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アルゴリズム的手法によるフォームの生成 | 柄沢祐輔
The Becoming of form of Architecture through Algorithmic Method | Yuusuke Karasawa
掲載『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) pp.167-172

1 アルゴリズムによる思考とフォームの提示

かつてルイス・カーンはフォームを提示することが建築の目標だと語った。私はこのフォームと呼ばれるもの、建築を構成する論理や見えない形象そのものをクリアに提示するためにコンピュータ・プログラムを用いたいと思っている。空間を構成するプロポーションやマテリアルの素材感、ディテールや表層的な技巧の数々。それらは建築を構成する不可避の要素かもしれない。しかしそれらを超えて、建築を生み出す思考を生々しく提示することはできないだろうか。その思考や論理そのものを提示して、建築を組上げること。建築のなかから建築を構成する論理と純粋なフォームを取り出して、それ自体をコンピュータによって純粋に対象化しつつ思考の実現としての建築をつくりたいと思っている。

2 「尾山台の家」──非ユークリッド幾何学とユークリッド幾何学のモーフィング

「尾山台の家」のコンセプトは、「非ユークリッド幾何学」と「ユークリッド幾何学」のモーフィングによる空間を実現することにある。通常私たちの世界を眺める知覚はユークリッド幾何学によって規定されている。カントは人間の知覚が世界を構成するという事実を『純粋理性批判』において述べているが、そこでの人間による世界の知覚のベースとなるものはユークリッド幾何学の体系だった。カントにとってはユークリッド幾何学として表象される数々の認識のカテゴリーが、人間による世界の像を構成するための契機とされる。そこではユークリッド幾何学の外部は存在せず、ユークリッド幾何学の体系として表象されえないものは「物自体」という言葉によって人間の知覚が及ばない領域として措定される。そこでは自然の複雑さは極度に抽象化され、認識の外側へと排除されていった。人間の世界を眺め主体によって世界を構成する眼差しは自然の複雑性を捨象したユークリッド幾何学、あるいはデカルト座標系に完全に依拠したものとなっていることが、近代という時代のその始まりから明示されているのである。対して、一九世紀の半ばにN・I・ロバチェフスキーとベルンハルト・リーマンによって発見された非ユークリッド幾何学は、それまで絶対の公理系として存在していたユークリッド幾何学の体系が、唯一絶対普遍のものではなく、無限に多様な幾何学の形式の一形態であることを証明してしまった。
ここでユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学とは一体何かを説明すれば、その起源は紀元前三世紀のギリシア系エジプト人の数学者ユークリッドにより著された『原論』にまで遡る。現存する数学と幾何学体系の主要な命題が余すところなく網羅されたこの書物において、線分とは別の任意の点Pを通る平行線は一本しか引けないことが平行線公準として証明されていた。しかし一九世紀中葉にリーマンやロバチェフスキーによって発見された非ユークリッド幾何学の体系は、ある点に対して平行線が無限に引けるという幾何学の存在(ロバチェフスキー幾何学の体系)を証明し、そして他方では平行線が一本も引けないという幾何学の存在(リーマン幾何学の体系)を証明してしまった。いわば紀元前三世紀から始まる人間の空間認識を根底から覆す、幾何学の分野の発見が行なわれたのだった。その発見はカントールの集合論の発見などに代表される一九世紀末の数々の数学の形式上の刷新と結びつき、二〇世紀初頭におけるアインシュタインの相対性理論の発見へと連なる科学史における巨大な水脈を形成するだろう。よく知られるようにアインシュタインの相対論により記述される世界観は、重力によって歪んでいく空間の姿であるが、非ユークリッド幾何学とは、その歪んだ空間を記述する唯一の方法として用いることが可能な体系である。
ここで私は、その非ユークリッド幾何学を自在に制御するコンピュータ・アルゴリズムを独自に考案し、そのアルゴリズムに基づいてソフトウェアを実装してみた。そしてそのコンピュータ・アルゴリズムが生み出す非ユークリッド幾何学による複雑かつ多様な視覚的図像を、建築を構成する潜在幾何学ジオメトリーとして利用し、建築を設計することを実験してみたのである。通常私たちが建築を構成する際に無意識に敷衍する幾何学は、紀元前三世紀にその体系が発見されて以来ユークリッド幾何学に基づく方法論である。ギリシア以降に一般化したこの幾何学の体系は、ルネサンスにおいてはパラディオやアルベルティによって建築を構成する際の潜在幾何学として用いられ、彼らによって定式化された方法論は以後四〇〇年間に渡って建築を構成するルールとして支配的なものとして用いられた。都市計画においてはルネサンス期に提出された星型の理想都市のモデルがバロック型放射状都市のモデルへと展開し、それがオースマンのパリの大規模再開発におけるブールバールとして結実してゆく。さらにはその論理は近代においては均質空間の空間構成として受け継がれてゆくだろう。この建築史を長きにわたって支配し続けたユークリッド幾何学の体系とはまったく別の系として発見された非ユークリッド幾何学を、独自のコンピュータ・アルゴリズムによって制御し、そこからジオメトリーを抽出し、それに基づいて建築を構成すること。「尾山台の家」のプロジェクトにおいては、そのような目標が設定された。
この住宅においては、人間の空間認識として連綿とつらなるユークリッド幾何学のジオメトリーと、カントの言葉に従うならば認識の外部にある自然そのものの絶対的な多様性、いわば物自体として存在する非ユークリッド幾何学のジオメトリーがそれぞれ床と天井に配置され、居住空間はその二つの幾何学をモーフィングしながら生成されたものとして設計されている。いわば私たちの認識を拘束するユークリッド幾何学と、より多様な世界の姿として私たちにとり手が届かない非ユークリッド幾何学のあいだに居住空間を設計することにより、その二つの世界の対立と葛藤のなかで生きざるをえない人間の姿について意識を開くための空間を用意したのである。私たちの認知が及ばない自然がもつ複雑な非ユークリッド幾何学のジオメトリーにより構成された天窓から零れ落ちる光は、モーフィングし褶曲する壁を優しく照らしながら住み手の身体に降り注ぐだろう。しかしこの住宅の住み手はユークリッド幾何学によって床面が厳密に制御された空間の中で生活を営まざるをえない。その日常の空間知覚における葛藤が、ユークリッド幾何学ならざるものへと意識を跳躍する契機となるならば、ささやかなこの住宅のプロジェクトは目標を達せられたことになるだろう。

