」や「新丸ビル」等、大規模再開発による大型商業施設が続々とオープンしている。経済構造改革と連動した「都市再生」と呼ば...る★二。 かつてレム・コールハースは『錯乱のニューヨーク』(一九七九)で、都市空間の上部構造と...
『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.76-84
[論考]
都市を計画することの不可能性が繰り返し指摘されてきた。かつて磯崎新は早い時期に都市からの撤退を宣言し、都市を計画するという行為の代わりに見えない都市という概念を...ンハッタン・グリッドを導入している。『錯乱のニューヨーク』の読者ならばおなじみのあのグリッド...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.156-164
[建築家的読書術]
五年前、はじめて大学に研究室を持つことになったとき、研究室の方向性を明確に示すために「難波研必読書二〇」をリストアップすることにした。大学生にはちょっと無理かも...九七〇)。 一三、レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、一九九...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.86-88
[制度─都市]
美術館の変容とexperience(c) 美術館はそもそも絵画や彫刻などの収蔵品を永久保存して貯めてゆく性格のものだった。しかし伝統的なアートのカテゴリーは、時...もつ。彼の名を一躍有名にしたのが著作『錯乱のニューヨーク』(一九七八)であり、この街を研究す...
『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.144-147
[鼎談]
均質空間の崩壊 鈴木了二──「美術」と「建築」というテーマが設定されているようですが、建築には実は、どこからどこまでが建築っていうような枠組みはないんじゃないか...く好きなんです。レム・コールハースが『錯乱のニューヨーク』の一番最後で使った印象的な比喩であ...
『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.54-72
[論考]
アンリ・ルフェーヴルとの出会い、 空間の実践と主体の召還 南後──本日は、塚本さんが最近実践されている「ビヘイビオロロジー(ふるまい学)」について、そこに通底す...とおっしゃっていましたね。 塚本──『錯乱のニューヨーク』がまさにそうでしょう。ニューヨークと...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.84-89
[論考]
「Vertigo(眩暈)」の展覧会テーマに合う、現代の日本建築を教えてくれないか? と尋ねる英国人建築家へ返信のメール。 君もよく知っている妹島和世さんの集合住...コウワン嬢 出典=レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(筑摩書房、1995) マンハッタンにおけ...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.108-115
[翻訳]
風水:もとの場所に居つづける限り地主の繁栄はつづくという古い中国信仰。 シンガポールのグリーンプラン:われわれはブルドーザを適正な場所に導きたい。 リー・クァンユー:シンガポールは多様で変化に富むものすごく大きな世界のなかのちっぽけな場所だから、機敏でなかったり、調整がすみやかにできなければ、消えるしかないだろうし、人...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.173-197
[翻訳論文]
基本の仮説 図が示すように、はっきり「公園」と呼べるものを作るにはラ・ヴィレットの敷地は小さすぎ、逆に今回のプログラムは大きすぎる。公園というのは、公園としての楽しみを満たすのに最低限必要な施設を設けた、自然のレプリカになっているのが普通だ。ところがこの「ラ・ヴィレット公園計画」では、さまざまな社会機能が鬱蒼とした森の...
『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.105-116
[インタビュー]
ロンドンとロッテルダムの都市建築事務所(OMA)の創設者、レム・コールハースは、"Delirious New York"の出版の年である一九七八年以来、都市について問いを発し続けている。彼がチーフ・アーキテクトを務めるユーラリールでの実験に、レム・コールハースは、都市の秩序を組織することは今や世界的に困難であるという一...
『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.51-55
[論考]
アルビンに初めて会ったときのことをお話ししたいと思います。その時彼はシカゴについてのレクチャーをしていました。彼は、詩人のように理想的にシカゴのスカイラインについて語りました。高架鉄道、つまりシカゴの鉄道システムについて話しだすと、彼の気分は高まり陽気になりました。そこから地面(グラウンド)に降りてくると、彼は歩行者と...
『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.224-230