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陽のあたる洗面台──ジェンダーが裏返したプラン | 鈴木明
A Washbasin at Centre Stage: Planning; Reversed by Gender | Suzuki Akira
掲載『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) pp.108-115

「Vertigo(眩暈)」の展覧会テーマに合う、現代の日本建築を教えてくれないか? と尋ねる英国人建築家へ返信のメール。

君もよく知っている妹島和世さんの集合住宅はどうかな?
ついこの間、彼女が設計した《岐阜県営住宅ハイタウン北方》[図1]に行ってきたので、そのときの話を送ろうと思う。
ところで、彼女の建築的戦略がもっとも明確に現われているのは住宅だ。君にも異存はないよね。
彼女のデザインする住宅は、どれも通常僕らがイメージする「家」とは大きく異なっている。これは一般人だって一目見りゃ感じることだ。彼女の住宅には、人々が「家」に求めるイメージをことごとく裏切るようなデザインが施されていると思えるふしさえあるのだ。家を作ることにおいてはプロフェッショナルな建築家であれ、普通のヒトであれ、作る側と住む側双方が当然求めるべき「親密さ」を、彼女はわざと断ち切るような、そんな挑戦的な佇まいを求めているのではないか、と僕は思うのだ。
ヒトは、彼女の住宅の人工的な素材を前に驚きの声を上げる。一般人は人工素材のツルツルピカピカについてであり、生活を庇護するにはあまりに頼りなさげな素材やスケスケ感に向けて。
プロフェッショナルはといえば、ミニマルなディテールやシンプルなフォルム、思いきった素材の使い方などに賞賛を与えながらも、雨仕舞、耐久性、メンテナンス性、そして何よりも居住性への不安を投げつける(もちろんこれは建築同業者固有のやっかみもあると思うけれども……)。
でも、こんな不安を払拭するだけの明解さが彼女の住宅にはある。すなわち「透明性とライトネス(軽さ)」だ。
だれも否定できまい。これは彼女がいくつもの住宅をデザインする中で鍛え上げてきた、妹島建築固有のスタイルだから。
彼女が住宅に用いる材質は、そのほとんどが人工的だ。色も白などが多く、透明だったり、半透明だったりする。その結果、ニュートラルな雰囲気がつくられている。しかしながら、訪れた者なら誰もが納得すると思うのだけれども、このような素材とそれに囲まれた空間は、意外にも親密さをかもし出して人を迎え入れる。この逆説的な感覚は「既視感」によるのだ、と僕は思っている。
日本の若者が読む雑誌(建築専門誌ではない)には、彼女の住宅、あるいはその影響を受けたとおぼしきインテリアがよく登場する。建築デザインそのものを狙った写真ではなく、ファッションモデルの背後にあるちょっとした壁や床などだ。「図と地」の関係で言えば、ファッションモデルやきらびやかな商品の「地」を構成するにすぎない「ニュートラル」な場が目と頭に残っているのだ。
だから翻って妹島さんの住宅には「どこかで見たような」感じが付きまとっているのではないか?
メディアの読者、特に若い世代は、まずこのイメージに共感を覚え下地をつくり、やがてそのイメージが「親密さ」という感覚を育て、繋がっていくのではないか、僕はそう思う。
視覚的な経験は、雑誌を初めとするさまざまな媒体を通じ、実際の住宅の訪問以前にヒトに広まっているのだ、と。その意味では、彼女の住宅はフォトジェニックであり、ピクチャレスクな対象でもあると言えるんじゃないかな。
君の街にも「MUJI」の店がいくつもできているよね。
MUJIは「無印(ノーブランド)」というネガティヴな、あるいはアンチテーゼ的なコンセプトからはじまっている。でもいつの間にか商品や店の空間からはそのメッセージは消えている。逆に店の空間は商品集合のテーストを浮き出させるようにニュートラルな雰囲気を漂わせている。「ニュートラルな感じ」というのは、「既視感」のことじゃないか? それを地にしてメッセージやコミュニケーションをはっきりと浮かび上がらせているんじゃないかな。
でも、MUJIと妹島さんが同じと言っているんじゃない。
僕は彼女の戦略の独自性は、住宅における「特異なプランニング(平面計画)」にあると信じているのだ。はっきり言えば、この岐阜の集合住宅のプラン(平面)は「近代の合理主義とまったく異なっている」ということなのだ。

1──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》 出典=Rowan Moor ed., Vertigo: The Strange New World of the Contemporary City, Laurence King Publishing, 1999.

