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情報と建築の新しいかたち──コミュニティウェア | 仲隆介+中西泰人+本江正茂
Possibilities for Information and Architecture:Communityware | Ryusuke Naka, Yasuto Nakanishi, Motoe Masashige
掲載『10+1』 No.33 (建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア) pp.62-64

「これがあれを滅ぼすだろう」

これは、ヴィクトル・ユゴーが『ノートル=ダム・ド・パリ』のなかで、一五世紀の司教補佐に語らせた言葉である。「これ」とは美しく印刷されたグーテンベルクの聖書を、「あれ」とはパリのノートル=ダム大聖堂をさしている。つまりここでは、一五世紀の聖職者が、新しく登場した活版印刷による聖書が、それまでキリスト教の伝道活動において中心的な役割を果たしてきた大聖堂にとって代わるであろうと嘆いてみせているのである。
ユゴーは続ける。「つまり、人間の思想はその形態が変わるにつれて表現様式も変わっていくのだ、新しい時代の代表的思想はいつまでも古い時代と同じ材料や方法では記録されない、さすがにじょうぶで持ちのよい石の書物も、さらにいっそうじょうぶで持ちのよい紙の書物にとって代わられることになるのだ」と★二。
建築と情報の関係を語る際、この言葉はたびたび引用されてきた。そして、情報が建築を滅ぼすであろう、と読み替えて、多くの場合、否、建築は滅びはしない……などと続く。だが、建築の側から建築と情報の関係を論ずる時、情報を建築の仮想敵と位置づける論法で煽ったり嘆いたり居直ったりするのは不毛だからもうやめよう。ユゴーは、聖書も聖堂も等しくメディアとして機能していることを確認したにすぎないのだ。
司教補佐の嘆きから五〇〇年も経っているけれど、大聖堂が滅びたりしていないのを僕らは知っている。「石の書物」は今も重要な役割を果たし続けているし、「紙の書物」も等しく重要な地位を占めている。両方を同時に上手に使いながら、キリスト教徒のコミュニティは活動を展開している。大切なのは活動そのものであってメディアじゃない。適材を適所に使えばいいだけだ。もちろんそのためには、メディアの特性やその違いを吟味し理解しておくことはとても大切だ。
一五世紀の司教補佐の時代と一番違うのは、僕らが「新しい石の書物」(もちろんコンピュータのこと)を使えるようになったということだ。それにはどんな新しい言葉を書き付けたらいいのだろうか。選択肢が増えてきたさまざまな「書物」をいかに使いこなせば、複雑で多様な現代のコミュニティの活動を支えていくことができるのだろうか。

新しい共同性のデザイン

建築が「建築」たりえる条件については、多くの建築家がずっと語ってきたことであり、いま現在も議論され続けている。香山壽夫は「建築とは何か?」という問いに対して、以下のように述べている★三。

空間は確かに私から放射して無限に広がり、私は自分が世界の中心、宇宙の中心にいるような気がしました。自分が果てしなく広がっていくような開放感。それとともに、むきだしのちっぽけな自分が拡散して消えてゆくような不安感を感じました。そして何か、自分を囲い、大地に定着させるものがあったら、と想いました。そうです、その時私は、建築の生みだされる瞬間に立ち会っていたのです。(…中略…)どのようにして空間を生み出していくか、その基本は明らかでしょう。それは、中心を固定すること、囲いを確定すること、この二つにおいて行われます。変動する中心に固定点を与えること、果てしなく周囲に広がって消えていく同心円の一つを、囲いとして確定することです。


さらに香山は、この「建築空間」が成立する条件として共同性の重要さを述べている。

建築の空間の中には、私は必ず、「誰かと一緒に」いるのです。それは誰でもいいというのではありません。自分と特別な関係をもつ、特別な誰かです。私はある人とともに住むためのものとして一つの囲いをつくるのです。(…中略…)このように、建築の空間とは、人間の共同体に形を与えるものです。人と人とのつながりを育て、守るのが、建築空間の本質的な役割です。


