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スタルク・デザイン | 沖健次
Phillipe Starck Design 1980-1994 | Oki Kenji
掲載『10+1』 No.02 (制度/プログラム/ビルディング・タイプ) pp.11-16

現代社会におけるひとつの特性として、デザインによって表わされてきた現象のようなものがある。それは、デザインの力あるいはデザインによって築かれてきた人間の感性的欲望の総称のようなものである。それらは、幾世代もの人間の進化と経験の過程により蓄積され変化したものであるのだが、デザインという現象を作り出すデザイン自身も、同様のプロセスを辿ってきている。現代のデザインに限って言えば、その出発地点を一九〇〇年代初頭の近代デザイン運動の始まりの時期としてみると、それは装飾を否定しようとした時である。モダニズムが装飾を切り捨てたことによって、抽象的な機能の図式が浮かんできた。それらは、概念的なデザインや、それ以前のデザインを背景として、新たな形式(様式、技術等)で構成されるデザインの形を生んできた。また、テクノロジーや比喩の対象の変化によって、デザインの意味の変化が、次々と現われてくることともなった。このようなデザインの変化や発生の過程には、急速に発展した「メディア」も大きく関わっていたことも重要な点である。いずれにしろ、ひとつのデザインがある現象を導き、さらに、次の新たな現象を発生させるといった、多重螺旋状に複雑に構成され、重層する事象の数だけデザインも現象も存在しているといえるだろう。本稿ではそれらの全てを検証することは不可能だが、現象のひとつとなった「フィリップ・スタルクのデザイン」を取り上げることによつて、社会全体に通底するデザインの欲望、あるいは無意識の構造を探り出せればと考えている★一。