1──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》
出典=Rowan Moor ed., Vertigo: The Strange New World of the Contemporary City, Laurence King Publishing, 1999.

正確なグリッド(格子)がつくる部屋

「岐阜県営住宅ハイタウン北方」は、四人の女性建築家によって設計された。正確に言うと四組の女性建築家およびパートナーだ。テーマは「ジェンダー」。このアイディアはマスタープランナーの磯崎新によるものだと聞いている。
問題にしたいのは妹島さんが設計を担当した棟だ。
まずはこの棟の住戸の平面計画(プラン)を見てくれるかい? 画像は別に添付しておいたから。
各住戸の内部は、南側に面して個室が二つ、あるいは三つが整然と並列している。
それに並んで入口、キチン・ダイニングが一体化した部屋がこれに繋がる。
壁を隔てて建物の南北を貫通するテラスが、個室とまったく同じ間隔(スパン)で並ぶ。
構造壁である南北方向の壁は、すべての部屋のスパンを正確に同じ大きさに規定している。構造から考えれば、これほど合理的な計画はない、と言える(何もないように見せるための努力はもちろんある)。
妹島さんは、部屋が集合してできる住戸パタンをなるべくランダムになるように、構造と設備、そして生活の要求を条件として、その組み合わせをパズルのように解き最終的な住戸の配列解を導き出した。南側外観からは、規則的な壁のグリッドが見えるというよりも、グリッドに嵌められた内容である住戸のランダムさが、ある種の生活観を表現している。
ところが世の中にはひねくれモノがいる。「図と地」の関係にある表現の、「地」しか見えてこないというヤツだ。まあ、構造壁が形作る、厳格に規則的で小さなグリッドパタンから、留置場を連想する人がいてもおかしくはないけれども……。
事実、僕と一緒に見学した、君の住む街からやってきた英国建築家はそのことを執拗に繰り返し指摘し、「オーマイガー!」を連発していた。
たしかに、各住戸にアプローチする北側の共用廊下[図2]は、独房の廊下に見えなくない。住戸の扉だけでなく、各住戸の部屋の数だけ扉が付いているからね。二メートルあまりの間隔で扉がずらっと並んでいれば、たしかに異様に見えるかもね。それに共用廊下や階段の手すりは亜鉛メッキされたエキスパンドメタルで、思いきり即物的だし……。
ところで、このようなチープなマテリアルだが、建設費が少ないからということで選ばれたわけではないらしい。嘘だと思うなら、同じ団地内のほかの棟を見るが良い。
君と同じ街の建築家、クリスティン(クリスティン・ホーリィー+ピーター・クック)の手がけた棟は、それぞれ住戸が吹抜けの玄関ホールを持っている。
リズ(エリザベス・ディラー+リカルド・スコフィディオ)の棟は大きな可動壁で、住戸内をさまざまに変化させ、多様な生活空間を演出することができる。ロフトのようなね。
この団地の建築コストは少なくとも日本の並の公営住宅建設コストを上回っていることは間違いないと思うよ。
君のことだから、公営の集合住宅が一○層分の高さを持っていることに違和感を覚えるかもしれない。もっと低層でできないのか、と。これも建設コストによるというより、マスタープラン側からの要請と聞いている。周囲から独立した安全な中庭を確保し、各住戸に一台分の駐車スペースを確保するためだ。
むしろ日本では恵まれた集合住宅計画の条件だ。

2──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》北側共用廊下

2──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》北側共用廊下

日陰な個室、陽の当たる洗面台[図3]

