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批評としての建築──現代建築の読みかた

八束 はじめ
彰国社、1985年、219ページ
ISBN=4395001912

> 10+1 DATABASE内「批評としての建築──現代建築の読みかた」検索結果 (38件)

[集中連載 1]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 1 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to History of Architectural Theory: The 1930s | Yatsuka Hajime

なかんづく、近代ヨーロッパ人は、この遊星をとはいえないにせよ、少なくともこの遊星の各地帯を、一様化しようとする仕事にしたがう疲れを知らぬ職人である。     ポール・ヴィダル・ブラーシュ 一つの国際的な言語が、白色人種の住むあらゆる土地を支配し、思考の交換と文化の伝搬とを容易にした。一つの国際的な様式が、西から東へ、...

『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.169-179

[グローバリズム 1]

ポストスクリプト?──グローバリズム論の前提 | 八束はじめ

Postscript?: An Assumption of Globalism | Yatsuka Hajime

1 前口上:グローバリズム、その私的再発見 我ながら最近の自分の立場なり関心とひどく懸け離れた主題を選んでしまったと思った。というと、過去の私の仕事を知る人々はいぶかしく思うかもしれない。その大部分が西欧の近代に関わるものをめぐっていたのだから。実際、外国人建築家たちの間に知り合いも、数を誇るほどではないが、少なからず...

『10+1』 No.31 (コンパクトシティ・スタディ) | pp.209-216

[グローバリズム 2]

ナショナリズムとその美学化 | 八束はじめ

Nationalism and Its Idealization | Yatsuka Hajime

1 福岡  一九九〇(ポストモダン) vs 日本  戦後(モダン) PART1 前回「ペキン 二〇〇三」の冒頭で引用したコールハースのテクストは、「日本に関して」という箇所で分かるように、ペキンに関してではなく日本の都市についてのものだった。コールハースはそれを「カオス」と形容した日本人建築家たちの発言に当初は戸惑い(...

『10+1』 No.32 (80年代建築/可能性としてのポストモダン) | pp.230-238

[グローバリズム 5]

グローバリズムの彼岸と此岸 | 八束はじめ

Paramita and Otherside in Globalism | Yatsuka Hajime

1    中国(珠江デルタ):スーパーバブル=一九七八以降  PART 2 前回に引き続いてハーヴァードの「珠江デルタ」のリサーチ・レポート。彼らのパラフレーズが多いが、いろいろと私なりに「潤色」している部分はあるのでお断りしておく。 もともと珠江デルタは両端に香港とマカオを抱えている。返還に備えてその後背地(となるは...

『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) | pp.190-206

[連載 3]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 3 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 3 | Yatsuka Hajime

8 機械の独裁──テーラー主義 第一次大戦後のフランスは、フランス的な特質を保ちながらもドイツに(そしてすでに世界一の強国であることを誇示したアメリカに)遅れを取らない産業─社会の近代化を成し遂げなければならなかったわけだが、この課題を果たすには、まず効率的な大量生産を可能とする技術革新の導入の必要があった★一。前回に...

『10+1』 No.40 (神経系都市論 身体・都市・クライシス) | pp.291-305

[千年王国論(六)]

計画の王国の挫折の彼方に | 八束はじめ

Millenarian Theory 6: Beyond the Collapse of the Planned Kingdom | Yatsuka Hajime

これまで、千年王国に関しては、ユートピアとの対比において位置づけてきたつもりである。この場合、ユートピアとは現実の彼方にある別世界として考えられていたのではなく、社会主義/共産主義にせよ、近代都市計画にせよ、モダニズムの計画主義(ハイエク流にいえば構成主義)がその可能性の線上に想定していたものである。「その可能性の線上...

