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南極基地建物と極環境──南極大陸からのながめ | 三橋博巳
Antarctic Station Buildings and the Polar Environment: The View From Antarctica | Hiromi Mitsuhashi
掲載『10+1』 No.46 (特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える) pp.88-91

どこまでも白い雪面に吹き付ける風。その地吹雪は、ブリザードとなって視界を奪う。ブリザードが激しく、雪上車の中で身動きが取れないこともあった。凍傷と隣り合わせの厳しい環境のもと、体力、精神力の限界も思い知らされた。
しかし、この雪面と吹雪の雄大な世界と夜空に乱舞するオーロラは、地球と宇宙のすばらしさを身近に感じさせてくれた。
私が南極の昭和基地で越冬生活をして、三〇年近く経つ。そもそも第八次観測隊用の昭和基地の設計に参画したことが縁となり、第一九次観測隊として、南極で越冬することになった。
本稿では日本の南極観測基地や諸外国の基地の変遷と、近年の新しい動向について紹介する。

南極の自然環境と基地の設計条件

南極大陸の最低気温はマイナス八九度二分。最大風速は九六メートル毎秒。地球上の氷の約九〇パーセントを占めている。このように極寒と強風が最大の特徴である環境も、日本の約三七倍という広い面積のため、場所によってかなりの違いが見られる[図1]。
沿岸にある昭和基地の設計条件は、風速八〇メートル毎秒、最大積雪二メートル、平均気温マイナス三〇度、最低気温マイナス五〇度とした。雪氷面上なのか、岩盤地なのかも当初は不明であった。船やヘリコプターによる輸送という制限と、それにともなう部品の形状の規制。人が持ち運べる重さという重量の条件。さらに、限られた日数と人力で行なうという、厳しい建設条件も加えられることとなる。南極で建物を建設するということは、短い夏期間に、竣工することが絶対条件である。
これらの条件とともに、建物としての性能も、断熱性、耐風性に始まり、防火・耐火性、アメニティの確保、建物固有の機能などが求められる。さらには、解体・移築の可能性も考慮しなくてはならない。
日本建築学会南極建築委員会の第一次隊用の昭和基地建物計画では当初、抵抗の少ない形として、さまざまな案が検討された。しかし、最も現実的なプレハブによる木質のパネルを使った長方形の建物が適用された。

1──南極大陸と日本の観測基地 筆者作成

1──南極大陸と日本の観測基地
筆者作成

昭和基地建物の変遷

第一次観測隊用建物の試みでは、木質パネルによるプレハブ化、解体できるジョイントシステム、軽量化、モデュールの統一などが行なわれた。これは日本におけるプレハブ建築の原点とも言われている[図2・3]。
しかし、ブリザードにより、建物が雪の吹き溜りで埋没する問題が生じた。そこで、第八次観測隊用建物では、高床式の形状を採用することとなった[図4・5]。高床式にすることにより埋没を防ぐことができる。さらに、不整地での建設が容易になるように、現場打ちコンクリートの技術も取り入れられた。また、不燃建物であることも設計条件として考慮されることとなった。
一九七八年、筆者は、この高床式の建物における雪の吹き溜りを現地で観測した。その後、南極模型による吹雪風洞実験を行ない、実験の再現性と高床式建物の効果を確かめることができた。
一九九〇年には、四〇棟を超える建物が建設されていた。これらの建物の整備と機能の更新計画として、観測隊の運営・管理の機能を中心とした大型複合建物となる管理棟にまとめて配置し、昭和基地のシンボルとなりえるデザイン性を持たせた[図6]。さらに居住棟と発電棟を新設し、それぞれを通路で結ぶというものだった。また、この管理棟の形状は、吹雪風洞実験でも吹き溜りの対策に効果があることが示された[図7]。

2──低床式建物 筆者作成

2──低床式建物
筆者作成

3──第1次観測隊用建物(無電棟) 引用出典=環境省HP(URL=http://www.env.go.jp/)

3──第1次観測隊用建物(無電棟)
引用出典=環境省HP(URL=http://www.env.go.jp/)