均等なスパン(間隔)で作られた構造壁の意図は住戸の内部に入って確認することができる。
南側の窓際にある廊下沿いには個室がぽんぽんと並ぶ。二室だったり、三室だったり。住戸によってヴァリエーションがある。
各個室の入口は収納扉のようなベニヤのフラッシュ製だ。ただし個室は窓からは廊下を挟んでいるから、扉を閉じると、ほとんどダイレクトな太陽光は期待できない。
西欧的な概念から、この個室を「部屋」と呼ぶことはできないと、君は言うかもしれない。たとえ、一つひとつの部屋が直接外に繋がるドアを持っていたとしてもね。家族は、それぞれ独立した部屋(ベッドルーム)を持ち、それらが集合することで住まい、すなわち「家」と考える。たしかに西欧では、それがもっとも基本的な住宅概念だと思うけれども、この個室はそのような部屋ではない。
妹島さんの仕組んだ戦略は、洗面台にある。
洗面台の据えられた場所にあるのだ。洗面台は南側の廊下に位置しているのだ。
洗面台は南側全面の開口部、すなわちほとんど床から天井までスケスケに開けられた窓につけられているのだ。
では住人はこの洗面台で何をするか?
もちろん、大きな窓に向かって洗面台に水を溜め、顔を洗うのだ。
顔を洗うだけではない。人は洗面台の前で身繕いをし、化粧するのだ。
ただし、彼・彼女たちの前にあるのは、鏡ではなく大きな窓であり、それを通した外界だ。
だいたい洗面台の前でやるような行為は、本来寝室で、あるいは寝室の横に設けられたバスルームで行なうもんじゃないか、そんな大きなスケスケの窓前でやるこっちゃない。君はそういうに決まっている。
たしかにそう言えなくもない。
事実、君の街からやってきたクリスティンはそうした。彼女が手がけた棟の住戸は、同じ条件で狭いながらもなんとか、そんなプランニングを成し遂げたのだった。メゾネット上階には寝室がありその横にはバスルームと洗面台がある。リビングの下階とは切り離されている。英国の貴婦人もここだったら間違いなく一息つけるかもね。

3──同、洗面台 2、3出典=Akira Suzuki, Do Android Crows Fly Over the Skies of Electronic Tokyo? : The Interactive Urban Landscape of Japan,  AA Publications, 2001.

3──同、洗面台
2、3出典=Akira Suzuki, Do Android Crows Fly Over the Skies of Electronic Tokyo? : The Interactive Urban Landscape of Japan,
AA Publications, 2001.