『10+1』 No.09 (風景/ランドスケープ) | pp.216-226

[連載 7]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 7 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 7 | Yatsuka Hajime

16 一致することと相違すること 前回では「アテネ憲章」がCIAMの内部での総決算などではなく、ル・コルビュジエ個人のヴィジョンとしての側面が強かったことを見、さらにそれを発展させたものとしてのCIAMの格子を取り上げた。そしてル・コルビュジエの思想のなかに存在する二重性について、それぞれの系譜をトレースしていこうとい...

『10+1』 No.44 (藤森照信 方法としての歩く、見る、語る。) | pp.177-190

[論考]

ユニヴァーサル・スペースの起源──ミース・ファン・デル・ローエvsハンナ・アーレント | 八束はじめ

The Origin of Universal Space: Mies van der Rohe vs. Hannah Arendt | Yatsuka Hajime

1 ミース・ファン・デル・ローエの作品を美術のミニマリズムと関連づけて論じることはしばしば行なわれてきた。ロザリンド・クラウスによると、古典的なミニマリズム理解とは無時間的で不変の幾何学、つまり「プラトニック・ソリッド」をそこに見ようとするものである★一。それに対してクラウスは、自分を含む、むしろ時間とともに変化する要...

『10+1』 No.12 (東京新論) | pp.191-200

[グローバリズム 3]

植民都市と散逸する主体 | 八束はじめ

The Colonial City and the Scattering of the Subject | Yatsuka Hajime

1 ロンドン 一九九一 浅田彰は西欧での現代日本文化の見方に関しては二つのオリエンタリズムの危険があるという。一つは安藤忠雄の建築に日本を見出すという古いタイプのそれであり、もう一つは猥褻さとメトロポリスの孤独などをテーマに作品を撮り続けてきた写真家アラーキーの「錯乱のトウキョウ」のような新しいタイプのそれだと彼はいう...

『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) | pp.225-236

[グローバリズム 4]

アジアの〈栄光©〉と〈悲惨©〉 | 八束はじめ

Asian〈Glory©〉and 〈Misery©〉 | Yatsuka Hajime

1    東京  二〇〇三 vs 東京計画一九六〇 vs ドバイ二〇〇? 東京のど真ん中に誕生したばかりの新しい都市、「六本木ヒルズ」のそのまた中心を占めるタワーは武士の鎧をイメージしたのだという。設計者は日本人ではなくアメリカのKPFである。名古屋にもフランクフルトにも、もちろん本拠のシカゴにもタワーを建てているいわ...

『10+1』 No.34 (街路) | pp.208-220

[連載 9]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 9 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 9 | Yatsuka Hajime

17─4  アパルトヘイト都市? 近代都市計画の最も基本的な構成要素を、面と線、つまりゾーニングの画定とそれらをつなぐ近代的インフラの整備とすれば、それが最も体系的に実践されたのは、ヨーロッパにおいてよりは植民地においてであったのではないか? 少なくともフランスにおいては(あるいは日本においても)これは該当している。近...

『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) | pp.182-199

[連載 10]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 10 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 10 | Yatsuka Hajime

19 植民地都市の政治学 19-1  他者たち(3)──カスバの魅惑 一九六〇年の東京世界デザイン会議はメタボリズム・グループの旗揚げとなったことでも知られているが、このキックオフのためにメタボリスト大高正人と槇文彦がデザインした新宿の群造形のプロジェクトが発表された時、そこには他の集落とともにカスバの空中写真が掲載さ...

『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?) | pp.176-192

[図版構成]

TOKYO METABOLISM 1960-2010: ENCYCLOPEDIA Vol.1 | 八束はじめ大田暁雄金子祐介唯島友亮水谷晃啓福島北斗

TOKYO METABOLISM 1960-2010: ENCYCLOPEDIA Vol.1 | Yatsuka Hajime, Ota Akio, Yusuke Kaneko, Yusuke Tadashima, Mizutani Akihiro, Fukushima Hokuto