香山の言う建築とは、世界に対する人の中心と囲いを確定し、そうした人と人との共同性にまとまりをつけ、それらを空間として表現すること、と言えるようだ。この定義は、これまでの建築をとてもうまく言い表わしているように思う。
しかしながら今、私たちが暮らす世界を自分自身の身体を中心として広がる一つの同心円として単純に描くことは、難しくなっている。さまざまなメディアと技術の発達とともに、私たち自身を包んでいる空間が変容しているからだ。最も大きな変容は、テレビやインターネット、電話といったさまざまな情報通信技術が社会の隅々まで普及し、各個人に行き渡る形となり、常に携帯されていることにあるだろう。テレビが置かれる場所は、街頭からお茶の間、個室へと移りかわった。電話が置かれる場所も玄関先から個室へ移動し、さらには個人が常に携帯するようになった。今のモバイルPCは、昔は一部屋を占領したスーパーコンピュータ並のパワーである。それぞれの変化は、情報にアクセスするための移動距離と時間を減らすための技術革新であると言える。いつでもどこでも自分の好きな情報にアクセスできること、それは個人の多様化をより促進し、皆で何かを共有することをより困難にする。
実空間だけでなく情報空間もが私たちを包んでいる今、自分を中心とする同心円は実空間における同心円だけでなく、情報空間における同心円が多層化し、それらが時々刻々と動的に入れ替わっていると言えるだろう。携帯電話やモバイルPCによって、いつでもどこでもさまざまな関係性を(近接/遠隔そして同期/非同期に)紡いでいる場合には、自分を中心とするさまざまな半径の同心円が同時に自分のまわりに折り重なり、複数の同心円がマルチタスクにバックグラウンドでも他の同心円と呼応している、と考えることができるだろう。
多層化する私(たち)の共同性に形を与えるためには、建築空間や都市空間をデザインするだけでなく、多層化された情報空間もあわせてデザインしてゆく必要があるだろう。建築空間と情報システムではその手段と実現のされ方が異なるものの、共同性をデザインしコミュニケーションを実現するという目的は共通だ。そして、さまざまな同心円と共同性の多層化は、人類が迎えた新しい事態であり、新しいかたちの共同性をデザインする必要がある。
めいめいの都合によって「多層化する私」を切り替える人々が増えるとともに、時間的にも空間的にも同期的なコミュニケーションが当たり前だった時代から、時間的にも空間的にも非同期のコミュニケーションが増えていくだろう。しかしながら、まったくそれらが入れ替わることはなく、同期と非同期・近接と遠隔が共存した環境と社会になっていくのではないだろうか。それは、これまで建築空間のデザインにとって繋げ・閉じる対象となっていた周囲の環境として、自然や都市空間などのほかに新たに情報空間が現われていると考えることもできるだろう。それは、物理的な制約条件として働くというよりもむしろ、空間のアクティヴィティに影響を与えるものだといえる。
われわれの使命は、「人と人とのつながりを育て、守る」べく、新しい事態に新しいまとまりや秩序を与えるために、建築空間と情報空間を、そしてそれらが溶け合い共存した環境をデザインすることではないだろうか。

このような環境は、従来のやり方で建築空間と情報空間を別々にデザインして最後に合体する方法でデザインできるものではなさそうだ。デザインの対象は、従来の建築空間や情報空間ではなく、建築空間と情報空間の融合した新しい概念の空間であるはずだ。われわれは、建築と情報の新しいかたちを求めて、開かれた緩やかなコミュニティを通じてさまざまな視点から活動を続けてきた★四。この特集は、その活動の成果として、四つの角度、すなわち、「環境情報デザイン」、「トランスネットワークシティ」、「都市情報デザイン」、「ワークウェアデザイン」の視点から、建築と情報の新しいかたちを表現したものである。新しいかたちの共同性を包み込む環境のデザインが情報や建築の分野で共通の課題として広く共有されるきっかけになればと思う。
    [仲隆介+中西泰人+本江正茂]