家族という単位と集合住宅

君も知ってのとおり、日本の集合住宅の歴史はたかだか五○年足らずしかない。本格的な公共集合住宅が建設され始めたのは第二次世界大戦後だ。そんな国の僕が集合住宅の成立をここで整理するのはおこがましいのだけれども、まあ聞いてくれないか。
近代都市が成立して以来「核家族」は都市住民の基本的単位となった。健康な(小)家族は都市の主要な労働力であり、同時に都市プロダクトの主要な消費者でもあるからね。核家族は、夫婦を単位として(核にして)、やがて子供をもうけ、その子供はやがて家族を再生産するシステムでもある。
そんなわけで集合住宅は都市居住者の中心的なニーズ、すなわち核家族を住戸単位として作られることになった。たとえ世代間の交替はあっても、核家族という単位は永久に核家族であり続け、集合住宅はこれを再生産するための不変的な都市のシステムであり、インフラストラクチャーである、というわけだ。
一九二○年代、ドイツ・フランクフルトでは公共の手で大規模に集合住宅が建設された。建築家エルンスト・マイの設計によるジートルンクは「フランクフルト・キチン」の発明もあって、この集合住宅という核家族再生産システムをほぼ完成した。
また、「フランクフルト・キチン」という超機能主義的キチンは、マイの共同設計者シュッテ・リホツキーの設計による★一。彼女は主婦をモックアップしたキチンで働かせ、それを映画に撮り、動作を繰り返し分析することで、無駄を省き機能性を追求した。非合理的で暗く不潔から、女性を解放したのだ。が、それは同時に家庭内における女性固有の時間を収奪した、とも言えるのじゃないか。時間を私有、つまり私的に浪費させず、社会、つまりに都市に還元させる、ということでもあったのだ。その時女性は一個の都市労働者としてカウントされる。
その後時代は下り、国は異なっても同じこと。
ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンや英国の数々の低所得者用の集合住宅、日本の公団住宅(団地)においても、核家族は住居集合の際の基本的単位であり続けてきたし、それを外すことはなかった。
唯一、核家族の単位に手をつけた例が、ソヴィエト・ロシア時代の集合住宅だ。そこではさらなる労働力の再生産の効率化のため、居住単位の家族を解体するまで徹底した。でも、そのための社会的なサポートシステム、つまり共同組合運営による数々の社会サーヴィスを同時にデザインしていた。家族の解体に対する急速な反動は、消費社会型都市の確立するはるか以前、ソヴィエト時代にすでに始まっていたけれどもね。
近年、日本の若い建築家、伊東豊雄山本理顕らを初めとして妹島を含む若い世代の建築家は、核家族を必ずしも居住単位と考えない集合住宅のありかたをスタディしはじめている。(核)家族を必ずしも各住戸の中心的な単位と考えず、各個人の個室がそのまま外部に繋がるようなプランがありえるのじゃないか?と。こんな計画がいくつも提案されている。
岐阜の集合住宅計画はもちろん、このような試みの延長にあるはずだ。磯崎は定型化し、類型化した「nDK」、つまりn戸の個室とダイニング・リビング(+キチン)の再考を建築家たちに課したようなのだ。
だからといって、君が心配することはない。日本の家族がすべて崩壊してしまったわけではないよ。建築家が集合住宅のプロトタイプを概念的に操作して、家族の解体を喧伝しようというわけでもないんだ。
いやいや、そうではない。本当のところは、すでに社会に現われた現象に対して建築家が敏感に反応している、というところじゃないのかな。
日本の民間住宅の供給はかつては「モクチン」アパート、つまり木造賃貸集合住宅が中心だった。一五年ほど前、君が日本を「地上げ」の取材で訪れたときに、これが解体されている現場に出くわしたよね。その後、モクチンは「ワンルーム・マンション」と呼ばれる鉄筋造、あるいは鉄骨造の単身者向け、小さなキチネット(流しとコンロ)、バス・トイレユニット付きの住戸の集合に置き替わった。
君も持っている本『トーキョースタイル』★二に出てくる大方の部屋は、こんなワンルーム・マンションの風景だ。もちろん、このような部屋はそれだけでは成り立たない。「コンビニ」とセットで成立し得る。
この本の編者、都築響一によれば、これらの住人のほとんどはキチンを使っていない、という。冷蔵庫やクロークは部屋の中にない、都市にある、というわけだ。ソヴィエトのかつての先進的集合住宅「ドム・コムーナ」と一体の社会サーヴィスのシステムは、時と思想を変え日本の民間コンビニ業者とコンビニな若者の間で大ブレイクをした、と言えるかもしれない。
このような事態を目の当たりにしていると、建築家の提案は、思想を先取りした現実都市の後追い、という僕の意見も信じられるだろう?
勘違いしないで欲しい。岐阜の集合住宅はこのような「コンビニな単身者」を対象にしているのではない。
この集合住宅は公営(県営)であり、あくまでも、その法的な根拠である「公営住宅法」★三に準拠している。つまり、この集合住宅の居住者は、「婚姻した核家族」か、「住宅を探しているカップル(住宅困窮者)」なのであるし、妹島さんはこのような前提条件を無視して、単身者用の住戸プランを家族者に無理強いしているわけでもない。

4──洗面台ガール、エドナ・コウワン嬢 出典=レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(筑摩書房、1995) マンハッタンにおけるパーティで。クライスラービル、エンパイア・ステート・ビルを演じた男性性をシンボライズした建築家の間にあって衛生や設備といったソフト(女性性か?)を表現した。