TOKYOMETABOLISM 1960–2010 ENCYCLOPEDIA Vol.1 UPG.@S.I.T. 構成=八束はじめ+大田暁雄+金子祐介+唯島友亮+水谷晃啓+福島北斗    模型写真=K.K.川澄写真事務所 Chapter 1 Restorative Investigation of A Pla...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.121-160

[連載 8]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 8 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 8 | Yatsuka Hajime

17 機能主義という抽象モデル ル・コルビュジエの一連の都市計画のモデルは機能主義的ともいわれるわけだが、もはや自明なものとしてその思想史的な意味を問われることはむしろ少ない。もちろん、機能主義モデルは彼の専売でもオリジナルでもなく、彼は普遍化できるモデルとして構想している。その意味で彼が東方旅行で見出したさまざまの日...

『10+1』 No.45 (都市の危機/都市の再生──アーバニズムは可能か?) | pp.198-212

[連載 6]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 6 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 6 | Yatsuka Hajime

15 分類すること(名付けること)と配置すること 15-3 バベルの塔としてのCIAM 近代都市計画の原点ないし聖典のようにいわれてきた『アテネ憲章』が会議から一〇年を経て出版されたものであることは前回に述べたが、それは本当にアテネ会議あるいはそれ以前のCIAMの議論を要約し、合意された憲章であったかのような印象を事...

『10+1』 No.43 (都市景観スタディ──いまなにが問題なのか?) | pp.198-211

[連載 5]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 5 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 5 | Yatsuka Hajime

知の宮殿「ムンダネウム」14 14-4 クライアントと建築家:奇妙なチャートあるいは機能主義 ムンダネウム─世界都市のプロジェクトの敷地は、国際連盟本部の敷地にほぼ隣接している。もともとオトレの構想は国際連盟のそれと連動していたし、彼はその方面にも有力な関わりがあったから、敷地の選択がこうであったのは偶然ではない★一...

『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.158-174

[集中連載 2]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 2 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to History of Architectural Theory: The 1930s 2 | Yatsuka Hajime

4 人文地理学的空間 前回にル・コルビュジエが「フランスの植民地事業への支持を隠さなかった」というコーエンのことばを引いたが、フランスの地理学も植民地事業と切り離せない形で発展した★一。地域への関心と対外進出は文字通り裏腹の関係にあったのである。パリに地理学会ができたのは古く一八二一年で、これは身分制護持を行なおうとす...

『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間) | pp.194-207

[連載 4]

思想史的連関におけるル・コルビュジエ──一九三〇年代を中心に 4 | 八束はじめ

Le Corbusier in Relation to the History of Inteligence: The 1930s 4 | Yatsuka Hajime

11 建築か革命か 「建築か革命か」、いうまでもなく、『建築をめざして』の最後の文章である。この真ん中の「か」は、フランス語の「ou」つまり英語の「or」であり、そこだけだと「すなわち」という意味にもなりえる。「建築すなわち革命」、ロシア・アヴァンギャルドの文章であったら、そう訳さねばならないが、ル・コルビュジエはそれ...

『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.159-176

[資料]

ポスター「東京計画1960」(1961) | 八束はじめ

Poster "A Plan for Tokyo-1960"(1961) | Yatsuka Hajime

このポスターは1961年の日本宣伝美術協会のコンペの応募作品である。丹下研での研究でこのようなプロジェクトが進行中であることを聞きつけたデザイナーたちが、同研究室に赴き情報を得て作成したものだという。建築家とグラフィック・デザイナーと新聞社が共同で都市ヴィジョンをアピールするという想定で、原物(すでに失われた)は新聞大...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.77-79

[対談]

グローバル・シティ・スタディーズの諸相 | 今村創平八束はじめ

Aspects of the Global City Studies | Imamura Sohei, Yatsuka Hajime

ドバイ的情況 今村創平──まず、話題性のあるドバイから話を始めるのはどうでしょうか。ドバイは、中近東のガルフ(湾岸地域)と呼ばれるエリアのなかにある、UAE(アラブ首長国連邦)でも小さな国です。中近東は、石油産出国として経済的、政策的に日本ともとても関係が深いのですが、これまで一般的にはあまり馴染みがありませんでした。...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.217-227

