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閉鎖環境居住を支える技術開発 | 小口美津夫
Technologies to Support a Closed Environmental Habitation | Mitsuo Oguchi
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) pp.138-140

人類は、探求心と欲望に満ちた生物だ。空気も水も食べる物もない宇宙という極限環境を初めて体験した人類は、旧ソ連のユーリー・ガガーリンだ(一九六一年四月一二日)。この時の滞在時間はわずか一〇八分であったが、その後、米国のアポロ計画による月面着陸の成功(六九年七月一二日)やロシアのミール宇宙ステーションでは四三七日間という宇宙長期滞在記録の樹立もなされた。また現在、国際有人宇宙ステーションの建設が進み、民間人が宇宙旅行で滞在もしている。さらに、今世紀中には、月面基地の建設、火星への有人飛行等も計画されており、大勢の人間が宇宙で自由に生活する時代を迎えようとしている。しかし、宇宙には水も空気も食べる物もなく、人間はどのようにして生きていけばいいのだろうか。

人工的な地球づくりへの挑戦

宇宙での生活には、食料、飲料水、酸素のほかにシャワーや洗濯などの生活用水を加えると、ひとり一日最低約三〇キロの物資が必要となり、一年間の滞在では約一一トンにもなる。今はすべて地球から運搬しているため、輸送コストが数百億円と膨大だ。また、人間が生活すれば必ず廃棄物が出るが、宇宙に捨てられないのでその処理も問題だ。そこで、人間が生活することによって発生する炭酸ガス、廃水、排泄物、残飯(生ゴミ)などの廃棄物から、酸素や水、食料などを作り、地球からの物資に頼らない自給自足型の生活環境、すなわち人工的な地球を創る「閉鎖生態系生命維持技術(CELSS: Closed Ecological Life Support Systems:セルス)」と呼ばれる技術開発が進められている。
宇宙では空気を確保したり、有害な宇宙線を防御することのできる閉鎖環境を作る必要がある。人間の生活できる環境を人工的に作ろうとすると、まず頭に浮かぶのが地球だ。地球も大気という空気の壁に囲まれた閉鎖環境だ。地球はバイオスフェア(生物圏)とも呼ばれている。この地球もひとつの生命体であるという「ガイア仮説」が提唱されるように、物理化学では証明が難しい物質の循環が行なわれている。宇宙で人類が生活できる環境を建設するためのデータを取ることを目的として、ロシアではBIOS-3[図1]、アメリカではBiosphere-2という実験施設が作られ、人間が入った閉鎖実験が行なわれた。ロシアでは三人が四────六カ月間、アメリカでは八人が二年間滞在した閉鎖実験であったが、いずれも自給率が一〇〇パーセントではなかった。特に、Biosphere-2では、酸素不足に陥り、途中で外から酸素を補給する結果となった。いずれの施設も、生物を中心とした人工的な生態系のため、周囲の環境(Biosphere-2では天候)に左右され、物質循環のバランスが崩れたのである。