4──洗面台ガール、エドナ・コウワン嬢
出典=レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(筑摩書房、1995)
マンハッタンにおけるパーティで。クライスラービル、エンパイア・ステート・ビルを演じた男性性をシンボライズした建築家の間にあって衛生や設備といったソフト(女性性か?)を表現した。

逆転された家族。ジェンダーによる住戸プラン

さんさんと陽が当たる洗面台を前にして私は驚いた。私はモロに外界に直面していたのだ。
当たり前だ。開口部に直面することは外と向き合うことなのだから。ここに立つヒトはパジャマ姿であろうが、裸であろうが、直接外に、社会に向き合ったということを余儀なくされるのだ。
私は一瞬のうちに妹島の戦略が理解できた。この住戸は「娘」を中心に計画されているのだ、と。
公共集合住宅の中心であったはずの「核家族」ではなく、「核娘」が中心なのだ。
中年男性、つまりかつての家族の主人が洗面するのは朝と夜、せいぜい二度だろう。その妻さえ、日常的に洗面台に張りついているとは考えにくい。核家族の核たる夫婦がそろって活用する機会が限られた洗面台にどうして、南側の、それも個室の採光を犠牲にしてまで、陽の当たる特上席を与えるのか?
そう、この洗面台は「娘」のためにある。
外界に晒す自らの顔を、常に最高の状態に保つ、洗面台の真の主は「娘」なのである。
顔洗い行為のためのセットはかくして住戸の中心に置かれ、なおかつ外界に面することになった。
妹島さんの住戸平面(プランニング)の意図はそこではっきりしてくる。
洗面、あるいは入浴(洗面台の後ろにあるフラッシュ扉は浴室のドアなのだ)といった日陰で行なっていた行為は、思いきり南側の陽光と視線を浴びることになる。言いかえればこのような行為こそが家の正面で行なわれるべきなのだ。
もう一度住戸のプランを見なおしてくれるかい?
洗面台は陽当たりのよい場所に置かれているのはわかるね。そして、この場所は入口のあるキチン・ダイニングにダイレクトに繋がる廊下の中央にあるね。従来の集合住宅の平面計画(プラン)に較べると、このプランは洗面所を中心にして外界に通じる空間と真っ暗なプライヴェートの空間が裏返しになっている。ちょうど脱ぎ捨てたセーターが裏返しになっているように。
トポロジカルにも視覚的にも、洗面所はダイレクトに外界に繋げられたのだ。
洗面所における「お顔のメンテナンス作業」は娘の主要なアクティヴィティであり、彼女の社会生活の中心にある。だから、洗面台は家の中心にありながらも、もっとも外部からアクセスしやすく、外からの視線を一心に集める場所にあって当然なのである。
妹島さんはこのような娘の要求を「クラインの壷」のようにプランニングを裏返して、見事に実現した。洗面の場はドアで隔てずに玄関に直に繋がっている。
よーく考えてみれば、これも先例がないわけでもないかもしれないね。
君と歩いたいくつもの「団地」のバルコニーを覚えているかい? 満艦飾に干された布団のことを。
君は、あのフトンの団地ファサードを「夫婦のセックスを陽光に露出させたもの」と怒りを込めて言っていたね。たしかにそうかもしれない。だって団地は核家族再生産の場だものね。リアルな言い方だけれども、あのフトン干しはセックスの記憶、核家族再生産の光景、と言えなくもないからね。
フトン干しファサードは、日本の集合住宅が「公団」によってタイポロジー(標準化)化されたときに始まっている。ユーティリティとして使えるよう親切にも計画されたベランダは、ベッドを用いない日本人の寝具メンテナンスに許された、住戸唯一の場として団地の必需品として定着した。
団地の住戸は、入口からどんどん奥に進み、狭いながらも寝室と分離されたダイニングとキチンを経て、もっともプライヴェートな寝室に到達するよう建築計画学者により計画された。その後、半世紀あまり、公共集合住宅デザインの展開の歴史において、このラインがふみはずされることはなかった。そして、それを受け取る核家族もフトンをどんどん干しつづけてきた。
建築家の追求する科学的なプライヴァシー確保の計画とは裏腹に、人はもっともプライヴェートな寝室からフトンを引出し裏返し、陽光と視線に晒しつづけてきたのだよ。
ところが妹島さんは、このフトンバルコニーの光景をばっさりと断ち切った。フトン干しファサードは剥ぎ取られたのである。
一方、ユーティリティとしてのバルコニーは、建物を貫通する穴に替わった。
その替わりに得られた建物の南側ファサード写真[図1]を見てくれたまえ。ここには団地のフトンファサードの記憶は少しも残っていない。ファミリーの親密さがない、というかもしれない。僕はこの陽光の降り注ぐ洗面台の並ぶ光景をすがすがしいと思う。
(実際にはバルコニーには洗濯室、物干しがある。通路と一体的な空間だから、僕は最初どぎまぎしたよ、正直言って。でもこれは「ノゾキ見ない、見えないとするマナー」を確立すればよい)

