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教育と学校──壁のエクリチュールを目指して | 五十嵐太郎+大川信行
Pedagogy and the School | Igarashi Taro, Okawa Nobuyuki
掲載『10+1』 No.05 (住居の現在形) pp.33-35

何も様式や意匠だけが建築史のすべてではない。ビルディング・タイプに絡めて、建物という箱を外側からではなく、内側から論じること。つまり、あるビルディング・タイプに付随する特定の家具、装置、あるいはマニュアル(作法)に注目し、それらがいかに人間の身体を規律化しているのか。そして建築的な操作は他の諸学問といかなる横断的な連結を持っているのか。プログラム論が勢いづいている現在、それが歴史的に問われなければならない。こうして建物を解剖するとき、おそらくグロテスクな内臓があらわになるはずだ。初回は学校を素材に、同時代の言葉と命名行為を手がかりとして、言葉と空間の分節化の関係をスリリングに読む(I)。 

近代に至るまで、一般的にひとつの学校に教師=マスターはひとりしかいなかった。助手=アシャー(usher)がいる場合があったが、一五世紀までの間は特に二人の間で生徒を分担することはなく、教室内では数十人から数百人の生徒が一つの部屋=スクールルームの中で反復学習をしていた。学問体系の中で難易度の異なる教授内容が同一のスクールルーム内で教えられ、知識の程度が違う者が渾然一体となっているこの様こそが、教師と生徒からなる学校という制度/施設における人間組織の初源的な形態である。スクールルームという大きな房(セル)は、未分化な組織形態のコンフリクションを許容する。
 しかしエラスムスがドイツの神学者ユストゥス・ヨナスに宛てた書簡に登場するセント・ポールズ校(一五一二年創立)の教室内では、このコンフリクションを緩和するために人間組織に新しい技術が導入されていた。生徒たちを区分する新しい原理、つまり知識や学業課程の進度ごとに生徒をいくつかの集団に分割するという技術により、教師たちは各々分割された小集団ごとに学問を教授する。「学級」の誕生である。イギリスのパブリック・スクールでは一般的に学級をフォーム(form)と称してそれに基づく進級制度が設定されている。先のエラスムスの書簡当時、セント・ポールズ校には一五三人の生徒が所属しており、計九つのフォームに区分されていた。これから以降、下級のフォーム(六つのフォームがあるならば一から三まで)はアシャーに、上級のフォームはマスターによって運営されるのがパブリック・スクールの一般的な教授形態となる。こうして学級は固有な教師をもつに至り、渾然一体の教室内に子供を把握する明快な分類体系が現われた。
ここで問題となるのは、学級による生徒の分割はどのような物理的方法によって可能かということである。この時代、室=房によって人間組織を分割するという計画技術は、少なくとも学校というタイプにおいては発見されていなかった。パブリック・スクールにおける実例を追う限り、分割の技術発展は家具・教具といった装置が一身に担っていた。より具体的に言うと、それは長椅子である。一七世紀初頭に至っても生徒たちに机はなく、学級ごと長椅子に腰をかけ、小さな黒板を膝にのせて勉強をしていた。教場がひとつしかない(=スクールルーム)時代、生徒たちが行動を共にする光景は長椅子をひとつの単位として展開していたのである。ここで初めて教師は生徒を集団として扱うことが可能になる。長椅子こそが、学校内における組織の分割を物理的に保証した装置であった。
ここで興味深いのは、長椅子のことをフォーム(form)と称することである。英語において学級を意味する語と長椅子を意味する語が一致しているのはらく偶然の事ではない。例えばオックスフォード英語辞典は学級=フォームについて次のような解説をしている。
「この言葉は通常、原義では『同じフォームに座っているたくさんの学徒』を意味するものと説明される。しかしこれには根拠はないようである」。
それでは学級を意味する語と長椅子を意味する語が一致しているこれとまったく同じ現象がラテン語のlocaという語にも見られることをどのように解釈すればよいだろうか。組織の命名行為が装置の名称に規定されていたとすれば、学校に関わる語で室や装置と組織の名称が重なる言葉、例えばラテン語のschola、lectio、英語のclass、standard等の存在を容易に説明できる。
「スタンダード」は学級番号の札を立てる支柱を意味する。ジョセフ・ランカスターが一八一八年に『初等課指導システムのマニュアル』で示したモニトリアル・システムによるスクールルームにも、生徒が使う机の端部にローマ数字の札がついた支柱が存在した。スタンダードという語が学級を意味するようになるのは、このモニトリアル・システムの実践の中からであった。助教制と訳されるこのモニトリアル・システムは、学校という制度/施設の長い歴史的変遷の中でこれまで存在した最も洗練度の高い技術であり、実践である。正教師=マスターが比較的優秀な年長の子供をモニターに任命し、学を授け、その内容をモニターがさらにより年少の子供へ指導するという教授法。一九世紀前半を通して欧米とその植民地の教育界に多大な影響を与えた事実からすればランカスターを教育界のフレデリック・テイラーと呼ぶことができるだろう。
モニトリアル・システムの理念型を明らかにしよう。まずマスターはスクールルームの端に立ち、今で言う教壇の位置に立つ「秩序モニターの長(Monitor General of Order)」を監督する。さらに「秩序モニターの長」は、机の端部にいる各学級のモニターと、三〇人余りの少年たち全員を掌握する。短冊型に並んだこのような机+椅子の配置はこの時の発明品である。フーコー的に言うならば、教場内部の教具の配置はスクールルーム内を一望のもとに掌握する目的をその起源に持つ、教授の原理であると同時に規律維持の原理であった。入学間もない子供たちは最前列で「砂机」を使って授業を受けるが、年長の生徒は手に石板を持って、筆記の授業をする。それ以外の授業ではドラフト・ステーションと呼ばれるスクールルーム側壁に配される半円の領域で、対面式の一斉教授(simultaneous instruction)が行なわれた。自習形式が最も一般的な学校での学習様式であった当時、今日見られる こうした一斉教授の形式も、これを機に開発が進んだ。
人間組織と装置の関係という点から言えば、その最も発展した形式は今日日本における大手予備校の建築に見ることができる。教室は二〇一とか三〇五としか呼ばれず、組織を表象しない。当然それは本質的に公学校とは授業形態が違うからだが、人間組織が集団という形態をとらず個々が流動的に移動することを保証する単なる約束事になると、装置や房の命名は単にナンバーでしかあり得なくなり、人間組織は辛うじて持っている教材程度でしか把握できなくなるということがここからわかる。加えて教室内には可変のテレビカメラが備えられ、講師の教授内容と生徒の反応、学習状況がリモートコントロール操作で建物内の中央管理室にモニターされる。講師の契約更新の際の査定根拠となるわけである。こうして選別されたごく少数の講師によって全国の教室を運営するために、衛星回線を使ったテレビによる一斉教授が行なわれる。ここまでくると学校に通う必要もなくなるようだが、生徒の反応とチュートリアルを最も効率的に行なうためにはランカスター以来の一斉教授の教室形態は現代においても有効である。
ランカスターはこうして建築家に高度なシステムの一撃を食らわせた。"A place in its place"という彼の言葉によって、学校のプログラム論は、その内部の往復運動の中に閉じられている(O)。