有用なオブジェ

スタルク・デザインの評価を一気に高めたのは、一九九〇年にアレッシ社から発表されたレモン絞り器〈ジューシー・サリブ〉である。それまでにも話題の作品や、彼のデザインを目にしてきた人は数多くいた。しかし、スタルクの評価と人々の欲望とが一致したのはこの作品からだろう。はじめ、これを目にした多くの人は、これは「何だろう」と思い、その不思議な形に惹かれ、次に「え、これがレモン絞り器」と理解し、納得をする。そして高品質でリーズナブルな値段を見て、購入する動機付けが整うのである。この構図こそが現代人が求めていたものであり、スタルクが意図したものであった。しかし、多くの人はレモン絞り器を買ったのではなく、「物」を買ったのである。レモン絞り器として納得はしているものの、強く意識を揺さ振ったのは、その過去とも未来ともつかない生物体を思わせるフォルムであったはずだ。形を通して感じる「物への愛」、とでもいったフェティッシュな感覚である。このフェティシズムこそが、近代デザインの産業構造を否定したところに始まったスタルク・デザインの魅力となっている。近代デザインが目標とした、高い生産性と低価格、高品質は自らその方向性を限定していった。すなわち、最大公約数的なデザイン・イメージと、生産性向上のための形態であった。それを否定するかのような彼のデザインは、三原昌平が分析したように「非対称形」「非回転形」「不安定」「非均一」「偏向偏厚」「不統一」「自由曲面」によって構成されている。また、恣意的とも思えるフォルムは、彫刻的で象徴的なものさえ感じられてくる。これらはまさに反近代的デザインである。そのことでより高まったオブジェ性は、物への偏愛を強く抱かせることとなっていったのである。話はそれるが、日本人にとってこのような彫塑的で三次元的立体感覚の乏しさは、殆どオブセッシブなコンプレックスとなっている。
この〈ジューシー・サリブ〉が爆発的なヒットとなったのには、オブジェとしてのフォルムの魅力の他にもうひとつの要素が働いていた。「これはデザインである」といった認識である。生活用品としてデザインされた記号的な意味での「有用性」としての了解であった。実際に使用してみると、十分にその目的を果たしてくれるとは言い難いが、これはあくまで「レモン絞り器」である。購入しようとする人にとってこれは重要な点である。無用な物ではない、今は使わなくともいずれ役に立つかもしれない物、であることの認識であり、「有用なオブジェ」としての位置付けである。「有用なオブジェ」という発想は、この〈ジューシー・サリブ〉を発売しているアレッシ社が、一九八〇年代の初め一一人の建築家を集めて行なった「ティー&コーヒー・ピアッツァ」プロジェクトに既に見られていた。しかしこの建築家たちの作品は十分に優れたものとは言い難かった。それは建築的なオブジェとして、建築家の作品の代用品的なものであり、形と機能との間に新たな発見等何も無かったからである。しかし、当時そのような作品は、マイクロアーキテクチャーと呼ばれ人々の話題にはなっていた。そのようなことを経験して慣らされた感性を持った人々にとって、スタルクの「有用なオブジェ」は熱狂的に受け入れられたのである。形態と機能のモダニスティック(合理的)な融合ではなく、遊離した関係での一致は、快感であると同時に驚きでもあった。つまり、これはモダニズムのドグマやポストモダニズムの記号性を、アートとデザインの、無用と有用の桎梏を、軽々と超えてしまったのである。
スタルクにとって完全なオブジェを目指すことは、とりも直さず人々に奉仕することであるという考え方に基づいている。また、オブジェが有用なものとして認知されるには、確実にプロダクションされるものでなければならなかった。それはイタリアにおけるアヴァンギャルド・デザイナーのように、デザインを革新させる表現行為として創られた、一回限りの概念的作品であってはならなかった。無論、ドイツ・デザインのように合理的で調和のとれた「良い」だけの物であってもならなかった。スタルクのこうした考え方の背景をなしていたのは、飛行技師であった彼の父親から教わった「良い趣味(Bon-Go柎)の活気の無い仕事よりも、創造上の間違いを犯すほうが価値がある」という、強い確信のようなものであった(あるいはフランス人が持つ「シトロエン精神」)。
