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アウシュヴィッツの〈回教徒〉 現代社会とナチズムの反復

柿本 昭人
春秋社、2005年10月、534ページ
ISBN=4393332415

> 10+1 DATABASE内「アウシュヴィッツの〈回教徒〉 現代社会とナチズムの反復」検索結果 (9件)

[都市の傷痕とRe=Publik 7]

《技術》と建築 | 柿本昭人

Technique and Architecture | Kakimoto Akihito

今から七〇年前(一九三〇年)、エルンスト・カッシーラーは「形式と技術」という論文のなかでこう書いている。 技術は「責務を果たさんとする思い」の支配下にあり、労働における連帯の理想、とりわけ全体は一人のために、一人は全体のために活動するという理想の支配下にある。真に自由な意志共同体がまだ成立していなくても、技術はその仕...

『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.35-36

[都市の傷痕とRe=publik 3]

相互主観的閉所嫌悪 | 柿本昭人

The Interdependent Subjectivity of Claustrophobia | Kakimoto Akihito

学会報告で、六年ぶりに東京へ。平日の朝八時。甲州街道の歩道を人波に包まれながら、新宿駅に向かって運ばれる。ルミネの角の広い横断歩道。風に吹かれて舞う、砂漠の砂の粒子になる。この感覚は、京都ではなかなか経験できない。祇園祭の時の人混みは、これとは別の種類のものである。名古屋でなら、一も二もなく、車というシェルターでもって...

『10+1』 No.16 (ディテールの思考──テクトニクス/ミニマリズム/装飾主義) | pp.32-33

[都市の傷痕とRe=publik 8]

《不定さ》を担う建築──あるいは球形の荒野 | 柿本昭人

An Architecture of "Indefiniteness," or Spherical Wilderness | Kakimoto Akihito

二年間にわたった連載も今回で最終回となった。都市がすべての者に対して開かれてあること。そのためには、「非病理的な」建築、われわれをもう一度デラシネとするような建築が必要である。それがこの連載のテーマだった。最終回の今回は、そうした建築を目指した者のひとりとして、バックミンスター・フラー(=BF)を取り上げようと思う。 ...

『10+1』 No.21 (トーキョー・リサイクル計画──作る都市から使う都市へ) | pp.31-32

[都市の傷痕とRe=publik 6]

《建築》への意志 | 柿本昭人

The Will to "Architecture" | Kakimoto Akihito

一九九九年九月一日、防災の日。名古屋の中心部にある白川公園で奇妙な光景に出くわす。公園内の遊歩道を挟んで、二つの異なる世界。一方は、公園のグラウンドで繰り広げられている防災訓練。赤い消防車が何台か並び、訓練の輪の中心には、火柱が立ちのぼっている。濃紺の制服、薄緑の制服が、号令のもとに移動する。白いテントの下には薄茶の制...

『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.27-28

[都市の傷痕とRe=publik5]

記憶の建築/忘却の建築 | 柿本昭人

The Architecture of Memory/ The Architecture of Oblivion | Kakimoto Akihito

長引く不況のためなのか。郊外の幹線道路沿いには、更地が目立つ。確かにその場所には建物があったはずなのだが、どうしても思い出せない。車窓から眺めていたせいばかりではない。コンビニエンス・ストア、ファミリー・レストラン、家電の量販店、紳士服店、それともワンルーム・マンションだったか……。数キロ先にはまた同じ建物の連なりに出...

『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.30-31

[都市の傷痕とRe=publik 1]

病理的なものの転倒 | 柿本昭人

Reversal of the Pathological | Kakimoto Akihito

「酒鬼薔薇」事件から一年が過ぎた。加害者の少年の個人的特性、家族のあり方、学校制度。事件の原因を明らかにしようとする夥しい言説。そして加害者の少年が逮捕されるまで、犯人探しに狂奔していたわれわれ。それはそれでまた別の機会に論じなければならない。が、今回の連載との関わりが深いのは、事件を「新興住宅地特有の希薄な人間関係」...

『10+1』 No.14 (現代建築批評の方法──身体/ジェンダー/建築) | pp.32-32

[都市の傷痕とRe=publik 2]

建築唯我論 | 柿本昭人

Musings on Architecture | Kakimoto Akihito

小生は仕事の都合で、京都と名古屋の間を、毎週車で往復している。名古屋の街は車無しでは不便きわまりないので、新幹線を使うことはまずない。そのため、新しい京都駅が出来てすでに一年以上たつが、まだ実物を一度も見たことがない。恥ずかしながら、新聞の写真と、早朝川端通りを南向しながら、点滅する赤い警告灯でその輪郭を五条あたりでう...

『10+1』 No.15 (交通空間としての都市──線/ストリート/フィルム・ノワール) | pp.42-43

[都市の傷痕とRe=publik 4]

広場嫌悪とスタイルの増殖 | 柿本昭人

Agoraphobia and the Propagation of Style | Kakimoto Akihito

追っ手を逃れてガード下にたどり着く男(=佐藤浩市)。まだ息急き切っている。画面は暗く、粗い。ノーネクタイに無精ひげのやつれた表情。携帯電話から恋人に待ち合わせのメールを送る。恋人のオフィス。デスクの上のパソコンが俯瞰される。密会の場所は夕刻の繁華街(「梅田」なので関西ローカルのCMかもしれない)。J-PHONE「スカイ...

『10+1』 No.17 (バウハウス 1919-1999) | pp.28-29

[論考]

「シームレス」化に抗するために | 柿本昭人

Resisting the Seamless | Kakimoto Akihito

一、 複数文化主義の帰結 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。「リゾームには始まりも終わりもない。リゾームは常に中間に、ものの間に、存在の間にある、つまりインテルメッゾである」のではなかったのか。「あいだ」とは、「と……と……」の論理によって存在論を転覆する流れではなかったのか★一。「と……と……」の論理は、...

『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.132-141