4──高床式建物 筆者作成

4──高床式建物
筆者作成

5──第8次観測隊用建物(観測棟) 引用出典=環境省HP

5──第8次観測隊用建物(観測棟)
引用出典=環境省HP

6──更新計画による管理棟 引用出典=環境省HP

6──更新計画による管理棟
引用出典=環境省HP

7──管理棟モデルの吹雪風洞実験 引用出典=環境省HP (URL=http://www.env.go.jp/)

7──管理棟モデルの吹雪風洞実験
引用出典=環境省HP
(URL=http://www.env.go.jp/)

南極での生活

昭和基地以外では氷床上基地としてみずほ基地、あすか基地、ドームふじ基地があり、雪面下に居住区がある。筆者の越冬時のみずほ基地への物資の補給と人員の交代のための内陸旅行は、往復約一カ月に及ぶものであった。どこまでも続く雪面と、二─三日続く激しいブリザードにより視界がさえぎられて雪上車も進めず、故障することもしばしばであった。極域環境の厳しさを本当に知った。天候の良いときは、白一色の大地が果てしなく続き、地球のすばらしさを実感させてくれた。また、みずほ基地の雪面下の居住空間は紫色の雪洞空間であり、その美しさは芸術的であった。
現在の昭和基地には約五〇棟の建物がある。電気は大型発電機により供給されており、水は発電機の熱で雪を溶かしてつくられ、トイレや風呂、厨房の排水はすべて浄化槽で処理し、海水に流している。四〇名前後の越冬隊員はこれらの維持管理もすべて自分たちで行なっている。越冬生活において、隊員以外の生き物と接することは稀であった。そのために、トウゾクカモメやペンギンなどとの出会いは大きな喜びであり、生物の命の尊さを改めて感じることができた。また、夜空に乱舞するオーロラの美しさは、日本で見ることができないものであり、宇宙の神秘を感じずにはいられなかった。

諸外国の基地建物と最近の計画案

南緯九〇度にある極点基地は当初五〇メートルスパンのドーム状の建物であった。既往の諸外国の基地建物の形式は雪面上では高床式やドーム状のものや流体力学的な形状にするもの、ジャッキアップ方式などがある。雪面下ではトレンチを掘削し、建物を設置する、雪洞空間による構成などがあり、各国で工夫がなされてきた[図8]。
近年新しい基地の観測、設営、建設については環境保護に関する南極条約議定書付属書Ⅰに基づき、基地の建設・運営に関わる包括的環境影響評価書の作成と南極地域環境への影響を最小限にすること、議定書の条件を満たすことなどである。そして情報開示が義務付けられている。
イギリスの南極研究所(BAS)では、ハリーⅥ基地の計画において、国際コンペによる方式を採用しており、世界中から八六の応募があり、そのなかから三つが選定されている。すべて議定書の規定を遵守したかたちで設計され、環境の影響を最小限としている。BASを訪問した際に作品を見せていただいたが、環境に配慮した作品が多い[図9─11]。
設計耐用年数は二〇年とし、基地は移動できるように、またエネルギー効率を上げ、危険性を最小限にするなどをコンセプトにしている。
ドイツの新しい基地計画である、ノイマイヤⅢ基地の建設とノイマイヤⅡ基地の撤去計画案における計画建物はプラットホーム型で、ジャッキで持ち上げる工法で、廃熱や風力エネルギー利用の計画である[図12・13]。
あすか基地の近くに予定しているベルギーの新観測基地の建設運営に関する計画では、環境と景観への影響を最小限とし、エネルギー利用による設計としている[図14]。
建設時から建設後の環境にも配慮するという設計の考え方が取り入れられ、議定書の規定を満足する案が提案されている。
今までの基地の建築システムの特徴、近年の各国の基地計画案からは、高床式の工法と流体力学を取り入れた形態の基地建物が各国共通であり、地球環境を配慮したコンセプトによる計画が共通の特徴である。

8──各国建築構法の主な形式 筆者作成

8──各国建築構法の主な形式
筆者作成

9──イギリスのハリーⅥ基地コンペ案1 (スキーに乗ったモジュール式建物)引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

9──イギリスのハリーⅥ基地コンペ案1
(スキーに乗ったモジュール式建物)引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