スタルクにおける「奉仕するデザイン」とは、人に対しての利便性や価格だけではない「人間の内面に与えるエモーショナルなもの」である必要があった。また、それ以上に「エコノミー(節約)」の大切さも彼は語っている。材料の節約、重量の節約、コストの節約、さらに形の節約である。そして、そこから生まれてくるエレガントな美を求めることであった。
これは、一九八〇年代のデザイン状況のなかでは希少なことであったが、彼にとっては逆にそれが有利な方向に働いた。当時、イタリアを中心としたオブジェクティブ・デザインの多様な表現性は、消費者を置き去りにしたデザインのためのデザインの感があった。表現は過激になり、差異が失われていくと同時に、日常的な生活環境からもますます遠退いていった。そんな中でスタルクのデザインは、シンプルで利便的な機知に富み、一般的な生活感覚には合っていた。デザインの記号的な面においては、秩序を否定することなく、アナロジーの論理によって、現実のひとつの次元から他の次元へと転位することを可能にする思考方法を含んでいた。すなわち、椅子はあくまでも椅子の形態をして(決して椅子の骨格や構成によって人間の身振りを強制することはなく)、明確な構造と機能を保証する部位と、オブジェクティブ(感応的)な表現性を持った異なった二つの次元を、同一の構造体の中でワープさせているのである。スタルクの有用なオブジェは、近代デザイン主義のパラドックスをやすやすと超えてしまったのである。
このことが、彼のデザインの中でも椅子に多く見られるのは、椅子が成立する下地には、社会的な面と身体的な面があり、それらが複層したところにデザインが生まれるからである。社会的、文化的な側面ではシンボル性や批評性、知性が表わされ、身体的な側面では身体のさまざまな活動と身振りによって機能性が表わされてくる。
例えば、彼のデザインの中で、〈J(Serie Lang)〉という椅子がある。人が座る前面の座と背は、皮で張りくるまれた通常の安楽なアームチェアーであるが、背後は鋭利に切り取られ、一角獣を思わせる角が後脚として取り付けられている。それは、椅子という記号が慣習的に持っているイメージに、獣を思わせるアナロジーが与えられることになるわけだが、そのことによって生じた二重性に、人は混乱と驚きを持つのである。
また、〈Mr. Glob〉という椅子は、スチールとポリプロピレンの非常にシンプルな構成によって造られているが、座面の先端に僅かなウェーブが付けられ、身体を誘う記号としてデザインされている。実際の座り心地をともなわない視覚的な触感を与えることによって、座りよさを暗示しているのである。これはデザインのトリック(嘘)である。
八四年に〈リチャード三世〉と名付けられた、エリゼ宮のミッテラン大統領のためにデザインされた椅子がある。スタルクの真価を最も早くに発揮した作品であった。スタルクは、これについて次のように言っている。「この椅子はパリの塵捨て場に積まれていたクラブの椅子からヒントを得て、これこそフランスで最もポピュラーな椅子ではないかと考えた」ところからアイデアを導き出したと。その真意はさておいて、この椅子も正面から見ると、ゆったりとした平凡なアームチェアーだが、通常なら座り心地を保持するためのスプリングやクッションを内包した本体が完全に抉り取られ、正面からの形骸だけを残して全体が軽やかに浮遊しているのである。平凡な形で中身の無い脱け殻のようなデザインは、一国の大統領の椅子としてはあまりにもアイロニカルである。権力を象徴する椅子からまさに(重)力が脱色されているのである。