3 非ユークリッド幾何学CADソフトウェア

「尾山台の住宅」の設計にあたって、そのコンセプトを忠実に表現するために非ユークリッド幾何学を実際に制御するCADの開発を行なった。非ユークリッド幾何学を自在に制御する方法論は通常の物質的な記述方法、つまりは二次元的なノーテーションの方法としては存在しないが、コンピュータ上でそれらを自在に制御する方法論として、ユークリッド座標平面に基づく仮想二次元空間と、その背後に非ユークリッド幾何学の線分が乱舞する仮想三次元空間の二つのレイヤーをプログラム内部で用意し、その往復関係を射影幾何学とともに展開するアルゴリズムを提案した。実際にはその二つの次元を取り結ぶ写像関係を記述するために、ここではウェーブレット変換関数を用いて、非ユークリッド幾何学のジオメトリーを制御・生成している。このプログラムのベーシックなアルゴリズムは柄沢により提案されたが、ウェーブレット変換関数の定義とそれに基づく作動メカニズムおよびプログラムのコーディングは友人のプログラマー、松山剛士氏による。

秋葉原駅前の再開発プロジェクト──フーリエ変換による人工地盤 秋葉原の駅前の再開発プロジェクトである。敷地はJRの高架下に広がる全長200m、約4500m²文字の土地である。この場所に大型の商業施設を設計することを依頼された。この提案のコンセプトは、フーリエ変換の技術によって音楽をサインウェーブの波形データに変換し、その波形データを断面としながら回転させることにより周期的なパターンを作成し、人工地盤をつくることにある。 ふくらんだ部分には歩行者用の回廊が連なり、へこんだ部分に小型の店舗が高密度に入居する大規模商業空間の提案である。いわば刻々と変化していくフーリエ変換のデータの波が周期的に上昇と下降をシステマティックに繰り返すことにより、あたかもイスラム圏の伝統的なスーク(市場)などに代表される古来からの高密度な商業空間を再定義したものである。おそらくは数学的な手法にもとづくこのような空間構成によって、伝統的な市場や集落などの空間構成を全く新しい形で再定義することが可能になるのではないかとも感じている。その際にフーリエ変換などによって定義された自然と人工の中間のデータは、私たちの建築の通常の創作では用いられないパラメータとして建築の造形と空間を定着させることになるだろう。

