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聴衆をつくる──音楽批評の解体文法


、2006年7月、226ページ
ISBN=4791762835

> 10+1 DATABASE内「聴衆をつくる──音楽批評の解体文法」検索結果 (10件)

[文化所有のポリティクス 3]

「大地讃頌」事件について 後編 | 増田聡

Case of "Daichi-Sansho" : The Second Part | Satoshi Masuda

承前 文化の論理と法の論理がきしみを見せる「大地讃頌」事件を、文化論理の水準から眺めるなら、クラシック音楽的な文化規範と、ジャズ、あるいはポピュラー音楽実践にお...*この原稿は加筆訂正を施し、『聴衆をつくる──音楽批評の解体文法』として単行本化されています...

『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.15-17

[文化所有のポリティクス 2]

「大地讃頌」事件について 前編 | 増田聡

A Case of 'Daich-Sansho' : The First Part | Satoshi Masuda

現在、東京藝術大学作曲科教授である佐藤眞は一九六二年、二四歳でカンタータ『土の歌』を作曲した。「大地讃頌」はその第七楽章である。『土の歌』は日本ビクターの委嘱作...*この原稿は加筆訂正を施し、『聴衆をつくる──音楽批評の解体文法』として単行本化されています...

『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) | pp.27-28

[音楽批評の解体文法 2]

誰が何を盗むのか?──「パクリ」と類似とアイデンティティの倫理学 | 増田聡

Who Steals What?: Ethics of "Pakuri", Resemblance, and Identity | Satoshi Masuda

例えば、日名子暁『パクリの戦後史』(ワニのNEW新書、一九九九)という書名に惹かれ読んでみるならば、こんにちのわれわれは肩すかしをくらった感を拭いきれないだろう。「暗躍する裏経済師たち」と副題が付された本書は、M資金詐欺やネズミ講など戦後の経済犯罪の数々を通史的に描いたものである。「パクリ」とはそもそも、法に抵触するす...

『10+1』 No.27 (建築的/アート的) | pp.24-26

[音楽批評の解体文法 5]

なぜ音楽について語りたがるのか?──音楽の倫理学に向けて | 増田聡

Why Do You Want to Talk about Music ? : Toward Ethics of Music | Satoshi Masuda

誕生から約一世紀半にわたる音楽学の歴史は、テクスト中心主義からコンテクスト主義へのゆるやかな移行の歴史として描くことができる。人文学の一分科としての音楽学が確立されたのは一九世紀後期のドイツでのことであるが、そこでは国民国家イデオロギーを底流としつつ、当時世界に君臨していたドイツ芸術音楽を中心とするヨーロッパ音楽を主な...

『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ) | pp.24-25

[文化所有のポリティクス 1]

香水の著作権を望むのは誰だ | 増田聡

Who Wants Copyrights of Perfume? | Satoshi Masuda

フランスのティエリー・ミュグレー・パルファン社(以下、ティエリー・ミュグレー社)は、女性用香水「エンジェル」を発売、その独自の甘い香りが評価され、一九九四年度の世界総売上高が一億フランに上るヒット商品となった。それに対しGLBモリナール社(以下、GLB社)は、似た香りを持つ「ニルマラ」を発売した。ティエリー・ミュグレー...

『10+1』 No.36 (万博の遠近法) | pp.28-29

[文化所有のポリティクス 4]

文化的所有物の多層性 | 増田聡

Multi-Layered Cultural Property | Satoshi Masuda

アメリカの憲法学者、ローレンス・レッシグが提唱するクリエイティヴ・コモンズ(以下CC)は、近年急速に進行する文化産業や政府による著作権の過剰保護への対抗運動として注目を集めている★一。 CCの実体は、ある著作物を創作した者が、その著作物の使用条件を定めるライセンスをあらかじめ提示し、その著作物を「自由に使用させる」こと...

『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.27-28

[音楽批評の解体文法 1]

だれが謳った音階理論?──小泉文夫の歌謡曲論、その後 | 増田聡

Who Sings the Theory of the Musical Scale?: Fumio Koizumi's Study of Japanese Popular Music, and the Sequel | Satoshi Masuda

音楽批評に対して知的に興奮させられることは極めて少ない。他の表象文化諸分野における批評の現状と比べるとそれは明白であろう。その原因はおそらく、音楽への学的な分析アプローチの主流が未だに形式主義的美学(その最も洗練された形態としてのシェンカー理論は、アメリカではほぼ自然科学同様に受容されている)に依存していることと、消費...

『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.27-29

[街路への視座]

ストリートの音──「路上」を領する者たち | 増田聡

Sounds in the Street: People Territorialize the 'Street' | Satoshi Masuda

「ストリート」の観念は、ある種のポップ・ミュージックにおいてロマンティックなイメージを付与するものとして機能している。路上を彷徨い社会に牙を剥くパンク・ロッカー、不法に路上を占有し、ダンス空間へと塗り替えるヒップホップDJ。そのような「ストリートのイメージ」は、パンク・ロックやヒップホップといった、アウトサイダー性をそ...

『10+1』 No.34 (街路) | pp.94-96

[音楽批評の解体文法 3]

音楽ジャンルとは何か?──サウンド・概念・権力のトポロジー | 増田聡

What is Musical Genre?: The Topology of Sounds, Concepts, and Power | Satoshi Masuda

ポップ・ミュージックの領域で「ジャンルを越える」という宣言はすでにクリシェとしてしか機能しない。「オレたちの音楽にジャンルは関係ないぜ」と主張することは、その実践の卓越化を彼らが志向している証──誰もがそのように主張するが故に、卓越化の「資格」のようなものとしてしか機能しないのだが──として受け取られる。「ジャンルを越...

『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.27-30

[音楽批評の解体文法 4]

歌の意味とはなにか?──声・歌・歌詞の意味論に向けて | 増田聡

What is A Meaning of Song? : Toward Semantics of Voices, Songs, and the Lyrics | Satoshi Masuda

『AERA』誌の記者(当時)である鳥賀陽弘道と、日本人ロック・ミュージシャンのボニーピンクのあいだに起こった「論争」(というにはあまりにも一方的な、烏賀陽の「言い負かし」に終わったが)から話を始めよう。二〇〇〇年六月、『別冊宝島・音楽誌が書かないJポップ批評』誌(第七号)にて、烏賀陽は「Jポップ英検ランキング」と題し、...

『10+1』 No.29 (新・東京の地誌学 都市を発見するために) | pp.22-25