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2:手塚建築研究所《越後松之山「森の学校」キョロロ》──ランドアーキテクチャー | 柳沢潤
Tezuka Architects, "Echigo-Matusnoyama Natural Science Museum "Kyo-roro'": Landarchitecture | Yanagisawa Jun
掲載『10+1』 No.35 (建築の技法──19の建築的冒険) pp.152-155

風景としての建築

日本においてランドスケープという言葉が認識されたのはいつ頃からだろうか。今から十数年前、大学院の英語の入試で「Landscape design」という単語を苦し紛れに「風景設計」と訳したのを覚えている。つまり当時はまだいまのようにカタカナを使った「ランドスケープ・デザイン」という言葉がそれほど社会的に認識されておらず、現在のようにランドスケープアーキテクチャーなどという言葉も日本ではほとんど使われていなかったのである。しかし実態としてこの言葉の定義は未だにわれわれにも曖昧である。日本のように季節の変化に富み、自然を受動的に享受できる風土を持つ国においては「擬似的に構築された風景」と「自然の風景」との区別が付きにくいことと関係しているのではないだろうか★一。
建築はまさしく人工的な構築物ではあるが、九〇年代に入りこのランドスケープという言葉の広がりとともに建築は「風景」としてそのあり方を急速に変化させてきているように思われる。

1──風景は「建築」と「自然」の関係によって産出される(A:建築/N:自然) ここではあえてランドスケープ(風景)という言葉を「建築」と「自然」との関係によって創出されるもの、と定義しておこう。 筆者作成

1──風景は「建築」と「自然」の関係によって産出される(A:建築/N:自然)
ここではあえてランドスケープ(風景)という言葉を「建築」と「自然」との関係によって創出されるもの、と定義しておこう。
筆者作成

 
越後松之山「森の学校」キョロロ》(以下《キョロロ》)はまさに「風景としての建築」と言えるであろうが、そこでは何が生産されているのか、また「風景としての建築」とは現代においてどのような意味を持つのか。《キョロロ》を通じ「建築」と「自然」との関係を考察することで、これまで曖昧に用いていた「ランドスケープ(風景)」という言葉や意味を考えるのがこの論の目的である。
《キョロロ》は二〇〇一年春に催された設計競技によって選定された建築で、新潟県南西部に位置する人口三四〇〇人あまりの過疎化の進んだ小さな町松之山に建設されている。この建物に隣接したブナ林はその立ち姿の美しさから「美人林」[図2]とも呼ばれ、雪解けの頃は全国各地から見物客が訪れ、温泉とともに人気のあるスポットである。また松之山町は特別豪雪地帯にも指定されており、日本有数の積雪地帯であるとともにその豊富な水量を利用して傾斜地に広がる棚田が雄大な風景を形成している。《キョロロ》の敷地はこうした厳しい気候と同時に豊かな自然環境の両方が交じり合う場所でもある[図3]。

2──松之山の「美人林」 筆者撮影

2──松之山の「美人林」
筆者撮影

3──コンペ案 出典=越後松之山自然科学館(森の学校)設計競技HP

3──コンペ案
出典=越後松之山自然科学館(森の学校)設計競技HP

自然のもつすばらしさと表情をより感じられるように、森を抜けるように建物内を通り抜ける構成を考えた。自然がもたらしてくれる体験を受け入れるために様々なエレメントと接し、蛇行しながら大地をはっていく空間は森の山道である。(…中略…)森を抜けてきたチューブは、しなやかに立ち上がり、静かな雪の世界から生命の息吹が吹き出る梢へと訪問者を導入する。
手塚建築研究所、コンペ時の概要より抜粋


そしてこの建物の形態を決定する要因を手塚氏は次のように語る。

蛇方の平面形態はもともとあった棚田のあぜ道の形態をなぞった結果である、(…中略…)中の展示物以上に周辺環境への眼差しが大切な建物。あたかも道筋を巡りつつ散策するような外向きな建物を目指した。建物の断面は豪雪地帯特有の道路に架けられた覆いの形態。雪に埋もれつつも生活の生命線や景色を保つ合理的な構造である。
『建築文化』二〇〇三年八月号(彰国社)


ここで述べられているように、《キョロロ》の外形や断面形状は敷地周辺の形また環境的な要素から導き出されている。そしてこの外観のインパクトはその長さと、屋根と外壁を一体化した耐候性鋼板(コールテン鋼)★二により増幅されており、水平方向に小さな山並みのように伸びたこの茶褐色の物体が背後に林立する杉やブナの空に向かう垂直性をより強調するのに一役買っている。空の青さ、林の緑と茶褐色、さらに地面のコントラストは実に美しいダイナミックな風景を形成していて、巨大なランドアートのようでもある。ここには、従来われわれが何気なく口にしてきたランドスケープアーキテクチャーと呼んできたものとは異なる「風景」が生産されており、それはもちろん規模や外壁の素材の問題と関わっているのであるが、「建築」と「自然」との関係を新たに定義しているのではなかろうか[図4]。