★一──コミュニティウェアという言葉は、オンライン上で共通の関心を持つ人々を繋げてゆくためのソフトウェアを指すものとして使われることが多い。その際のコミュニティとは、仮想社会の中だけに留まるものではなく、地域コミュニティや企業内のグループといったものまで幅広く捉えられており、実空間と連動したコミュニティウェアもさまざまに提案されている。インターネットや携帯電話といった新しい情報技術の普及とともに、人と人との関係性が新しいかたちで紡がれつつある中で、建築と情報のあたらしいかたちを指し示す言葉としても捉えることができるだろう。
★二──ヴィクトル・ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』(辻昶+松下和則訳、潮出版社、二〇〇〇)。
★三──香山壽夫『建築意匠講義』(東京大学出版会、一九九六)。
★四──この特集は、多くの人々との長期にわたる共同作業の成果であって、本号に執筆者として署名されていない方々の貢献も非常に大きい。だから、ここでいう「われわれ」とは、そのような人たちを広く含むコミュニティ全体を指している。こうしたコミュニティへの帰属意識にはもちろん個々に温度差があり、その構成員を特定することは容易ではないけれども、本特集をまとめるにあたり、日本建築学会の情報社会デザイン小委員会がひとつの核となる場であったことは間違いないので、以下に現行の小委員会構成メンバー全員を記すことにしたい。

日本建築学会情報システム技術委員会情報社会デザイン小委員会
主査:仲隆介/幹事:本江正茂
五十嵐太郎、石曽根栄之、大内宏友、沖塩荘一郎、河中俊、小林隆、篠崎道彦、中西泰人、半明照三、山田邦夫、山田雅夫、渡邊朗子    

環境情報デザインWG
主査:渡邊朗子
渡辺保史、納村信之田島則行、山藤靖宏、岩佐明彦、本江正茂、仲隆介、槻橋修、野島耕平、後藤雄亮、西尾信彦、馬場正尊        
都市・地域計画情報WG
主査:大内宏友
河中俊、堀田由紀夫、大場亨、小林隆、小林祐司、篠崎道彦、田中みさ子 根上彰生、吉川眞、笹川正、青木信夫

トランスネットワークシティWG
主査:本江正茂 
元永二朗、仲隆介、掛井秀一、中西泰人、田島則行、田中浩也松川昌平、ジョアン・ジャコビッチ、奥錬太郎、半明照三

ファシリティのあり方研究WG
主査:石曽根栄之 
沖塩荘一郎、丸山史夫、海野英晴、鯨井康志、榊原克巳、坂口秋吉、鈴木晴紀、塚田幹夫、山田邦夫、加藤彰一、山本晴彦、本江正茂

>仲隆介(ナカ・リュウスケ)

1957年生
京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻教授。ワークプレイスデザイン。

>中西泰人(ナカニシ・ヤスト)

1970年生
慶應義塾大学環境情報学部准教授。

>本江正茂(モトエ・マサシゲ)

1966年生
東北大学大学院。東北大学大学院准教授/都市・建築デザイン、環境情報デザイン。

>『10+1』 No.33

特集=建築と情報の新しいかたち コミュニティウェア

>五十嵐太郎(イガラシ・タロウ)

1967年 -
建築史。東北大学大学院工学研究科教授。

>渡邊朗子(ワタナベ・アキコ)

建築家。東京電機大学未来科学部建築学科准教授、渡邊建築総合研究所主宰。

>納村信之(ノムラ・ノブユキ)

1965年 -
建築家/名古屋商科大学准教授/博士(工学)。tele-design共同主宰。

>田島則行(タジマ・ノリユキ)

1964年 -
建築家、アーバニスト。Twlw-designおよびオープンスタジオNOPEメンバー、関東学院大学非常勤講師。

>岩佐明彦(イワサ・アキヒコ)

1970年 -
都市計画・建築計画。新潟大学工学部建設学科准教授。

>槻橋修(ツキハシ・オサム)

1968年 -
建築家。神戸大学准教授。

>元永二朗(モトナガ・ジロウ)

1968年 -
エンジニア、デザイナー。オルタナティヴスペースfoo運営参加。

>田中浩也(タナカ・ヒロヤ)

1975年 -
デザインエンジニア。慶応義塾大学環境情報学部准教授、国際メディア研究財団非常勤研究員、tEnt共同主宰。

>松川昌平(マツカワ・ショウヘイ)

1974年 -
建築家。000studio一級建築士事務所主宰。慶応義塾大学SFC環境情報学科非常勤講師、東京理科大学工学部建築学科非常勤講師。