ジューシー・サリブ

ジューシー・サリブ

J(Serie Lang)

J(Serie Lang)

Mr. Glob

Mr. Glob

リチャード三世

リチャード三世

このように社会的、身体的レトリックを持った椅子は、明らかにモダンデザインのそれとは位相が異なり、どこかユーモアとウィットに満ちている。にもかかわらず、その構成、思考方法はミニマリスティックである。しかし、シンプルで明快な二元的構成は、オブジェ的な要素を演出するには都合が良かった。またそれは、現代社会に生きる人々の心情とも一致していた。全体のシンプルな構成と、オブジェクティヴな要素の関係を社会と個人の関係に重ねていたのかもしれない。これは彼が日常性と非日常性、普遍性と固有性、保守的な身体性と新しさを求める精神性、といった対立するもの同士の同時存在の中に、現代社会の底辺に流れる人々の無意識の構造を見ているのかもしれない。ボーダレスで無秩序の状態が放置されることではなく、それらを取り結ぶ媒体を、新たな関係性の中で希求している、人々の欲望なのである。
それは、デザインが安易にアートに接近して混乱することを周到に回避したスタルクの先見性でもあった。時代の流れを巧みに避けながらも人々の意識や無意識とは同時代的であった。また、いわゆるデザイン界の潮流とは一線を画してきた彼は、純粋なモダニストでもなければポストモダニストでもない。ましてやアヴァンギャルド・デザイナーでもない。つまり、デザイン・エリートとしての道を選択してこなかったのである。強い固有性を先鋭的に表現してきた秀れた偉大な先人たちは、われわれに豊かなイマジネーションと新しい概念を、そして社会性(批評性)を与えてくれた。同時に洗練された道具(デザイン)や、デザインの意味を進化させることにも十分すぎる貢献をしてきた。しかし、それはわれわれが日常生活を営む上で必要とする感性やコミュニケーションではなかったことを、スタルクは感じとっていた。いつも世界への違和感を持ちつづけた彼の経験は、人々の意識にいかに入ることができるかを考えていたのである。既に、デザインが社会の大きな力となっていた状況下で、スタルクは、秀れた先人達が用いた方法論を学習して、異なった意味でのラジカルなデザイン行為を行なったのである。それはメディアの活用であった。「メディアに順応することができる家具でなければならない。つまりフォトジェニックな物であり、常にビジュアルな面で面白くなければならない。それが長く生き残る唯一の条件である」と述べ、デザイン専門誌や一般のメディア以外にも目を向けていった。通信販売ネットワークの利用である。トロワ・スイス社というフランス最大の通信販売会社は、四〇〇万部のカタログを発行して、二〇〇〇万人の読者がいる。デザインの消費者の側へ直接向けられた、最大のメディアである。スタルクとの対談の中で倉俣史朗が「ラジカルといえば、ひとつの作品を作ってメディアに流す、それもひとつの方法だと思いますが……今度はもっと消費者のなかに入っていこうとする、そういう行為事態が、今ラジカルなんじゃないかな……」と述べているように、販売メディアの活用がデザインを通して人々の意識を変化させる最も有効な方法であることに気付いていたのである。また、それは人々の意識の状態を知る上にも重要な手掛りとなることも感じていた。
スタルクは、九四年の六月に、新たに通信販売によるデザインの展開を行なっている。マルク・アントワ ーヌ・ロージュの「プリミティヴ・ハット(原始の小屋)」を想わせる裸の樹木をそのままに用いた、別荘のデザインである。この四九〇〇フランで売られた図面集は、購入者が自由に業者に依頼して建築できるようになっている。完成された製品ではなく図面を売っているのである。ある意味では、デザインを売っているのではなくコンセプトを売っているのだ。表現されたデザインの意味や形式の完成度を問題にしたのではなく、デザインを通して得られる生活様式の変革こそを、問題にしている。これは、デザインを通して人々に与えられるものとは何か、を模索してきたスタルクの新たな実験である。
デザインが本来的に持っている実体的な機能性や、メトニミー、メタファー等のレトリカルな文化的記号性等と共に、人々の多様な欲望が作り出すデザインの現象は、人間の意識を変化させる無意識の構造となっていることは確かだろう。しかし、一方にデザインを手放しに信じてはいない側面も残されている。それは、感覚的価値と実体的価値との遊離である。デザイン的な価値を判断する感覚と、実体的な価値を求める使用性との間を揺れ動く、人間のエゴイズムかもしれない。「有用なオブジェ」にはそれが顕著に現われてくる。アレッシ社等の「日用品のオブジェ」としての製品が、日常生活の中で実際に使用されるよりは、インテリアのオブジェとして用いられる例を多々見かけることがある。購入するが実際の機能としては使用されず、視覚的に使用されるだけである(デザインが如何に視覚的な使用感を購入動機にしているか考えてみるべきである)。所有(購入)することと使用すること、(購入したものの)否応なく使用することと使用したいこと、との間に生じる感覚的なズレである。デザインから実体が抜け出たこのような例は昔からあった。皿を飾ったり、壷を置いたり、装飾性の強いものほどその傾向は強くあった。日用品が芸術に近づくという意味では「工芸」に近いものがある。家具等を含めて日常空間を構成する道具は、使用されているよりも使用されていない時間の方が長いからこそ、機能していないときには、人々に美しさを提供する役割を担っている。そうなると、デザインも人間の感受性や精神に奉仕するものとして「装飾的」な要素を帯びてくる。それは、現代社会においては、秀れたデザイン性を持った「有用なオブジェ」であればあるほど、相対的に装飾性が強くなってくる。結局は、装飾を否定したモダンデザインも人々の合理的な思考の上に了解された装飾となってしまう。そしてそのような、デザインという装飾に囲まれたライフスタイルによって生じる感受性の変化は、われわれの生活に何をもたらしてくれるのだろうか?
今日において、新しい装飾という概念がデザインによって形成されていくのであれば、人間が生きていくうえで、ポジティブな総体として働いていかねばならないだろう。それには、人間の知覚により深く関わり、実体的な感覚をともなって認識されるものでなくてはならない。視覚に依存したデザインではない、より触覚的で、聴覚的なものである必要性が求められているのではないだろうか。使われないものをデザインとして売ることの偽善や、所有することの虚飾は、デザインを行なう者にどこか残された問題でもある。
「デザインは教育である」といったスタルクの言葉のなかには、デザインの意味や感動が、人間の精神活動の中で蓄積されていく記憶や感覚の進化の過程における、「良質な因子」として働いてこそ意味をもつ、と同時に危険性を併せもっていることも、示唆しているのであった。