5──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》妹島和世棟プラン 出典=Vertigo

5──《岐阜県営住宅ハイタウン北方》妹島和世棟プラン
出典=Vertigo

娘は鏡のむこうに何を見る?

日本では、携帯電話はデザイナーやエンジニア、あるいはビジネス・ユーザによってではなく、「コギャル」や「女子高生」(娘)のインタラクションによって開発された。ユーザビリティやさまざまな機能は彼女らによって開発され、絶え間なく鍛えられている。
携帯電話が「ケータイ」と呼ばれたり、「ワンギリ」といったテクニックが普及したりといったことはともかく、パッケージまでがコンパクトミラーのごとく角の丸められたパール色しかないことに、僕はウンザリしている。僕も心の底では君のケータイのように黒く四角く、表面がマットなのが欲しい、と思っているのだよ、ホント。でも、日本ではオヤジまでがちゃらけたチャクメロを鳴らしているんだから、あーあ。
前回の来日で、君も気付いたように、地下鉄の車中でケータイ(携帯電話)で話すコギャルの仕草は、同じく車中でコンパクトで顔をメンテナンスするコギャルとまったく同じに見えたよね。車中のケータイ使用では隣接した他人は見えず、遠距離な友人と大声で話をすることを躊躇しない。プライヴェートとパブリック、遠近感が消失している。たしかにねじれた現象だ。
娘は、コンパクトのように取り出したケータイの小さな液晶画面で外に繋がり、自らのアイデンティティにチェックを入れる。同じことが、岐阜の住戸内の陽の当たる洗面台の前で繰り返される、というわけだ★四。
それではオヤジもスーツを脱いで、ネクタイを外せばこの住戸の中心の座を復活できるかって?
いいや。
妹島のプランニング革命は入居者にライフスタイルの変換を迫ることではないと思う。
核家族が核家族でありつづけること、核家族が核家族を永遠に再生産しつづけることの神話を否定すること、それが必然ではないことを示しているのだと考えたほうがよさそうだ。
この岐阜における一連の集合住宅設計者は、マスタープランナー、磯崎新から「ジェンダー」というテーマを与られた。正確な意図はいまだに僕にはわからない。
ただ、ひとつ言えることは、妹島さんはジェンダーを「女性」と読まずに「娘」と解釈したことだ。その一点が重要なのだと僕は思っている。その一点でこの集合住宅は単なるデザインの革新ではなく、都市の装置としての集合住宅の新しいあり方を示したのだと思う。

6──シンディー・シャーマン《Untitled Film Still #2》1977 出典=シンディー・シャーマン展カタログ、1996 もっともプライヴェートな空間で確認する「私」。

6──シンディー・シャーマン《Untitled Film Still #2》1977
出典=シンディー・シャーマン展カタログ、1996
もっともプライヴェートな空間で確認する「私」。

7──docomo i-mode ケータイに映す「私」はここにはいない。

7──docomo i-mode
ケータイに映す「私」はここにはいない。

娘に期待するオヤジって、いったい?