秋葉原駅前の再開発プロジェクト──フーリエ変換による人工地盤
秋葉原の駅前の再開発プロジェクトである。敷地はJRの高架下に広がる全長200m、約4500m²文字の土地である。この場所に大型の商業施設を設計することを依頼された。この提案のコンセプトは、フーリエ変換の技術によって音楽をサインウェーブの波形データに変換し、その波形データを断面としながら回転させることにより周期的なパターンを作成し、人工地盤をつくることにある。
ふくらんだ部分には歩行者用の回廊が連なり、へこんだ部分に小型の店舗が高密度に入居する大規模商業空間の提案である。いわば刻々と変化していくフーリエ変換のデータの波が周期的に上昇と下降をシステマティックに繰り返すことにより、あたかもイスラム圏の伝統的なスーク(市場)などに代表される古来からの高密度な商業空間を再定義したものである。おそらくは数学的な手法にもとづくこのような空間構成によって、伝統的な市場や集落などの空間構成を全く新しい形で再定義することが可能になるのではないかとも感じている。その際にフーリエ変換などによって定義された自然と人工の中間のデータは、私たちの建築の通常の創作では用いられないパラメータとして建築の造形と空間を定着させることになるだろう。

ウェブデザイナーのためのオフィス・インテリア──素数グリッドによるジオメトリー 若手ウェブデザイナー集団のためのオフィス・インテリアのデザインである。依頼内容はメンバー全員で打ち合わせをするためのミーティングテーブルを空間の主要エレメントとしてデザインして欲しいというものだった。ここで提案しているのは「素数のグリッド」という一辺が素数によって構成され、さらには周期性をもつジオメトリーによるテーブルである。一見ランダムに見える岩の塊のようなこれらの物体の一辺は厳密に素数で定義されており、その素数のネットワークによってジオメトリーが構成されているが、その素数ジオメトリーにはエッシャーの絵画のように周期性を与えられており、無限に展開可能である。いわば均質なデカルト・グリッドに代わるオルタナティヴなジオメトリーとしての素数のグリッドを提案している。今回はその一部分をテーブルのパターンに応用し、個人がばらばらに用いることもでき、またミーティングの際にはまとめて一体のテーブルとして用いることもできるオフィス・インテリアを提案した。このジオメトリーは「フォーム」としての汎用性があるため、さまざまな用途に応用できるだろう。

ウェブデザイナーのためのオフィス・インテリア──素数グリッドによるジオメトリー
若手ウェブデザイナー集団のためのオフィス・インテリアのデザインである。依頼内容はメンバー全員で打ち合わせをするためのミーティングテーブルを空間の主要エレメントとしてデザインして欲しいというものだった。ここで提案しているのは「素数のグリッド」という一辺が素数によって構成され、さらには周期性をもつジオメトリーによるテーブルである。一見ランダムに見える岩の塊のようなこれらの物体の一辺は厳密に素数で定義されており、その素数のネットワークによってジオメトリーが構成されているが、その素数ジオメトリーにはエッシャーの絵画のように周期性を与えられており、無限に展開可能である。いわば均質なデカルト・グリッドに代わるオルタナティヴなジオメトリーとしての素数のグリッドを提案している。今回はその一部分をテーブルのパターンに応用し、個人がばらばらに用いることもでき、またミーティングの際にはまとめて一体のテーブルとして用いることもできるオフィス・インテリアを提案した。このジオメトリーは「フォーム」としての汎用性があるため、さまざまな用途に応用できるだろう。

>柄沢祐輔(カラサワ・ユウスケ)

1976年生
柄沢祐輔建築設計事務所。建築家。

>『10+1』 No.48

特集=アルゴリズム的思考と建築

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コンピュータによって問題を解くための計算の手順・算法。建築の分野でも、伊東豊雄な...

>ルイス・カーン

1901年 - 1974年
建築家。

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