1──BIOS-3での植物栽培 提供=JAXA

1──BIOS-3での植物栽培
提供=JAXA

人工的な地球のしくみ

では、人工的な地球をどうやって作るか。食料生産のためには植物栽培や動物および魚類飼育のように生物を使わざるをえないが、空気や水の再生および廃棄物処理などの環境制御は、迅速な処理と安定性に優れている物理化学的な処理法を使う[図2]。
①食料生産
初期の有人飛行の食事は、チューブに入った練り歯磨きのようなゼリー状の食べ物だった。しかし、今は地上の食事に近いものとなっているが、ほとんどはレトルト、フリーズドライ食品、乾燥食品などで、新鮮な果物や野菜類は補給に頼っている。閉鎖環境での人間の楽しみのひとつは食事である。従って、食料生産は精神的にも重要な技術だ。
宇宙で最初から豚や牛を飼うのは非現実的なため、動物性タンパクの生産は魚類が適している。植物栽培は、限られた空間を最大限かつ効率的に利用する必要があるため、人工照明による水耕栽培やレキ耕などの植物工場方式となる。稲の生育段階における炭酸ガス固定量や葉からの水の蒸散量を精度よく測定した閉鎖系での栽培実験では、露地で栽培するより一カ月程度短い栽培期間で収穫できた[図3]。しかし、植物は広い栽培面積を必要とするため、ガス交換能力だけではなく、タンパク質、ビタミン、ミネラルなどの栄養面で優れ、栄養補助食品としても利用されている藻類(スピルリナ)の利用もある[図4]。
食料生産では、栽培あるいは飼育技術だけではなく、限られた環境の中で栄養的に優れ、しかも、いかに楽しい食事を提供するかということから、どのような植物種や生物種を栽培・飼育するかの選定も重要だ。
②空気の再生
スペースシャトルでは、使い捨ての水酸化リチウムで炭酸ガスを除去し、酸素は地球から運んだものを使っているが、これでは長期間の使用には適さないため、繰り返し使える技術が必要だ。
炭酸ガスを常温で選択的に吸着し、加熱するとその炭酸ガスを放出する性質を持つゼオライトを利用して、炭酸ガスの分離・濃縮を連続的に行なう[図5]。ゼオライトは多くの細孔を有し、その孔の径によって気体分子を選択的に吸着することができる。分離濃縮した炭酸ガスと水素を混ぜ、三〇〇度に加熱した触媒と接触させると、水とメタンができる[図6]。この水を電気分解することによって酸素を作り、また、メタンは燃料として利用する。
③水の再生
閉鎖環境の中で発生する廃水には、調理時の排水、洗顔水、手洗い、風呂水などの衛生廃水、空調や植物栽培や魚類飼育時の廃水等のほか尿もある。廃水を浄化する方法には膜による濾過方式があるが、廃水の種類によっては、膜の目詰まりが問題だ。浄化膜への負担を軽減するためには、廃水も廃棄物処理で分解し、できた水溶液をゼオライトや逆浸透膜を用いて高度処理する。逆浸透膜は、海水淡水化に使われているが、従来の逆浸透膜は五────七MPaという高圧をかけて不純物を除去するため、装置が大型で消費エネルギーも数キロワットと大きい。しかし、新技術の逆浸透膜は、〇・四MPaという超低圧で不純物を除去できるため、消費電力も数百ワットですむ。逆浸透膜はすべての不純物を除去するため、飲料水にはミネラル添加を行なう[図7・8]。
④廃棄物処理
屎尿等の排泄物、残飯、植物の非可食部分(生ゴミ)、廃水などの有機廃棄物の処理は素早く行なう必要がある。地上では、埋め立て、焼却、微生物などによって処理されているが、限られた閉鎖環境の中では、埋め立て場所、煙に含まれる有害物質、微生物による汚染等の問題があるため、これらの方法は使用できない。
そこで有機廃棄物を廃水と混ぜて密閉容器に入れ、三〇〇度、一〇MPaの高温高圧環境で、有機物を無機物に分解する湿式酸化法を使う。この処理法で有機廃棄物は水と炭酸ガスに分解される。密閉容器の中で分解するため、窒素酸化物や硫黄酸化物、ダイオキシンなどの有害な物質の発生はなく、短時間で処理できるために、設備は小型でよい[図9]。また、分解後の水には、有機物を構成する物質が無機イオンとして溶けており、これは植物の肥料や人間・動物に必要なミネラルの元となる[図10]。さらに、分解の過程で発生する炭酸ガスや窒素ガスも、植物の光合成や環境制御用のガスとして再利用できる。分解率は九九パーセント以上を達成している。

2──(上)人工的な地球のしくみ 提供=JAXA

2──(上)人工的な地球のしくみ
提供=JAXA

3──(中右)閉鎖環境で育つ稲 提供=JAXA

3──(中右)閉鎖環境で育つ稲
提供=JAXA

4──(中左)魚類と藻類を用いた閉鎖飼育実験 提供=JAXA

4──(中左)魚類と藻類を用いた閉鎖飼育実験
提供=JAXA

5──(下右)炭酸ガス分離濃縮装置 提供=JAXA

5──(下右)炭酸ガス分離濃縮装置
提供=JAXA


6──(下左)炭酸ガス還元装置 提供=JAXA

6──(下左)炭酸ガス還元装置
提供=JAXA

7──逆浸透膜の浄水能力 提供=NMT

7──逆浸透膜の浄水能力
提供=NMT

8──処理能力2トン/日の浄水装置 提供=JAXA

8──処理能力2トン/日の浄水装置
提供=JAXA

9──有機廃棄物の連続処理装置 提供=JAXA

9──有機廃棄物の連続処理装置
提供=JAXA

10── 有機廃棄物の分解例 提供=JAXA

10── 有機廃棄物の分解例
提供=JAXA

いま、何をなすべきか!

宇宙での人間の生存環境を作り出す技術は、限られた空間の中で効率よく食料を生産し、資源の再利用や有効活用を図りながら、バランスのとれた快適な生活環境の実現を目的としているため、今日、われわれが抱えている食料問題とか、地球環境問題の解決にも不可欠な技術となっている。
このまま環境破壊がどんどん進んでいくと、今の子供達の子供の時代、すなわち、二二世紀にはこの美しい地球はなくなってしまうかもしれない。この地球で文明を築いた人類が宇宙へ進出するためにも、どのようしたら未来の人類にも、この地球を残せるかを、一人ひとりが真剣に考える時が来ている。

>小口美津夫(オグチミツオ)

1949年生
(独)宇宙航空研究開発機構主任研究員。生態工学、宇宙システム工学。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える