4──《越後松之山「森の学校」キョロロ》筆者撮影

4──《越後松之山「森の学校」キョロロ》筆者撮影

「ランドスケープ(風景)」を創出する三つのタイプ

そこで「建築」と「自然」との関係が「風景」を生産するものと仮定して、その関係を分類してみる。

一──ランド型

建築を周辺の地形になぞらえたり地形に埋没させて計画する場合、基本的には周辺環境への同調化の方向に向かう。つまり自然との一体化によって建築を風景の一部にするという方法である。これは一般的にランドスケープアーキテクチャーと呼ばれるものといってよいと思う。
例えばE・アンバースの《ルシール・ハルセル温室》(一九八四)をはじめとする地中に建物を埋没させる作品や象設計集団の《今帰仁小学校・進修館》(一九八一)等の一連の作品、伊東豊雄の《サッポロビール北海道工場ゲストハウス》(一九八九)などでは、一時的に自然を加工することによって自然が優位であるかのような、もしくは建築と自然が等価な関係であることを示すものである。ここでは建築と自然の関係は密接で、また「自然」というものが環境として「良いもの、人間に優しいもの」であるという認識に基づいている。環境問題が世界で取り上げられ始めた八〇年代に生まれた傾向である。これを「ランド型」と呼ぶことにする。ここでの操作は建築を擬似的に自然化したり、自然を建築化することで、建築があたかも「自然」なものであることを強調している[図5]。
またこの「ランド型」の特徴としては建築のプログラムによらず、建築の構成として内部空間と外部が連続している(接地)場合が多い。

5──「ランド型」 自然(N)が建築(A)を包括する。 自然と建築は一体的な関係。 筆者作成

5──「ランド型」
自然(N)が建築(A)を包括する。
自然と建築は一体的な関係。
筆者作成

二──ランドアート型

第二にその建築が配置されることでランドスケープ自身が浮かび上がってくる、つまりこれまで無意識だった自然が突然場所や記憶として認識される場合である。
ワークステーション《高知県立坂本龍馬記念館》(一九九二)、磯崎新奈義町現代美術館》(一九九四)、MVRDVまつだい雪国農耕文化センター》(二〇〇三)など、建築と自然との対比効果によって自然を再定義するものである。この場合は自然そのものにはあまり手を加えて加工しない。建築はむしろ自然から独立しており、自立的な存在である。これは七〇年代にアメリカで始まったアースワークなど、土地の再生といったような視点で作品を大地の芸術として展開していった一連のランドアート(ロバート・スミッソン、クリスト、マイケル・ハイザーら)に似ている。これを「ランドアート型」と呼ぶ。この場合は比較的建築の形態における主張が強く、建築と周辺の自然はそもそもあまり関係なく存在しており、お互いに自立した関係によって成り立っている[図6]。
この「ランドアート型」の構成としての特徴は外部は外部、内部は内部として基本的に切り離され、不連続である(ここでは視覚的連続は除く)。また形態はシンプルであり彫刻的である。

6──「ランドアート型」 自然(N)が建築(A)を包括し、 かつ、拮抗する関係。 筆者作成

6──「ランドアート型」
自然(N)が建築(A)を包括し、
かつ、拮抗する関係。
筆者作成

三──ランドマーク型

三番目に比較的最近のアプローチであるが、建築自身がランドスケープを形成するものがある。周辺のコンテクストからまったく自立していながら建築自身が博覧会のパヴィリオンのような存在としてランドマークと化し、新たなコンテクストを産出する。
MVRDV《ハノーヴァー万博オランダ館》(二〇〇〇)、フランク・O・ゲーリーグッゲンハイム美術館ビルバオ》(二〇〇一)、foa横浜大さん橋国際客船ターミナル》(二〇〇二)などがこの例で、これまでの「自然」に対する定義を根本からくつがえすようなものである。
二番目に挙げた「ランドアート型」が「自然」というコンテクストつまりその建物の周辺の環境との関係で建築を成立させているのに対し、建物周辺というコンテクストではなく「都市」や「街」といったより広範な文脈のなかにその存在を位置づけるものといえよう。
これを「ランドマーク型」と呼ぶ。ここでは建築は自然という概念をまったく作り変えている★三[図7]。
この建物の特徴はまず「ランドマーク」であることを政治的な理由で義務づけられているということであるが、外部・内部が連続しているかどうかという建築的なアプローチは問題にならず、建築が公園のような意味合いに近づいており、何人が訪れるか、といったような量的な問題やサービスの問題へと視点がシフトしている。

