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ケイオウ★パンチ──キャンパスの「日常」にダンサー伊藤キムが乱入!! | 熊倉敬聡
Keio Punch: Dancer Kim Ito Bursts into the メEverydayモ Life of the Campus | Kumakura Takaaki
掲載『10+1』 No.23 (建築写真) pp.38-38

慶應大学三田キャンパス。冬の透き通った青空のもと、タキシード姿で、スキンヘッドに黒い眼帯をした男が、校舎の屋根に仁王立つ。過剰な仕草で服の埃を払ったかと思うと、静止し、キャンパス中を睨めまわす。と突然、天空を指すポーズを二、三発決める。すると今度は、しなやかな手さばき足さばきとともに優雅に踊り出す……。
いったい何が起こったのか。キャンパスを行き交うほとんどの学生たちは、出来事にチラッと目をくれながらも、何事もなかったように通り過ぎていく。が、徐々にこの異常な事態に立ち止まり、見入る学生が増えてくる。昼休み。いつのまにか、キャンパス中を学生たちが埋め尽くし、男の奇妙な動きに注視し、笑いさざめき、あるいは怪訝な顔をしている。
そこに、大学の職員らしき男性が血相を変えてやってくる。「そこで、何やってんだ!」しかし、男は無視して舞い続ける。
 《ケイオウ★パンチ──伊藤キムはなしがい方式》の幕開けである。慶應大学文学部美学美術史学専攻の学生三人のグループ「パラサイト」が企画した、「『大学の日常』と『ダンスの日常』をカクハンしようとするささやかな試み」(パンフレットより)である。私も、企画の立ち上げ当初から彼女らに協力し、主に大学当局との交渉に当たった。
伊藤キムは、日本のコンテンポラリー・ダンスを代表するダンサー、振付家のひとり。舞踏の素養を学んだ後、日本、ヨーロッパでソロ活動、多くのカンパニーへの客演、他ジャンルのアーティストたちとのコラボレーション等を展開し、九五年、カンパニー「伊藤キムと輝く未来」を結成。九六年に、バニョレ国際振付賞を受賞した後は、ヨーロッパ、北米、南米などで多くの招待公演を行なっている。バニョレの受賞作品《生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?》をはじめ、《あなた》、《3 SEX》、《少年〜少女》などで、「生」と「死」、「わたし」と「あなた」、「男」と「女」、「大人」と「子供」の仄暗い境界の存在論的、精神分析的曖昧さを掘り下げ、その複雑な身体性、エロスの強度を、滑稽、官能、速度、狂乱、動物性などのめくるめく交錯を通して踊りきる。九九年の《On the Map》では、舞台と観客との境を取り払い、観客が地図を手にダンサーたちの間を経巡るような試みを行なった。「ホテルのラウンジや、病院、学校、駅とかを使って(…中略…)普通の人の生活のなかにダンスが入り込んでいくような」★一キム自身の新たな方向性と、大学の日常に「非日常」を持ち込みたいという学生たちの欲望が出会い、《ケイオウ★パンチ》なる企画が生まれたわけだ。
当日のプログラム──それは勿論、いたるところで大小のハプニングにより撹乱された──は、昼間半日間キャンパス内にキムが神出鬼没する「はなしがい」と、夜の教室での公演「囲い込み」で構成された。
上記「幕開け」の後、キムは生協食堂に向かい、「日常」的に昼食をとっている学生たちに、トレイに載せたチョコレートを配った。学生たちの戸惑いの表情。スキンヘッドに黒い眼帯をした「非日常」が、自分たちの「日常」に突如差し込まれ、その「異常」を肯定も否定もしきれず、判断の居心地の悪さに宙吊りになっている。キムは、それを軽やかに受け流しながら、食堂のあちこちでチョコレートを配り続ける。食堂全体が、「通常」と「異常」との曖昧な空気に満たされていく。
こうして、キャンパス中に出没するキムを、企画「撮り放題」に参加する人々が追いかけ、写真やヴィデオに収める。また、「描き放題」なるパートでは、校舎の階段の吹き抜けの空間で、さまざまな姿態に結晶するキムを参加者たちがペンやクロッキーで素早く描く。そこに瞬間的に「スタジオ」が生成する。
また、キムは、授業中の教室にも乱入した。事前に担当の教員には断ってあるが、聴講する学生たちには知らされていない。国際貿易に関する講義。教壇脇の機材室に潜んでいたキムが、中で突然騒ぎ出す。教室に漂う不穏な空気。教師は、その異常事態に一瞥を送りながらも、授業を続行する。と突然、キムが扉から顔を出し、教室にぬるりと入り込む。じわりじわりと、獲物を狙う猫のように、教壇へと忍び寄っていく。だが、ここで予想外の──主催者たちにとって──ハプニングが発生した。聴講していた学生のひとりが、突然教室を飛び出し、教室──それはガラス張りだった──の外で内部の出来事を見ていたギャラリーに掴みかかったのだ。