[千年王国論(三)]

ユートピアのシミュラークルとしてのポストモダン都市 | 八束はじめ

Millenarian Theory 3: The Postmodern City as a Simulacrum of Utopia | Yatsuka Hajime

千年王国と公共領域 「ポストヒストリー」、即ち歴史に停止命令が出されたことによって、あるいはそう装うことによって千年王国が現出した。ポストモダン建築は多く復古的なという意味での歴史主義の意匠をまとっていたが、それは本当のところ歴史主義と言うべきではない。その逆に、歴史主義とは過去だけを問題にするのではなく、それを通して...

『10+1』 No.06 (サイバーアーキテクチャー) | pp.169-175

[論考]

現代建築におけるノーテーションの冒険──見えない建築へ | 八束はじめ

Notational Explorations in Contemporary Architecture—Toward an Invisible Architecture | Yatsuka Hajime

0 さしあたっては当然のことを言うなら、建築は目に見える秩序を扱う。特定の地点に特定の存在モードとしてつくられる建築は「見える」からだ。しかし、設計とはそれにつながっていく過程ではあっても、必ずしもこの最終アウトプットと同一のものではない。「ノーテーション」という本特集のテーマは、前号に取り上げた「サバーバン・ステーシ...

『10+1』 No.03 (ノーテーション/カルトグラフィ) | pp.16-28

[批評]

レギュレーターとしての建築制度──施設論に向けて | 八束はじめ

Architecture as Social Regulator | Yatsuka Hajime

建築の社会的プログラムとしての側面に注目し、つまり社会や文化の構造を制御するという意味で、「レギュレーター(整流器)」と呼ぶことにする。「レギュレーター」は、ロシア・アヴァンギャルドのいった「社会のコンデンサー」とも、ほぼ同様の意味で考えられている。いずれにしてもメタファーには違いないが、新たに「整流」ということばを選...

『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.82-102

[千年王国論(四)]

メトロポリスのニヒリズム | 八束はじめ

Millenarian Theory 4: The Nihilism of the Metropolis | Yatsuka Hajime

毎週月曜日に新しいことを考え出す必要はない。 ミース・ファン・デル・ローエ ハリウッドの映画セットと同様、この都市のアイデンティティは、毎週明け、新しく作り直される。 レム・コールハース 前回でも書いたように、メトロポリスは単に大きな都市というにはとどまらない。それは全体像を拒否するという点において都市という古典的な括...

『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.168-175

[千年王国論(五)]

ジェントリフィケーションとそのオルタナティヴ | 八束はじめ

Millenarian Theory 5: Gentrification and the Alternatives | Yatsuka Hajime

中心vsペリフェリー 千年王国は歴史的時間の喪失感の上に成り立っている。つまり、停滞感とパースペクティヴの無化の上に。しかし、この喪失は如何にも唐突に行なわれたのであり、決してゆっくりとしたソフト・ランディングが行なわれたのではない。コジェーブは歴史の終わりのパラダイムをまず五〇年代のアメリカに見、ついで日本に見たわけ...

『10+1』 No.08 (トラヴェローグ、トライブ、トランスレーション──渚にて ) | pp.224-231

[論考]

様式がはがれ落ちる時、あるいは構造合理主義という形而上学 | 八束はじめ

When Style Comes Off, or the Metaphysics of Structural Rationalism | Yatsuka Hajime

明治建築史を語る際に必ず言及されないではおかないほどに良く知られたイヴェントに建築学会でのシンポジウム「我国将来の建築様式を如何にすべきや」、いわゆる「様式論争」があるが、この背後には、日露戦争後のナショナリズムの高揚があることは言うを俟たない。ナショナル・スタイルの希求は、「洋才」を追及したとしても「和魂」を保持しよ...