ここで「建築」は「自然」との関係においてこの三つに分類されると思われるのだが、さてでは《キョロロ》はどこに位置するのであろうか。

7──「ランドマーク型」 建築(A)が自然(N)を包括する。 筆者作成

7──「ランドマーク型」
建築(A)が自然(N)を包括する。
筆者作成

「ランドアーキテクチャー型」

「建築」と「自然」の関係が前に挙げた分類の幾つかを包含しているものがある。上述した一から三までで述べた「建築」と「自然」との関係を複合的に内在しているものである。「建築」と「自然」のどちらが欠けても成立しないような依存関係でありかつ独立した関係にある。つまり建築はその周辺環境なしでは成立せず、またその周辺環境もその建築があることで新たな風景を提供する。こうした「複雑」な関係を生産する建築を《キョロロ》は体現しているのではなかろうか。例えば《キョロロ》は冬にはその全体が雪のなかに埋もれて、周辺の「自然」と一体になってしまい、一の「ランド型」ともいえるし、コールテン鋼に囲まれたモノコックな存在感はまさにランドアートに近いといえるだろう。さらには二〇〇三年七月の開館以来この小さな過疎の町に三万人以上の来場者があったことからも十二分にランドマークとしての役割を果たしている。これまでの公共建築で置き去りにされてきた発想である、観客のみならず町そのものへのサービスという機能をも果たしている。こうした複合的関係をもった建築をここでは「ランドアーキテクチャー型」と呼んでみてはどうだろうか。
《キョロロ》はランドアートでもありランドマークでもある、季節によって表情を変えまた新たな自然の風景を提供してくれる。このような複合的な建築こそまさに「風景としての建築」と呼べるのではなかろうか。

「ランドスケープ」という言葉を用いる以前からも、建築家は「建築」と「自然」との関係を模索してきた。しかしここ十数年の間にその距離はますます縮まり、まさに「全てがランドスケープ」であると言っても過言ではない状況に移行しつつある。この状況ではランドスケープを考慮すればよいといった保守的なデザインや建築も同時に生産されている。そういう意味で、建築はどう自然と関わるべきかという視点を明確に打ち出さなければならない時代に突入している。
《キョロロ》は「建築」と「自然」との関係を再認識するうえで、さまざまな視点を投げかけてくれる建築である。
今後建築がランドスケープとの関わりにおいて語られること、またデザインされることはますます増えるであろう、そのときに冒頭で挙げた手塚氏が言う「周辺環境への眼差し」や「外向きな建築」の「周辺環境」や「外」をどこまで想定して建築していかねばならないのか、まだその解明は始まったばかりである。


★一──この言葉の定義や歴史については宮城俊作『ランドスケープデザインの視座』(学芸出版、二〇〇一)、ピーター・ウォーカー+メラニー・サイモ『見えない庭──アメリカン・ランドスケープのモダニズムを求めて』(佐々木葉二+宮城俊作訳、鹿島出版会、一九九七)参照のこと。前者ではアラン・ロジェの言葉を借りて「科学的側面」としての環境、「美学的側面」としての風景と分類している。
★二──耐候性鋼板:Cu、Cr、Ni等の合金元素を含有し、無塗装のままで年月の経過とともに表面に緻密で密着性の高いさびを形成する鋼材。例として、リチャード・セラの《傾いた弧》シリーズなどがある[図8]。
★三──「オランダの風景は全て人間の手によって生み出されたものです。それがいかに巧妙に作られていようとも、『自然』は一切ないのです。一見違って見えますが、ありとあらゆるところが耕されているという意味で日本もある種の共通点をもっているように思います」(MVRDVヤコブ・ファン・ライスの言葉)。

8──リチャード・セラ《傾いた弧》 (スイス、バーゼル) 筆者撮影

8──リチャード・セラ《傾いた弧》
(スイス、バーゼル)
筆者撮影

>柳沢潤(ヤナギサワ・ジュン)

1964年生
株式会社コンテンポラリーズ代表。東海大学、武蔵野美術大学非常勤講師。建築家。

>『10+1』 No.35

特集=建築の技法──19の建築的冒険

>越後松之山「森の学校」キョロロ

新潟県十日町市 研修施設 2003年

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>奈義町現代美術館

岡山県奈義町 美術館 1994年

>まつだい雪国農耕文化センター

新潟県十日町市 文化施設 2003年

>ロバート・スミッソン

1938年 - 1973年
芸術家。

>フランク・O・ゲーリー(フランク・オーウェン・ゲーリー)

1929年 -
建築家。コロンビア大学教授。

>グッゲンハイム美術館ビルバオ

スペイン、ビルバオ 美術館 1997年

>foa(エフ・オー・アーキテクチャー)

1995年 -
建築設計事務所。

>横浜大さん橋国際客船ターミナル

神奈川県横浜市 客船ターミナル 2002年

>ヤコブ・ファン・ライス

1964年 -
建築家。MVRDV共同主宰。