10──同、コンペ案2 (伸縮自在の足がついた「氷のクラフト」建物)引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

10──同、コンペ案2
(伸縮自在の足がついた「氷のクラフト」建物)引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

11──同、コンペ案3 (油圧式の足を利用した歩く建物) 引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

11──同、コンペ案3
(油圧式の足を利用した歩く建物)
引用出典=British Antarctic Survey“Proposed Construction and Operation of Halley VI Research Station, Brunt Ice Shelf, Antarctica−Draft Comprehensive Environmental Evaluation (CEE)”February 2005

12──ドイツのノイマイヤⅢ基地案 引用出典=Alfred Wagener Institute for Polar and Marine Research Bremerhaven“Rebuild and Operation of the Wintering Station Neumayer” and Retrogradation of the present Neumayer Station “Comprehensive Environmental Evaluation Draft”December 2004

12──ドイツのノイマイヤⅢ基地案
引用出典=Alfred Wagener Institute for Polar and Marine Research Bremerhaven“Rebuild and Operation of the Wintering Station Neumayer” and Retrogradation of the present Neumayer Station “Comprehensive Environmental Evaluation Draft”December 2004

13──同、基地案(断面図) 引用出典=Alfred Wagener Institute for Polar and Marine Research Bremerhaven“Rebuild and Operation of the Wintering Station Neumayer” and Retrogradation of the present Neumayer Station “Comprehensive Environmental Evaluation Draft”December 2004

13──同、基地案(断面図)
引用出典=Alfred Wagener Institute for Polar and Marine Research Bremerhaven“Rebuild and Operation of the Wintering Station Neumayer” and Retrogradation of the present Neumayer Station “Comprehensive Environmental Evaluation Draft”December 2004

14──ベルギーの新基地案(断面図) 引用出典=Belgian Science Policy and The International Polar Foundation “Construction and operation of the new Belgian Research Station, Dronning Maud Land, Antarctica − Draft Comprehensive Environmental Evaluation(CEE)” February 2006.

14──ベルギーの新基地案(断面図)
引用出典=Belgian Science Policy and The International Polar Foundation “Construction and operation of the new Belgian Research Station, Dronning Maud Land, Antarctica − Draft Comprehensive Environmental Evaluation(CEE)” February 2006.

今後の基地のあり方

現在南極で起こっている大きな問題は、廃棄物問題、防災問題、エネルギー問題であり、日本はもちろん、南極条約の議定書などさまざまな解決策を講じている。地球環境問題の課題が大きい現在、南極は地球環境の悪化の信号を送るバロメーターであり、議定書による鑑定影響評価書作成は有効な手段である。
また、平和な世界をどのように構築するかも、人類が直面し続けている課題である。そのような課題に対して南極大陸は国境のない平和利用を実現している唯一の大陸である。いわば、ひとつの理想の地域と言え、人類の未来にとってのマイルストーンとなると思われる。さらには、今後の宇宙観測においてもひとつのモデルとなると予想される。
南極の自然は、われわれに地球の歴史を教えてくれるすばらしい教材であり、今後も守らなくてはならない人類共通の資産である。また、研究の場のみならず青少年の教育の場として開かれるべき存在である。そのための環境を創造していかなくてはならない。自然環境を保全したうえでの、青少年のための夏季スクールや国際南極大学などもあるとよいと思う。これらを踏まえた、新しい環境モデルステーション、すなわち、基地の規模は環境影響負荷を最小限とするコンパクトで適正な規模の基地とし、地吹雪の影響を受けることのない雪面下に基本的な機能を有する空間、雪面上は流線型で高床式の建物により雪面上と雪面下を連結し、観測と居住の機能を一体化するフレキシブルな解体と移動と再建築が可能なシステムのモデルステーションを提案したい。

15──今後の南極基地のあり方 筆者作成

15──今後の南極基地のあり方
筆者作成

>三橋博巳(ミツハシヒロミ)

1942年生
日本大学理工学部教授。建築構造、環境管理。

>『10+1』 No.46

特集=特集=宇宙建築、あるいはArchitectural Limits──極地建築を考える