『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.99-106

[対談]

アーバニズムと計画論──「湾岸都市」あるいは「メトロポリスのニヒリズム」について | 八束はじめ南泰裕

Urbanism and City-Planning: "Gulf Cities" or "The Nihilism of the Metropolis" | Yatsuka Hajime, Minami Yasuhiro

八束はじめ南泰裕八束──今回の南さんの論文を読んで、かなりの部分で見解が共有されているな、という気がしました。特に南さんが、湾岸で起きているさまざまな現象を必ずしも全面的には否定していないというところは、非常に重要なポイントだと思います。僕も湾岸に関しては、自分の計画の対象ではないけれど、考えてみる必要があるだろうと思...

『10+1』 No.07 (アーバン・スタディーズ──都市論の臨界点) | pp.86-91

[論考]

千年王国とダブルバインド・シティ | 八束はじめ

The Millennium and Double Binded Cities | Yatsuka Hajime

1「千年王国」の現在 電子レンジ、ディスポ─ザ─、ふかふかとしてとても心地よいじゅうたん。ふんわりとしていて、温泉に浸っているような、こうした文明形態は、否応なしに世界の終末を想い起こさせる。ここでは、あらゆる活動が世界の終末という印象を秘めているのだ。 ──ジャン・ボ─ドリヤ─ル★一 フレドリック・ジェイムソンが...

『10+1』 No.04 (ダブルバインド・シティ──コミュニティを超えて ) | pp.21-32

[対談]

《プログラム》──あるいは空間の言説と思考をめぐって | 内田隆三多木浩二八束はじめ

"Programs"—The Thought and Language of Space | Uchida Ryuzo, Taki Kouji, Yatsuka Hajime

1 空間と制度 多木…ビルディング・タイプという概念は、社会学的というよりむしろ建築論的な概念です。しかしどんな時代でも、特定の社会的機能を持った建築の類型を作ってきたことから考えると、ビルディング・タイプは社会学や歴史学の言説のなかにも入り込んでいる筈のものであろうと思われます。簡単な例ですが、例えばわれわれは博物館...

『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.26-49

[対談]

建築とプログラム | 伊東豊雄坂本一成山本理顕八束はじめ

Program Issues in Architecture | Ito Toyo, Sakamoto Kazunari, Yamamoto Riken, Yatsuka Hajime

1 三つのプログラム 八束…議論の前提として、いくつかの問題を整理しておきたいと思います。まずプログラムと言われているもののなかに、三つのものが区別できるだろうということです。ひとつは常識的に言われているプログラム、施設としてのビルディング・タイプの根幹をなすハードコアとしてのプログラムと言ってもいいわけですが、建築や...

『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.103-121

[論考]

ブルジョアジーの卵の夢──ベルギーのマグニトグルスク | エレーニ・ジガンテス+八束はじめ

Dream of a Bourgeois Egg | Eleni Gigantes, Yatsuka Hajime

砂丘(デューン) 北海の南岸地域に、低い砂丘地帯がある。その地形は途切れることなく四つの国々の海岸線として拡がっているが、これはライン、マース、シェルデ、レクの四河川の合流する北方デルタが生じさせたものだ。このフランスとオランダの砂丘の吹きさらしの空白の間に挟まれた地域に、奇妙な異物が存在している。瞬時にベルギーと識...