彼は、俗っぽく言えば、「キレて」しまったのだった。運良く、傷害事件には至らなかったが、紙一重であった。いったい、何が彼をそこまで突き動かしたのだろうか。
無謀にも、「撮り放題」に参加していたひとりの学生が、この出来事からしばらく後、彼をインタヴューした(しかしなぜ彼はインタヴューなど承諾したのだろうか)。インタヴューによると、彼は大学に入るのに非常に苦労し、入った後も、留年を繰り返しながら何とか四年まで進級してきたらしい。国際貿易の授業は、卒業のかかった授業のひとつであった。そんな人生のかかった授業を、いい見世物にされ、妨害されたことに腹が立ち、あのような暴挙に出た。──ごく簡単に要約すると、これが彼の言い分である。
一見、至極正論なのだが、そこには(おそらく彼自身も気づいていない)多くの問題が潜んでいる。まず、その授業は、他の学生にとっても卒業のかかった重要な授業であったのに、なぜ彼だけが「キレて」しまったのか。しかも、その憤りを、ダンサーや教師あるいは企画の主催者に言葉で抗議するのではなく、物理的な暴力に訴えかけようとしたのか。彼は、日本の教育システム──与えられた情報をいかに効率よく処理し、自らの点数を競争のなかで極大化するかという、資本主義のロジックが貫徹したシステム──から落伍するかしないかというぎりぎりのところで常に自分の能力を疑いながらも何とかここまで食らいついてきた。その絶えず崩れそうになる脆い「自己」の壁を、外の敵から、そして自分の内なる敵から──それがどんなに些細なものであろうと──守ることが、彼の生を支えてきた極限的なディシプリンであったにちがいない。日本の教育が彼に強いた、〈他者〉への過剰防衛。今回は、伊藤キムが、それを見つめるギャラリーが、そしてこの企画全体が、彼の「自己」を脅かす〈他者〉となり、彼は(ある意味で)必死に「自己」を崩壊から守るため、その〈他者〉を破壊しようとしたのだ。
だが、はたして、このような〈他者〉への反応は、彼だけの問題なのだろうか。もしかすると、〈他者〉への免疫の欠如ないし低下は、(少なくとも)同年代の学生たちに共通に潜在する社会的病理であり、それがたまたま彼を通して発現しただけではないのだろうか。
先程の、食堂における学生たちの「戸惑い」の表情を思い出してみよう。なぜ、彼らは「戸惑う」のか。なぜ、突然自分の隣りに現われたキムに即妙に対処できないのか。それは、彼らが、「日常」の「自己」を脅かす〈異物〉に対しどのような判断、対応をすべきかという方法論を、今までの人生のなかで一度も教育されなかったからにほかならないのではないだろうか。
この〈他者〉への免疫の欠如、「自己」の脆弱な構造化、そしてそのような「自己」が脅威に晒された時の過剰防衛ないし防衛の破綻──これこそが、日本の戦後教育の負の成果ではあるまいか。
日本の戦後の資本主義は、資本どうしの(特に外国資本との)リアルな闘いを可能な限り回避しつつ、自国内で経済的・政治的に「持たれ合い」、「談合」で保護された空間のなかで自らを純粋培養しようとした。それが一時期日本を第二の「経済大国」にしたが、同時にその純粋培養のロジックを社会の隅々まで浸透させることとなった。教育も然りである。だが今や、受験勉強を核とした点数の競争的極大化の論理は、決定的な限界を迎え、それが「いじめ」、「不登校」、「学級崩壊」あるいは数々の殺傷事件となって現象している。
大学は今、不気味である。妙に静まり返っているのだ。授業中も私語がほとんどなく、行儀が良すぎるのだ。そして、学生たちは、授業に来て、そのまま帰っていく。キャンパスに屯し、お喋りに耽ることもなければ、政治的・文化的ノイズを持ち込んだりすることもない。
だが、この一見隅々まで平和が行き渡った純粋培養の空間は、毒を、限りなく透明な毒を分泌している。純粋な「自己」そのものが濃縮された結果、それがレトロウイルスと化し、「透きとおった悪」(ボードリヤール)★二として蔓延し、「自己」そのものを内側から静かに脅かしているのだ。
しかし、この「透きとおった悪」に敏感な学生が少なくとも三人いて、伊藤キムという〈他者〉を、〈異物〉をある意味で暴力的に持ちこみ、その「悪」を少しでも目に見えるものにしようとした。この「パンチ」の波紋が少しでも広がり、ひとりでも多くの学生が透明な「悪」に自覚的になることを願いたい。

撮影=川口晃平

撮影=川口晃平

撮影=大嶋朋子

撮影=大嶋朋子


★一──『ダンスマガジン』二〇〇〇年三月号(新書館)、七六頁。
★二──ジャン・ボードリヤール『透きとおった悪』(塚原史訳、紀伊國屋書店、一九九一)。

*この原稿は加筆訂正を施し、『美学特殊C』として単行本化されています。

>熊倉敬聡(クマクラ・タカアキ)

1959年生
慶應義塾大学理工学部教授。フランス文学、現代美術、現代思想。

>『10+1』 No.23

特集=建築写真