スタルクの新しい別荘における試みは、物が人に使われること、使われて成長変化することのダイナミズムを含み込んだ生活様式の提案を、「元型アーキタイプ」的な形として表わそうとしている。デザインが真に人間の生活を支える物となることの意義を、実感として捉えてみたいと考えたからかもしれない。
スタルクは常に、生活する人間の現実を見据えたところから出発し、人々の無意識に潜む、見えない欲望を表わしてきた。物を消費することの上に成り立った現代社会と人間の間に入り込んで、弁証法的にデザインを行なってきたのである。それはまさにトリックスター的な行為である。かれのデザインに度々見られる、彼が「旗」と呼ぶ自由曲線や角を思わせるかたちは、現代的な感覚領域においては、ジョークとも機智とも見えてくる。メアリー・ダグラスはジョークとは「形」に仕掛けられた遊戯である、と説き、「ジョークあるいは機智とは、一つの〈かたち〉に結びついている〈内容〉を抜き取り、これを破壊し、一瞬のうちに〈かたち〉を〈かたち〉と見なされぬ物に転化させ、本来全く相反する、日常生活のコンテクストでは考えられぬ〈内容〉を、その際生じる空隙の中にすべり込ませる作用に他ならない。すべり込ませられる事象、それは潜在的リアリティに他ならない」★二と、続けている。
スタルクのデザインは、現代社会と人々の意識の空隙に入り込んで、ある時は人々の小さな欲望をゆるやかに叶え、ときには「衝撃的効果」を伴って、われわれの意識を過激に揺さ振り、われわれの現実を構成する原理を、他の現実へ直面させ、有効性を失うような場へと変換させたのである。
スタルクは現代の資本主義社会の中にあって、消費されていくデザインの宿命にむやみに対抗するのではなく、空虚に陥ることもなく、むしろ、ヒステリックと思えるほどに執拗に自らのデザインを提出してきた。それは、自らの経験の真実をくり返し説く救世主のようでもあるが、同時に詐欺師のようでもある。彼のデザインによって変化したわれわれの意識や感受性を、こともなげに彼自身のデザインによって全く異なった現実へと直面させるのである。だが、直面させられたその現実こそが、無意識のなかに潜んだわれわれの欲望の形なのだ。このようにして彼は、われわれの意識の空隙に入り込み、無意識へと働きかけてくる両義的知性をもった、搾取者でありながら贈与者、あるいは批判者でありながら創造者として存在した。まさに「現在」を糧として生きる道化=神=クリエイターである。
彼が現代の多様な文化構造のなかをさまよい、新しいイマジネーションを求める精神の狩人であり続けられるのは、われわれの社会が不可視で不明確な、認識することのできない時代精神に支配されているからに他ならない。だからこそ、スタルクをはじめ多くのデザインを経験したわれわれは、いま、デザインをデザイン自身によって超えなければならないときに来ている。デザインが、物や形に不可避的に現われてくるものとして「社会 — 人 — 機能」という図式の上で、弁証法的に成立していくことではなく、デザインそのものが新たに存立することの可能な地点を「無用なデザイン」(メタ・デザイン)によって見出されることが待たれているのである。


★一──本稿は、『imago』特集:デザインの心理学(青土社、一九九〇年九月号)で、多木浩二八束はじめ伊藤俊治氏によって討論された「デザインのリビドー」を出発としている。
★二──ポール・ラディン他『トリック・スター』皆河宗一他訳(晶文社、一九八〇年)三〇二頁。

スタルク・デザインの全容とも言える一九八〇年初頭から現在に至るまでの、七ヵ国二〇数社によって商品化された全製品の一覧表である。彼のデザインは実に様々な領域にまで及んでいるが、ここには含まれなかった、建築、インテリア、インスタレーション、ヨット等のデザインも数えればゆうに一〇〇を下らないという。まさにパスタから都市計画までである。この表から気が付くことは、スタルクのデザインに時代的な変化があまり無いこと。スケールメリットをデザインとして表現していないこと(NON SCALE)。デザインのスタイルや思考方法に大きな変化はなく、ほぼ同一的な構造を持っていること。デザイン的アイデアは「旗」と呼ぶ、自由曲線によって強調されている、等があげられる。さらに付け加えれば、これらのデザインから受ける意味の構造も、同様のシンタックスで構成されていることである。いずれにしろ、わずか一〇数年間でこれ程の数のデザインを行なったスタルクは、現代資本主義社会構造の申し子とも言える。                                                  

>沖健次(オキ・ケンジ)

1950年生
ジ・エアー・デザインスタジオ主宰 東京造形大学デザイン学科助教授。インテリア・デザイナー。

>『10+1』 No.02

特集=制度/プログラム/ビルディング・タイプ

>多木浩二(タキ・コウジ)

1928年 -
美術評論家。

>八束はじめ(ヤツカ・ハジメ)

1948年 -
建築家。芝浦工業大学建築工学科教授、UPM主宰。

>伊藤俊治(イトウ・トシハル)

1953年 -
美術史。多摩美術大学教授。