『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.203-216

[論考]

50 Years After 1960──グローバル・シティ・スタディーズ序説 | 八束はじめ

50 Years After 1960: Introduction to the Global City Studies | Yatsuka Hajime

0 前口上 既存の環境に学ぶことは革命的である ロバート・ヴェンチューリ 『10+1』のように「シリアス」な雑誌の読者からすれば下らない設問に見えるかもしれないが、あなたが建築を判断する基準は何かと問うてみたい。ナンセンスな設問だから気楽に答えてよいのだが、正しい、だろうか?面白いか?面白くもない建築について語る...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.62-76

[翻訳]

新加被歌的路(シンガポール・ソングラインズ)☆一──ポチョムキン・メトロポリスのポートレート あるいは 三〇年のタブラ・ラサ | レム・コールハース太田佳代子八束はじめ

Singapore Songlines: Portrait of a Potemkin Metropolis... or Thirty Years of Tabula Rasa | Rem Koolhaas, Kayoko Ota, Yatsuka Hajime

風水:もとの場所に居つづける限り地主の繁栄はつづくという古い中国信仰。 シンガポールのグリーンプラン:われわれはブルドーザを適正な場所に導きたい。 リー・クァンユー:シンガポールは多様で変化に富むものすごく大きな世界のなかのちっぽけな場所だから、機敏でなかったり、調整がすみやかにできなければ、消えるしかないだろうし、人...

『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.173-197

[論考]

言説としての境界 | 多木浩二八束はじめ

The Boundary as Language | Taki Kouji, Yatsuka Hajime

移り変わるパリの市壁 都市をどのように定義しようと、人間が密集して住む場所という意味は失われることはなかった。少なくとも今まではそうであった。その場合は当然、都市とそれに対立する地域とのあいだに境界が生じる。かつて人類学は、この境界の意義を強調し、そこに通過儀礼的な意味合いをもたせた。それを超えることは異界へ踏み出す...

『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.264-270

[論考]

ゴジラVS.メタボリスト | 八束はじめ

Godzilla Versus The Metabolists | Yatsuka Hajime

1──図版出典『ゴジラ』(昭和二九年作品) ©東宝株式会社南洋の未開の島からマンハッタンに連れていかれ、そこで壮絶な死を遂げる『キングコング』以来、怪獣ものの映画作品にはある種の都市論的な匂いがまといつく。コングの場合、それがターザン同様、啓蒙期以来の「高貴な蛮人」のヴァリエーションであり、大自然のパラダイムとして人工...

『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.180-185

[批評]

ショッピング・モール──ファンタスマゴリーII | リチャード・インガソル+八束はじめ

Phantasmagoria II:The Edeology of the American Shopping Mall | Richard Ingersoll, Yatsuka Hajime

まずはスカイスクレーパー、次いで高架高速道路、そしてショッピング・モール、この三つが、アメリカが建築のタイポロジーに対してなしたもっとも適切な貢献だった。さらにそのどれもが、二〇世紀における都市の大々的な分断化と再構造化に対して、相異なったやり方で挑んだのである。超高層は、従来の都市組織の七階程度の垂直次元を打ち破るこ...

『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) | pp.233-244

[論考]

ノン・カテゴリー・シティ 多摩 | 八束はじめ

Tama─Non Category City | Yatsuka Hajime

1 ペリフェリー われわれの眼前には多くの新しいリアリティがある。未だかつてないような動きが展開されると、既存の規範(デイシプリン)(概念、手法、価値基準ほか)は効力を失う。ただそれらに対してわれわれが適切なことばを奪われている、というような状況である。この動きは、当然何の調停もないままに動くのだから、例えば古典的な形...

『10+1』 No.01 (ノン・カテゴリーシティ──都市的なるもの、あるいはペリフェリーの変容) | pp.34-51

[対談]

「日本近代建築史」の中の「日本建築史」 | 八束はじめ五十嵐太郎

mail Dialogue: A "History of Japanese Architecture" in the "History of Modern Japanese Architecture" | Yatsuka Hajime, Igarashi Taro

1 八束──今回の特集では、作家や作品というよりも広義の意味での言説を中心に明治以降の近代建築史を概観するという趣旨で、ここでは「建築史」という言説タイプを取り上げようと思います。いろいろと「日本近代建築史」に関するテクストを読んでいると、当り前のことですが、それらもまた歴史の一部であるということを改めて感じないではい...

『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.62-76