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続「地図を描く身体」 :浮遊するナヴィゲーション──無線LAN網の普及と都市経験の変容 | 岩嵜博論
A Sequel to 'Drawing-Map Body' : Floating Navigation : The Spread of Wireless LAN and the Urban Experience Transfigulation | Iwasaki Hironori
掲載『10+1』 No.47 (東京をどのように記述するか?, 2007年06月発行) pp.141-143

ブロードバンド回線への接続方法として、無線LAN、あるいはWiFiと言われる無線通信によるネット接続が一般化して久しい。無線LANはその日本語名が示すように、家庭内や企業内のいわゆるLAN(Local Area Network)によ って広まった。近年、無線LANの位置づけは家庭に留まらず、都市を身体化する際の新たなツールのひとつとして重要性が高まっている。
無線LANの都市への普及は、ホットスポットや公衆無線LANと呼ばれる飲食店などに設置されたアクセスポイントとして広まり、現在では、駅の構内やプラットホームで利用することができるまでになっている。これらの動きの中で、都市へのインパクトをさらに加速させたのが、電柱にアクセスポイントを設けた無線LANサービス、「livedoorWire less」だ。サービス開始直後の一連の騒動によりインフラ整備が遅れたものの、二〇〇六年七月にはサ ービス開始時の目標であった二二〇〇のアクセスポイントと八〇パーセントのエリアカバー率が達成されている★一。
無線LANインフラの屋外への普及は、携帯電話より安価で高速なネット接続が都市インフラのひとつとして着実にその存在感を高めていることを示している。アメリカでは多くの都市が無線LA N網を水道や電気などの同等の社会インフラのひとつとして位置づけ都市全域をカバーする無線LAN網の整備を公的な事業として推進している★二。また、草の根的なインフラ整備としては、スペインのベンチャー企業「FON」が始めた事業も興味深い。これは、FONが提供する無線LANアクセスポイントを二〇〇〇円ほどで購入し、自宅のブロードバンド回線に接続することで、自分のアクセスポイントを他のFONユーザに開放する代わりに、FONによって開放されている他人のアクセスポイントを利用できる権利を得るというものである。公的機関や企業による事業とは対照的にあたかも自宅の軒先に鉢植えを置くような半公共性をもった活動は、インフラ整備の新たな地平を開くものだと言える★三。
これらの無線LANインフラの整備は、都市における物理的な情報提供構造を変えるとともに、人々の都市体験をも変革する契機となる。
無線LANが普及し始めた一九九〇年代後半から二〇〇〇年ごろに比べて、インターネットを取り巻く情報の質は大きく様変わりした。「YouTube」などに代表される動画情報のように、情報はより大容量かつ細切れなものが増加している。さらにCGM(Consumer Generated Media)と呼ばれる、「Wikipedia」などのユーザが作り上げる膨大な情報ストックも一般的な情報ソースのひとつとなっている。そして「Google Maps」などの地理情報コンテンツも充実し、最近では、Wikipediaの情報がGoogle Earth上のインデックスのひとつとして紐づけられ、地理情報インターフェイスとCGMの融合が進んでいる。
インターネット上の情報の変容とともに、情報の蛇口である機器類にも変化の兆しが見られる。従来のPCだけではなく、任天堂のWiiのような家庭用ゲーム機においても、Wiiチャンネルというインターネットを通じた情報提供が行なわれ、「みんなで投票チャンネル」のようなCGM的な側面を強く帯びたコンテンツも登場している。この傾向はモバイル端末においても同様で、NintendoDSやソニーのPSPなどの携帯ゲーム機においても無線LANのアンテナが内蔵され、都市に広がる無線LAN網を通じた、まさにユビキタスで恒常的なネットへのアクセスが可能になっている。
これらのネット情報の大容量細切れ+CGM化と汎用性の高い携帯端末から無線LANによるネット接続は新しいシナジーを生みつつある。Google Mapsなどの位置インターフェイスを通じてCGM的な飲食店などの情報を検索し、その都度行動を決定していくというようなことが現実化しつつある。いくつかの観光地において観光案内のためのPodcastがネットを通じて提供されているが、普段の都市生活においてもPodcastのようなストリーミングコンテンツを片手に持ちながら街を散歩するようなことが起こりそうな気配は十分にある。都市を包む無線LANインフラから提供されるさまざまな情報やコンテンツが、都市回遊のための杖のようになっていくことが想像される。
都市に普及する無線LANのCGM的な取り組みとして、ソニーコンピュータサイエンス研究所が中心になって開発した「PlaceEngine」の試みが興味深い[図2]。これは無線LANのアクセスポイントの位置からユ ーザの現在地を推測するというもので、新たに設置されたアクセスポイントの情報やそこから推測された位置情報はユーザからフィードバックされることで、より位置推測の精度を向上させるという点がCGM的な側面を持つ。GPSを使った位置測定は高精度が期待できるものの、衛星が測位できない上空が開けていない場所や屋内等では使えないという弱点があり、PlaceEngineはこれを克服するものである。PlaceEngineを利用するためのソフトはPC用のものに加え、ウ ィルコムのPHSやPSPで利用できるものもあり、情報端末の変化にも対応している★四。
PlaceEngineの事例が示すように、無線LAN網は情報の蛇口としてのインフラであるとともに、位置情報インフラとしての可能性も持っていてますます都市生活者の見えないナビゲーションの杖としての役割は高まりそうだ。携帯端末の先に広がるCGM的な膨大な情報空間と現実世界の間を行き来することで新しい都市のリアリティが浮かび上がる日は、それほど先のことではないのかもしれない。

1──山手線内のlivedoor wirelessのアクセスポイント網 livedoor wirelessのホームページをもとに筆者作成

1──山手線内のlivedoor wirelessのアクセスポイント網
livedoor wirelessのホームページをもとに筆者作成

2──米PlaceEngineによる無線LANによる山手線の位置ログ 無線LANの補足に失敗した一部箇所(目黒─品川間等)を除きほぼ正確に山手線の輪郭がトレースできている。 GPSを使った場合、線路周辺の建物の高いため、十分な衛星の補足ができず位置情報はほとんど取れない。 PlaceEngineとGoogle Earthのデータをもとに筆者作成

2──米PlaceEngineによる無線LANによる山手線の位置ログ
無線LANの補足に失敗した一部箇所(目黒─品川間等)を除きほぼ正確に山手線の輪郭がトレースできている。
GPSを使った場合、線路周辺の建物の高いため、十分な衛星の補足ができず位置情報はほとんど取れない。
PlaceEngineとGoogle Earthのデータをもとに筆者作成


★一──livedoor Wireless  http://wireless.livedoor.com/
★二──米国の大都市は、無線LANサービスの提供に夢中。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/news/060307_wireless/
★三──FON  http://www.fon.com/jp/
★四──PlaceEngine  http://www.placeengine.com/

>岩嵜博論(イワサキ・ヒロノリ)

1976年生
株式会社博報堂勤務。ストラテジックプランニング、イノベーションデザイン。

>『10+1』 No.47

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