モニトリアル・システムによる教室内部の様子。向かって左、机の端に「スタンダード」が見える

モニトリアル・システムによる教室内部の様子。向かって左、机の端に「スタンダード」が見える

ドラフト・ステーション及び机を使っての学習の様子

ドラフト・ステーション及び机を使っての学習の様子

『ザ・ウォール』(一九七九年) 
忘れられないシーンがある。ピンク・フロイドの映画『ザ・ウォール』の一場面だ。子供たちが行進をしながら歩くと、いつの間にか、のっぺらな顔となって机と椅子に固定され、ベルトコンベアーで運ばれる。やがて彼らは歯車の回転する機械に、ストンと落ちていく。そして次の映像は、下の方でゆっくりと出てくるミンチ状の肉なのだ。背景には、僕たちは教育なんか欲しちゃいない、所詮、みんなは壁の中の煉瓦のひとつに過ぎないんだという印象的なリフレインの歌〈アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート㈼)〉が流れている。学校と工場の類似を明確に示したものだ。ところでピンク・フロイドは、自己を囲む境界の意味としても壁を使っている。それはセルに他ならず、結局、映画の主人公は独房に閉じ込められた囚人なのである。映画では壁を壊し、その外側に行くことがテーマだったように思う。が、本連載は、ピンク・フロイドの詩にも出る「壁の落書き(the writing on the wall)」から、むしろヴィドラーの書名である『壁のエクリチュール(the writing of the wall)』に向かう。煉瓦もまた言説の形態とみなし、ビルディング・タイプを造る言説を求めて(I)。

主要参考文献
Malcolm Seaborne.The English School - its architecture and organization ,Volume I II, London 1977.
Joseph Lancaster.The British System of Education,1812.
フィリップ・アリエス『〈子供〉の誕生』(みすず書房、一九八〇年)
A Century of Childhood 1820-1920, The Margaret Woodbury Storong Museum, Rochester/New York ,1984 .
(おおかわ  のぶゆき/建築 いがらし  たろう/建築史)

*この原稿は加筆訂正を施し、『ビルディングタイプの解剖学』として単行本化されています。

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年生
東北大学大学院工学研究科教授。建築史。

>大川信行(オオカワ・ノブユキ)

1968年生
建築家。

>『10+1』 No.05

特集=住居の現在形