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地下街 | 園田慎二
Underground Mall | Shinji Sonoda
掲載『10+1』 No.39 (生きられる東京 都市の経験、都市の時間, 2005年06月発行) pp.146-147

地下街は地上の都市機能を補完するようにして、地上とは異質なもうひとつの街並を創出している。恒常的に管理された屋内気候は、全体に均質な静穏環境をつくり出している。地上の変動する環境に比べ、たえず一定に保たれた照明や温度、湿度などは、雨風などの天候の変動による影響を受けない場所を提供し、空間内での安定した営みを可能とする。本来地上では場所による微気候の差異や雰囲気といった場所固有性がかたちづくられている。しかし、地下街では人工的な屋内気候の管理のためにそれらは消失し、一様に均質な環境をつくっている。蛍光灯の灯りや管理された空調、無機的なコンクリート、落ち着いた色彩の壁面によって構成される地下街においては空間の方向性が希薄である。

方向性を補うかのように、広告や地上出入口の案内表示などの文字情報がいたるところに配置されている。文字情報は地上の建物や交差点などを示し、それらの情報を手がかりにして地上との接点を築くことにより空間に方向性を与える。さらに文字情報と地上との整合性を保証し、位置関係の認識を補強するために、地下街の全体像の上に地上の街並を投影した案内図と所番地を記した出入口の記号が地下街には不可欠である。文字情報や案内図は地上と地下とのあいだに認識の「オーバーラップ」を促すことによって、より空間把握を確かなものにしていく。また壁面には隣接する百貨店や商品などの広告が並べられている。さらに情報誌などのフリーペーパーを発行し、地下街を行き交う人々へ自由に提供する。地上の情報を地下空間へ重ねるようにして、地下街だけで充足するのではなく、地上の出来事への接続を促すのである。地下街は広告や地上の建物や方向などを示すさまざまな記号や情報に覆われることで、人々の流れを方向づけながら、地下にあっては不可視な地上との接続性を強化する。均質で自己同一的な環境を、文字や記号で覆うことによって、地下街は地上との接続関係を担保しながら差別化されていくのである。

地下街は地下鉄建設を契機として発展した、通路空間の形式をもつ流動性の高い場所である。地上交通の混雑緩和を目的として地下に設けられた地下道から派生するようにして地下街はうまれる。最初は地下道の壁面に広告用陳列窓が配置され、その後、憩いの空間としての広場や噴水、まとまった店舗などが形成されていき、商業的要素が強まっていく。段々と地下鉄の収益性の補完項としての商業要因が要求されていき、地下街がその役割を担うこととなる。日本で初の地下街となった神田須田町地下鉄ストアの構成は、直線的な通路の側面に店舗が埋め込まれたかたちとなっており、地下街形成の原点を伺うことができる。近年、都市において新たな用地確保が困難となるに従って、地下空間への需要は高まる。ターミナル駅を中心に、地下鉄の整備や、地下駐車場の確保の必要性などにともない、経営採算性の面で地下街の重要性が増していく。その結果、交通空間に商業的機能を付随させるようにして、地下街は複雑な動線をもつ商業空間となって拡張していくこととなる。

交通機関である地下鉄の改札と地上との間に展開した地下街は、まさに地下における交通体系の延長線上に関係づけのできる空間である。地下街の端部は地上との結節点となり、地上との接続関係に応じて地下街は延伸していくために、あらかじめ明確なフォルムをもつことがない。隣接するビルの地下階や交差点、歩道への接続によって地下街は終着する。人々は地上との結節点へ続く軌跡を描きながら地下街を巡り歩く。そのため、時としてランドマーク不在の地下街にあっては、地上との位置関係の把握に誤算が生じる。方向感覚が奪われ、地下街を走る軌跡が乱れたとき、均質ななかに新たな地上との接点を獲得するために、地上との位置関係の把握に有効な文字情報を求めてさまようこととなるのである。また、地下街の通路の交差部分では、人々の軌跡が多方向へ入り乱れ、絶えず人の流れが交錯し続ける。地下街ではさまざまな情報が、均質性を帯びた環境のなかで方向性を得る手がかりとなる。だが、織り交ぜられるようにして配置された文字情報を頼りにすることで、人々の軌跡はかえって錯綜するのである。

撮影=蔵真墨

撮影=蔵真墨

>園田慎二(ソノダシンジ)

1979年生
東京藝術大学大学院修了。東京大学研究生(相関社会科学)を経て、現在、青木淳建築計画事務所勤務。建築・都市研究。

>『10+1』 No.39

特集=生きられる東京 都市の経験、都市の時間