「娘」は、「夫婦」といった単位のようにやがて子供を産み、さらに核家族を再生産することを保証しない。もっと「娘」は気まぐれだ。そのうえ、「娘」が娘である期間は非常に限られている。家族と一緒に娘が娘として暮らすのは、たかだか一○年かそこらだろう。
いったいそんなはかない存在に、都市のインフラストラクチャーたる集合住宅プランニングの「核」を任せてよいのだろうか?
もちろん建築家である前に、英国人たる君は「否!」と答えるに決まっている。
結構。
だけれども次の質問を君に続けたい。
「あなたの考える幸福な家族がひとつの家で、みな一緒に暮らせる時間はどれほどのものなのか?」と。
それが日本における建築の耐用年数、四○年をはるかに超える時間であることを強く期待する。
戦後日本で建てられた公営の集合住宅は、そのほとんどが建替えの時期を迎えている。この岐阜もそんな建替えの一例だ。でも、建替えの本当の理由は建築、つまりハードの耐用年数の限界ではない。そこに住む核家族というシステムが公営住宅プログラムのキャパシティの限界を迎えているということなのじゃないかな。
核家族が核家族を自動的に再生産する循環は、すくなくとも公営の集合住宅システムだけでは補えなくなってきているのだ★五。
本稿はDo Android Crows Fly Over the Skies of Electoronic Tokyo, AA Publication London, 2001.のなかにある、標題章を翻訳加筆したものである。本書は娘(アンドロイドカラス)に代表される無責任性(自己非再生産性をはじめとする)と多様なインタラクションによる都市への貢献がテーマであり、さまざまな事例が報告されている。

註 
★一──リホツキーのフランクフルト・キチン設計の過程は多木浩二『それぞれのユートピア』(青土社一九八九)のインタヴューに詳しい。
★二──妻なし、職なし、金なし。だが、二○世紀末の都市生活者、フリーターは「トーキョースタイル」を創造した。
★三──公営住宅法は一九五一年に発布された。その第三章「公営住宅の管理」には入居者資格の前提として、夫婦を挙げている。
「公営住宅の入居者は、少なくとも次の各号(老人、身体障害者その他の特に居住の安定を図る必要がある者として政令で定める者[次条第二項において「老人等」という]にあっては、第二号及び第三号)の条件を具備する者でなければならない。
一、現に同居し、または同居しようとする親族(婚姻の届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者その他婚姻の予約者を含む(以下略)。
三、現に住宅に困窮していることが明らかな者であること(第二三条の一部抜粋)。
★四──洗面台が娘のアイデンティティの場になる様は、シンディ以外にも「洗面台ガール」(マンハッタンのパーティ)にも現われる。また洗面台を露出することでプランを裏返した例は《ヴィラ・サヴォア》の玄関にも見られる(ここでは屋上のバスタブとともにホモセクシュアルな、要するに核家族再生産的な小家族ではない生活を暗示させるにとどまったけれども)。
★五──公団の改革論議に同調して、都道府県や政令指定都市が出資する住宅供給公社も都市住宅供給の主要な役割を終えようとしている。

>鈴木明(スズキ・アキラ)

1953年生
神戸芸術工科大学大学院教授。建築エディター・建築批評。

>『10+1』 No.26

特集=都市集住スタディ

>妹島和世(セジマ・カズヨ)

1956年 -
建築家。慶應義塾大学理工学部客員教授、SANAA共同主宰。

>磯崎新(イソザキ・アラタ)

1931年 -
建築家。磯崎新アトリエ主宰。

>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>山本理顕(ヤマモト・リケン)

1945年 -
横浜国立大学大学院教授/建築家。山本理顕設計工場 代表。

>都築響一(ツヅキ・キョウイチ)

1956年 -
写真家、編集者。

>多木浩二(タキ・コウジ)

1928年 -
美術評論家。